第45話 サムライ、仕官を促される

 何事も無く過ぎる時間。

 懸念していた黒装束の襲撃も無く、相変わらず代わり映えのしない景色――左に湖、右に森と山を見つつ、ムネカゲ達一行は街道を進む。

 途中、国都から来たのであろう商人や冒険者らしき風体の者達とすれ違いながら、アッセンへと到着したのは昼を過ぎた頃であった。

 アッセン国、国都アッセン。人口は9万人程の小さな街だ。

 街を覆う城壁は約15m程であり、その城壁には鉄製の門が据えられている。

 内部はと言うと、外壁の他に第二城壁、第一城壁と三重となっており、第二城壁内が貴族区。第一城壁内が王宮となっている。

 そんな国都アッセンに到着した一行は、街へと入る列に並ぶことなく貴族用の通用口から街へと入る。


 「ほ~、流石国都と言うだけあって、人が凄いでござるな。」

 

 人口的に言えばブロスの方が多いのだが、活気と言う言葉で言えばブロスと同等くらいだろうか。

 街は区画整備がされ、白一色に纏められた外壁が太陽の光に反射している。

 そんな街並みを眺めつつ、ムネカゲは馬車の後に付いて行く。


 一行は大通りを真っすぐに進み、第二城壁を越え目的地である第一城壁内、王城へとやって来た。

 白一色で統一された外壁に、尖塔が青と言う王城は見る者に威圧感を与える。

 そんな王城正門へと到着し、馬車が止まるとムネカゲとキーラは下馬する。そんな二人へとアントニーンが近付く。


「ムネカゲ殿、護衛の任。ありがとうございました。」


「いやいや、こちらこそでござるよ。」


 ムネカゲはこれでやっと肩の荷が下りたと言わんばかりに「では。」と言い、馬車から降りて来たカエデを連れてその場を立ち去ろうとする。


「いやいや少々お待ち下さい!お礼も御座いますので、私に付いて来ては貰えないでしょうか!」


 その姿を見たアントニーンは、慌てふためきムネカゲを引き留める。


「いやいや、礼など不要でござるよ。」


 しかしムネカゲも頑としてそれを固辞。「いやいや、それは行けません。」「いやいや結構でござるよ」と掛け合いをするそんなやり取りを、カエデがポカーンと口を開けて見ている。

 そのやり取りを止めたのは、アルフレートとキーラであった。


「ムネカゲ様。この様な時期で無ければ、盛大に歓待させて頂いたのでしょうが、今は戦時中。心ばかりでは御座いますが、わたくしの気持ちをお受け取り頂きたく思いますわ。ですので、是非王宮へとお立ち寄り下さい。」


 アルフレートのその言葉に、ムネカゲが固辞しようと口を開きかけた時。スッとキーラがムネカゲの耳元で口を開く。


「ご主人様。副騎士団長であれば固辞するも問題はございませんが、流石に王族ともなればそれは不敬と言われかねません。ですので、ここはお受け致した方がよろしいかと。」

 

 その言葉を聞いたムネカゲは、「キーラがそう言うのであれば、仕方が無いでござる。」とボソッと呟くと、アルフレートの方を向き改めて口を開く。


「分かったでござるよ。では、伺わせて貰うでござる。ああ、ただし。過分な持て成しは結構でござるよ?」


 ムネカゲのその言葉に、アルフレートは苦笑しながら、アントニーンは「むむっ」と言いつつも頷く。


「それではこちらに。」


 アルフレートにそう言われ、王宮の入り口を潜り中へと入る。途中、アルフレートとメイドと別れ、アントニーンに連れられ通されたのは、一階の高そうな調度品が並ぶ応接室。その応接室のソファーへ座るようにと促されたムネカゲ達は、その場違いな空間をしげしげと眺める。

 

「こちらで暫しお待ち下さい。」


 そう言うとアントニーンは部屋を出て行く。

 アントニーンと入れ違いになるよう、メイドが入って来ると、テーブルの上へとティーカップを置いて退出する。


「落ち着かぬでござるな。」


 ムネカゲはそう言いながら、テーブルに置かれたティーカップを両手で持つと、その中身を啜る。

 マナー的に、あまり宜しいとは言えないのだが、熱い上に湯呑の茶しか飲んだ事の無いムネカゲだ。飲み方がお茶を啜るように飲むのは仕方が無い。カエデとキーラは普通なのに。

 そんな落ち着かない部屋で待たされる事暫し。応接室の扉が開き、アントニーンが現れる。


「お待たせ致しました。ではこちらへお越し下さい。」


「畏まってでござるよ。」


 ムネカゲはそう言うと、ソファーから腰を上げアントニーンの後に続く。カエデとキーラもムネカゲの後に付いて部屋を出る。

 応接室から出た一行は、真っ白に塗られ赤い絨毯の敷かれた階段を上がり、二階へと向かう。二階へと上がると目の前には長い廊下が。やはりと言うか、床には赤い絨毯が敷いてあり、その絨毯を踏まない様にフルプレートを身に纏い、手にはハルバードを持った兵士が等間隔にズラリと並んでいる。

 そんな威圧的な感じのする先には、高さ3mはあるであろう両開きの重厚な扉の前が据えてある。


 「ムネカゲ殿。ささっ、こちらです。」


 アントニーンはそう言うと、赤い絨毯の上を扉の方へと向かって歩き出す。ムネカゲとキーラ、カエデもその後ろを歩くのだが、見慣れない光景にカエデは委縮しムネカゲの着物を掴む。

 そうして扉の前へと連れられて来たムネカゲ達。何の打ち合わせも無いまま、その重厚な扉が開く。


「私の後ろに付いて来て下さい。」


 アントニーンはそう言うと、扉を潜り中へと入って行く。

 扉の中は、絢爛豪華。とまではいかないものの、白で統一された柱や壁。そして天井からは魔導具なのであろうか、豪華なシャンデリアが吊るされている。目の前のかなり先は三段程の高座となっており、高座の上には金色に輝く王座が据えられている。

 そんな部屋の中には、数十人の身形の良い服を纏った者達。所謂、貴族達が左右に並んでおり、その者達のさらに後ろにはこれまたフルプレートにハルバードと言った姿の者達が控えている。

 要は、謁見の間と言う奴だ。

 ムネカゲは臆することなく、アントニーンの後に続く。そんなムネカゲの姿を見た者達が、俄かに騒めき立つ。

 そもそも、ムネカゲの恰好は、着物に鎧と、いつも通りの恰好だ。そして、従者。では無いのかもしれないが、カエデもまた革鎧であり、キーラも無論冒険者然とした恰好だ。奇異の目で見られるのは当然だろう。

 アントニーンの後へと続くムネカゲであったが、そのアントニーンが高座の手間へで止まる。そしてその場で片膝を突き畏まると、キーラもまた片膝を突く。

 ムネカゲは、その状況にどうして良いのか分からず立ち尽くす。無論、カエデもだ。そんなムネカゲを見た周囲の貴族達の騒めきが更に増す。アントニーンはムネカゲの状態には気が付いていない。ムネカゲの後ろで片膝を突くキーラは、ムネカゲに一言告げようとするも、貴族達の喧噪にその声は届かない。

 そしてキーラの行動空しく、辺りの喧噪をかき消すかのように、突然ラッパの音が鳴る。すると、左右に立っていた者達がその場で跪く。そして暫くすると、高座の左手から真っ赤なマントを翻し、王冠を被った男性が登場した。

 その男性は、背の丈170前後くらいであろうか。鋭い眼光で口周りには白い髭を蓄え、太っても、痩せてもおらず、威風堂々と言った風体だ。まあ、誰がどう見てもこのアッセン国国王だろうとは予想が付くだろう。

 そしてその男性が高座中央の王座へと座ると、ラッパの音が止み、跪いていた者達がスッと立ち上がった後、辺りは静寂に包まれる。

 

「ムネカゲとやらは、その方か?」


「そうでござる。」


 国王が直接ムネカゲへと声を掛け、ムネカゲが直接答える。しかも、跪く事さえしていないのにも関わらず、それを咎める事もせず。

 そんな光景に、周りの貴族達が再び騒めく。


「そうか。私はアッセン国国王、エドヴァルド・アッセンである。我が娘、第二王女アルフレートを襲撃者の手より救い出し、更には亡くなった騎士達をも運んでくれたと聞く。誠に大儀であった。聞くところによると、その方。相当に腕が立ち、更には東方諸島群出身と言う事であるが、どうだ。我が国に仕える気は無いか?」


 国王エドヴァルドは、騎士達が全く太刀打ちできなかった得体の知れぬ者共を、ムネカゲが事も無く倒したとアントニーンやアルフレートから報告を受けていた。そんな強者を召し抱えようとするのは、国としても必然の事だろう。しかも、現在アッセン国は隣のボルドックから宣戦布告を受けているのだ。強い者は一人でも欲しい所である。

 そんな思惑の元で突然告げられる仕官話に、ムネカゲは一瞬戸惑うも即座に口を開く。

 

「有難い話ではござるが、拙者、何処にも仕える気は無いでござるよ。」


 ムネカゲの返答に、国王エドヴァルドの眉間に皺が寄り、そしてその鋭い眼光でムネカゲを見据える。


「なに?役職を与えた上、相当の年金が与えられると言ってもか?」

 

 再び口を開く国王。しかし、幾ら役職やら年金やらと言われたところで、ムネカゲに理解出来るはずも無い。頼みの綱であるキーラは、ムネカゲの後ろにて跪いたままであり、声が掛けられる状態では無いのだ。

 

「その「やくしょく」やら「ねんきん」と言うのがどう言ったものか全く分からぬでござるが、拙者、まだまだ修行の身でござる。一所ひとところに留まるつもりはないのでござるよ。」


 ムネカゲは王の目を見据えそう答える。


「それは、仕えないと言う事か?」


 王は眼光鋭くムネカゲへと問う。


「そうでござる。拙者、この大陸を見て回りつつ、己を鍛えるつもりでござるからして、何処かに仕官すると言うのは考えておらぬでござるよ。」


 再三に渡り仕官を勧めて来る国王に対し、断り続けるムネカゲ。そんなやり取りを聞いている周りの者達は、国王に対して臆しもせず己の意思を貫くムネカゲに対して「不敬だ!」と騒めき立つ。いや、そもそも国王が出場した時点で跪いていないムネカゲに対しての憤りもあるのだが。


「静粛に!」

 

 あまりの騒めきに、国王自らが声を張り上げる。


「そこまで言うのであれば仕方が無い。その言葉、忘れるでないぞ?」


 国王は念を押すと「おい!これへ!」と、待機していた者を呼ぶ。そして呼ばれた男性が、手にお盆の様な物を持ちムネカゲへと近付いて来る。


「娘を。アルフレートを救ってくれ、更には亡くなった騎士の骸を運んでくれた謝礼だ。それくらい受け取ってはくれるのだろう?」

 

 国王はそう言うと、ムネカゲの目をジッと見る。


「礼は不要と申していたのでござるが……。致し方ないでござる。有難く頂戴するでござるよ。」


 あまり固辞し続けるのもどうかと思ったムネカゲは、国王の目を見据えながらそう言うと、目の前に差し出された羊皮紙を手に取る。


「うむ。それを冒険者ギルドへと持って行くが良い。事後ではあるが、国からの依頼としてギルドへと申請しておく。以上だ。謁見はこれまでとする。」


 国王エドヴァルドはそう言うと、マントを翻しその場から退場して行った。

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