第50話 サムライ、ホブゴブリンと戦う

 その頃、ムネカゲ達は未だ夢の中に居た。

 そして、ドンドンと激しく叩かれる扉の音で目が覚める。


「冒険者の方!大変です!村がゴブリンに襲われてます!早く何とかして下さい!」


 自警団の男はそう叫びながらも、扉をドンドンと激しく叩き続ける。

 その音と声で目が覚めたムネカゲは、眠い眼を擦りながらも借りている家の扉を開ける。


「ふわぁ~。どうしたでござるか?」


「村に、物凄い数のゴブリンが!そのゴブリンが村の扉を壊そうとしているんです!」

 

 正に「今起きました!」と言った感じで右手を懐へと入れ、左手で頭を搔きつつ呑気に欠伸をしながら出て来たムネカゲに、自警団の男は捲し立てる様にそう告げた。

 自警団の男は慌てふためいているのだが、ムネカゲは全く気にもしていない。


「ゴブリンが!ゴブリンが村を襲ってるんです!早く何とかして下さい!」


「ん?ゴブリンでござるか?焦れて、襲って来たのでござるかな?まあ、分かったでござる。支度をするので、少々待っているでござるよ。」


 ムネカゲはそう言うと、扉を閉めた。

 その全く焦る様子の無い対応に、自警団の男はポカーンと口を開け呆ける事しか出来なかった。

 

 家の扉を閉めたムネカゲの後ろには、男の声で起こされたキーラとカエデが既に身支度を整えてスタンバっていた。


「ご主人様、いつでも行けます。」


「ん!」


 二人は既に戦闘モードへと入っているのだが、肝心のムネカゲはまだ何の支度も整ってはいない。


「分かったでござる。」


 ムネカゲは呑気にそう言うと、収納から刀を取り出し腰へと差し、右手に槍を持つ。

 甲冑は着けない。そんな時間は無いから。そもそもゴブリン如きを相手にするのに、甲冑は必要ないだろう。

 準備の整った三人は、扉を開けて家を出る。

 

 扉の外には、先程の自警団の男がまだかまだかと待ちわびていた。

 とは言え、一度扉を閉めてから再び扉を開けるまでは、一分程しか経っていない。

 しかし今現在、村の門はゴブリンにより攻撃を受けている真っ最中だ。自警団の男からしてみると、もう一人の同僚を門に残して来た事に対し不安を募らせている。


「は、早く門へ!早く村を救ってください!」


 男は縋るような目で門の方を指差し、兎に角急いでくれと捲し立てる。


「分かったでござる。」


 ムネカゲはそう一言だけ言うと、男の先導で村の門へと駆けた。

 

 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 村の門前では、アントン率いる自警団と村人が総出で扉を押さえていた。

 流石に木の棒の先を尖らせただけの槍擬きでは扉を破壊する事は出来ないが、木を削って作られた棍棒だと門を破壊される可能性はある。

 それくらい村唯一の出入り口である門は、薄っぺらいのだ。その薄っぺらい門を破壊されない様に、木の板を当てて押さえている。

 そこへ颯爽とムネカゲ達が登場。状況を見て「さてどうしたものか……」と思案する。

 先ず、門から出る事は不可能に近い。村の出入り口たる門は、ここ一か所しか無いのだ。もし仮に門を開けたとすれば、ゴブリンが村に雪崩れ込んで来るであろう。櫓の様な物でもあればそこから飛び降りる事も出来るだろうが、この村にはそんなものは無い。となると、外に出る事が出来ないのだ。

 一頻り考えたムネカゲは、キーラの方を向くと作戦を口にする。


「拙者、門を飛び越えて向こうへ行くでござる。キーラは、その後カエデと共に門から打って出るでござるよ。」


 ムネカゲの考えた作戦は、「手っ取り早いのは、自分がこの村を覆う壁を飛び越えればよくね?」と言ったものだ。

 しかしそれを聞いたキーラは、ムネカゲの言っている意味が分からなかった。

 暫く頭にハテナが飛び、ようやく理解した時には、既にムネカゲは行動に移そうとした時だった。


「ご、ご主人様!」


 キーラがムネカゲの名を呼ぶ。ムネカゲはキーラの方を向き「頼んだでござるよ」と軽く一言告げると身体強化を使い、門横の村を覆う高さ2m程の木壁を乗り越え、ゴブリン達が居るであろう反対側へと飛び降りてしまった。


 木壁を飛び越えたムネカゲの真下には、ゴブリンの集団が武器を片手に門を破壊しようとしていた。

 そんなゴブリン達の一匹の頭を踏み潰すように着地をする。


「ギャッ!」


 頭を踏まれたゴブリンが奇声を挙げて、グシャリと言う音と共に地面へと倒れ込む。

 そして突然現れた人間に、ゴブリン達の動きが一瞬止まる。

 

「あ〜、踏み付けてすまぬ。さて、数が多いでござるが……まあ、何とかなるでござるかな。」


 一瞬、辺りを見回したムネカゲは、そう独り言ちると手に持つ羅刹天十文字槍を一薙ぎ。

 その一振りで、門を壊すべく攻撃をしていたゴブリンを纏めて薙ぎ払った。

 再び辺りを見回すと、ゴブリンの数は凡そ五十を超える数が居る。そのゴブリン達の後方。ムネカゲから見て右手の方には、ゴブリンよりも一回り大きく、ボロボロになった剣を携えたゴブリンが見受けられる。


「あれがボスでござるかな?」

 

 その大きなゴブリンが、周りのゴブリン達に「グギャグギャ」と指示を出す。その声に周りのゴブリンが反応し、ムネカゲ目掛けて一斉に襲い掛かって来た。

 ムネカゲは門の近くのゴブリンから仕留め始める。

 羅刹天十文字槍に斬られ、突かれ、吹き飛ばされるゴブリン。

 門前を一掃したムネカゲは、「キーラ!いいでござるよ!」と門中へと声を掛ける。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 

 その頃、門内ではアントンとキーラとの間で一問一答が行われていた。


「だから、門を開けたらゴブリンが村の中へと入ってしまうだろ!村の者を危険に晒すなんて出来る訳ないじゃないか!」


「そこはご主人様が外のゴブリンを何とかしますから、大丈夫だと先程から言っているではありませんか!」


 村人を危険に晒してまで門を開ける事は出来ないと言うアントンと、門を開けさせたいキーラ。そのやり取りを、カエデと村人達が見守る。


「さっきの人が幾ら何とかすると言っても、ゴブリンの数は十や二十ではないんだぞ!?そんな中に飛び込んで、何とか出来るとは思えねえだろ!」


「それくらいのゴブリンなど、ご主人様に掛ればものの数秒で倒されます!そのお手伝いに行かねばならないのです!門を開けなさい!」


 ムネカゲの強さを知っているからこそ大丈夫だとキーラは言うが、アントンとしては話には聞いたが実際に見た訳では無いので信用する事が出来ない。


 そうこうしていると、門の向こう側からムネカゲの声が聞こえて来た。


「ご主人様!直ぐに参ります!ほれ見た事か!ご主人様が門前を制圧された!私とカエデお嬢様は外に出る!サッサと門を開けなさい!」


 キーラそう言うと大剣を抜き放ち、アントンへとその切っ先を向ける。

 カエデも既に臨戦態勢となっており、腰のショートソードを抜いている。

 切っ先を向けられたアントンは「くそっ!」と悪態を吐くと、門を押さえている者達へと指示を出す。


「あんたらがここから出たら、直ぐに閂を掛ける。その後あんたらがどうなっても知らねえからな!」

 

「それで結構!」


 キーラはそう言うと、閂の外された門を開きカエデと共に村の外へと駆け出した。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 門の外に出たキーラとカエデの前に、死屍累々のゴブリンの死体が目に入る。


「粗方、数は減らしておいたでござる。拙者はあっちの大きなゴブリンを倒して来るでござるから、キーラとカエデは残りのゴブリンをお願いするでござるよ。」


 残りのゴブリンの数は凡そ二十弱。ムネカゲが槍で指した方には、確かにゴブリンより一回り大きなゴブリンが見える。

 そしてそのゴブリンを見たキーラが、ムネカゲへと声を掛ける。


「ご主人様、あれはホブゴブリンです。ゴブリンよりは強く、オークよりは多少弱いと言った感じです。ただ、ゴブリンよりは小賢しいので、念の為お気を付けを。」

 

 キーラの言葉に、ムネカゲは「ほぉ~」っと言うと、「まあ、大丈夫でござろう。」と言いホブゴブリンの方へと駆け出した。

 その後ろ姿を見送ったキーラは、残りのゴブリンへと大剣を振るう。カエデもまたキーラと共に、一匹ずつ確実にゴブリンを屠って行く。


 一方のムネカゲはと言うと、ボスキャラ的ホブゴブリンを前に少々考え込んでいた。

 何を考えこんでいるかと言うと、「刀で魔力を飛ばす事が出来たのなら、槍でも何か魔力を飛ばす攻撃が出来るんじゃね?」と。

 元の世界では魔力と言う物が無かった為、斬撃を飛ばすと言った事は出来なかった。

 しかしここは元の世界とは別の世界。魔力と言う物があり、それを飛ばす事が出来る世界なのだ。

 であれば、己の修業の為にも色々と試したいと思ってしまう。


「ただ、中々その想像が難しいでござるよ。」


 昨日は、何とか刀で魔力の斬撃を放つ事が出来た。だがこれが槍となった場合、どの様に斬撃を飛ばせば良いのかが分からなくなってしまう。

 そんな事、戦いの真っ最中に考える事ではないのだが。


 とりあえず、魔力を槍へと流してみる。薄っすらと槍を覆うベールの様な物が見える。


「とりあえずこのまま戦ってみるでござる。」


 そうと決まれば話は早い。魔力を纏った槍で、ホブゴブリンへと肉薄する。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 

 ホブゴブリンは、連れて来たゴブリンが次々に倒されて行く事に腹立だしさを覚えていた。

 それを行ったのが、たった一人の人間。そしてその人間が次に狙って来たのは、自分だ。

 ホブゴブリンは慢心していた。確かに、ゴブリンは弱い。その数が集団となれば、それなりに脅威度は上がるだろう。しかしホブゴブリンにとって、ゴブリンは自分達の手足となって動く、ただの兵隊のようなものだ。そんなゴブリンを倒した所で、自分達の敵ではない。そう思っていた。

 だがそれは間違っていた。ゴブリン共を倒した人間が、目にも留まらぬ速さでこちらへと迫ったのだ。

 ホブゴブリンは、手に持つボロボロと刃こぼれした剣を構えた。そのボロボロの剣へと振り下ろされる人間の槍。

 ムネカゲの横凪をボロボロの剣で受けたホブゴブリン。しかし、その一撃でホブゴブリンの持つボロボロの剣が真っ二つに割れる。

 これは不味い!そう思った瞬間、ホブゴブリンはくるりと反転し、森へと逃げた。

 

 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 

 ホブゴブリンへと羅刹十文字槍を振るうムネカゲ。

 ガキンと言う音と共に、ホブゴブリンの持つボロボロの剣が真っ二つに割れる。

 そしてそのまま槍を引き、ホブゴブリンへと突きを放とうと思ったムネカゲの目に、一目散に森へと逃げ込むホブゴブリンの背中が見えた。


「へっ?」


 まさか逃げるとは思っていなかったムネカゲは、間の抜けた声を出し一瞬その手が止まってしまう。

 その間に、ホブゴブリンの姿は森の中へと消えていく。

 ホブゴブリンが森へと逃げたのを皮切りに、キーラ達が相手をしていたゴブリン数匹も森へと逃げ込んだ。

 その様子を見ていたキーラとカエデもポカーンとした表情をしており、その一瞬が為にゴブリンを追う事が出来なかった。

 

 最後は何だか気の抜けた感じにはなったが、最終的にはゴブリンだけでも六十匹近くを倒していた。昨日と一昨日前を合わせると、その数は八十匹程だ。

 これで畑を荒らすゴブリンは居なくなったと思いたい所ではあるのだが、ゴブリンを指揮するホブゴブリンが逃げた事によって更に面倒臭い事になるのであっ

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