第47話 サムライ、寒村に赴く

 騎士団との訓練が終わったムネカゲは、アントニーンが引き留めようとするのをやんわりと振り解きつつ王城を後にした。

 その足でギルドへと向かい、国王から受け取った報酬の受け取りと、これまでの旅で熟して来たカエデの依頼報告をする。

 国王からの報酬は、破格の白金貨一枚であった。

 

 ついでに新たな依頼を受けようと依頼ボードへと向かったのだが、そこで一件の依頼が目に留まる。


「ん?ゴブリン退治でござるか。」


 国都アッセンから港町メルキナへと向かう道中にあるサラニ村からの依頼だ。

 FランクからEランクが受けられる場所に貼ってあるその依頼内容は、「最近村の周りにゴブリンが目撃されており、そのゴブリンに畑を荒らされて困っているので何とかして欲しい。」と言う内容だ。しかも、この依頼が出されたのは、かれこれ一月程前の話。

 何故一月も依頼として残っているかと言えば、その依頼料に問題があった。


「達成報酬は銀貨一枚でござるか……。」

 

 村のお金を搔き集めたのだろうが、依頼料が低すぎるのだ。

 本来、ゴブリンを普通に狩った場合、討伐証明である左耳一つに付き銅貨五枚、魔石が銅貨七枚だ。

 報酬が銀貨一枚と言う事は、大凡ゴブリンが十匹前後分となる。と言う事は、それだけの数のゴブリンが居る可能性があると言う事だ。

 更に言えば、そこまで行く為の費用――村までは一日半掛かる――だって掛かるし、パーティーメンバーが多ければ、その分一人当たりの分け前も減る。そう考えると、本来の報酬は大銀貨一枚以上であろう。

 そもそも、それくらいの報酬であれば、街の近辺で狩ればいいだけの事であり、態々費用を掛けてまで行う依頼では無い。

 そんな理由から敬遠され続けていた依頼だったのだが、金に無頓着なムネカゲとってはあまり意味は無かった。


「ふむ。カエデの訓練には丁度良いでござるな。」


 ムネカゲはそう言うと、依頼の羊皮紙を剥がし手に取ると、受付へと向かう。受付嬢に「これを受けてくれるのですね。ありがとうございます。」とお礼を言われた後、「クロタキケ」としての依頼を受理しギルドを出た。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 

 国都アッセンで一泊した翌日。ムネカゲ達はサラニ村へと向かって歩き出す。

 右に山を。左に森を見つつ歩く事一日半。昼頃には、静かな農村と言った感じの村へと到着する。

 村は魔物除けの柵で覆われており、柵の外には村を取り囲む様に畑が広がっている。その畑には日々の村人の食事となる野菜類などが所狭しと栽培されており、秋になればその一帯が黄金色に変わるのであろう麦が育っているはずなのだが、実際は悲惨なほど荒らされており、見るも無惨な状態となっていた。

 そんな村の入り口には、草臥れくたびれた感じのする革鎧を着こみ、手には木の柄に鉄の穂先が付いている槍を持った見張りが二名立っている。


「何者だ!」


 ムネカゲ達が村へと近付くと、見張りの男が槍を構えて身構える。


「拙者、ゴブリン退治の依頼を受けて来た冒険者でござるよ。」


 ムネカゲがそう伝えると、見張りの男達は訝し気な顔をし、お互いの顔を見合わせる。


「ギルドの冒険者か。ならギルドカードの提示を。」


 そう言われたムネカゲ達は、それぞれギルドカードを見張りへと見せる。


「Dランクか……まあいい、やっと来てくれたか。仲間は後ろの二人だけなのか?」


 その言葉にムネカゲは頷く。

 すると男達は再び怪訝な顔をし顔を見合わせる。そして「仕方がない」と言った表情をすると口を開いた。

 

「村長の家へと案内するから付いて来てくれ。」


 見張りの一人の先導で、村の中へと入る。

 人口、百十四人。世帯数で言えば、二十六世帯程の小さな村の中は、簡素な木造の建物が建っている。ムネカゲ的には、集落の農村と言った感じで、どこか懐かしさのする場所だ。

 そんな村の中を歩く事暫し。


「ここだ。村長に伝えて来るから、ここで待っていて欲しい。」


 年の頃は17歳くらいだろうか。日焼けでなのだろう、褐色の肌の男がそう言うと建物の中へと入って行く。

 そのまま待っていると、先程の男が別の男性を連れて戻って来る。

 その男性と言うのは、年の頃50歳前後。頭頂部は少し寂しくなりつつあるが、その分少し長めに伸ばしている白髪で、少し腰が曲がりかけている老人であった。


「あなた方が依頼を受けて下さった冒険者の方なのですね。私、この村の村長をしております、アロルドと申します。」

 

「拙者、冒険者のムネカゲと申す。こちらはキーラ。そして、こちらの童はカエデと申す。」


 ムネカゲの紹介に、キーラとカエデが頭を下げる。


「ムネカゲ様とキーラ様。カエデ様ですね。ささっ、立ち話もなんですので、中へとお入り下さい。」


「では失礼するでござるよ。」

 

 ムネカゲ一行はアロルドの招きにより、家の中へと入る。

「どうぞこちらへ」と言われリビングへと着席したムネカゲ達に、アロルドは事の経緯を離し始める。

 

 事の始まりは約一か月少々前に遡る。

 畑仕事をしていた村人の前に、突然ゴブリンが姿を現したのだそうだ。その際の数は二匹と少なくはあったのだが、戦闘力に乏しい村人がどうこう出来るはずはなく、慌てた村人達は急いで村の中へと避難した。

 村へと駆け込んだ村人は、すぐさま自衛団を連れ恐る恐るゴブリンが居た場所へと戻ってみたのだが、既にゴブリンの姿は無く、その代わり畑が荒らされており作物が掘り起こされていたのだと言う。


「それからです。朝になると、必ずと言っていい程畑が荒らされておりまして……。」


 畑に残された足跡は日に日に増えて来ており、確実に多くのゴブリンが夜な夜な村の周りを徘徊しているであろうと村長は言う。


「このままでは税を支払うどころか、我々の食べるものすら無くなってしまうのではないかと危惧しておりまして。何とか村のお金をかき集めギルドへと依頼したのですが、この一月の間待てど暮らせど誰も来ることもなく途方に暮れていたのです。」


 そもそも寒村であるサラニ村。現金収入は微々たるものしかなく、商人が来ても取引は物々交換が主だ。

 税金として納めるはずの小麦がやられ、場合に寄っては現金で納税する事になる可能性がある中、銀貨一枚と言う報酬を捻出するだけでも大変であったであろう事は良く分かる。


「左様でござったか。」


「ええ……。もう誰も来てはくれないのか、と諦めかけていたところに、ムネカゲ様達が来て下さったのです。」


 アロルドはそう言いながら目の前のコップを手に取り、中の白湯を一口飲む。そして、コップをテーブルへと置くと、再び口を開いたのだが、その口調は先程とは打って変わって話し辛そうであった。


「ところで、失礼を承知でお聞きするのですが、その……隣の獣人の女性はともかくとして、そちらのカエデ様はムネカゲ様のお子様でしょうか?いや、見たところしっかりと装備は身に付けていらっしゃる様ですが、流石にその子までもがゴブリンと戦う訳ではありますまい?」


 アロルドはそう言うと、革鎧に身を包み、出された白湯を熱そうに飲んでいるカエデの方を見る。

 その視線を受けたムネカゲは、自らの視線もカエデの方へと向けながら口を開く。


「いや、これでもカエデは、Gランクではあるがれっきとした冒険者でござるよ?依頼を受けた理由も、カエデの訓練になると思ったからでござるし。」


 そう言ったムネカゲの言葉に、アロルドは驚きの表情となる。


「そ、そうでございましたか……。それは失礼な事を言い申し訳ございませんでした。では、お三方で依頼を受けて頂けると言う事でよろしいでしょうか?」


 アロルドの言葉に、ムネカゲは頷く。


「では、よろしくお願いします。ああ、依頼をお受けいただく間、空き家ではございますがそちらをお使い下さい。」


 アロルドはそう言うと席を立つ。


「忝いでござる。では、そちらをお借りさせて頂くでござるよ。」


 ムネカゲ的にはマジックテントで全く問題は無いのだが、折角の好意である為その行為を受け入れる事にした。

 その後アロルドに呼ばれた村人の案内で、村の片隅にポツンと建つ平屋建ての建物へと案内される。

 

 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 

 ムネカゲ達三人が村人の案内で離れた空き家へと向かった後、村長の家の奥から一人の男が出て来る。


「親父、本当に大丈夫なのか?」


 そう言うのは、体格も良く褐色の肌に角刈りといった出で立ちの男で、サラニ村の次期村長であるアントンだ。要は村長の息子だ。アントンは、自警団の団長を務めている。


「大丈夫かどうかはわからぬよ。そもそも、三人しか来ないなどと誰も思わんでは無いか。」


「確か、ランクはDだろ?獣人の女は兎も角、男の方はそんなに強そうにも見えん。しかも、一人は子供じゃないか。」


 ちなみに、この村の自警団員は若いのを入れて八名だ。一番年が多いのが32歳のアントンであり、一番下はムネカゲ達を村長宅へと案内した16歳のトマスである。

 そもそも総勢百人程の村なので、そこまでの人数は居ない。装備を整えるだけでもお金が掛かるのだ。


「確かに報酬としては少ないかもしれんが、それでも税金の事を考えるとそれだけしか払えんのはお前も分かるだろう?」

 

 確かに税金の事を鑑みる必要はあるだろうが、それでも村長と言う立場柄現金はそれなりに持っている。実際の所、銀貨一枚と言うのは確かに村中からかき集めたお金なのだが、村長宅からは一銭も出てはいない。アロルドが少しでもお金を出していればもう少し高い依頼料を払えており、もっとましな冒険者が雇える筈であるのだが、しかし自らの懐を痛める事を良しとはしなかったアロルドは報酬をケチった。その為、中々依頼を受けて貰えなかったのだ。


「今はまだ村を襲うなどと言う事は無いが、依頼料をケチったが為に村が襲われたら洒落にもならねえぞ?」


 逆にアントンは、自らの家からも報酬を出すべきだと主張しており、それをアロルドに聞き届けられなかった。そして来たのがDランク冒険者二名――キーラのランクは告げていないので、そう思っている――に役にも立たなそうなGランクの子供一人と言う、何とも頼りがいの無い冒険者だった事に、正直村長としての判断が謝っているのでは?と抗議しているのだ。


「言った所で、もう依頼は出したのだ。そして役に立つかどうかは分からんとしても、冒険者が来てくれたのだ。後は、首尾よくゴブリン共を追い払ってくれれば良し。逆に殺られるようであれば……まあ、その時に考えれば良い。」

 

 アロルドの言葉にアントンは頭を振ると、そのまま家から出て行った。

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