第42話 サムライ、いちゃもんを付けられる

 アンに連れられて来たのは、村の中でも一際大きな建物であった。

 村の建物の全てが木造平屋建てなのに対し、その建物は木造でも二階建てだ。

 そしてアンがその建物の中へと入って行く。


「おじいちゃん、お父さん、お母さん、ただいま。あっ、ムネカゲさん。狭い所ですが、どうぞお入りください。」


 アンはそう言うと、ムネカゲへと中に入ると要促す。

 言われる通りに中へと入ったムネカゲは、その広さにこう思う。「いやいや、全然狭く無いと思うのでござるが?」と。

 

「おお、遅かったじゃないか。おや、その方達は?」


「ああ、お帰り。その方々は?」


「アン、お帰り~遅かったわね~?」


 アンの父親と祖父であろう男性は、部屋の中央に置かれている大きなテーブルでお茶を飲んでおり、その奥の竈ではアンの母親っでろう女性が夕食の支度をしている。そしてアンの後ろに立つムネカゲ達を見て、首を傾げてそう聞いて来る。


「ムネカゲさん、こちらが祖父のグレン。この村の村長をしてます。そしてこちらが父のダンです。奥に居るのは、母のサリーです。おじいちゃん、お父さん。こちらは、ムネカゲさん。それと、カエデちゃんとキーラさんよ。レッドボアに追いかけられていた私を助けてくれたの。それで、お礼も兼ねて、村へと来ていただいたのよ。」


 アンがそれぞれを紹介する。

 グレンは、年の頃60歳くらいだろうか。頭頂部に毛が一本立っている。額や頬には年齢を感じさせる皺が多数あり、腰は「く」の字に曲がっている為、杖を突かなければならない感じだ。

 一方のダンは、背はスラッと高く、ムネカゲくらいだろうか。角刈りで強面な感じなのだが、その目は優しそうにアンを見ている。

 母親のサリーは、娘のアンに似て金髪。おっとりした感じの品の良さそうな女性だ。

 アンの口から「危ない所を助けて貰った」と聞くと、グレンとダンが席から立ち上がり、ムネカゲへと頭を下げる。


「それは、孫娘が世話になりましたな。お礼と言っては何ですが、今夜は我が家でゆるりとお過ごしください。」


「ええ、せめてものお礼に、今日はお泊りになって行って下さい。」


「それは忝い。では、お言葉に甘えさせて貰うでござるよ。」


 ムネカゲは二人の言葉に恐縮し、その場で頭を下げる。それに釣られて、キーラとカエデも頭を下げた。

 すると、奥の水場で料理をしていたサリーが、お盆の様な物に木製のコップを乗せてやって来る。


「まあまあ、娘を助けて頂いたとか。どうぞお座りになって下さい。今、夕飯を作っておりますので、こちらでもお飲みになってお待ち下さい。」


 そう言ってサリーは空いている椅子――切り株を切った物――を指し、テーブルへとコップを置く。


「では、お言葉に甘えるでござる。」


 ムネカゲ達はサリーの申し出を受け、椅子へと座る。そして目の前に置かれていたコップを取り、一口啜りる。

 中身はお茶のような物であり、ムネカゲにとって懐かしい味のする飲み物であった。


「これは?」


「それは、リンドと言う低木に生える葉を、乾燥させて作ったリンド茶と言う物です。お口に合いませんですかな?」


 その飲み物の事を教えてくれるグレン。ムネカゲの顔色を窺っている。


「いや、そんな事は無いでござるよ。懐かしい味に、少し昔を思い出していたでござる。」


 ムネカゲが居た元の世界で、飲み物と言えば水かお茶であった。無論、高級なお茶ではなく、庶民一般が手の出せるような低価格のお茶ではあるが。

 そんな、昔よく飲んでいたお茶の味に似たこのリンド茶に、ムネカゲは郷愁の念を抱いたのだ。


「この茶は、この村の特産かなにかでござるか?」


 そうであれば、購入して帰りたい。そう思った。しかし、ダンはそれを否定する。

 

「特産と言う程でも無いですよ。村民の日々の楽しみの一つとして、村の中で栽培している程度です。量的にも売る程は出来ないので。」


「そうでござったか。いや、しかし、実に懐かしい味のお茶でござるな。」


 アンもムネカゲの隣へと座り、リンド茶を飲む。

 そして話はアンがレッドボアに襲われていた時の話へと移る。

 アンは身振り手振りでその時の状況を説明し、そして如何にムネカゲが自分を救ってくれたのか。そんな説明をしつつ、ムネカゲに羨望の眼差しを向けていた丁度その時だ。

 玄関扉が勢いよく開いたかと思ったら、一人の男性が中へと駆けこんで来る。


「アン!大丈夫か!怪我はしてないか!」


 その男はアンを見つけると、ずかずかと家の中へと入り込み、アンの無事を確かめる様に全身を嘗め回すように見る。


「ちょ、ちょっと、カミル!お客様がいらっしゃるのよ!それに、勝手に家に入って来るなんて、何を考えているの!」


 アンはその目線を嫌がり、スッと立ち上がると父ダンの後ろへと回り込む。


「そんな事はどうでもいんだよ!それよりも、怪我は無いのか?大丈夫なのか!?」


 カミルはアンに迫る勢いで近付こうとする。しかし、そんなカミルの前にダンが立ち塞がる。


「カミル。お客様の前だ。幾ら幼馴染のお前でも、流石にこれはお客様に失礼だぞ。アンは無事だし、問題は無い。だから、今日の所は大人しく帰るんだ。」


「客って何だよ!はっ!もしかして、アンを助けたってのは、この変な恰好をした男か?それとも獣人の女か?そんな強そうには思えないけどな。そのレッドボアってのも、子供かなにかだったんだろ。」


 カミルはそう言いながらムネカゲとキーラを嘗め回すように見る。アンは「ムネカゲさん達に失礼よ!」とカミルを叱咤するが、カミルは一向に止める気配が無い。

 これにはムネカゲも苦笑するしかない。


「何がおかしんだよ!バカにしてんのか!」


 そしてその苦笑が「バカにされた」と思ったカミルが、ムネカゲに食って掛かる。


「いや、すまぬでござる。別にバカにしたつもりはないのでござるよ。」


 ムネカゲは素直にカミルへと詫びる。

 しかしカミルの怒りは、そんな事では治まらない。


「おい!そこの変な喋り方をする奴!俺と勝負だ!これでも俺は、この村の自衛団の中でも槍の腕前は一番なんだぞ!お前なんて、一瞬で倒してやる!俺を馬鹿にした事を後悔させてやるからな!」


 そして何故か勝負を持ち掛けられる。そしてムネカゲは、その言葉に眉を顰める。


「拙者、無駄な争いは好まぬでござるよ。」


「煩せえ!アンを守れるのは、この俺だって事を証明してやる!」


 この言葉でムネカゲはピンとくる。カミルはアンの事が好きなのだと。

 ただ、無謀すぎる事この上ない上に、これでは好かれる事はないだろうと思うのだが。


「はぁ~。分かったでござる。明日、手合わせ願うでござるよ。」


 多分このままだと、いつまで経っても平行線だと思ったムネカゲは、カミルの申し出を受ける事に。

 一方のカミルはと言うと、「逃げんなよ!」と一言言うと、アンの家から飛び出して行く。

 残されたムネカゲ達は、「やれやれ。」と言った感じで、アン達村長一家は「本当に申し訳ありません。」と平謝りだ。


「本当に申し訳ありません。普段、カミルは大人しく真面目な奴なのですが……。」

 

「別に構わぬでござるよ。それに、カミル殿の想いも分かるでござるから。」


 その後、カミルの件で恐縮した一家と共にサリーの作った夕食を頂き、一階の客間へと案内される。無論、ムネカゲとカエデ、キーラは別々だ。


 客間へと案内され、一人になったムネカゲは、つい忘れがちなステータスを確認する。


 名前:ムネカゲ クロタキ

 年齢:24歳

 称号:異世界からの稀人

 職業:サムライ


 取得スキル:刀術、槍術、騎乗、雷魔法、強運、気配察知、瞬歩、身体強化、投擲、瞑想、魔力操作、無詠唱、トーチ、ウォーター、クリーン、ライト、ディグ、解体、気配遮断


 武技:雷斬り


 魔法スキル:トーチ、ウォーター、クリーン、ライト、ディグ


 固定スキル:言語翻訳、収納、鑑定


 エクストラスキル:武魔の才

 

 ダング達と共に戦っていたからか、戦い方自体が何も変わっていないからか、今の所「ピコーン」と言う音は鳴っていない。何かしら変化を付ければ、スキルや武技と言う物を覚える事が出来るのかもしれない。

 そして、未だ雷魔法を使う事は出来ない。雷のイメージと言うのが中々難しいのだ。

 まあ、ここら辺はこれからの修業次第だろうと、ムネカゲは納得する。

 ステータスを確認したムネカゲは、画面を閉じると用意されたベッドへと身体を横たえ、今日の疲れを癒す為に眠りに就くのだった。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 翌朝、キーラに起こされたムネカゲは、身支度を整えると居間へと姿を現す。


「おはようでござる。」


「あっ!ムネカゲさん、おはようございます!」


 待ってましたとばかりにアンと挨拶を交わし、グレン、ダン、サリーと挨拶を交わす。

 朝食を摂りゆっくりと一服お茶を飲んだ後、昨日の約束通りカミルと一閃交える為に村長宅を出る。


 しかしここで気付く。


「場所は何処でござろうか?」


 そう、場所の指定が無かったのだ。しかも、時計と言う物が無いこの村で、何時いつ?何処で?と言うのをハッキリとは言うことが出来ない。

 途方に暮れたムネカゲは、村長宅前で困り果てる。

 すると、村長宅へと向かって来る気配を感じる。それは敵意では無いものの、それに近い悪意を持っている。

 少しづつ近付いて来るその人影を見ればは、その人物はカミルその人であった。


「良く逃げずに待ってたな!その度胸だけは褒めてやる!付いて来い!」


 カミルはそう言うと、クルリと反転し村の入り口の方へと向かって歩き出す。

 ムネカゲは「やれやれでござる。」と頭を振ると、カミルの後を追うのだった。


 カミルに連れられてきた場所は、村の中心部にある開けた広場だった。

 そしてそこには、話を聞きつけた村人が地面に座り、まだかまだかと戦いが始まるのを待っている。遅れてやって来た村長一家やキーラ、カエデの姿も見受けられた。


「これは?」


「はっはっは!これは俺の雄姿を見る為、村中の人が集まったのだ!」


 ムネカゲの疑問に、高笑いで答えるカミル。

 だが、ムネカゲ的には「またバカな事を。」と内心思う。

 

「さあ、始めようか!俺は木槍だ。お前は木剣か?木槍か!」


 カミルはそう言いながら、訓練用なのだろう樽に入った武器の中から、木槍を取り出す。

 ムネカゲは溜息を吐きながらも、その樽の中から木槍を取り出すと、カミルから距離を開けて立つ。

 

「では行くぞ!でぃやぁぁ!」


 カミルは先制攻撃とばかりに突きを放って来る。その素早い攻撃に、村人から喝采が上がる。そして村長一家は固唾を飲む。

 ムネカゲは槍も構えずそれを半身で躱すと、石突を蹴りその足元へとスッと出す。出された石突に引っ掛けられたカミルは、体勢を崩し転倒。その隙にムネカゲはカミルから距離を取る。


「ぐぬぬ。たまたまだ!そう、たまたま躓いただけだ!行くぞ!」


 顔を真っ赤にしたカミルは、すぐさま起き上がると、再びムネカゲへと突進し突きを放つ。

 ムネカゲは溜息と共に再び半身で躱すが、それを読んでいたのだろう。カミルはその突きの体勢から穂先を強引に横へと薙いだ。ムネカゲはそれを上体を後ろへと逸らす事で躱すと、右足で踏み込みカミルの横腹を石突きで殴る。


「ゲボッ」


 身体が「く」の字に曲がったカミルは、その場に倒れ込む。

 ムネカゲは倒れ込んだカミルの首元へと、穂先を当てる。


「まだやるでござるか?」


「ぐぬぬ。卑怯だぞ!」


 言うに事欠き、突然の卑怯コール。ムネカゲは、「はぁ」っと溜息を吐く。


「一応言っておくでござるが、そんな腕では拙者には勝てぬでござる。そもそも、カミル殿の槍は素直すぎるでござるよ。最後の突きからの横凪にしてもそうでござるが、目線、力の入れ方で、次にどの様な攻撃が来るのか予測が付くでござる。それ以前に、力が入り過ぎでござるな。」


 冷静に自分を分析された事に、カミルは俯き、そして悔しがる。


「まあ、とは言え、槍の腕前はそれなりにあるでござるよ。驕らず、精進あるのみでござるよ。」


 ムネカゲはそう言うと、首元から穂先を外し反転。樽の中へと木槍を戻すと、その場を後にした。

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