第41話 サムライ、肉を確保する

 翌日、キーラが起しに来てから起きたムネカゲ。

 この国では、時間を知らせる鐘は鳴らないらしい。

 身支度を整えると、宿で朝食が出ない為、道端の屋台で食べる物を買い、それをその場で食べてから街を出る。

 ちなみに購入したのは、堅くは無いのだがそれなりには堅いパンに、肉を挟んだ物だ。

 水分が肉の油だけなので、パンがあまり柔らかくならず、口の中がパサつく結果ではあったが。


 街の北門を抜け主街道を歩く。

 昨日酒場で聞いた通り、冒険者が少ないなのだろうか。街道を行き交う人の姿は疎だ。

 もしかすると、街の東門や西門から出て山や森へと行っているのかもしれないが、ここ北方面には誰も居なかった。

 そんな人気のない街道を三人はのんびりと歩いて行く。

 途中、林道に差し掛かった際に逸れゴブリンが現れたが、これをカエデに倒させる。

 カエデの身体は漸くふっくらとして来ており、少しずつだが体力も付き始めた。日頃からムネカゲやダング、アーベルにカズン。そしてキーラと言った師が居て指導して来たからだろう。剣術もそれなりに様になって来ている。そんなカエデだからして、ゴブリン一匹くらいは難なく倒す事が出来た。

 

 そんな林道を歩いていると、ムネカゲの気配察知に再び反応が出る。

 それは二足歩行の人型が四足歩行の何ものかに追われている反応だ。しかもその方向は今歩いている街道の先。

 そして「キャー!誰か助けてー!」と遠くより叫び声が聞こえて来る。


「キーラ、カエデを頼むでござる。」


「畏まりました!」


 ムネカゲはカエデをキーラに託すと、悲鳴の聞こえる方へと走り出す。

 キーラはカエデをその片腕で抱くと、ムネカゲの背中をゆっくりと追う。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇ 


 ムネカゲは身体強化で脚力を強化し、悲鳴のする方へと走る。

 そして見たものは、レッドボアに追いかけられている一人の少女の姿だった。

 ただ、少女と言っても、二十歳前後くらいだ。肩までの金髪で、麻のワンピースを着ており、腰の辺りには腰紐で結わえてある。

 そんな少女がこちらへと走りこんで来るのだ。


「これは丁度良い!今晩は、しし肉でござるな。」


 ムネカゲはそう言うと、こちらへと駆けて来る少女の横を駆け抜け、腰の雷紫電の鯉口を切ると一閃。

 レッドボアの首筋へと刃先を滑らせる。

 斬られたレッドボアは、暫く走るとその斬り口から血飛沫をあげて地面へと横たわる。


「これで今宵の肉は確保出来たでござるな。」


 ムネカゲはホクホク顔で、地面へと倒れ伏すレッドボアに近付くと、血糊を振り払い納刀。嬉々として解体作業をし始める。

 そんな中、レッドボアに追いかけられていた少女が、息を切らしながらムネカゲの元へとやって来る。


「はぁ、はあ、あ、あの……助けて頂き、ありがとうございます。」


 少女はムネカゲへとお礼を言うのだが、今まさにレッドボアの腹を裂き、内臓を取り出している最中のムネカゲ。ほぼ聞いていない。

 そこへ後続のキーラとカエデがやって来る。


「ご主人様、ご無事で!」


「ああ、拙者は全く問題無いでござる。それよりもキーラ。今宵の肉が調達出来たでござるよ。これで白菜でもあれば、猪鍋にでも出来るのでござるがな。」


 少女の事を放置し、ムネカゲはレッドボアの皮を剥ぎ取り始める。そんなムネカゲの横には、先程レッドボアに追いかけられていた少女が立っている。

 キーラはその少女を見て、ムネカゲへと問う。


「ご主人様、こちらの方は?」


「ん?ああ。先程、この猪に襲われていた女子おなごでござるよ。助かって良かったでござるな。」


 顔も向けず、しかも猪の皮を剥ぎながらそう答えるムネカゲ。

 仕方が無いので、キーラが対応する事に。


「そうでしたか。ご無事で何よりでした。」


「えっ?あ、はい。助けていただき、ありがとうございました。」


 少女はそう言うと、キーラへと頭を下げる。


「お礼は結構ですよ。しかし、何故レッドボアに?」


「あ、はい。えっと、私はアンと言います。この林を抜けた少し先にある村の者です。この林には、傷を治す為の薬草が生えているのですが、それの薬草を取りに来た所、レッドボアに見つかってしまいまして。」


「それで追い掛けられたと?」


「ええ。はい。そう言う事です。」


 アンと名乗った少女は、そう説明すると今頃気が抜けたのか地面へとへたり込む。


「す、すみません。全力で走っていたのと、緊張が解けたので……。」


「構いませんよ。少しお休みになって下さい。どの道、ご主人様がレッドボアを解体しておりますし、当分こちらで待機する事となるでしょうし。」


「す、すみません。ではお言葉に甘えて。」

 

 それからムネカゲが肉を捌き、キーラの収納へと入れる間、少女はその場で休むのだった。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


「そうでござったか。それは難儀でござったな。」


 肉を収納し、クリーンで綺麗になったムネカゲは、地べたに座っている少女に漸く意識が向き、改めて何故レッドボアに襲われていたのかを聞いた。


「いえ、普段は街道の側で採取するのですが、今日は少し奥に入ったのがいけなかったのです。」


「そうでござったか。まあ、助けられて良かったでござるよ。では、拙者達はこれにてご免。」


 ムネカゲはそう言うと、腰を上げる。


「ま、待って下さい!」


「ん?どうしたでござるか?」


 さて行こうか。といった所で、アンに呼び止められる。


「こんなお願いをするのも何ですが、薬草を採取する間守っては頂けませんでしょうか?お礼なら、村に戻りさせて頂きます。またレッドボアと遭遇するかもと思うと、一人では心許なく……。だからと言って、薬草は村の皆さんが必要とする物。少しでも多く取って帰らないと。」


 無茶なお願いを言っているのは自分でも分かっている。そもそも、目の前に居る男性の名前すら知らないのだ。それに、獣人の女性はその男性の事を「ご主人様」と呼んでいた。連れている女の子だって、しっかりと装備を整えられている。となると、見た事の無い珍妙な恰好をしており、喋り方も変ではあるが、この男性は何処かの国の高貴な方かもしれない。そんな方にこの様なお願いなど、もしかすると不敬と言われレッドボアの様に私も斬られるのではないか。

 そんな事がアンの頭をグルグルと駈け回る。


「急いだ旅ではござらぬし、カエデの薬草採取依頼もあるでござるから、構わぬでござるよ。」


 しかし男の口から出たのは、物凄~く軽い口調での了承の言葉だった。


「へっ?いいのですか?」


「構わぬでござる。では、サッサと行くでござるよ。」

 

 ムネカゲはそう言うと、歩き出す。その後ろにカエデとキーラが続く。

 アンは急いで立ち上がると、ムネカゲ達の後を追いかけた。


 道中、ムネカゲはアンへと気になる事を聞いてみる。


「ところで、アン殿は、薬草を手で持って帰るつもりだったのでござるか?」


 そう、薬草を取りに来たと言う割に、籠の類は持ってはおらず手ぶらなのだ。


「あ、いえ。籠を持っていたのですが、レッドボアに追われる際に手放してしまいまして。」


「そうでござったか。では、その籠が落ちている辺りまで、案内を頼むでござる。」


 

 アンの案内の元、街道を進むと、確かにアンの物であろう籠が街道沿いに落ちていた。

 ただその籠と言うのは、レッドボアに踏みつぶされたのであろう、へしゃげ中身もグチャグチャとなっていた。


「ああ……なんて事に……。」


 アンはその場にしゃがみ込むと、籠の残骸を拾い、周りに落ちて踏みつぶされた薬草を集め始める。

 その様子を見ていたムネカゲは、アンと同じくしゃがみ込むと落ちている薬草を拾っていく。


「この様に踏まれても、使えるのでござるか?」


「ええ、どっちらにせよ、綺麗に水で洗って、乾燥させてから使いますので。」


「そうでござるか。」


 一通り落ちている薬草を拾い終えた一行は、街道を外れて林の中へと入って行く。

 アンが必要な薬草を採取する傍ら、ムネカゲは地面に生えている草を鑑定し、カエデに「これは回復ポーションとやらの材料でござる。」「これは毒消しポーションの原材料でござるな」と、薬草の説明や取り方などを教えている。

 暫くの間、薬草採取に励んだ一行は、林から街道へと戻ると先へと歩き始める。

 そんな中、アンがムネカゲに話しかけてくる。


「すみません。今更なのですが、お名前をお教え下さいませんか?」


 未だに名前を聞いていないアン。恩人の名前くらいは知っておきたいところだ。


「ん?ああ。拙者、ムネカゲと申すでござるよ。こちらの童はカエデ。それとキーラでござる。」


「ん!」


「キーラと申します。」


 ムネカゲはついでにカエデとキーラの紹介もする。


「ムネカゲさんとカエデちゃん、それにキーラさんですね?改めて、ありがとうございました。助けて頂いたお礼と言っては何ですが、是非村へとお越し下さい。心ばかりですが、お持て成しをさせて下さい。」


 三人の名前が分かった所で、アンはそう切り出す。


「拙者達を、でござるか?」


「ええ、はい。小さな村で、何も無い所ではありますが、是非お礼をさせて下さい。」


「うむ……。」

 

 アンの誘いに考え込むムネカゲ。

 とは言っても、これと言って当てなどない旅だ。ムネカゲはアンの申し出を受け、村へと寄る事にした。

 

 そんなアンの村は、周りが小麦や野菜などが育ててある畑が広がっており、その畑の奥。住居を囲むように魔物避けなのだろう2mはある柵で覆われていた。そして現在歩いている地面が剥き出しの道の正面には、木製の門が据えられており、その門の両端には革鎧に身を包み、木製の柄に金属製の穂先の付いた槍を持つ見張りだろう者が二名立っている。

 ムネカゲ達が近付くと、槍を持つ者達が身構える。だが、その後ろにアンの姿が見えたからか、見張りの男達の警戒が解ける。


「アン!その人たちは?」


 見張りの男がアンへと問い掛ける。

 

「この方達に危ない所を助けて頂いたの。そして助けたお礼をする為、村へ一緒に来て貰ったのよ。だからバリー、大丈夫。村へ入れて貰える?」


 バリーと呼ばれた見張りの男は、アンの説明を聞き納得する。


「分かった。中へ入ってもいいぞ。ああ、アン。村長が心配してたぞ。早く顔を見せてあげろ。」


 バリーがそう言うと、ムネカゲは「村長?」と首を傾げる。


「分かったわ。ではムネカゲさん、行きましょう。」

 

 アンはそう言うとバリーが開けた門を潜り、村の中へと入って行く。ムネカゲ達もまた、アンを追うように村へと入った。

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