音と記憶

 何の話の流れだったか、友達と家族のことについて話した。みんなはじいちゃんもばあちゃんも生きていることが多くてそこら辺からもらうお年玉のこととか随分羨ましいなと思った。俺には母方のばあちゃんしか残っていない。父方なんて俺が生まれるより前に亡くなってるから会ったことはないし特に興味もなかったから写真を見たことどころか写真があるかどうかすら聞いたことがない。別に俺が生まれる何十年も前というわけではないからきっと写真くらいあるだろうけれど。

 ばあちゃんは昔は一緒に住んでいた。けれど俺が中学生になるかならないかくらいの頃確か骨折かなにか大きな怪我をしてその入院中に認知症が家で面倒みられないくらい進行してしまったから、今は施設に入っている。ばあちゃんのことを思い出すと一緒に昔の記憶が蘇る。俺が小さい頃、多分もう夜遅い時間にトイレかなんかに行きたくて起きてしまったことがあった。そのとき俺はリビングからの光と声にふらふらと引き寄せられてしまった。リビングでは母さんとばあちゃんが何かを話していた。内容は昔のことだから覚えていないのと、多分当時の俺には難しくて理解もしていなかったんだろうと思う。ただそのとき見たばあちゃんの怖い顔は一瞬だったはずなのにまだ覚えている。普段は俺に優しいばあちゃんのそんな顔はそのときしか見ていない。

 そういえば、俺は父方のじいちゃんやばあちゃんのことは俺の生まれる前に死んだってことは知っているけれど、母方のじいちゃんがどうなのかは知らない。ばあちゃんが一緒に暮らしているのにじいちゃんは一緒じゃないから、きっともういないのだろうという風に小さい頃から思っていたのだろう。じいちゃんのことを何も知らないと自覚したら急に興味がわいてきた。じいちゃんはどんな人だったんだろう。


 帰ってすぐ母さんに聞いてみる。じいちゃんがどんな人だったか。

 母さんは顔をこわばらせる。その表情に嫌な予感がする。母さんが口を開く。「おじいちゃんは」聞きたくない。あのときの声だ。母さんとばあちゃんが夜中に話していたときの、あのときの声音だ。嫌な予感が強くなっていく。聞かない方がいいのかもしれない。けれど俺には予感以外止める理由がない。「山で銃を乱射して、さいごには自殺したの」聞きたくない、そう思うのに。「それっていつのこと」俺の口が勝手に動く。「あなたが小さい頃。秋ももう終わるくらいにあの人に山に連れて行かれてね、あなたと私と、おばあちゃんも。それそのものはたまにやっていたの、ピクニックとかね。あの山はおじいちゃんの持ってるものだったから。それで、その日もそういうものだと思って車を降りて少し離れたら、おじいちゃんがついてきてないことに気付いて、振り返ったら私たちを狙って銃を構えていたの」母さんの言葉がとまらない。ずっと話したかったのだろう。ずっと話したくなかったのだろう。この口を開いたのは俺のせいだ。「おじいちゃんは猟銃を持っていたから。私はあなたを抱えて逃げたの。おばあちゃんとはいつの間にかはぐれていた。あなたはまだ小さかったから多分状況がわかっていなかったんでしょうね。不思議そうな顔をしながら銃声が聞こえるたびに私の顔を見て、それで身体をこわばらせていた。何発か銃声が聞こえた後ぱたりと音はやんで、それからしばらくして道に出て、そこに通りがかった車のおかげで交番に行くことができたの。おばあちゃんも別の道だったけど似たような感じで帰ってこられて。それで話を聞いた警察の人たちがついた頃にはおじいちゃんはその猟銃で自殺してたの。きっと銃声がやんだときにはもう」言葉が途切れる。混乱する。じゃああの夢は、前世なんかじゃなくて俺の覚えていない俺の記憶だったのか。さっきの母さんのこわばった顔、多分夢でぼんやりとしていた一緒に逃げている人の顔と同じだったから、嫌な予感になったのだろう。けれど、「覚えてない」口からこぼれる。「そうでしょうね。だからこそ随分前におばあちゃんと喧嘩したことがあってね」ああ、きっとあのときの。「あなたに話すかどうか。結局あなたが中学校を卒業した後もしおじいちゃんに関わることに興味を持ったらって結論になったの」まだ混乱している。けれどあの夢でどうやって動いたのかという感覚がなかったのは母さんに抱えられてたからなんだろうなということをぼんやりと思った。

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あの音 虫十無 @musitomu

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