第40話 サムライ、国境を越える

 ブロスの街を発ったムネカゲ。お伴は戦闘メイドのキーラと弟子のカエデだ。

 カエデの冒険者登録の際に、少々ゴタゴタがあったものの無事に登録は出来たがGランク――十五歳以下は、一律Gランク――となった。パーティーランクはカエデに引っ張られる形でE。パーティー名は「クロタキケ」と言う何とも言い難い名前となった。

 そして、道中で熟せれる薬草採取やらホーンラビットの討伐依頼も受けている。

 そんなカエデの装備は、子供用の革鎧と、以前迷宮の分配報酬で取っておいた鋼のショートソードと普通の短剣。

 キーラは、メイドの服装から冒険者の装い――革鎧に大剣――へとチェンジしている。

 そして三人とも背嚢は背負っておらず身軽だ。

 

 ブロスの街を発った一行は、ダルトン、メリズ、シートンと西進。シートンから北上しクリフを経由。アッセン国との国境近くまでやって来ていた。

 

 道中の大まかな地図はダングに書いて貰っており、迷う事無く国境までは来る事が出来た。無論、メイドであるキーラもある程度の地理は頭に入っているらしく、まだこの世界の事に一抹の不安の残るムネカゲからしてみると、頼もしい限りであった。


 そんな道中は特段急いだ旅では無く、カエデの依頼である薬草を採取したり、ホーンラビットを倒したりと、のんびりと街道を歩いて行く。

 野営時も、その存在をすっかりと忘れていたマジックテントで、快適に過ごす事が出来た。


 このマジックテント、ソフトボール大の球の中に小さなテントが入っており、魔力を流して地面へと置くと中に入っているテントが展開されると言う物だ。更には、周囲5mまで結界が張られており外からの侵入を防ぐことが出来る。

 ちなみに、マジックテントは二十層と三十層の宝箱から二つ得ており、ダング達とムネカゲとで分配されている。

 流石に家で広げる物ではないので、今回使用するまで全く確認してはいないかったが、広げたテントの見た目は縦横1m四方、高さ2m程の四角錐型。最初にこれを見たムネカゲが驚くと共に、「一人すら入れぬでござる。」と落胆した。

 しかしキーラに言われて中へと入り、その外見とは裏腹の広さに圧倒されると言う一幕もあった。

 実際このマジックテントの中は、一軒家の一階相当の広さがある。

 入り口の布を潜ると、先ず目に入るのは広々とした居間。その居間の床には、色取りどりの糸で編まれた絨毯が敷いてあり、その絨毯の上には豪華な三人掛けのソファーが二脚置かれている。そして居間の奥は一段高くなっており、そこにはキッチンなのだろう見た事の無い長方形の箱物が据えられていた。

 テントの右手側と左手側にはベッドが二台ずつ据えられており、今すぐにでも寝る事が出来る状態となっている。

 キーラ曰く「魔導コンロ付きとは。これはかなり高級品です。」との事だ。キーラの言う「魔導コンロ」が何かは分からないムネカゲだったが、キーラがそのコンロとやらで料理を作っていたので、「竈の代わりでござるな。」と納得した。

 ちなみに、借家で使われていた魔導冷蔵庫と魔法の水差しはムネカゲが貰い受けて――ダング達は、別の魔導冷蔵庫をしっかりと確保している――おり、魔法の水差しは普通にテント内で使っているが、魔導冷蔵庫の方はテント内に設置しようとしたが、置き場が無く断念している。

 そんなマジックテントで野営をしつつ、ムネカゲ達はのんびりと歩を進め、丁度日が真上にくる頃、オルスタビア王国とアッセン国の国境へと辿り着く。


 アッセン国との国境は平地から山間道へと変わる場所で、その平地に簡易的な砦と壁が築かれている。

 周りを見渡しても、オルスタビア王国からアッセン国へと向かう旅人や冒険者、商人などの姿は見かけない。逆にオルスタビア王国へと入って来る者もほぼいない状態だ。

 

「アッセン国は国土が小さく、その国内に国都を含め街が五つほど。その国土の殆どが山に囲まれた国なのです。特に北東側には、ボルドック東部まで連なる険しい山があり、獰猛な鳥類や飛竜などが生息してます。また、国土の中心には湖があり、その湖の周りに沿うように街があります。」

 

 何故人が少ないのか疑問に思っていると、キーラがその理由を教えてくれる。


「なるほど。オルスタビア王国の方が栄えているから、わざわざ小国であるアッセン国へと行く者が少ないのでござるな?」


「その通りでございます。アッセン国は小国ですが、国内生産だけで何とかやり繰りの出来ている国です。国内で足りない物は、各種鉱石でしょうか。その鉱石は、国内唯一の港町を使い、他国からの輸入で賄っております。」


 スラスラと他国の情報が出て来るキーラ。ムネカゲはキーラの知識の多さに驚く。


「キーラは、何故その様に他国の情報に詳しいのでござるか?」


「メイドの嗜みでございます。」


 キーラはそう言うと、一礼して後ろへと下がる。


「メイドとは、斯くも知識が豊富なのでござるな。まあ、拙者からしてみると助かるのでござるが。」


 ある程度の事はブロスに居る間、ダング達から聞き及んでいた。しかし、他国の事はと言うと、全くと言っていい程無知なムネカゲだ。キーラが一緒に居てくれて助かっている。

 そんなキーラが、ムネカゲの後ろから注意を促す。


「ご主人様。アッセン国側に入る為に、入国税が必要となりますのでご準備を。この場合、カエデお嬢様の入国税も掛かりますので。」


「入国税?それは、王国のお金でも大丈夫なのでござるか?拙者、アッセン国のお金は持っておらぬでござるよ?」


 キーラから入国税が必要と聞いたムネカゲだが、今まで滞在していたのはオルスタビア王国だ。国が違うアッセン国で、オルスタビア王国のお金が使えるのか疑問であった。


「それは大丈夫です。そもそも、通貨に関しては冒険者ギルド並びに商業ギルドが主体となり、「共通通貨条約」と言うのが結ばれており、どの国でも銅、銀、金、白金の含有量、規格、価値は同じとなっています。ですので、国を越えても元居た国のお金が使用出来ます。」


「なるほど。では、旅の道中のお金に関しては、拙者の持つお金で問題はないのでござるな。」


 ムネカゲの問いに、キーラが頷く。

 そんな会話をしつつも、一行はオルスタビア王国側の国境門を越え、非武装地帯を通りアッセン国へと足を踏み入れる。

 アッセン国側の検問所で、入国税一人銀貨二枚。合計六枚の銀貨を支払い門を潜ると、目の前には山間道へと続く小高い丘が見えた。


 ムネカゲ一行は小高い丘を越え、山間道へと入る。

 街道の道幅は、馬車がすれ違えるだけの幅がある。その街道から少し離れた場所から密集した樹々が生えており、その奥は日中であるにも関わらず少し暗い雰囲気を漂わせている。

 

 そんな山間道なのだが、そこまで高い山では無いらしく、日が暮れかかる事には山間道を抜け国境の町であるエルンへと到着する。


 エルンの町は人口約三万人。

 東から北東に掛けて山々が広がり、北西に掛けて広大な森が広がる間にある町だ。

 特産品はこれと言って無いが、近くの村々では小麦などの農作物が作られている。

 そんなエルンの町へと入り、銀翼亭と言う宿へと部屋を取る。無論部屋は、一人部屋がムネカゲで、キーラとカエデが二人部屋だ。

 宿に食堂は無く、素泊まり一人銅貨四〇枚。食事は隣の酒場で摂ってくれと女将に言われ、三人は隣へと向かう。

 女将が酒場と言っただけあり、店の中は酒を飲んでいる人々でごった返しており、喧騒に塗れていた。

 そんな酒場の扉を開け、中に入って来た珍妙な恰好のムネカゲを、酒場で飲んでいる者達が奇異の目で見る。そして後ろに続くカエデとキーラには、喜色の目となる。

 

 そんな目線を無視し、ムネカゲは空いているカウンターへと座ると、店主らしき男に声を掛ける。ちなみに席順はムネカゲの左隣にカエデ。カエデの左隣にキーラだ。

 本来、メイドたる者、主人と共に食事などはしないのだが、そこはこの世界の住人では無い稀人ムネカゲだ。キーラのメイド道を無視し「一緒に食べるでござる」を突きとおした為、キーラも「旅の間だけ」と言う条件で納得している。


「あ~、すまぬでござる。食事を摂りたいのでござるが、何があるでござるか?」


 声を掛けた男は、不愛想な口調で口を開く。


「今日の日替わりは、レッドボアの煮込みとパン二切れ。それと野菜スープだ。料金は銅貨十枚。エールは銅貨五枚。ワインなら銅貨一二枚だ。」


 ムネカゲは日替わりを三人分と、エールを二杯頼むと代金を男へと渡す。

 暫く待ち食事が運ばれてくると、「頂くでござるよ。」と言ってエールを飲む。

 食事をしながら周りの声に耳を澄ますと、何やら物騒な言葉が飛び交っていた。


「おい、聞いたか?」


「ああ、戦争だろ?」


「そうそう、ボルドックが宣戦布告して来たらしいじゃねえか。」


「ここらも巻き込まれんのかね?」


「いや、国都がボルドック側だから、国都が落とされたら、こっちまでは被害は出ないんじゃねえか?」


「しかし、徴兵令が出たら行かなきゃならんのだろ?俺は嫌だぜ?」


「そうは言うが、家族を守る為なら行くしかないだろ?」


「パン屋の俺が戦争で役に立つと思うのか?それなら、街でパンを焼いてた方がマシだ。」


「ウチの国の冒険者も、数が少ねえしな。」


「ボルドックのような大国に攻め込まれたら、ウチの様な小さな国は一溜りもないぞ?」


「この国はどうなっちまうのかね?」


「さあ、それを考えるのは俺達じゃなく、上のお貴族様達だろうよ?」


「まあ、攻め込まれたら攻め込まれたで、抵抗しなきゃ殺されはせんだろ。」


「あ~、嫌だ嫌だ。早く平和な世の中になっちゃくんねえかね?」


 会話の主達は、この街に住む者達なのだろう。そんな会話が聞こえて来る。


「この国でも、戦争が始まりそうでござるな。」


 ムネカゲはその内容を聞き、そう呟く。


「参加されるのですか?」


 ムネカゲの呟きを聞いたキーラが、戦争へと参加するのかと聞いて来る。


「いや、拙者は参加せぬでござるよ。拙者が参加したとて、何が変わる訳でも無いでござるからな。それに、もし戦争が始まるのであれば、カエデやキーラを守らねばならぬでござるよ。」


 何処の世界も戦争とは悲惨なもので、大抵負けた方の村や町は襲われ、女子供は凌辱され男は殺される。

 ムネカゲの居た時代もまた、同じような事が起こっていたのだ。

 となると、カエデやキーラを守るのは、ムネカゲしか居ないのだ。戦争へ参加などしている場合では無い。


「畏まりました。で、明日は如何いたしますか?このまま主街道を歩けば、国都アッセンへと向かう事になります。途中西へと進路を変えれば、ドリットの町、クロッツの町へと向かう事になります。国都アッセンには、クロッツの町からでも向かう事は出来ますが、大回りにはなります。」


「では、西へと向かいドリットの町へと行ってみるでござるよ。」


「畏まりました。」


「んっ!」


 食事をしながら明日の予定を決め、その後そそくさと食事を終わらせた三人は、奇異喜色の目を向けられながらも何事も起きぬまま宿へと戻った。

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