第49話 サムライ、再び夜を徹して見張る
その後、カエデに今の戦いの小言をあれこれ言ったムネカゲは、討伐証明と魔石を抜き取らせた後に見張りを再開したのだが、それ以降ゴブリンが現れる事は無く朝日が昇り始めた頃には一旦村へと引き返した。
「とまあ、十匹のゴブリンが出て来たでござるよ。」
そして今、村長宅で昨日の報告をしている。
「十匹もですか……。」
その数を聞いた村長は大そう驚く。
それはそうだ。最初の目撃ではゴブリンの数は二体であったし、例え村に自警団があるとはいえ流石にゴブリン十匹纏めて出て来られると、自警団だけでは対処出来なくはないかもしれないが、難しいだろう。
しかし、全く頼りになりそうにも無いと思っていた冒険者の男が、それをサラリと言うのだから猶更だ。
「これで畑を荒らすゴブリンは居なくなったのでしょうか?」
村長の不安を滲ませた言葉に、ムネカゲは首を傾げる。
「どうでござろうか?これで終わってくれれば良いとは思うでござるが、確信はないのでござるよ。よって、一応念の為ではござるが、今宵も同じ場所で見張ってみようとは思っているでござる。それで出て来なければ良し。もし出て来たのであれば、討伐すればいいだけでござるし。」
作戦通り行う予定のムネカゲは、そう村長に告げた後、村長宅を後にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ムネカゲが帰った後の村長宅には、アロルドとアントンが膝を交えていた。
「ゴブリン十匹を倒した事を、ああも簡単気に話すとは……。」
未だにゴブリン十匹を倒したと、軽々と言ってのけるムネカゲに驚きを隠せないアロルド。
「俺達自警団でも、流石に夜間、十匹同時となると厳しいぞ?」
元冒険者であれば可能なのかもしれないが、アントン以下の自警団メンバーはそうで無い。代々村の自警団を担って来た者から手解きを受けただけの、村人達よりもたった少し腕が立つ程度だ。
その自警団を以てしても、十匹を同時に相手してどうなるかなど、今のアントンに分かろうはずも無い。
しかも、冒険者を呼ぶような事案がこれまで無く、その冒険者の腕を見る事すら無かったので、これが普通なのかどうかの判断すらつくはずも無かった。
「とは言え、何とかなりそうな目途は立って来たではないか。このまま彼らに任せておけばよかろう。」
「そうだな。今夜も外で見張ると言っていたし、このままゴブリンが減ってくれたことを祈ろう。」
アロルドとアントンは、そう話しながらもムネカゲの出て行った扉を見るのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
村長の家を出たムネカゲは、現在の拠点である空き家へと戻ると、キーラの用意していた軽い朝食を食べ仮眠を取る事にした。
日が真上へと昇り、少しずつ傾き始めた頃、目が覚めたムネカゲは、「ん~っ!」っと軽い伸びをした後に居間へと姿を現す。
凡そで言えば、4、5時間は寝ていたのだろうか。
テーブルの上に置かれている魔法の水差しを手に取り、同じくテーブルの上に置かれている木のコップへと水を注ぐと、それを一気に飲み干す。
「さて、夕刻までまだ時間があるでござるが……どうするでござるかな。」
キーラとカエデはまだ起きて来てはいない。
昼には遅いが、夕飯には早い時間だ。とは言え、小腹の空いたムネカゲは、黒パンと干し肉を取り出し、口に運びながら考える。
余りにもやる事がないのだ。
「外で木刀でも振っておくとするでござる。」
そう独り言ちると再度水差しから水を注ぎグイッと煽り、収納から木刀を取り出し家の外へと出た。
外に出たムネカゲは、着物の袖を外し上半身裸になると、木刀を握り素振りを始める。
少しずつ体が温まって来ると、今度は型の鍛錬をし始める。中段構えからの袈裟斬り。斬り上げ。横薙ぎなど、目の前に敵でも居るのではないかと思わせる動きだ。
型の鍛錬が終わると今度は木刀を仕舞い、雷紫電を取り出すと、両手で刀を構え魔力を練って行く。
現在ムネカゲが行っているのは、以前カズンが言っていた魔力を飛ばす訓練だ。
刀に魔力を纏わせる事は出来るのだが、その纏わせた魔力を飛ばす事までは至っておらず、中々難儀している。
そもそもカズンの教えでは、魔力を飛ばすには武器との相性があると言う話だ。それはどういうことかと言うと、魔力が通りやすい鉱石と言う物がある。例えば、鉄製の武器よりは鋼製の武器の方が魔力を通しやすく、鋼製の武器よりはミスリル製の武器の方が絶対的に魔力を通しやすい。更に言えば、ミスリル製よりも希少なアダンチウム製の武器の方が魔力を通しやすいのだ。
ムネカゲの刀や槍の材質は鋼なので、鉄よりは魔力を通しやすいが、それは鉄と比べて僅差で通しやすい程度の感覚なので、中々思う通りに行かないのも頷ける理由なのだ。
ちなみに出会った頃のダングの武器は、素材自体は鋼製なのだが、芯に少量のミスリルが使用されている剣であり、ごり押しとまではいかないが現在のムネカゲよりは多少魔力を纏わせる事が容易な武器であった。そう言う武器を使っているので、魔力を飛ばす事が出来たのである。
余談ではあるが、アーベルとアネッテの武器は現在ミスリル製に変わってはいる為、魔力を飛ばそうと思えば今は出来るだろう。だが出会った頃は鋼製であった為、ごり押しをしてまで魔力を飛ばす事をしていなかった。
更に言えば、キーラも魔力を飛ばす事は出来ない。
そしてムネカゲはそんな理由を知る由も無い為、現在もかなりごり押ししている。
「あと少しで飛ばせそうな気もするのでござるが……。」
ムネカゲは魔力を纏わせた刀を振る。刀に纏った魔力が、まるで刀の残像の様に見える。
これをそのまま前へと飛ばす事が出来れば成功なのだが、その飛ぶと言うイメージが出来ない為に飛ばない。
何度か刀を振っていると、家からカエデとキーラが出て来た。
「んっ!」
「おはようございます。」
カエデは左手を挙げ、キーラはお辞儀をする。
「ゆっくり寝られたでござるか?」
ムネカゲの言葉に、カエデとキーラは頷く。
「ん!んんっ!」
ムネカゲを見たカエデは、ムネカゲを指差しながら何かを訴える。
「ん?カエデも鍛錬をするでござるか?」
「ん!」
ムネカゲの言葉に、カエデは頷く。
「では木刀を持って来るでござるよ。」
「ん!」
左手を挙げたカエデは、急いで家の中へと入って行く。
数分後、家から出て来たカエデの左手には、ムネカゲが作った木刀が握られていた。
「では、素振りからでござる。」
ムネカゲとカエデは、日が沈みむ頃まで稽古を続けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
数時間後、稽古に一区切を付けた頃には既に日が沈みかけており、その数十分後には夜の帳が降りる。辺りが真っ暗になった頃、ムネカゲ達三人は再び畑の中の人となっていた。
昨晩同様篝火を焚き、ゴブリンが出て来るであろう森を見つめる。
それからどれくらい経ったであろうか。雲一つ無い真っ暗な空を照らす二つの月が、ムネカゲ達の頭上へと昇ろうとしていた時、ムネカゲ達が見つめる森の草むらからガサガサと音が聞こえ始める。
それと同時に、ムネカゲの気配察知に複数の気配が現れた。
「来たでござるな。」
目を瞑り、刀を両手で抱く様に座っていたムネカゲが、徐に立ち上がりながらそう呟く。
「数は二十でござる。」
刀を腰に差しながら、ムネカゲはキーラとカエデに聞こえる様にそう一言。
ムネカゲの言葉を聞いたキーラとカエデも、腰を下ろして居た場所から立ち上がると、いつでも行動に移れるように武器を抜き構える。
「キーラはカエデの補助をお願いするでござる。カエデは、焦らず確実に一匹ずつ討つでござるよ。」
「畏まりました。」
「ん!」
二人からの返事が聞こえた後、ゆっくりとゴブリンの集団が森から現れる。
「グギャギャ!」
一匹のゴブリンが叫ぶと、周りのゴブリン達もグギャグギャと騒ぎ始める。
一頻り騒ぎ立てたゴブリン共は、その赤い目をムネカゲ達三人の方へと向けると一斉に襲い掛かって来た。
ムネカゲは刀を抜くと、刀身に魔力を纏わせ襲い掛かるゴブリンへと斬り掛かる。
キーラとカエデも各々武器を構えると、キーラはカエデへと複数体が向かわない様に間引きしながら応戦し、カエデはムネカゲとキーラが敢えて逃したゴブリンを相手に剣を振る。
小躍りするかのように飛び跳ねながら襲い掛かるゴブリン達。
ムネカゲは、刀身に纏わせた魔力を放出するイメージで刀を振るう。しかし、中々どうして、魔力が飛んで行くと言うイメージが掴み辛い。
「中々難儀でござるな。」
ゴブリン程度に魔力を纏わせる必要は全くと無いのだが、ムネカゲとしては自らを鍛えるための訓練として刀を振るう。
纏わせた魔力が、刀を振る毎に弧を描く様に残像を残す。
ムネカゲはその残像を見ながら「この残像が飛んで行けばいいのでござるが……」と内心考える。
それが功を奏したのか、数体のゴブリンを斬り伏せた時それは起こった。
≪ピコーン!スキル:飛斬を会得した≫
久方振りに頭の中で音が鳴ったのだ。
そしてその音と共にムネカゲの斬り上げた刀から、かなりごり押しで放った魔力の斬撃が放たれる。
魔力の斬撃は弧を描いており、斬り上げた状態から真っすぐにゴブリン目掛けて魔力の斬撃が飛んで行く。
「グギャ」
その軌道上に居たゴブリン三匹が、身体を真っ二つにされる。
「おぉ!ようやく飛ばす事が出来たでござるよ!」
ムネカゲは、刀を振りつつもその威力に感嘆する。
その後、気を良くしたムネカゲは、飛斬を連発。あっという間にゴブリンを制圧してしまう。
ニ十匹ものゴブリンを倒し、その処理をカエデとキーラに任せたムネカゲは、その後も森の様子を観察する。
この時点で、ゴブリンの巣があるのではないかという結論に至ったムネカゲとキーラではあったが、カエデの事を思えば巣まで行く事は憚られた。
出来る事なら、もう少し数を減らした上で巣へと攻撃を仕掛けたい。ムネカゲとキーラは、辺りを警戒しながらそう話し合った。
そして、その後ゴブリンが現れることなく夜が明ける。
日が昇り初め、辺りが白み掛かって来た頃、ムネカゲ達は村へと戻る事にした。
村へと入ったムネカゲは、キーラとカエデを先に拠点である家へと帰すと、昨日同様に村長へと報告に行き、報告を終えた後に家へと戻り仮眠を取ったのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ムネカゲ達が仮眠を取り初め、三時間程経とうかと言う頃にそれは起こった。
日が真上へと昇り、ゴブリンに荒らされた畑を整備すべく畑仕事に精を出している村人達が、そろそろ一息吐くかと腰に手を当て手拭いで汗を拭こうと思っていた時。少し離れた森から、突如としてゴブリンがぞろぞろと現れたのだ。
「ゴ、ゴブリンだー!」
「ひ、ひぇー!に、逃げろー!」
突然現れたゴブリンの集団を目に、村の外で畑仕事に精を出す村人達は驚き、逃げ惑うように村へと避難を開始する。それを見たゴブリン達は、小躍りしながら村人達を追いかけ始める。
ゴブリンが現れた理由。それは、食料調達の為に送り出したゴブリン達が、いくら待っても戻って来ない事を不審に思い、残ったゴブリン達が業を煮やして巣から一斉に出て来たのだ。
「グギャギャ!」
「グギャッグギャ!」
外で畑仕事をしていた村人達は、「ゴブリンが出たぞ!」と村に聞こえるくらいの大声で叫びながら、我先にと村唯一の出入り口である門へと駆け込んでいく。
「早く!急げ!」
門番を任されている村の自警団の男二人が、駆けこんで来る村人達を門の中へと入れ、最後の一人が村へと入ったのを確認すると門を閉め
村人を追いかけていたゴブリン達は、閉められた門を壊すべく、手に持つ槍擬きや棍棒で門をガンガンと叩く。
「おい!俺はここで扉を守る!お前は、空き家へと走って冒険者の人を呼んで来い!」
「わ、分かった!」
自警団の男は、もう一人の相方へとそう叫ぶ。
叫んだ方の男は閂の掛けられた扉を押さえ、叫ばれた方の男は慌ててムネカゲ達を呼ぶべく村の中へと走って行く。
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