第48話 サムライ、ゴブリンの集団を捌く

 村の離れの空き家に案内されたムネカゲ達。

 案内された家は、所謂2DKと言った感じの平屋の家で、六畳二間の個室と洗い場――無論水道は無いので水を汲んで来なければならない――。一基の竈が据えられている十畳程のスペースがある家であった。

 とは言え、元々の世界で済んでいた場所がそんな感じであったムネカゲではあるし、キーラもそこまで気にはしていない。カエデに至っては、そもそも屋根の無い所で育って来たので、屋根があるだけで十分豪邸だ。しかし、案内した村人は、「こんなボロ家で申し訳ありませんだ。」と恐縮していた。


「屋根があるだけで十分でござるよ。それに、しっかり休む事も出来るでござるしな。」


 一応、約六畳程の個室が二室あり、各部屋には束ねた藁を敷いた簡易ベッドも置かれている。

 

「ところで、ゴブリンが荒らしたと言う畑に行きたいのでござるが、誰か案内しては貰えぬであろうか?」


 ムネカゲが村人へとそう告げると、村人は「自警団へ伝えて来やす」と言い家を出て行った。

 村人が出て行き暫く経つと、革鎧に身を包み左手に槍を持ったアントンがやって来た。


「アントンと言う。荒らされた畑を見たいと言う事なので、俺が案内する。」


 アントンはそう言いながら右手を差し出してくる。


「ムネカゲと申すでござる。よろしくお願いするでござるよ。」

 

 ムネカゲも名を名乗りながら、アントンに右手を差し出しその手を握る。

 キーラとカエデを残し、アントンと共に村の門を出て現場へと向かう。

 村に来る際にも見ていたが、村の入り口向かって左手の方の作物はまだ無事ではあるのだが、右手側の作物は酷いい有様であった。

 何故右側が酷いかと言うと、それは近くに森があるからだ。


「成程。森からゴブリンが来るのでござるな。」


「ああ、北の森からゴブリン共がやって来る為、北側の畑の被害は酷いが、今の所南側の畑に被害は無いな。」


 畑の中は、作物が抜かれていたり、踏み潰されていたりとかなり荒れており、その地面には複数のゴブリンのものであろう足跡が残されている。


「もう少し森の方へと行っても良いでござるか?」


 粗方畑を見て回ったムネカゲは、そう言いつつ森の際の方へと足を向ける。

 畑を出て、地面をじっくりと見ながら森の方へと向かうのだが、ゴブリンの足跡は一か所から畑へと向かっている事が分かった。


「ここから出入りしているようでござるな。」


 そこはありふれた木と木の隙間であるのだが、しかし下草がしっかりと踏み潰されており獣道が出来上がっていた。


「村の者達で調べたのでござるか?」


 ムネカゲはその獣道を見つつ、後ろに尾いて来ているであろうアントンへと問う。


「いや、畑が荒らされているのは確認していたが、ここまでは調べてはいないな。」


「なるほどでござる。」


 ムネカゲはその獣道の奥の方をジーっと見つめてそう答える。

 現在ムネカゲの気配察知に、ゴブリンの反応は無い。

 と言う事は、ムネカゲの気配察知の範囲――どれだけの範囲があるのかは知らないが――にはゴブリンは居ないと言う事だ。

 

「分かったでござる。では、一旦村に戻るでござるよ。」


 ムネカゲはそう言うとクルリと反転し、村の方へと歩き始めた。

 

 一度家に戻ったムネカゲは、キーラとカエデと共に情報共有と今後の方針の為に話しを始める。


「ゴブリンは北の森から来ているようでござるな。そこで今宵は北の畑に篝火を焚いて貰い、どれだけの数のゴブリンが畑へとやって来ているのかを確かめようと思うでござる。とは言え、確実に戦闘になると思うでござるからして、準備は怠らない様にでござる。それと、今宵は夜通しとなるので、カエデとキーラは今の内に仮眠を取っておくでござるよ。」


 作戦としてはこうだ。

 畑の真ん中に火を焚き、待機。ゴブリンが森から出て来た所で、その数を確認する。ゴブリン相手であれば、こちらを見つけ次第襲い掛かって来る可能性がある為、出来る限り出て来たゴブリンを殲滅させる。出て来たゴブリンを殲滅したら、翌日も同じように火を焚きゴブリンの動向を探る。初日で収まっていれば良し。再び別のゴブリンが現れたら、それを殲滅させる。これの繰り返しだ。

 現在時刻は詳しくは分からないが、凡そで言えば日暮れの前くらいだ。

 キーラは簡単な夕飯を作る為に竈に火を入れ始め、カエデもそれを手伝い始める。ムネカゲは家を出ると、アントンを探して村の中をうろつき始める。

 果してアントンは村の唯一の門の所に居た。


「おお、居た居た。アントン殿、今少し良いでござろうか?」


 何やら門番と話していたアントンに声を掛ける。


「ああ、冒険者殿か。俺に何か用か?」

 

 アントンはムネカゲの方へと振り返りそう言うと、スタスタとムネカゲへと近付く。


「それなのでござるが、今宵、荒らされた畑の真ん中に篝火などを焚いては貰えないでござろうか?」


「篝火?焚くのはいいが、平たい銅鍋に木をくべて使うような物しか無いぞ?」

 

 ムネカゲの言う所の篝火とは、よく時代劇で出てくるような三脚の上に籠が付いており、その中に薪がくべられている物の事だ。しかしアントンが言っているのは、焚火台の様なものの事を言っている。


「まあ、辺りが明るく照らせるのであればなんでも良いのでござるよ。」


「であれば、用意させよう。火は着けておいていいのか?」


「それで良いでござるよ。ああ、それて今宵は夜通し畑で番をするでござるから、多めの薪の方もお願いするでござるよ。」


「分かった。」


 アントンはそう言うと、村の方へと向かう。その背中を見ているムネカゲは胸中で、「これで準備は整ったでござる。」と呟く。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇ 


 その夜、ムネカゲとキーラ、カエデの三人の姿は、畑のど真ん中に設置してある焚火の周にあった。

 ムネカゲはいつもの通り、着物に甲冑姿。左手には羅刹十文字槍が握られている。キーラとカエデもいつもの通りの革鎧であり、キーラは背中に大剣を。カエデは腰にショートソードを履いている。

 日が沈んで暫くしてからこの篝火の元へとやって来た三人であったが、幾度となく薪をくべ、夜空に輝く月が真上に差し掛かったところでムネカゲの気配察知に反応が現れる。


「来たでござるな。数は……十でござるか。先ずは様子を見るでござるが、向こうが襲い掛かって来たら即応戦でござるよ。」


 ムネカゲの言葉に、キーラとカエデが頷く。


「カエデ、一匹ずつ確実に倒すでござるよ。危なくなったら、拙者ないしはキーラが助けるでござる。」


「ん!」


 カエデは返事をすると、腰のショートソードを抜き両手でしっかりと柄を握り締める。

 そうこうしていると、森からゴブリンが姿を現す。

 ゴブリン達は畑が明るい事に疑念を抱きつつも、手に持つ棍棒の様な物を構えて用心深く森から出て来た。そして明かりの方へと目をやると、そこには男が一人と女が二人いるでは無いか。


「グギャグギャ!」


 一匹がそう叫ぶと、他のゴブリン達も「グギャ!」と騒ぎ始める。そして、我先にと篝火の方へと走り出す。そう、一番弱そうなカエデ目掛けて。


 カエデは落ち着いてゴブリンの動向に目をやる。

 今までホーンラビットは幾度となく倒して来た。しかしそれは単体での事で、今回の様に複数体と戦った訳では無い。

 緊張のあまり、額から汗が流れ落ちる。

 そして遂に先頭のゴブリン二匹がカエデへと切迫する。


「んっっっ!」


 カエデへと飛び掛かろうとしたゴブリン目掛けて、ショートソードの一閃が炸裂する。

 だが慌てたのか、カエデの左手が柄から離れてしまう。その為剣の刃の方では無く、少し腹の方がゴブリンへと当たってしまう。

 しかし剣の腹とは言え当てられたゴブリンは、その一撃を顔面へと喰らい、隣を巻き込みながら吹き飛ばされる。


「カエデ!落ち着いて剣を振るうでござる!握りが甘いでござるよ!」


 ムネカゲに叱咤されたカエデは、小さく「ん!」と答えると、剣を握り直し次のゴブリンへと備えた。

 

 カエデが相手できるのは、精々二体同時であろう。それが分かっているムネカゲとキーラは、集中してカエデが襲われない様にゴブリンの間引きを始める。

 キーラは先程カエデが吹き飛ばし、今尚地面で藻掻いているゴブリン二匹の息の根を止める。ムネカゲは羅刹十文字槍で、カエデへと向かう他のゴブリンを斬り飛ばす。その合間を縫ってゴブリンが二体、棍棒を振り上げながらカエデへと迫る。

 カエデは「今度こそは」としっかりと剣を握り、襲い掛かるゴブリンへと目を向ける。そして振り下ろされるゴブリンの棍棒。流石にこれを剣で受ける訳にはいかない。何故なら、連携しているとは思わないが、謀ったようにほぼ二匹同時に棍棒を振り下ろしてきているからだ。片方を受ければ、片方を喰らってしまう。ならば両方を避けるしかない。

 カエデはその小さな体を強引に動かし右へと飛ぶ。ゴブリンの棍棒は地面を叩き付けられ砂塵が舞う。

 右へと一回転して回避したカエデは、すぐさま体制を整えると、一番手前のゴブリンへと剣を振り下ろした。そしてその小さな手に、ザクっと言う肉を断つ感触が伝わる。


「ギャーッ!」


 カエデの一撃は、腕を切り落とすまではいかなかったものの、手前のゴブリンの左腕に深く食い込む。カエデはすぐさまゴブリンの腕から剣を引き抜くと、そのまま正眼へと構え、ゴブリンの喉へと向かって突きを放つ。

 痛みにより声を挙げたゴブリンの喉元をカエデの剣の刃が斬り裂き、ゴポッっと口から血を吐きながら前のめりで倒れていく。

 突きを放ったカエデは、残りのもう一匹の方へと意識を向ける。

 もう一匹のゴブリンは、地面に打ち付けた棍棒を引き揚げ、再び肩の位置まで振り上げこちらを向こうとしていた。

 カエデはそれを見た瞬間、一足飛びにゴブリンの懐へと入り込むと、ゴブリンの腹目掛けて右足で蹴りを入れる。

 くの字に身体を折り曲げたゴブリンは、「グホッ」という声を挙げてその場に膝から倒れ落ちる。そして大きく剣を振り被ったカエデは、「んっ!!」という掛け声とともに、振り上げた剣をゴブリンの首目掛けて振り下ろした。


「まあまあでござるな。修業が足りないでござる。」

 

 ゴブリンを間引きながらカエデの奮闘を見ていたムネカゲは、そんな一言を言い放つと、止めを刺したゴブリンから槍を引き抜く。

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