第52話 サムライ、丸投げする
アントンがやって来てから、凡そ二時間後。ムネカゲ達は、村長宅を訪れていた。
村長宅のテーブルには、村長アロルドと息子のアントンが座っている。
ムネカゲとキーラ、カエデはその対面へと座っており、テーブルの真ん中には何故か大銀貨十枚が積み重なっている。
「これでこの村を救ってくれ。頼む。」
開口一番、アントンがそう言って頭を下げる。
一方のアロルドはと言うと、顔を顰めておりアントンの行動に対してあまり良く思っていない事が伺える。
結局、昨日あの後どうなったのかと言うと、アロルドとアントンの言い合いを聞いた村人達が、村長であるアロルドへと詰め寄り説明を求めた。
村人から説明を求められたアロルドは、何とかしてその騒動を収めようとあれこれと説明はしたのだが、その説明の全てが自身の正当性を謳う内容であった為、それに異を唱えたアントンにより全てをぶちまけられてしまったのだ。
そのアントンの言で発覚したのは、村長自身が一銭も出さずに安い依頼料でギルドへと依頼した事。更には今までも含め村人から集めたお金や納税用の小麦などを一部着服していたと言う事であり、それに怒った村人達から罵声を浴びせられた。
これにより村長の信用は一気に失落し、アロルドは村長から引き摺り降ろされる事となった。
その後継として選ばれたのが、息子であり村長の悪事の全てを村人へと告げたアントンだ。
アロルドを引き摺り下ろしたアントンは、先ず前村長である父親に溜め込んだお金の在処を吐かせた。父親の部屋に隠してあった隠し財産の額は、金貨数枚分であった。長年を掛け、誰にもバレない額を少しずつ溜め込んでいたのだ。
隠し財産を吐かせた後、村人達と共に今後の事を話し合った。
まあ、結論はすぐに出たが。
ただ問題だったのは、支払うべき正当な依頼料だ。
アントン自身も、こう言うケースの場合に幾ら支払えば良いのか分からない。アントンが分からないのだから、村人達が分かるはずもない。
そこでアントンはアロルドが溜め込んでいたお金の中から、大銀貨を十枚取り出したのだ。
そして現在、その大銀貨十枚をテーブルへと置き、ムネカゲ達へと頭を下げていると言う訳である。
だがここで別の問題が浮上する。
目の前に大銀貨十枚を積まれたムネカゲもまた、この依頼に対する正当な依頼料が分からないのだ。無論、キーラも正当な報酬額と言うのは知らない。
そもそもこの依頼はギルドを介しての依頼なのであるからして、依頼料だけでなくギルドの仲介手数料やら本来冒険者が支払うべき税金が絡んでいる。となると、目の前にある大銀貨十枚と言う額を、まるまる受け取る訳にもいかないのだ。
実際この依頼をギルドへと出した際、アロルドは銀貨一枚と大銅貨三枚をギルドへと支払っている。
この事から、ギルドへの手数料と税金は、提示した依頼報酬の三割分だと分かるだろう。
更に言えば、依頼内容が実際と異なる事から、依頼の内容を訂正しなければならないのだ。そうやって依頼内容の訂正をする事により、実際の正当な依頼料が決められる。
となると、やはりここで大銀貨十枚を素直に受け取ると言う事は、冒険者として登録している者からしてみると非常にマズいのだ。
「いや……これは受け取れぬでござるよ。」
そこら辺の事情を知っている訳では無いのだが、「はいそうですか」と受け取る訳にはいかない事はムネカゲでも何となくだが分かる。
アントンへと返答を返したムネカゲは、助けを求める様にキーラを見る。
「これじゃあ、足りねえのか!?なら、幾らなら引き受けて貰えるんだ!」
しかし、そう言う意味で言ったのでは無いのだが、アントンからすると報酬額が低すぎる為にムネカゲが渋っていると思われた。
その言葉を受け、更にはムネカゲの視線を受けたキーラが、アントンの言葉に続く。
「アントンさん。これは報酬額が高い、安いの話では無いのです。そもそも『依頼』と言うのは、冒険者ギルドを介し、そこを通して依頼主が『依頼を引き受けてくれそうな冒険者』へと依頼を出する事を言います。その際の依頼料は、冒険者ギルドと依頼主の間で決める事となりますし、その両者の間で決められた依頼内容と報酬額を見て、「これなら受けてもいい」と思った冒険者が引き受けるのです。となると、今回の依頼も元々は冒険者ギルドを介した物ですから、内容や報酬額がおかしいからと言って、依頼内容の訂正を行う事もせず別途依頼料を依頼主から受け取ると言うのは、冒険者ギルド規則に反する事となるのです。それを知りつつも今ここでそのお金を受け取ってしまった場合、それが万が一冒険者ギルドの耳に入った際には、ご主人様も私もカエデお嬢様も、ギルドから目を付けられ、何かしらの罰則が
キーラはアントンにも分かりやすくそう説明した。
しかし、キーラの言葉にアントンは更にヒートアップする。
「それじゃあ、どうすればいんだ!ゴブリンよりも更に上位種のホブゴブリンを何とかして貰わないと、この村は終わっちまう!」
椅子から立ち上がり、机をドンと叩くアントン。
「ですから、依頼内容を変更して下さい。今ここでは難しいでしょうから、依頼の完了後、我々と一緒にアッセンへと赴き、ギルドにて依頼内容の変更と報酬の再検討をして下さい。それを今ここでお約束して頂けるのであれば、このまま村の脅威となるホブゴブリンを討伐する事を約束しましょう。ご主人様も、それでよろしいですね?」
この村に冒険者ギルドの支店が無い以上、このやり方が落とし所であろう。
無論、書面を交わした訳ではなく口約束なので、依頼完了後に反故にする事も考えられる。ただその場合は、激情したキーラにより、冒険者ギルドへと苦情と共に証拠――討伐証明――が提出され大事になるのだが。
キーラとアントンが話している横で、キーラに全てを丸投げをしたムネカゲは、丁度出されたお茶を飲んでいた為、突然振られた確認の言葉に
「ゲホッ、ゲッホッ……ああ、そ、それで構わぬでござるよ。」
「分かった。その約束は必ず守る。だから、早いとこホブゴブリン共を何とかしてくれ。」
折衷案と言うより落しどころが決まったからか、アントンの溜飲は下がったようだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
話し合いの後、ムネカゲ達は一旦拠点としている家へと戻った。
既に日は真上から西へと傾き始めており、今から森へと入るのは時間が無さすぎる為、一旦休息を取った後に夜、森に入ろうと言う事となったのだ。
これは以前、オークの集落を襲撃した際の作戦であり、その場に参加していたムネカゲが「あの作戦は良かったのでござるよ」と言った事から、今回の作戦として決まった。
家へと戻り、仮眠を取るべく寝床へと横になったムネカゲ達。目を覚ます頃には、日が落ち辺りは暗闇へと変わった頃であった。
軽く食事を摂り、支度を整えたムネカゲ達は、アントンから松明を受け取り村の外へと踏み出す。
ちなみにカエデはお留守番だ。
ゴブリン程度であれば、カエデを連れて行っても問題は無いのだが、今回はその上位種であるホブゴブリンだ。カエデには少々荷が重すぎるのと、場合によってはカエデを守りながら戦う事になるかもしれない為、不安要素であるカエデは置いて行く事にしたのだ。
そうなると面白くないのがカエデだ。
ギリギリまで、カエデは行くと言って聞かなかったが、そこはムネカゲとキーラで何とか諭した。
昨日と一昨日にゴブリン達が出て来た場所から森へと侵入した二人は、鼻と夜目の利くキーラを先頭に奥へと進む。
森に入って小一時間程経った頃、キーラが左手で合図を出すと同時に、ムネカゲの気配察知にも反応が出る。
ムネカゲはすぐさま松明の火を消し、キーラの横へと移動する。
「居るでござるな。」
「ええ、この先にゴブリン共の匂いがします。」
キーラはそう言うと、森の奥を指差す。
松明を消した直後のムネカゲには、キーラの指さえ見えない程の暗闇が広がっており、反応はあるのだが何処にゴブリンが居るのかは目視で見えない。
そして灯を消して暫く後、暗闇に少しずつ目が慣れて来た頃、ムネカゲの頭にあの音が聞こえる。
≪ピコーン!スキル:夜目を会得した≫
「い、今でござるか……。」
今までも暗闇で物を見る事はあった筈なのだが、ここに来てのスキルの獲得。
どういう基準でスキルを覚えるのかが良く分からない。
「ま、まあ、丁度良いと言えば良いでござるが。」
「ご主人様?」
独り言をブツブツと唱えるムネカゲに、キーラが首を傾げる。
「ん?ああ、夜目と言うスキルを覚えたでござるよ。あ~、確かに見えやすいでござるな。」
ここに来るまで、松明の灯りが灯る範囲でしか周りが見えなかったのだが、夜目を使えばボンヤリとだが灯りが無くとも周りの状況が良く分かる。
「それは良かったです。それより、この方向……見えますか?洞穴が見えると思いますが、その側にゴブリンが二匹います。」
「あ~、確かにゴブリンが居るでござるな。」
キーラが指さす方。そこは崖の様になっている場所で、その崖の麓にはぽっかりと穴が開いている。そして、その穴を守るかの様に、槍擬きを持ったゴブリンが二匹立っている。
「とりあえず二匹であれば、拙者の飛斬で何とかなるでござる。」
ムネカゲはそう言うと、慎重に近付いて行く。
洞窟までの距離が縮まりこれ以上は身を隠す場所も無いと言う所まで来た所で、ムネカゲは刀を抜き放ち躍り出ると、ゴブリン目掛けて魔力の刃を飛ばす。
「飛連斬!」
左からの斬り上げ、そして取って返して右からの切り上げにより、魔力の斬撃が生まれ、その斬撃がゴブリンへと向かって飛ぶ。
ちなみに、飛連斬と言うスキルは覚えていない。単に、「飛斬、飛斬」と繰り返し言うのが面倒くさいので、飛斬の間に連を入れているだけだ。
そもそも、スキル名を言う必要は無いのだから、言う事自体に意味は無いのだが、何となく雰囲気でスキル名を言っている。
いずれ厨二病を発症しそうなムネカゲであった。
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