第46話 サムライ、訓練に付き合う
国王から褒美を受け取り、謁見の間から退出したムネカゲは、アントニーンより「少しお待ち下さい。」そう言われ応接室へと通された。
そしてその応接室にて、現在キーラのお説教の真っ最中だ。
「ご主人様!あの場は、片膝を突き、頭を下げ、臣下の礼を執るのが普通です!にも関わらず、そのまま立っているなど「不敬だ!」と言われても仕方が無い行為なのですよ!?現に、周りの者達はご主人様のその行いに、かなり騒ついておりましたし、私はいつ斬られるのかと冷や汗が止まりませんでした!」
床に正座させられているムネカゲは、シュンとしながらキーラの言葉を聞いている。
ちなみに、カエデはキーラの説教対象外だ。理由は、小さいから。
そんなカエデは余程美味いのだろう、「ん~っ!」と言いながらテーブルの上の焼き菓子を食べている。
「し、しかしでござる。拙者、アッセン国に仕えている訳ではござらぬよ。ならば、臣下の礼を執る方がおかしいと思うのでござる。」
「しかしも、かかしもありません!街で暮らす住民も国の臣下にあたるのです!仕えている、仕えていないと言うのは関係ないのですよ!」
キーラの言うことは最もである。しかし、ムネカゲとすれば、臣下と言うのは「主君に仕える者の事」と捉えている。なので、アッセン国に仕えていない自分が、臣下の礼を執るのは間違っていると思っていた。まあ、理由はそれだけではなく、そもそもアントニーンがしっかり説明してくれなかったのが悪いのだが。
「いや、まあ、そうではござるが……。」
ムネカゲはどうしたものかと思い、助けを求める為に、チラリと右を見る。そこには、冷や汗をかきながら、震える手でティーカップを持ち、口元へと運んでいるアントニーンの姿が。
お説教の最中に戻って来たアントニーン。そして、ムネカゲがキーラに説教されているのを見て、ようやく自分が説明を怠っていた事に気付く。
しかし今更言い出せず、メイドの持って来た紅茶を啜り、ムネカゲから目を逸らしていた。
だが、余りのキーラの剣幕さに、アントニーンはムネカゲが居た堪れなくなり恐る恐る口を挟む。
「ま、まあ、キーラ殿。その件に関しましては、陛下から不敬と言われる事はございません。寧ろ、ムネカゲ殿は姫の命の恩人ですので、跪く必要は無いものと思います。ですので、そこら辺でお止めになられては如何でしょうか……。」
アントニーンの言葉に、キーラの溜飲が下がったのか、声色が多少穏やかに変わる。
「アントニーン様が仰せの通り、此度は国王陛下の寛大なお心により問題が無かったのだとは思います。しかし、例えこの度が許されようとも、次回また同じような事があった時、今回の様に許されるとは限りません!ご主人様は無論の事、お嬢様にも、今後キッチリと礼儀作法を学んで頂きます!」
キーラは、その綺麗な顔の眉間に皺を寄せ、ビシッと音が出そうなくらいの素早さでムネカゲを指差す。
ムネカゲはキーラの剣幕さに、「わ、分かったでござるよ」と言う事しか出来なかった。
キーラによるお説教は無事終わり、正座を解除されたムネカゲはソファーへと座り、カラっカラに乾いた喉を紅茶で潤す。メイドが用意してくれていた焼き菓子は、既にカエデが食べ尽くしている。
そんな中、アントニーンはここへと来た理由を話し始める。
「ムネカゲ殿。是非、我らが騎士と手合わせを願えませんか?」
「ん?手合わせでござるか?」
ムネカゲは紅茶を啜ろうとしていたのを止め、アントニーンの方へと向く。
「はい。例の黒装束共がまたいつ襲ってくるのかはわかりません。しかも我々騎士は、黒装束に歯も立ちませんでした。王族を、そして国を守る騎士団として、実力の差を痛感した次第です。」
アントニーンはそこまで言うと、歯噛みする。
黒装束に仲間の騎士を殺されたのが、未だ悔しいのだろう。ちなみに、その騎士達の遺体はまだムネカゲが預かっている。
「そこで、黒装束を倒せる力のあるムネカゲ殿に、是非騎士の訓練をお願いしたいと思いまして。無論、陛下も騎士団長にも既に許可はとっております。」
「まあ、拙者も修行の身でござるからして、この国の者達との手合わせは望むところでござる。」
武人として、他の者との手合わせをする事に否は無い。それこそ、強者にでも出会えたのなら、それはムネカゲ自身の糧となる。
そんな理由からムネカゲは即答する。
「おお!では明日、騎士達を集合させますのでよろしくお願い致します!。ああ、それと、本日はお部屋をご用意しておりますので、そちらへとお泊り下さい。後程、メイドがご案内致します。」
話しが終わった後アントニーンに案内され、城の中庭へと出たムネカゲ。「亡骸をここへ」と言われ騎士の亡骸をその場へと出す。知り合いがいたのであろうか、集まった騎士達からすすり泣く声が聞こえて来た。
その後、メイドに部屋まで案内され、漸く一息吐く事の出来たムネカゲ。部屋はそれなりに豪華な部屋であり、ムネカゲにとっては居心地の悪い部屋だった。
翌日、部屋で朝食を摂った後、迎えに来たアントニーンと共に騎士団の訓練場へと向かう。キーラとカエデも一緒にだ。
かなり広い訓練場――東京ドームくらい――には、既に五十名少々の騎士達が待機していた。その騎士達の先頭に、一際豪華な鎧を身に纏った騎士が立っている。
ムネカゲとアントニーンが近付くと、その騎士が二人へと近寄って来る。
「アントニーンから話は聞いている。私はアッセン国騎士団長、マティアス・クルヴィネンだ。今日はよろしく頼む。」
「ムネカゲと申す。拙者の方こそ、胸を借りるでござるよ。」
マティアスが差し出した手を握るムネカゲ。
挨拶を終えたマティアスは、早速と言わんばかりに騎士達に指示をし始める。
「得物を持った者から、一列に並べ!」
その言葉と共に、騎士達は樽の中からそれぞれ得物を取り出す。そんな騎士達の動きを見つつ、マティアスはムネカゲへと向き直り口を開く。
「ムネカゲ殿。得物は何を使われますか?」
そう問われたムネカゲは、一瞬考えるもすぐさま収納より得物を取り出す。
「拙者はこれを使うでござるよ。」
そう言って収納から取り出したのは、この旅の最中に見つけた、手頃で堅い木を少しずつ削って作っていた木刀であった。
「それでよろしいので?」
マティアスはムネカゲ持つ木刀を見て、眉を顰める。
そもそも騎士達の持つ訓練用の武器は、刃を潰してあるだけの鉄製の武器だ。それに対してムネカゲの持つ得物は単なる木を削っただけの物。流石に訓練用の刀などあるはずも無い。
マティアスの「本当にそれでやるのか?」と言う視線に、ムネカゲは苦笑しつつも木刀を片手で振り回す。
「構わぬでござるよ。それに単なる木だと侮ると、痛い目に遭うでござるよ。」
ムネカゲはそう言うと、木刀片手に訓練場の中心へと歩き出す。
結果だけを言えば、一対多数での訓練であれば「もしかして」があったかもしれないが、一対一の訓練ではアッセン国の騎士達の剣ではムネカゲを捕らえる事は出来なかった。
そもそも、型通りの綺麗な剣筋しか打って来ないのだ。この世の剣の型を知らないムネカゲでさえも、そんな素直な剣筋など余裕で躱す事が出来る。そして鎧の上から木刀で叩き斬られ、柄頭で叩き付けられと、勝負は一瞬でついてしまうのだ。騎士団からしてみれば、最悪な訓練であった。
「なんと……。こうもあっさりと騎士達を手玉に取るとは。アントニーンの言う事は本当であったか。」
騎士達が一人、また一人とムネカゲにより倒されて行く中、マティアスは感嘆の溜息を吐く。そして最後の騎士がムネカゲの一撃を喰らい吹き飛ばされた時、マティアスが動いた。
「ムネカゲ殿。最後はこの私、マティアスのお相手を願います。」
マティアスはそう言うと、樽の中からロングソードを手に取り、ムネカゲへと近付く。
「構わぬでござるよ。」
ムネカゲはそう言うと、身体をマティアスの方へと向け、木刀を両手持ちへと握り替える。
マティアスはロングソードの柄を両手で握り、中段の構えを取る。
緊張が走る中、最初に動いたのはマティアスであった。
「でぇい!」
一気に間合いを詰めて来たマティアスは、中段の構えから剣先を右下へと下ろし、踏み込みと同時に斬り上げる。
ムネカゲはそれを足を一歩後ろへと下げ半身で躱すと同時に、木刀でマティアスの剣を弾く。そして返す刃で、がら空きとなった胴へと木刀を滑り込ませる。
剣を跳ね上げられたマティアスは、咄嗟に腕へと力を入れると、無理矢理に腕を下げ、胴へと迫る木刀を剣で受ける。
ガキンッと鈍い音が鳴り、剣と木刀がぶつかる。
剣と木刀の鬩ぎ合いの中、ムネカゲはフッと力を緩めると、木刀をやや手前へと傾けマティアスの剣を流した。
剣へと掛けていた力が抜けたマティアスは、一瞬。それこそほんの一瞬、体勢を崩し前のめりとなる。
ムネカゲはその一瞬の隙にくるりと左に一回転すると、マティアスの背中へと向けて木刀を斬り上げる。
しかし、マティアスは前のめりとなったのを利用しそのまま前転。ムネカゲの一撃を上手く躱した。
ムネカゲは、振り切った木刀を横へと寝かせると、前へと逃げたマティアスへと一足飛びに駆け寄り横一閃。しかし体制を立て直したマティアスは、立ち上がる前にそれを剣で受け止める。
拮抗する中、ムネカゲはマティアスの右肩を蹴り上げる。片膝を突く格好でムネカゲの木刀を受けていたマティアスは、その蹴りにより後ろへと倒れ込に尻餅を突く。
ムネカゲは、倒れたマティアスの横へと立つと、首元へそっと木刀を添えた。
「ま、参った。」
マティアスは剣を落とすとその場で両手を上げる。
「良い訓練でござった。」
ムネカゲもまたマティアスの首元から木刀を下ろすと、そう言ってその場から離れた。
その後、良かった点、悪かった点をマティアスや騎士達へと伝えるムネカゲ。殆どの騎士に言える事は、「剣が素直すぎる」と言う事だ。
「そもそも、殺すか殺されるかの戦場にて、綺麗事は通用しないのでござるよ。如何に生き延びるかを考えるのであれば、時に泥臭さも必要なのでござる。であれば、蹴りや目潰しも。場合に寄っては金的なども、生き残るのに必要な技の一つでござるよ。無論、それ以前の問題で、剣筋が分かりやすいと言うのもあるでござるが。」
ムネカゲの言葉に、騎士達は素直に頷く者も居れば、顔を歪める者も居る。
だが、ムネカゲの居た時代の戦など、そんなものだった。「騎士道」と「武士道」の違いこそあるのかもしれないが、結局の所、如何に生き残るかが己の手柄にも繋がるのだ。
そんな事をつらつらと訓じた後、ムネカゲはアントニーンに連れられその場を後にする事となる。
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