諸国漫遊編

第39話 サムライ、袂を別つ

 戦争への参加をせず、迷宮攻略に力を入れる孤高の狼とムネカゲ。

 そんな彼らは日々迷宮へと入り、半年後には最下層である三十階層へと到達していた。

 ダング、カズン、アーベル、アネッテ共に、ランクはAへと昇格。ムネカゲはCランクの昇格試験を受けず、未だDランク止まりであった。

 何故昇格試験を受けなかったかと言うと、そんな暇が無かったからだ。

 聞くところによると、Cランクへの昇格試験は大凡だが一週間も拘束されてしまうのだ。それだけの期間拘束されるのであれば、まだ迷宮に入っていた方がマシである。

 結果、「だったら、迷宮攻略を終えて一息吐いた所で受けたらどうか?」と言う話でまとまり、現在まで至る。

 なぜこのような事を言うかと言うと、それは三十階層へと到達し、更に数ヶ月が経ったある日の事。ダングがムネカゲに言った一言から始まる。


「なあ、ムネカゲ。」


「何でござるか?」


 裏庭でカエデの訓練を見ていたムネカゲに、ダングが声を掛けた。


「Cランクの昇格試験だが、迷宮踏破も済んだ事だし受けたらどうだ?」


「Cランク試験でござるか?」


 そう、今まで放置していたCランク昇格試験を受ける様に薦められたのだ。


「ああ。ムネカゲは、今まで俺達に恩を返す為に、一緒にやって来てくれたろ?」


「まあ、そうでござるな。」


「俺達は、その恩を十二分に返して貰った。ムネカゲのお陰で、懐は暖かいどころか熱いくらいだからな。」


 ムネカゲを迎え入れた後、ダンジョンで稼いだ額は一人頭で白金貨数十枚以上は稼いでいる。それもこれも、ムネカゲの運が作用した結果だが。


「それに、Aランクまで上がった俺達は、今後ダンジョン以外で受ける依頼は、殆どが指名依頼となる。となるとだ、ムネカゲがランクを上げなければ、俺達と一緒に行動する。と言うのは難しくなるんだ。」

 

 Aランクともなれば、その殆どの依頼が指名となり、更にはその報酬も高額となる。

 そのAランクの仕事にDランクが引っ付いて行く。腕は確かなのだが、依頼主からしてみると顔を顰める事となるのは明白だ。


「なる程でござる。しかし拙者。ダング殿達に、ちゃんと恩を返す事が出来たのでござるか?」


 ムネカゲ的には、恩を返す為に「孤高の狼」入りしていた。恩を返したかどうかは、ダング達がどう思うかだ。


「さっきも言ったが、十分返して貰った。と言うより、そもそも命を助けられた時点で、チャラだと思っていたんだがな。」


 傭兵崩れの盗賊に襲われ、危うい所をムネカゲに助けられた。ダング達からすれば、それだけで十分だった。


「とは言え、お前のお陰で色々と美味い思いをさせて貰ったのは確かだ。お陰で、引退後の資金はたっぷりと稼いだしな。」


 まあ、ダングとしても、ムネカゲを利用するではないが、そう言った思いがあった事は否めない。

 

「左様でござるか。ダング殿達は、今後どうするつもりでござるか?」


「俺達か?そうだな。この街を出て戦争に巻き込まれない別の街へと拠点を移すつもりだ。最終的には何処か静かな村にでも移住して、余生をのんびりと暮らすつもりでいるが、今はまだ冒険者をやっていくつもりではある。」


 今はまだ冒険者として活動をしていくつもりのダング。しかし、いずれは引退する時が来る。そうなれば、何処かの農村でゆっくりと暮らすつもりなのだと言う。


「そうでござるか。では、恩を返す事が出来たのであれば、拙者は見聞を広め、己を鍛える為に世界を回って見るでござるかな。」


 ムネカゲの中で、世界を回って見たい。と言うより、米を探したいとの思いがあった。ダング達に恩を返す事が出来たのであれば、今度は自分の為に時間を使おう。そう思っていた。


「それも一つの選択肢だな。お前は別世界から来た稀人だ。ある程度の事は俺達が教えられたが、まだまだ世の中には俺達でさえ知らない事はあるだろう。しかも、今世界は動乱に包まれている。これから国が淘汰され、新たな国が起こって行く。そんな世界を見て回るのも、一つの冒険だと俺は思う。」


「ダング殿は、そんな世界を見ては回らぬでござるか?」


 ダングの言葉に、ムネカゲは逆に問い聞く。


「俺か?無いな。そもそも、俺は今年で34だ。カズンが既に40を超えている。アーベルとアネッテはまだ若いからあるかもしれねえが、俺とカズンはもう年だからそんな冒険はしねえな。それこそ、余生をどう生きるか。そっちの方に考えが移って来ている。しかし、俺の事情にお前を付き合わせる理由にもいかねえしな。それに、王国以外はまだまだ戦乱の続く場所だ。Aランクって事だけで戦争に参加させられる可能性がある中で、そんな物騒な場所に行こうとは思わねえよ。」

 

「なるほどでござる。」


 ムネカゲは、ダングの言葉に納得する。

 確かに、王国がロクリフを平定し、戦争自体は一時治まってはいるが、他の国はと言うと未だ戦乱が続いているのだ。そんな場所にノコノコと行けば、当てにされて戦争に駆り出されるだろう。

 となると、ムネカゲ的にも、Cランク昇格試験を受け無い方が良い可能性も出て来る。


「拙者、Cランクへの昇格はまだ受けないでござる。ダング殿の言い分で考えると、Dランクの方が動きやすそうでござるよ。」


「まあ、それもムネカゲ次第だな。てな事で、そろそろ借家の更新時期にもなる。丁度キリもいい所だし、俺達は更新をせずに他の街へと行くつもりだ。ムネカゲはどうする?」


「拙者もこの街を出るのでござる。ああ、そうなると、カエデとキーラはどうなるのでござるか?」


 家を出るのはいいのだが、問題はカエデとキーラだ。ちなみにこの約一年少々の間に、キーラの事は呼び捨てとなっている。

 

「ん?カエデはお前の弟子だろ?連れて行ってやるのが筋だ。それと、キーラはお前が雇った使用人。解雇しない限り、何処までも付いて来ると思うぞ?」

 

「解雇でござるか……。」


 カエデが懐き、何かと面倒を見てくれていたキーラ。街を出るからと言って解雇するのは、流石にカエデが可哀想である。それに、旅に出るともなれば、キーラが居るのと居ないのでは、食事事情が変わって来る。


「後程、二人に聞いてみるでござるよ。」


 ムネカゲはこちらの会話に耳を傾けながらも、知らぬ風に素振りをするカエデを見つつそう返した。

 

 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇ 


 その日の晩。ダング達が各自の部屋に戻った後。ムネカゲはカエデとキーラへ事情を説明する。


「と、言う事で、拙者はダング殿達と袂を分かつ事にしたのでござるよ。で、カエデとキーラの意見を聞きたいのでござる。」


 要は、来るか来ないかの二択だ。

 ムネカゲの言葉に、カエデは「んっ!」と声を大にして言いつつ、ムネカゲの手を取る。


「カエデは一緒に来るでござるか?」


「ん!」


 頷くカエデ。


「キーラはどうするでござるか?」


「ご迷惑で無ければ、私はご主人様に付いて参ります。これでも、元Cランクの冒険者です。道中、色々とお役に立てると思います。」


 キーラはそう言いながらカエデの方をチラリと見る。


「キーラは、Cランクの冒険者でござったか。それ故の、戦闘メイドなのでござるな?」


「はい。冒険者時代の装備は一式持っておりますし、武器も以前ご主人様から頂戴した物もありますので、いつでも戦えます。それとご主人様。一つご提案があります。」


「何でござるか?」


 珍しくキーラがムネカゲへとそう言って来る。


「カエデお嬢様の件ですが、冒険者ギルドへの登録をしておいた方が、後々の為になると思います。」


「それはどう言う事でござるか?」


 キーラの言う事が理解出来ないムネカゲは、キーラへと聞き返す。


「はい。先ずは、街々での入市税の事。市民証はこの街でしか適用されませんので、この街を出るとなると立ち寄る街でその都度入市税が掛かります。それを回避するために、冒険者登録をする事をお勧めいたします。カエデお嬢様は皆さんから訓練をして頂き、現在Fランク相当の腕はあります。年齢的に11歳ではもしかすると登録出来ないかもしれませんが、登録が出来るのであれば早い内から冒険者として経験しておくといいと私は思います。」


 キーラの言葉に、納得するムネカゲ。

 ここ一年近くの間、街から出る事すらなかった為、入市税の事をすっかりと忘れていた。


「分かったでござる。では明日にでもギルドに行き、カエデの登録をするでござるよ。その後、キーラは必要な物の買い物に行って欲しいでござる。無論、カエデの装備もでござる。」


 そう言ってムネカゲは、小袋から大金貨一枚を取り出す。


「これで足りるでござるか?」


「いえ、それだけあれば十分です。」


 キーラはムネカゲから大金貨を受け取ると、腰の魔法袋へと仕舞う。


「では今後とも、よろしく頼むでござるよ。」


 話は終わり、各々部屋へと入って行く。

 部屋に入ったムネカゲは、これまでの一年を振り返り一人寂しさを感じるのであった。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 それから数日後。

 いよいよダング達との別れの日となる。


「ムネカゲ。今までありがとな。」


「ムネカゲ殿。これまで世話になった。」


「ムネカゲ、今までありがとうな。」


「カゲっち、元気でね。」


 借家の前で孤高の狼のメンバーと別れの挨拶を交わす。


「拙者の方こそ、世話になったでござるよ。それこそ右も左もわからぬ拙者に、色々と教えてくれた孤高のメンバーには感謝しか無いでござる。今後、袂を別つでござるが、また何処いずこで出会える事を祈っているでござるよ。」


 ムネカゲは孤高のメンバーと順に握手を交わしていく。


「んっ!」


「おう、カエデもしっかり師匠に剣術を学べよ。」


「カエデ。ワシが教えた事を、しっかりと訓練するのだぞ?分かったな?」


「カエデちゃん。俺が教えた事、しっかり訓練するんだぜ?分かったな?」


「カエデちゃん、元気でね!」


 ダング達はカエデの頭を撫でると、一言ずつ言葉を送る。

 

「んじゃ、俺達は商業ギルドで鍵を返してから街を出る。ムネカゲ、武運を祈る。」


「ああ。拙者も皆の武運を祈っているでござる。」


 ダング達の背中を見送り、その姿が見えなくなると、ムネカゲ達も行動を開始し始める。


 ダング達は、ブロスの街から南下し、一路王都オルスタビアを目指す。その後、更に南下。旧都オルベルグを拠点とするのだそうだ。

 一方のムネカゲ達はと言うと、王国の北側。アッセン国へと向かう。

 何がある訳でも無いのだが、行く先々で何か自分に出来る事をしようと思うムネカゲだった。

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