第54話 サムライ、帰還する

 無事、ホブゴブリンを討伐したムネカゲとキーラは、このまま村へは帰らず、洞窟の入り口で夜を明かす事にした。

 何故かと言うと、討伐を終え外に出ると、まだ夜が明けてはいなかった。この時間から戻っても、明け方よりも早く村に到着するだろう。となれば、村の門が開いているとは思えないからだ。大声で叫べば開けてくれる可能性はあるが、そうまでしてまで急いで帰る必要も無い。

 と言う事で、洞窟の入り口前にマジックテントを出し、その中で仮眠を取る事にした。

 キーラに軽く食べれる物を作って貰い、二人でそれらを腹に入れた後にベッドへと入り疲れた身体を休めた。


 どれだけの時間休んでいたのかは分からないが、二人が目を覚まし、支度を終えてテントから出た時、既に日は真上へと昇り切っていた。


「休み過ぎたでござるな。」


「そうですね。」


 二人は、外の日差しに手を翳しながらそう話す。


「カエデは大丈夫でござろうか……。」


 こんなに遅くなるとは思ってもいなかった為、村に残して来たカエデが心配であった。


「もしもの時の為に、カエデお嬢様にはマジックポーチを渡してありますので、大丈夫でしょう。」


 キーラの言うマジックポーチと言うのは、ダンジョンの宝箱から追加で得たポーチ型の物であり、カエデ用として使っている物だ。

 とは言え、流石にマジックポーチは高価な物なので、普段カエデに持たせては無く、キーラが管理している。

 今回、カエデに留守番させるにあたり、このマジックポーチを渡してあり、その中には数日は食べれるだけの食事も入れてある。

 ただし、ムネカゲはそんな事、全く知らないのだが。


「そうでござったか。ならば安心ではござるな。」


 まあ、カエデの為にキーラを雇っているので、日常の世話に関してはキーラに丸投げ状態なのだから、心配するだけ無駄なのだが。

 

 来た道を戻り、村へと辿り着いたのは、日が大分傾いて来た頃だった。

 村の門に立つ自警団の男は、ムネカゲとキーラの姿を見ると、慌てて村の中へと駆け出す。

 ムネカゲとキーラは、驚き顔の自警団の男を横目に、村の入り口の門を潜り、村の中へと入る。



 自警団の男から報告を受けたアントンは、ムネカゲが訪れるのを今か今かと待ち侘びていた。

 そして、報告を受けてから数分後、待ち人が遂にやってくる。


「戻ったでござるよ。」


 いつもながら、軽い感じで村長宅を訪れたムネカゲ。

 キーラは、一足先にカエデの元へと向かっている。


「で、どうなったんだ!?ちゃんと討伐してきてくれたんだろうな!」


 ムネカゲの顔を見るや、アントンは剣幕に詰め寄る。


「無事ホブゴブリンは討伐して来たでござるよ。」


 ムネカゲは、事の詳細をアントンへと説明する。

 話を聞くにつれ、アントンの顔色はどんどんと蒼褪めていく。

 それはそうだろう、ホブゴブリンとゴブリンだけだと思っていたところに、シャーマンまでいたのだ。

 このまま放っておいた場合、どの様な被害が出たか分からない。

 自分のやった事は、間違いでは無かったのだと、改めて思ったのだ。


「と言う訳でござるよ。して拙者達は、明日村を出て、アッセンへと戻るでござるが、アントン殿はどうされるでござるか?」


 一頻りの説明をしたムネカゲは、アントンへと問う。

「どうされるのか。」それは、ムネカゲ達とアッセンへと行くのかどうかと言う事だ。

 ムネカゲにそう問われたアントンはハッとすると、慌てて家の外へと出て行った。

 一人取り残されたムネカゲが、逆にどうしたものかと思案していると突然扉が開き、慌てて出て行ったアントンが戻って来た。


「今から準備をする!明日の朝、門前で合流だ!」


 それだけを言うと、再び扉をバタンと閉めて出て行く。


「やれやれ、せっかちでござる。」


 ムネカゲは苦笑いをしながら、村長宅を辞する為入り口の扉を開けて外へと出た。


 翌朝、ムネカゲ達は日が明ける頃に起き、身支度をする。

 そして数日の間お世話になった家を出ると、待ち合わせ場所である門前へとやって来た。

 門前では、アントンが待って……はおらず、今日の当番である自警団の男が二人、門を開ける準備をしていた。


「おはようでござるよ。」


 ムネカゲは男達へと挨拶をする。


「おはようございます!ゴブリンを討伐して頂き、ありがとうございました!」


「おはようございます。村を助けて貰い、ありがとうございます!」


 男達は、ムネカゲへと感謝の意を表す。


「いやいや、拙者達は依頼を受けたまででござるよ。まあ、依頼が完遂出来て良かったでござるが。」


 男達とそんな会話をしていると、村の奥から二人の男がこちらに向けて駆けて来る。

 言わずと知れたアントンだ。


「すまん、待たせた。」


 アントンともう一人の男は革鎧に身を包み、手には槍を、背中にはボロボロではあるが、背嚢を背負っている。


「いやいや、拙者達も今来た所でござるよ。」


 一方のムネカゲ達は手ぶらだ。全ての物は、マジックバックや収納に入っている。


「では行くでござるか。」


 ムネカゲはそう言うと、颯爽と門を潜り街道を一路アッセンへと歩き出す。

 


 アッセンまでの道のりは、特段これと言って特筆すべき事は起こらなかった。

 強いて言うならば、途中一泊の野営をした際に、ムネカゲの持つマジックテントにアントン達が驚き、キーラの料理に恐縮していたくらいだ。

 

 村を出てから一日半。八日ぶりに戻ったアッセンは、何やら忙しない感じがする。

 そんな街中を歩き、ギルドへと入ったムネカゲ達は、冒険者でごった返す中を掻き分け受付へと向かう。


「すまぬでござるが、この依頼について相談があるでござるよ。」


 ムネカゲは受付へと依頼を受理した際に受け取った羊皮紙とギルドカードを提出。

 出された物を確認すると、受付嬢は首を傾げた。


「こちら、依頼完了のサインがありませんが?」


 当たり前だ。依頼内容の訂正をする為、まだアントンからサインを貰っていないのだから。


「この依頼でござるが、ちと依頼の内容に不備があったのでござるよ。で、ござるよな、キーラ。」


 ムネカゲはそう言うと、キーラの方を見る。

 ぶっちゃけ、一連の事を上手く説明できる気が全くしないムネカゲだった。

 そのムネカゲからバトンを受けたキーラは、アントンを横に呼び寄せると、受付嬢へと説明をし始める。

 身振り手振りで説明するキーラ。その横で、アントンが頷きながらも補足を加える。

 

「お話は分かりました。ただそうなると、今ここで依頼の精算は出来ませんが、それでもよろしいですか?」


 受付嬢はそう言うと、キーラを見、受付嬢から確認をされたキーラは、ムネカゲの方を見る。


「ああ、それで大丈夫でござるよ。」


 最終決定を求められたムネカゲは、頷きながらそう答えた。


「畏まりました。では、クロタキケの皆さんは、倉庫で該当の物をお出し下さい。報酬の受け渡しは、明日のお昼頃となります。アントンさんは申し訳ありませんが、この後依頼内容の訂正と報酬額等の取り決めを二階の会議室で行いますのでここにお残り下さい。」


 受付嬢が話を締め、それぞれが頷き行動し始める。

 ムネカゲ達は、ギルド裏手の倉庫へと案内され、その倉庫の中でホブゴブリンとシャーマン。大量のゴブリンの耳と魔石を出すと、そのままギルドを後にし宿を取りに向かった。

 


 翌朝、いつも通りに目が覚めたムネカゲは、宿の裏へと降りて来ると鍛錬をし始める。

 本当であれば毎日鍛錬したい所ではあるのだが、冒険者と言う仕事の都合上、更には世界を旅すると言う根無草な所も相まって、街の外での寝泊まりが多い為中々毎日鍛錬をすると言うのが難しい。

 だからこそ、年端もいかないカエデに実戦という訓練をさせているのだ。

 しかし稀にこうして宿へと泊まる時には、宿の裏で鍛錬を行う事を日課としている。

 そして今も上半身裸となり、木刀片手に素振りをしている。

 そんなムネカゲの元に、木刀を持ったカエデがやって来る。


「ん!」


 カエデは右手を挙げ、朝の挨拶をする。


「ああ、おはようでござる。カエデも稽古をするでござるか?」


「ん!」


 ムネカゲの言葉に、カエデは頷き木刀を両手で構える。


「ならば、先ずは素振りからでござるな。見ているでござるから、やってみるでござる。」


 カエデは頷くと、姿勢を正し木刀を振る。

 その後、型稽古を行う姿を見たムネカゲは、「木刀の使い方は問題無いでござるな。流石に刀と剣では戦い方が違うでござる。ともなれば、そろそろ刀を与えるべきか。」そう思案するのであった。

 


 宿で朝食を摂り、その後まだ時間がある為、カエデと再び宿裏で鍛錬をした後、三人は冒険者ギルドへと赴いた。

 流石に昼に来たからか、ギルド内は落ち着いており、冒険者の数は少ない。

 三人はそのまま受付へと向かうと、ギルドカードを提出。受付嬢に促され、二階へと通される。

 応接室へと通された三人が椅子へと座った後、恰幅の良い男が部屋へと入り三人の前へと座る。


「私はここの副ギルド長を勤めます、シリノと申します。クロタキケの皆さん。先ずはギルドとしてお詫びを申し上げます。」


 シリノと名乗った男は、そう言うとその場で頭を下げる。

 それなりに長い間頭を下げていたが、その間ムネカゲ達は一言も口を開かなかった。

 頭を上げたシリノは、再び三人へと向けて口を開く。


「この度の依頼、内容に不備があったとの事で、改めて依頼内容を精査した結果、本来であればこの依頼、ランクD以上の複数パーティー案件と言う事が昨日分かりました。それに加え、報酬額も適正では無いと判断されました。この結果を受け、昨日依頼主であるサラニ村の村長と協議した結果、依頼報酬は銀貨60枚と決まりました。これは、ゴブリン等の魔石なども含めた額です。」


 そう言ってシリノは机の上へと、報酬の入った小袋を置く。


「中には、大銀貨六枚が入っております。ご確認を。」


 確認を求められたムネカゲは、キーラを見る。

 ムネカゲから確認を促されたキーラは、小さく頷くと小袋を手に取り中を確認する。


「確かに、大銀貨六枚です。」


「分かったでござる。とりあえずキーラが預かっておいて欲しいでござる」


「畏まりました。」

 

 キーラはそう言うと、小袋を腰のマジックバックへと仕舞う。

 その様子を確認したシリノは、ムネカゲとキーラ両名の顔を見渡すと、手を膝の上で組み身体を前のめりにすると、再び口を開く。

 

「さて、報酬の件はこれで宜しいですね?次に、ギルドとしてのお詫びの話となるのですが……。先程も申しました通り、この度の依頼はランクD以上の複数パーティーでの案件となります。それをEランクパーティー単体で。しかも、お二人だけでそれを成したと言うのは、ギルド始まって以来の前代未聞な事なのです。」


 シリノはそこまで言うと、組んでいた手を解き、椅子へと凭れ掛かる。


「とは言え、パーティーランクEと言うのは、どちらかと言えば、そちらのお嬢さんに引っ張られての事。聞けば、キーラ殿は、Cランク。ムネカゲ殿はDランク。そのDランクのムネカゲ殿が、大半のゴブリンとホブゴブリン、ゴブリンシャーマンを単独で倒したと聞いております。それだけの実力があると言う事ですので、これを踏まえ、ムネカゲ殿をCランクへと上げさせて貰います。キーラ殿につきましては、流石にCランクからBへと上げる事は出来ません。申し訳ありません。」


 これがギルドとしてのお詫びなのだろう。

 シリノはそう言うと、ムネカゲを見、キーラを見る。そして次に、カエデを見る。


「お嬢さんもゴブリン討伐にご助力頂いたと聞いてはおりますが、流石に15歳になっていない歳の子のランクを上げると言うのは、ギルド規約上難しい為ランクは上げられません。その代わりと言っては何ですが、キーラ殿とカエデ殿には、別途ギルドより報奨金をお渡しします。」

 

 シリノはそう言って、二人の前に小袋を置く。

 出された二つの小袋を、キーラは中を確認する事もなくポーチへと仕舞った。


「以上となりますが、何かございますか?無ければ、この後、ムネカゲ殿は受付にてランクの更新を行って下さい。この度の件、本当に申し訳ありませんでした。」


 シリノはそう言うと、再び頭を下げた。

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