第51話 キーラ、ムネカゲの代わりに怒る

 ホブゴブリンには逃げられたものの、村を襲って来たゴブリンの殆どを撃退し、その倒したゴブリンの討伐証明や魔石を剥ぎ取り、ゴブリンの死体を邪魔にぬらない所へと一所に集めたムネカゲ達は、颯爽と村の門前まで戻って来た。

 

「終わったでござる。門を開けて欲しいでござるよ。」


 ムネカゲの緩い一言が門の中に入る者達へと掛けられる。

 門を死守していたアントン率いる村の自警団は、外での戦闘音が聞こえなくなった事は分かっていた。だが、もしかすると冒険者達がゴブリンに殺られたのでは?とも思っており、声が掛かるまで門に板材を押し当て必死に死守していたのだ。

 そこに掛けられた緩い声。アントン達自警団の面々は顔を見合わせ、恐る恐る閂を外して門を開けた。そして見えて来る有り得ない光景。

 剥ぎ取りの終わった六十匹近いゴブリンが、一所に山積みになっていたのだ。

 それ見たアントン以下自警団と村人達は、そこで行われていたであろう戦闘を思い浮かべアワアワとする。

 そんな村人達を放って村の中へと入るムネカゲ達三人は、一応の報告の為に村長宅へと足を運ぶ。その際、何故か機嫌の悪いキーラが、ブツブツと言っていたのだが、ムネカゲは気にもしていなかった。


 村長宅へと到着したムネカゲ達は、事の経緯を話す。

 と言っても、ゴブリンが村を襲って来た事は既に村人から報告を受けているし、そもそもその時点でムネカゲ達はまだ夢の中だったので、報告するのはその後の話だけだ。


「……と言う感じで、ホブゴブリンが居たのでござるが、逃げられたでござるよ。」


 六十匹近いゴブリンに襲われていたにも関わらず、淡々と話をするムネカゲに、村長の目はグルグルと回っていた。


「そ、そうでしたか……。ホブゴブリンが居たとは……。も、勿論、ホブゴブリンも退治して貰えるのですよね?」


 村長は冷や汗を拭きながらもムネカゲへとそう返す。

 ムネカゲ的には、乗り掛かった舟であるからして、このまま依頼内容の元凶でもあるホブゴブリンの討伐を行うつもりではあった。

 しかしその返答をしようと口を開きかけたムネカゲを押し退けるように、先程から機嫌の悪かったキーラがムネカゲを制し口を開いた。


「ご主人様、ここは私めにお任せを。さて、村長。そちらから出された依頼は、何匹居るのかすら曖昧なゴブリンの討伐です。依頼料も銀貨一枚と言う、そもそも依頼内容にそぐわない低い報酬額。しかし実際戦ってみると、倒したゴブリンは八十匹以上。既に十分依頼内容分以上の働きはしたと思いますが?そもそも討伐報酬として銀貨一枚は安すぎだと思うのですが、そこら辺どうお考えですか?それに加えて、蓋を開けてみればその上に上位種族であるホブゴブリンが居る始末。そもそも、ホブゴブリンがゴブリンを連れている時点で一パーティーでの依頼では無く複数パーティーへの依頼となり、その報酬はもっと高くなるのですが、村長はそれを分かっていて討伐依頼をご主人様に言っておられるのですか?」


 キーラは静かに立ち上がり、しかし怒りを露わに机へと両手を激しく叩きつけ村長を問い詰める。

 そう、キーラの機嫌が悪かったのは、依頼内容と現実の差があまりにも掛け離れていたからだ。大方、十匹くらいは居るだろうとは思っていたが、蓋を開ければその数倍以上のゴブリンが居り、それを統制するホブゴブリンまで居る始末。

 更に言えば、ここに来て銀貨一枚のままホブゴブリンの討伐まで押し付けようとする村長に対し、ブチ切れたのだ。

 ムネカゲとしては、報酬に関しては全く気にしておらず、「纏めてゴブリンが出て来るのなら、カエデの訓練に丁度いいのでは?」くらいの軽い感覚で依頼を受けていた。だが一方のキーラにしてみると、主人であるムネカゲに対し、この様な低い報酬であれこれやらせるなど以ての外だったのである。


「もしもこのままホブゴブリンを討伐しろと言われるのであれば、是非ともギルドへと物申したいと思いますが、そこら辺どうお考えですか?」


 虚偽の内容では無いのかもしれないが、そもそもの依頼内容とは違う事が起こっているのであれば、それを正さなければならない。

 それをせずにこのまま進めるとなると、ギルドとしては虚偽の依頼を冒険者に受けさせたこととなり、そのメンツを潰される事になり兼ねない。そうなると、ギルドはその後一切この村からの依頼は受け付けなくなるだろう。

 そうなると困るのはこの村であり、それを依頼した村長に対する村人からの信頼が失せるのである。

 そんなキーラの剣幕な物言いに、ムネカゲは「おぉぅ……」と怯み、村長は額から大粒の汗を流し、無言で目を泳がせながら汗を布で拭き取っている。カエデはムネカゲの隣で出されたお茶を啜っている。


「依頼内容や報酬額を変更しないと言う事であれば、我々は即座にこの村を出て、ギルドへしっかりと報告した上でそれ相応の対応をして貰います!」


 ムネカゲとしては、「そこまで言わなくてもいいのでは?」と思うが、今のキーラに逆らえるはずも無い。

 そしてもう一方の村長は、キーラの言葉にどうしたものかと悩む。

 無論、ホブゴブリンは退治して貰いたい。しかし報酬を上げるとなると、その差額は村長の懐から出さなければならない。なるべくなら、懐から金を出すなんてことをしたくはない。その狭間の葛藤に揺れる。

 そんな村長の前では、カエデがキーラの出していた茶菓子を食べている。

 

 キーラの言葉に、村長が冷や汗を掻きながら思案していると、村長宅の扉が勢いよく開かれた。

 

「親父!何を迷ってんだ!だから最初からもっと報酬を上げとけと言ったじゃないか!」


 そう言いながら家へと入って来たのは、村長の息子であり自警団の団長でもあるアントンだ。

 アントンはズカズカと村長の元へと近寄ると、ムネカゲとキーラの前へと立つ。


「報酬はしっかり支払う!依頼内容も訂正する!だから、この村を救って欲しい!頼む、この通りだ!」


 そう言うとアントンはその場で土下座をし頭を下げる。

 アントンの物言いに、アロルドが慌てる。


「アントン!勝手に決めるな!そもそも、その差額は一体誰が支払うと思っているのだ!」


 そこからアロルドとアントンの親子喧嘩へと発展する。

 

「金ならあるだろ!そこから支払えばいいじゃないか!」


「あれは税金の支払い用に残しておくべきものだ!そこからなど支払える訳ないだろう!」


「じゃあどうするんだよ!このままだと、この人達は引き上げると言っている。それで本当にいいのか!」


「いい訳ないだろ!だが、あの金はワシの物だ!あの金に手を付ける事は許さん!」


 言い合いの中で、少しずつ村長の化けの皮が剥がれて来る。

 その様子をムネカゲは茶を啜りながら聞いており、キーラは腰に手を当て村長を見下し、九歳のカエデは三時間程しか寝ていない為、そろそろ眠気の限界が来ているのだろうコクコクと舟を漕ぎ始める。

 一頻り罵り合ったアロルドとアントンは、肩で息をしながらも一歩も引かない。

 これは当分掛かりそうだと思ったムネカゲは、二人の言い合いに割って入る。

 

「あ~、すまぬでござるが、そろそろカエデが限界なのでござる。しからば、拙者達は拠点へ戻らせて貰うでござるよ。今後どうするのかは、その後二人で決めるといいでござる。」


 そう言って席を立ち、机に突っ伏しているカエデを抱き抱えると、ムネカゲは村長宅を辞する為、扉の方へと歩いて行く。

 

「村長、期限は明日の昼までとします。それまでに依頼内容と報酬の訂正を検討して下さい。もし検討されない場合は、明日この村を立ちます。」


 キーラはそう言うとムネカゲの後を追って行く。

 そしてムネカゲの代わりに村長宅の扉を開けると、そこには村人達の人集りがあった。アントンが村長宅へと戻る際に、村人達もその後ろをついて来ていたのだ。

 寒村である為、家の壁は薄い。その薄い壁故にキーラの怒号まではいかないがそれなりに大きな声での物言いや、アロルドとアントンの親子喧嘩の声は否が応でも外へと漏れ聞こえる。

 そう、村人達はムネカゲ達の会話の中身まで聞いてしまっていたのだ。

 

 そんな村人達を割るように、カエデを抱いたムネカゲとキーラはゆっくりと拠点の家へと向かった。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 

 翌日、村の隅にある一軒家の裏庭に、上半身裸で朝から稽古に励むムネカゲの姿があった。

 昨日は家へと帰った後にキーラから「金銭感覚が無い」だとか「もう少し、常識を知るべきだ」とか、小言を沢山言われたムネカゲ。土下座まではしてはいないが、相当絞られたのだ。

 その時のキーラの恐ろしい顔は、今でも身震いしてしまう程鮮明に覚えている。

 しかし、そんな事を言われてもムネカゲとしては、まだまだこちらの世界の事を十二分に知っている訳では無い。特にギルドの依頼内容やら報酬に関しては、「そう言うものだ」としか認識していないので、それが標準なのかそうでないのかなど、分かるはずも無い。

 その時の為のキーラである訳であるし、その都度教えて貰えればとは思っているのだ。なので、最後には「キーラに任せるでござるよ」と言い、キーラに呆れられていたりする。

 

 そんな事があった為、夜畑での見張りは行っていない。

 と言うより、ムネカゲは「見張りをしよう」と言ったのだが、キーラから「やる必要はありません!」とピシャリと言われ諦めたのだ。

 普段は温厚なキーラなのだが、怒ると怖い事を知り、絶対に逆らうのは止めようと思ったムネカゲであった。

 

 そんな昨日の事を木刀を振りながら思い返し、背中にゾワリと悪寒が走るムネカゲの元にアントンがやって来たのは、鍛錬を終え汗を拭いている最中の事であった。


「ムネカゲ殿、話がある。朝食が終わったら、家へと来て欲しい。」


 どうやら話が纏まったらしい。

 

「畏まってござるよ。」


 ムネカゲはそう一言告げると、上着に袖を通して拠点である家へと入って行った。

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