第32話 サムライ、買い物に行く
獣人のメイドの名前はキーラ。歳は21歳。
身長はムネカゲより少し低いくらい。
虎人族と言う種類らしく、顔は人族の可愛らしい顔なのにも関わらず、手足は大きく靴は特別製。そして、その指先には鋭い爪が生えている。頭に生える耳と前腕より先、足の脛から下、尻尾には黄色と黒の縞模様の毛が生えている。それ以外は肌色だ。
性格は、今は温和だが、本来は戦闘的。まあ、獣人族と言う時点で分かりきった話だ。とは言え、メイドとしての訓練を受けて来たのだ、主人に対しては従順である。相手が敵となれば、豹変するのだそうだ。
得意なのは体術と大剣で、カエデの訓練相手としても良さそうな感じだ。
そんなキーラの支度が整うと、家令ギルドを後にする。
キーラの持ち物は、愛用の大剣と冒険者が使う様なパンパンに膨れ上がった背嚢だ。多分、着替えやらその他細々した物が入っているのだろう。
契約後、キーラを連れて家令ギルドを出たムネカゲは、市場へは寄らず借家へと直行する。何故なら、そもそも借家に何が置いてあるのかが分からない為、今買って帰っても足りない物が出るかもしれないからだ。
無論、食材が無いのは分かっている。明日の朝の朝食をどうするのか?と言う問題もあるのだが、先ずは一度借家へと行って、何が足らないのか確認しようと言う事になったのだ。
現在地は、街のほぼど真ん中。ここから北へと大通りを進む。
地図の通り歩いて行くと、右手に雑貨屋が見えてくる。その雑貨屋を右へと曲がり、通りを二本過ぎた所で更に北へと折れる。その角から三軒目だ。
借家はそれなりの広さの敷地に建っており、小ざっぱりした煉瓦造り三階建ての家であった。
家の中へと入ると、先ず現れるのが八名は座れる大きなダイニングテーブルだ。
そのダイニングテーブルの奥がキッチン。ただ、キッチンと言っても、竈門が二基に洗い場があるだけで、水は井戸から汲まなければならない。そしてやはりと言うか、キッチンに食器類や調理道具の類は無く、それらは購入しなければならなそうだ。
リビングの左手には、二階へと続く折れ階段があり、二階へと上がると、左右に部屋が二室づつ。更に折れ階段を登ると三階だ。
部屋には、木製ベッドとチェストが据えられており、直ぐに生活が出来るよう配慮されていた。
部屋割りは、女性陣が二階。男性陣が三階となった。これは、メイドであるキーラが、色々な意味で動きやすい様にと考慮された結果だ。
部屋割りが決まり、各自荷物を部屋へと置くと一階へと集まる。そこで各自の自己紹介。カエデが喋れない事もキーラへと伝えると、差し当たって必要な事を話し始める。
「さて、部屋割りも決まった事だし、自己紹介も終わった。次に考えなきゃならん事は、今日、明日の飯だな。」
今すぐにでも住む事は出来るが、食材も無ければ、食器類も調理道具すら無い。そんな中で、キーラに夕食を作ってくれと言うのは酷な話だ。
「今夜は外食だな。明日の朝は、保存食で済ませるとして、キーラ。幾らあれば、最低限の物が揃えられる?」
ダングはキーラにそう問い聞く。
「ダング様、実際に購入してみなければ分かりませんが、食器類、カトラリー、調理器具に関しては、大銀貨一枚もあれば十分かと。しかし、食材や調味料。後は、掃除用具などの細々とした物を揃えるとなると、大銀貨三枚は必要かと思います。」
そう答えるキーラは、ダングの事を「様」付けで呼ぶ。これはダングだけで無く、カズン、アーベル、アネッテに対しても同じだ。
違うのは、ムネカゲとカエデに対してだ。ムネカゲには「ご主人様」。カエデの事は「お嬢様」と呼ぶ。
ムネカゲ的には止めて欲しい所なのだが、どうやっても止める気はないらしい。まあ、雇い主がムネカゲなのだから、仕方がないのだろうが。
「そうか。なら、とりあえず予算として大銀貨五枚程渡せばいいか?」
ダングはそう言うと、懐から小袋を取り出し、大銀貨をテーブルの上へと置く。だが、ムネカゲがそれに待ったを掛ける。
「あ〜、ダング殿。一先ず必要な物は、拙者が出すでござるよ。」
ムネカゲはそう言うと、小袋から金貨一枚を取り出す。
「いいのか?」
「いいのでござる。買う物の中には、カエデの物も、キーラ殿の物もあるでござるからな。それに、孤高の皆には色々と世話になっているでござるよ。これくらいは拙者に出させて欲しいてござる。」
そう言って、テーブルの上に置かれた大銀貨をダングへと返す。そして手に持つ金貨を、キーラへと渡す。
「キーラ殿、これを預けるでござる。この範囲内で、キーラ殿が必要と思う物を買い揃えて貰いたいでござるよ。」
「畏まりました。それとご主人様。私の事は、「キーラ」とお呼び下さい。」
カエデは呼び捨てなのに、どうやってもキーラに「殿」を付けるムネカゲ。キーラは呼び捨てでと言うのだが、ここはどうしても譲れない。いや、慣れない。
「いや、これは拙者の口癖のようなものでござる。気にしないで貰いたい。」
頑固者である。
「おい、ムネカゲ。流石に使用人に敬称を付ける奴は居ねえぞ?キーラが困ってっから、呼び捨てにしてやれよ。」
「そうは言うでござるが、慣れないのでござる。そもそも、「ご主人様」と呼ばれるのも慣れないのでござるよ?せめて、旦那様くらいにして欲しいでござる。」
商家ならば、主人の事を「旦那様」と呼んだりする。無論、武家でもそう呼ぶ事もある。なので、「旦那様」なら納得は出来るのだが、やはり「ご主人様」は慣れないのだ。
しかしこちらの世界では、女性が旦那様と呼ぶのは男性伴侶の事を指す為、逆にキーラが呼び辛いのだ。
中々難儀な事になっている。
「まあそこら辺は、キーラと二人で話し合えばいい。とりあえず、晩飯食いに行くか。今日はキーラも共に食うぞ。メイドの規則には、明日から従えばいい。」
「ダング様、畏まりました。」
ぶっちゃけ、ダングの方がご主人様らしい。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
近くの酒場で夕食を摂り、ついでに明日の朝の朝食を酒場で木皿ごと購入――ダングが交渉した――し、ムネカゲの収納へと仕舞った一行は家路へと就く。
既に日は落ちており、家には灯りさえ無いので真っ暗だ。そんな真っ暗な中を、カズンとムネカゲのライトの魔法で照らす。
「んじゃ、今日はこれで終いだな。明日は買い出しだが、収納の使えるムネカゲが付いて行けば事足りるか?」
「そうでござるな。拙者が購入した物を収納に入れれば、大荷物にならずに済むでござるよ。」
ダングの言葉に、そう答えるムネカゲ。
「なら、わしは家でカエデの修行でもしておこう。魔法適正の確認や身体強化くらいは教える事が出来るしな。」
「おっ?なら俺もだな。気配察知や気配遮断。俺の知る技術なら教えられるしな。」
カズンとアーベルは、カエデの修行を見るそうだ。まだまだ激しい修行は出来ないカエデに、身体を使わない修行は丁度いいだろう。
「じゃ、あたしは買い物に付いて行く!何か欲しいものがあるかもしれないし。」
アネッテは、買い物組だ。
「じゃ、ムネカゲ以外の男組はカエデの世話。キーラとアネッテ、ムネカゲは買い出しに決まりだな。」
予定が決まると、各自部屋へと入り早めの就寝となった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝、通常通り6時の鐘の音で起きたら、昨日購入した朝食を摂り――収納から出したので出来立て熱々だった――行動を開始する。
修行組はカエデを引き連れ裏庭へ。
ムネカゲ、アネッテ、キーラの三人は、街の中心部より南側にある市場へと向かう。
何処に何が売っているのかは、キーラが知っているらしく、ムネカゲもアネッテもキーラの後に付いて行く。
「ご主人様、先ずは食材から購入しようと思います。」
「分かったでござる。キーラ殿の回りやすいように行けばいいでござるよ。」
何故、食材から?とは聞かない。メイドであるキーラの事を信じているから。いや、違う。聞いても多分、分からないから。
「ねえ、キーラ。何か美味しいお菓子の売ってる店を知らない?」
アネッテの目当ては、お菓子だったらしい。
「ございますよ。小麦粉を練った物を平たくし焼き上げ、その上に砂糖をたっぷりと掛けた物が最近人気です。後程ご案内致します。」
流石はメイドと言った所か。この街の事は頭に叩き込まれている。
アネッテの問いに即答したキーラに、ムネカゲはある事を聞いてみたくなった。
「キーラ殿。米と言うのはあるでござるか?」
そう、米だ。本当は、味噌の事も聞きたいが、コメが無ければ味噌は無いだろうと思い、聞かなかった。
「米でしょうか?それはどの様な物でしょうか?」
「米とは白い粒状の硬い物で、水を入れ炊き上げると柔らかくなるのでござる。それを主食として食すのでござるが……やはり無いのでござろうか?」
米で通じなければ、多分無いのであろうと落胆する。
「白い粒状の硬い物ですか?申し訳ございません。聞いた事がありません。」
「そうでござるか……。まあ、仕方が無いでござる。」
やはり無いらしい。と言うか、聞いた事が無いらしい。
とは言え、もしかすると名前が違う可能性もあるので、引き続き探してみる事にする。最悪、東方諸島郡と言う場所へと行けば、米がある可能性は高い。いずれは、東方諸島郡へと行ってみようと考えるムネカゲであった。
そんな会話をしつつ市場へとやって来た三人は、市場で色々と物色し始める。
キーラが購入したのは、粉にする前の小麦、粉となっている小麦粉。新鮮な野菜類と肉やベーコン。後は、塩。
胡椒は高いからと言うキーラに、ムネカゲが「必要なら、買えば良いでござるよ。」と後押し。結果、買う事に。
だがムネカゲには、その胡椒が何なのか全く分かっていなかった。
市場で食材を購入した三人は、アネッテご所望のお菓子を購入しに向かう。
そのお菓子は、所謂クッキー的な物であり、かなりお高い値段であった。まあ、砂糖を使用しているので高いのだが、そんなお菓子をカエデ達留守番組用にも購入し、次なる目的地の家の近くの雑貨屋へと向かう。
雑貨屋では、大量の薪や掃除用具。その他キーラが必要と思える物を購入。食器類などもこの店で全て揃った。
薪は家まで運んでくれるそうなので、家の場所を伝えて店を出た。
「これで終いでござるかな?」
「はい、粗方の物は購入出来ました。こちら、お預かりしていたお金の残金でございます。」
キーラが小袋に入ったお金をムネカゲへと差し出す。
「それはキーラ殿が持っておくでござるよ。もしかすると、拙者達が居ない時に、必要となるかもしれぬでござる。それに、たまにカエデに美味しいお菓子を買ってやって欲しいでござる。」
当座の費用と言うのは、必ず必要となる。カエデを預けるにあたり、全くお金を渡さないと言う選択肢は無かった。
「畏まりました。大切に管理致します。」
ムネカゲは「頼むでござるよ。」とキーラに言うと、家へと向かって歩き出す。
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