第55話 サムライ、隣の国へ入る

 報酬を受け取り、一階でお詫びと言う名のランクアップを受けたムネカゲ達はギルドを後にした。


「まさかランクが上がるとは思わなかったでござる。」


 ギルドから宿へと戻る道中、ムネカゲがポロッとそんな事を呟く。

 そもそも、DランクからCランクに上がるには、ギルドの課す試験を受けなければならないとムネカゲは聞いていた。

 その試験と言うのは盗賊退治や要人警護などがあるのだが、有体に言えば「人を斬る事」が求められる。

 それらをどの様に行うのかは教えられていないので分からないが、それなりに時間を取られると聞いていたので、今まで受けて来なかったのだ。

 にも関わらず、この度の依頼でランクが上がった。

 あの場では何も言わなかったが、ムネカゲが不思議に思うには十分だった。


「ご主人様のお力を考えれば、当然の事だと思います!」


 キーラはそう言って胸を張る。

 しかしがらその事情は、キーラが思っている事とは少々異なる。

 そもそもムネカゲは、以前アッセン国第二王女であるアルフレート・アッセンを賊の手から助け出し、その後の護衛を引き受けていた。これ自体は元々ギルドを通した依頼でもなく、ランクアップ試験と言う訳でもない。

 しかし国王の計らいで、事後報告にてギルドへと依頼した上で報告し、報酬まで受け取っている。

 その依頼申請の際に、ある程度の事情は極秘にて伝えられており、ムネカゲとキーラが賊を討った事も伝えられていた。無論、この事実を知るのは、ギルド長と副ギルド長のみだが。

 この事実があった上で今回の依頼内容を鑑みた結果、ムネカゲのランクアップとなったのだ。

 ギルド的にはお詫びと言ってはいるが、そのお詫びの内容は単に「試験を受けなくても良い」と言う事だけであって、元々その下地自体はあったのだ。

 最終的には半分以上、ギルドに上手く丸め込まれた形なのだが、ムネカゲは当然の事ながら、キーラでさえそれに気付いてはいなかった。


「まあ、遅かれ早かれ、いずれはランクアップをするつもりであったからして、試験を受けなくて済んだのは良かったでござるが。」


 一応、ランクがCになった事により、更新期限が取り払われたのは良かった部分ではある。

 これでカエデの依頼のみに集中する事が出来るのだ。

 

「次は、どちらへと向かわれますか?」


 全てを見た訳では無いが、アッセンはほぼ見た。ここから行けるのは、陸路ではボルドック。海路であれば、ボルドックを経由して北に行く事も出来る。

 しかしながら、ボルドックは今、アッセンに対して戦線布告をしている。

 まだ戦端は開かれてはいないものの、国境が封鎖されている可能性は有り得る。


「一応、ボルドックへと向かおうとは思うでござる。その後はボルドックの北、カドベリーを目指すでござるよ。道中何が起こるかわからぬでござるからして、念の為食料は多めに買っておくでござる。」


 内陸に位置するカドベリー国は、海がない為陸路でしか行けないのだ。

 そのカドベリー国への道のりは、一度ボルドックへと入り、トンバールと言う町を経由して北上。次の町ボルタールを経由し、そこから約ニ日掛けて国境を目指す事となる。国境を抜けたらカドベリー最初の町マグフォードへと入り、そこから更に二日歩き漸くコクリフォードへと辿り着くのだ。


「畏まりました。」


 宿へと到着した一行は、買い出しは明日とし、今日は宿でゆっくりする事にした。

 そして翌日には、全員で買い出しへと向かい、その足でアッセンを出るのであった。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 時は少しだけ戻り、ムネカゲ達がサラニ村へと出発した頃、アッセン国の王城では国王エドヴァルド・アッセンが、ボルドックとの戦を前に宰相コンラートと今後について話し合っていた。


「して、オルスタビア国王は何と?」


「はい、かなり良い条件かと。場合によっては、国土の拡大が出来るでしょう。それと姫のお相手として、第二王子をとお返事を頂戴しております。」


 ボルドックからの戦線布告を受け、アッセン国王は隣国であり強国のオルスタビア王国へと使者を送っていた。

 その内容はと言うと、第二王女であるアルフレート・アッセンをオルスタビア王国へと嫁がせ、二国間の同盟を結ぶと共に、対ボルダック戦の援軍を求めるものであった。

 しかし、返って来た返答は、アッセン国の思っていた以上のものだった。

 

 そもそも、弱小国であるアッセンの申し出を、強国であるオルスタビアが受ける可能性は限りなく低いものだった。しかし、何の気まぐれか、オルスタビアはこれを快諾したのだ。

 何故オルスタビアが快諾したかと言うと、そこにはオルスタビア側の思惑があった。

 現在オルスタビアはロクリフを併合しまだ半年少々しか経っておらず、国内の安定に力を入れている最中であった。

 そこに領土拡張思考のボルドックが、アッセンへと戦線布告。

 もし仮に、ボルドックがアッセンを降してしまった場合、いずれオルスタビアとの国境を侵害して来るだろう事は容易に想像出来る。

 オルスタビア王国から見れば、ボルドックは小国だ。戦って負ける様な事は無いだろう。しかし、アッセンを併合したボルドックに、後ろを脅かされるのは面白く無い。

 「面倒な国だ。」そう思っていた折にやって来たアッセン国からの使者。その使者は、アッセン国第二王女の婚姻と言うカードを手に、同盟と援軍を求めた。

 オルスタビア国王は考えた。

 ここは比較的平和主義思考のアッセンと手を組み、あわよくばボルドックをアッセンに併合させ、ボルドック以北方面の国々からの防波堤とする方が良いのでは?

 婚姻関係で結ばれた同盟程、強い繋がりは無いだろう。これにより北を考えなくとも良くなり、次にオルスタビアが侵攻すべき場所が大陸東側へと向けられるのだ。

 要は、オルスタビアが婚姻を受ける条件として、「どうせやるなら、ボルドックを併合しろ。その手助けはしてやる。その代わり、北の国々を食い止めろ。」と言っているのだ。

 とは言えそんなオルスタビアの思惑があったからこそ、弱小アッセン国は援軍を得た上で北からの侵攻に対抗しつつ侵攻し、それと同時にオルスタビアが南の海を越え、ボルダックの南から攻めると言う二局面侵攻の構図が出来上がったのだ。

 しかも上手くいけば、ボルドックの領土は最終的にアッセン国の物となる。これ以上も無い成果である。


「そうか。では、援軍が到着するまでの間、アッセン国としては踏ん張らねばならぬな。その援軍はどれくらいで到着するのだ?」


「援軍は船で送られて来ると言う事ですので、早くて半月。遅くとも一月以内かと。」


 開戦はもう目の前に迫っている。

 それまでに援軍が到着してくれれば良いが、海路を来るにしてもそれなりに時間は掛かるのだ。


「そうか。では、オルスタビアへと使者を出せ。それと共に、娘を。アルフレートを、同盟の証として早急にオルスタビアへと送るのだ。万が一があってはならんからな。」


「畏まりました。」


 宰相コンラートは、王の言葉に頷き、頭を下げた後に部屋を辞した。

 その場に残った国王エドヴァルドは、閉まる扉を見ながら「娘よ、すまぬ。」と呟いた。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 アッセンを出たムネカゲ達は、一路街道を北西へと向かい歩いていた。

 ちなみに、アッセンから国境までは、約三日の距離だ。

 そんな街道は、オルスタビア側の街道とは打って変わり、多くの商人達が行き交っている。

 その理由は、街道を半日ほど行った所から、左に折れる道があり、その先に港町があるからだ。港町に陸揚げされた物が、この街道を通りアッセン国内へと運ばれているのだ。

 そんな人通りの多い街道を抜け、国境方面へと足を踏み入れると、今度は逆に人通りが全くと言っていい程無くなる。

 理由は、戦争が近いからだろう。

 ムネカゲ達はニ泊の野営の後、ボルダックとの国境へと辿り着く。

 アッセン側の国境には、既に多くの兵が集まっており、そこかしこに天幕が建てられている。

 そして国境を守る兵士達はかなりピリピリとしており、ムネカゲ達が国境を抜けるのに対し不審な目を向ける。


「ここはボルドックとの国境だ。きさまら、ボルドックへ何をしに行く。」

 

 国境の検問所で、ムネカゲ達はそう問われる。


「あ〜、拙者た「私達は、カドベリーへと用があり向かう途中です。一度ボルドックへと入る事にはなりますが、トンバールから北上しコクリフォードへと向かいます。」……で、ござる。」


 ムネカゲに喋らせてはいけない。そう思ったキーラが、ムネカゲを制して説明をする。

 

「そうか。今国境は、戦争の準備の為かなり緊迫している。問題を起こさないようにな。」


「分かりました。」


 三人ともギルドカードを見せ、アッセン側の国境を無事通過する事が出来た。

 国境検問所を抜け、山間の草原地帯を抜けた後、今度はボルドック側の国境検問所へと辿り着く。

 ここでもアッセン側と同様に兵達が周りに天馬を張っており、検問所にて「もしかすると近くに軍が居るかもしれないので、その行軍の邪魔はしないように」と太々しい態度で釘を刺され、入国税として一人銀貨五枚を支払わされた挙句に漸くボルドックへと入国する事が出来た。


「入国税が高いでござるな。」


 国境検問所を通り抜け、トンバールへの道中、ムネカゲがボソリと呟く。


「今は戦争前ですから。」


「にしても、銀貨五枚はちと高過ぎでござろう?」


 以前、キリアからオルスタビアへと入った時の事は既に覚えていないが、オルスタビアからアッセンに入った時の事は明確に覚えている。

 

「確か、アッセンへと入った時は、銀貨二枚であったでござるよ?それを考えると、いささか高過ぎな気がするでござるよ。」


 ムネカゲ的には、納得がいかないらしい。

 その後もブツブツと文句を言い続けるムネカゲであった。

 とは言え、現在のムネカゲの懐はかなり暖かい。

 ダング達とダンジョンに潜っていた時に、かれこれ十数年は暮らせるだけのお金は稼いでいるのだ。

 更には、色々と副収入があったりもしているので、三人分で銀貨十五枚程度、問題はないのだ。

 ただ生来の貧乏性な為に、ここまでブツブツと言っているだけだ。

 そんな一行がトンバールへと向けて歩いていると、西の方の空模様が怪しくなってくる。

 次第にその黒雲が真上へと覆い被さると、激しく雨が降り始める。


「テントに退避でござるな。」


 ムネカゲはそう言うと収納からマジックテントを取り出し、素早く展開。結界の中へと走り込んだ。

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