第36話 サムライ、迷宮へと入る④

 翌日は休息日となった。

 と言うか、迷宮へと潜る為に必要な物を準備する必要があり、それらを揃える為の準備の為に休みとなったのだ。

 準備の買い出しはアーベルとアネッテ。ムネカゲとダング、カズンはカエデの修業に付き合っている。

 食事事情が改善された為、あれからカエデの身体は普通に戻りつつある。

 そろそろ身体を作る為の訓練をしても良さそうだった。


「ではカエデ。先ずは体力を付けるでござる。この庭を、走るでござるよ。」


 ムネカゲはそう言うと、庭をグルグルと走り出す。

 とは言え、庭はどちらかと言えば狭い。ムネカゲが一周するのに、一分も掛からない程狭い。

 しかも、そこをグルグルと回るだけなので、景色も変わらず次第に飽きて来る。

 庭を二十周回った所で走るのを止め、今度はムネカゲが貰った緑槍をダンベル代わりに筋力を付ける。

 緑槍を両手で持ったままでの屈伸運動。それが終わると緑槍を下から上へと持ち上げる。

 それが終わると今度は木剣を持ち、素振りを100回だ。

 

「拙者の訓練はこれにて終了でござる。次は、カズン殿に教えて貰うでござるよ。」


 粗方の筋トレが終わると、次はカズンの番だ。魔法の「ま」の字から復習をしていく。

 カエデは子供だからか、吸収が早い。魔法の素質は無いようだが、体内で魔力を練る事は出来ている。

 そこから身体強化へと繋げるのは、魔力操作を覚えてからだとカズンは言う。


 一通りの訓練が終われば軽い昼食を摂り、今度はキーラから読み書き計算の勉強を習う。

 カエデは喉に傷がある為、声に出して読む事は出来ない。しかし、書いてある文字を読む事は、これから先必ず必要となる。そして、それを書く事が出来れば、意思の疎通も出来るようになるだろう。

 ちなみに、ムネカゲはある程度の計算は出来る。言語翻訳のスキルのお陰で、読み書きも問題無い。だが、教える事が出来るのかと言われれば、「否」と答える。その理由は、そもそもこちらの文字を理解して使っている訳では無いからだ。

 どの様な原理で分かるのかは不明だが、それを理論立てて教えるとなると一抹の不安がある。

 そう言った色々な理由から、ムネカゲがキーラへと頼んだのだ。要は、自信が無かっただけである。


 夕方。買い出しから戻ったアーベルとアネッテから、荷物を預かり収納へと仕舞う。荷物の殆どは食料だ。凡そ、十日分の食料を購入して来たらしい。

 それらの費用は、共有財産から支払われている。


 夕食時、ダングが明日の予定を話し始める。


「明日だが、まあいつも通りだ。朝起きて支度が済み次第、北の迷宮へと向かう。今回の迷宮は、十階層を目指す事になる。なので、キーラ。」


「はい。」


「次、戻って来るのは、十日後くらいだと思っていてくれ。」


「畏まりました。」


 キーラはダングへと返答を返すと、深々とお辞儀をする。


「カエデ。それまでの間、訓練と勉強に励めよ?」


「ん!」


 そしてカエデに釘を刺す事も忘れない。ムネカゲよりも、師匠然としている。


「んじゃ、夕食を頂くとしよう。」


 ダングはそう言うと、早速テーブル中央にあるパンを取る。

 流石はメイドと行った所か。キーラの食事はとても美味しい。パンも自家製のパンで、保存食で食べる黒い硬いパンではなく、平べったい物――ナンの様な感じ――だ。

 それに胡椒の効いた野菜のスープ。それと、オーク肉を焼いた物が今日の夕飯だ。

 ムネカゲ的にはかなり痛い出費であったが、キーラを雇うことが出来て良かったと思っている。

 何故なら、自分ではここまでの料理は出来ないからだ。毎日、黒いパンと干し肉の生活だった可能性が高い。カエデの食事事情を考えると、やはりキーラを雇って正解であった。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 翌日、一行は北の迷宮へと向かう前に、ギルドへと立ち寄る。

 理由は、素材回収依頼を受ける為だ。

 手早くダングが選び、それを受付で受理して貰うと、ようやく北の迷宮へと向かう。


 北の迷宮入り口前は、他の二か所とは違い人で賑わっていた。

 地面に座り、地図を売る者。保存食などを売る者。朝食を摂ってない者へと串焼きやらサンドイッチ擬きを売る者と、冒険者向けに商売をする者が所狭しと居る。

 そして客である冒険者の数も、これまた多い。迷宮へと入る入口前には、長蛇の列となっているのだ。

 そんな列の最後尾へと並び、順番が来るとギルドカードを見せて中へと入る。

 中は他の二か所と全く同じで、広い広間となっている。その広間の右手奥に魔方陣が据えてあり、その魔方陣から冒険者達が消えていく。

 それを見ていたダングが、後ろのメンバーへと声を掛ける。


「俺達も、五階層までショートカットするぞ。」


 ダングのその言葉に、ムネカゲは疑問に思う。


「魔方陣は、十階層毎なのではござらぬか?」

 

 以前、ダングは「転移魔法陣は大体十階層毎に設置してある」と言っていた。現に、西と東の迷宮では、確かに十階層に魔方陣があったのだ。なのに、何故五階層から?と疑問に思っても仕方が無い。


「ああ、この北迷宮は他の二か所とは違うんだ。そもそもフィールドが広いから、五階層毎に転移魔法陣が設置してある。以前話した時「迷宮毎に違うが、大体」って言ったろ?」


 ダングの説明を聞き、ムネカゲは「ああ、なるほど」と納得した。確かにダングはそう言っていたのだ。


 その後順番が回って来た一行は、魔方陣の上へと乗りダングの「五階層へ」の言葉で、五階層へと転移する。

 到着したのは、六階層へと下りる階段横。

 魔方陣から離れた一行は、その階段を下りて行く。


 そもそもこの北迷宮は、五階層毎にフィールドが変わる。一階層から五階層までは西迷宮と同じ洞窟フィールドだが、六階層から十階層までは迷路フィールドとなっている。

 通路自体はかなり広く男性が五人が両手を挙げて通れる広さがあり、その通路の両サイドは高さ10mはありそうな石壁。乗り越える事も出来なければ、壊す事も不可能。順当に迷路を抜ける以外、進む事は出来ない。

 そして、何より明るい。

 天井が空では無いのだが、壁自体が発光している様で、松明やライトの魔法を使わなくてもいいくらいだ。

 そんな迷路を、地図を頼りに歩いて行く。

 先頭はアーベル。罠を探しながら慎重に進む。


「ダング殿。ここにはどんな魔物が出るのでござるか?」


 一階層にはリザードマンが出ると聞いていた。しかし、二階層以降の魔物に関しては、ムネカゲは聞いた記憶が無かった。


「あ~、ここはオーガだな。下に行けば、ブルーオーガやレッドオーガ。ブラックオーガと強くなって行く。十階層のボスは、ブラックオーガ複数体だと聞いた。」


 オーガと聞いて、「なるほど!」とはならない。ムネカゲは、オーガと言う魔物を知らないのだ。


「オーガとは、どの様な魔物でござるか?」


 未だ気配察知に何の反応も無い為、そんな談笑をしながら進む一行。忙しいのはアーベルだけだ。


「オーガとは、身長が3mを越える魔物だな。感じ的に言えば、ゴブリンがデカくなった感じだ。だが、その力はゴブリンの遥か上を行く。出会ったら、絶対にその攻撃を受けない様にしなけりゃならん。一撃でも喰らえば、こっちの身体の骨と言う骨が砕けるからな。」

 

 ゴブリンは今までに何度も倒しているから知っているが、そのゴブリンの遥か上を行く力を持っていると言うオーガに、ムネカゲの背中がゾワリと震える。

 六階層に出て来る魔物が分かった所で、一行は慎重に通路を進んで行く。

 暫く進むとT字路へとぶち当たるのだが、その時ムネカゲとアーベルの気配察知に反応が。


「一体でござるな。」


「そうだな。左から一体だな。」


 同時に告げられた一体と言う言葉に、各々武器を抜き放つと臨戦態勢へと移行する。

 そして現れたのは、ダングの言う通り体長3m程の筋肉ムキムキで、頭から一本の角を生やし、口から覗く鋭い牙が生え、右手にはダング程の長さもあろうかと言う棍棒を手に持った巨人だ。

 

「カズンは魔法で先制!後は、散会して攻撃!」


 その言葉で、全員がすぐさま動く。

 ダングはオーガの真正面に。アーベルはオーガの左側へ。ムネカゲはアーベルと共に左側。アネッテはダングの後ろだ。

 カズンがオーガへと向けてファイヤーアローを放つ。魔法を嫌がったオーガは、棍棒でそれを払うとそのまま振り被りダング達の方へと振り下ろす。

 ダングもアネッテもその棍棒の一撃を躱すと、二歩程下がり距離を取る。その隙にアーベルがオーガの背後へと回り込む。

 再びカズンが魔法を唱え、オーガへと放つ。オーガは棍棒でそれを払うが、今度はアーベルが背後から攻撃。オーガの太腿へと傷を入れる。

 オーガは突然走る痛みに、後ろを振り返る。そして自分に傷を付けたであろうアーベルを見つけると、「グォォォッ!」と咆哮。棍棒を振り上げる。その隙を突き、ダングとムネカゲ。アネッテが同時にオーガへと斬り掛かる。ダングの剣はオーガの腰を斬り裂き、アネッテは剣でオーガの太腿を突き刺し、ムネカゲの刀でオーガの膝裏を一瞬にして切り裂く。そしてオーガは片膝を突いた。

 その瞬間、カズンの放ったファイヤーボールがオーガの顔面へと命中。オーガは棍棒を投げ捨てると、両手で顔を覆った。

 そこへアーベルの短剣が迫る。オーガの腕をシュッシュと斬り裂き、すぐさま距離を取る為離脱する。そこへ今度はダングが剣を振り上げオーガの背中へと袈裟斬りを繰り出す。ダングがサッと横へと逃げると、入れ替わるようにアネッテがオーガへと斬り込み、首筋へと横一文字の剣閃をお見舞いする。その一撃でオーガの首から血が流れるが、傷は浅い。そこへ最後の止めとばかりにムネカゲが横一閃。オーガの頸動脈をスッパリと斬り裂く。鮮血が迸り、オーガは前のめりで倒れ込む。

 

 オーガが立ち上がって来るかと身構えたまま、暫く時が過ぎる。が、オーガが立ち上がる事は無かった。


「これがオーガでござるか。」


 地面に倒れ伏しているオーガを見て、そう独り言ちるムネカゲ。

 そんなムネカゲの側へと全員が集まって来る。


「ああ。これがオーガだ。図体のわりにはそれなりに素早く、そしてその腕から繰り出される一撃は地面をも砕く。」

 

 そう言ってダングは、先程オーガがこん棒を振り下ろした場所を見る。そこは、地面が抉れており、オーガの力の強さを如実に物語っていた。


「しかも、皮膚が堅いときたもんだ。一々倒すのに手間取る。」


 そもそも、剣と言う武器は斬る為の物でもあるが、どちらかと言うと叩き付けるついでに切る武器だ。それに比べて、刀は斬る事に特化した武器だと言える。オーガに対しては、剣よりは刀の方が有効的だった。

 そんなオーガと数戦交えつつ、地図を頼りにトラップを探しつつ迷路を進む。途中、宝箱に擬態したミミックとの戦いとなったが、これを撃破。ミミックのドロップ品である、装飾の施された小箱を手に入れつつも、一行は下階へと下りる階段のある広場へと到着し、今日の探索を終え野営をする事にした。

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