第29話 サムライ、領主に呼ばれる

 オークの清算が終わった一同は、ギルドを後にする。


「いや~、キングで儲けさせて貰ったわ!」


「ウチも、ジェネラル様様だな。」


 と、漆黒のバルトルドも孤高のダングもホクホク顔だ。まあ、人数を考えると、単独のムネカゲ程ではないのだろうが、それなりに儲かったようだ。

 そんな一同がギルドを出ると、そこには金属鎧を身に纏った見知った顔の男性が立っていた。しかも、3人の部下を引き連れて。

 その男性を見たバルトルドは「ゲッ」と驚き身を逸らし、ダングは「あちゃ~」と額に手を当てる。カズン達は「やれやれ」と言った感じか。

 そんなリアクションをされたにも関わらず、その男は意気揚々と口を開く。

 

「ムネカゲ殿、昨日はご苦労様でした。」

 

 しかも、ムネカゲを名指しで。


「ん?どちら様でござるか?」


 だが、ムネカゲは全くその顔を覚えてもいなかった。


「クォーヴ領騎士団。騎士団長のヘンリクです!昨日、街への帰路の際に、お話し致したではございませんか!」


 騎士団長ヘンリクは、ムネカゲが自分の事を覚えていなかった事に落胆し、改めて名乗る。

 しかしムネカゲからしてみると、ヘンリクを知らない理由として無論名前を名乗っていなかったのもあるが、会話をした時も真後ろから声を掛けられたため顔を見ていなかった。と言う理由があった。


「ああ、確か会話をしたでござるな。」


「おお!覚えておいて頂けましたか!それは良かった。」


 ホッと溜息を吐くヘンリク。覚えていないと言われた場合、どうするかなんて事は全く考えていなかったのだ。


「して、拙者に何の用でござるか?」


 ムネカゲは、その会話の内容を全く覚えていない。と言うより、興味も無かったので完全に話半分も聞いてはいなかった。


「先日申し上げた通り、この街である領主、アデルベルト・クォーヴ伯がムネカゲ殿にお会いしたいと。是非、この目でその類稀なるお力を拝見したいと仰っておりまして。つきましては、これから領主館へとご同行願えませんでしょうか?」


 丁寧に言えばそうだが、平たく言えば「お前ちょっと来い。んで、ウチに仕えろ。」と言う事だ。


「行くのは構わぬでござるが、拙者がその領主館とやらに行った所で、何事かあるのでござるか?そもそも拙者の力など、そこら辺の冒険者と一緒でござるよ?見る価値もないと思うのでござるが。」


 ムネカゲがそ言うと、バルトルドが「嘘つけ」と呟き、ダングが「どの口がそれを言う」と呆れる。


「それでもです!是非、領主館の方へとお越し下さい。ああ、昼食はお済ですか?まだであれば、館の方でご準備致します。」


 ヘンリクは必至だ。何せ、領主自らの命令で、必ず連れて来るようにと厳命されているのだから。

 だからこそ、あれやこれやと言って、連れ戻ろうとしているのだ。


「昼食はまだでござるが、如何したものか。」


 現在位置は冒険者ギルドの真ん前。人通りの激しい場所で、大の大人十数人が立っている状態だ。どう考えても、邪魔の一言に尽きる。


「まあ、行くのは吝かではないでござるよ。しかしながら、拙者も早く宿へと戻り休みたいでござる。長居はせぬが、それでよろしいか?」


「ええ、ええ!勿論です!では参りましょう!」


 了承を得たヘンリクは、もうすれは大そう喜び、早速行きましょうと先導する。

 ムネカゲはダングに「カエデをお願いするでござるよ。」と一言言うと、ヘンリクの後へと続いた。


「大丈夫なんかね?」


 その様子を見ていたバルトルドがダングへとそう聞く。


「いや、こればっかりは分からねえな。相手は領主。貴族だからよ。」


 ダングとしては、頼まれたカエデを預かるだけだ。後は、ムネカゲ自身が何とかするしかない。

 

「まあ、あいつなら何とか大丈夫なんじゃねえか?」


 ダングはそう言うと、「帰るぞ」とカズン達に声を掛け、バルトルドと挨拶を交わすと宿へと向かって歩き出す。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 ヘンリクの後に付いて行くムネカゲ。

 ムネカゲの後ろには、ヘンリク同様の全身鎧を身に纏った騎士が3名。ムネカゲを囲うように歩いている。実際は、ただ単に後ろを歩いているだけなのだが、見方を変えれば罪人を護衛している風にも見えなくもない。手枷が付いていないだけだ。

 冒険者ギルド前を出発し、例の仕立て屋の前を通り過ぎ、歩く事暫し。目の前に立派な屋敷が現れる。

 その屋敷の敷地はとても広く、建っている建物は総煉瓦造りの三階建て。そして門から玄関までの距離が異様に長い。城で言う所の、三の門から二の門までくらいの距離であろうか。良く分からんが。


「着きました。さあ、こちらです。」


 ヘンリクに案内され、屋敷を囲う門から中へと入る。そして長いポーチを歩き玄関先までやって来ると、突然屋敷の扉が開き中から燕尾服を着た初老の男性、黒く長いワンピーススカートに白い長袖シャツを中に着て、頭には白いプリム。腰には白いエプロンを付けたメイド達がズラリと並び始める。

 そしてヘンリクに促されるまま玄関階段を昇ると、一斉にその者達が頭を下げる。「いらっしゃいませ、ムネカゲ様。」と言い名がら。


「お……おぅ。」


 その見事なまでに揃った行動言語に、言葉が出ないムネカゲ。圧倒され過ぎである。

 そんなムネカゲに、初老の男性が声を掛けて来る。


「ムネカゲ様。当主のお声掛けに応じて頂き、誠に感謝の念に堪えません。我々一同、当主に代わり、厚くお礼申し上げます。」


 初老の男性がそう言い頭を下げると、メイド達も一斉に頭を下げる。


「い、いや、拙者にそのような……。」


「それでは、当主アデルベルト・クォーヴ伯爵様のいらっしゃいます所へとご案内致します。こちらへ。」


 初老の男性はムネカゲに喋らせもせず、先頭を切って屋敷の中へと入り始める。

 ムネカゲは訳も分からず、そして未だ圧倒された状態で、その初老の男性の後を付いて行く。


 屋敷の中は、絢爛豪華。とまではいかないが、それなりに豪華な装飾品で彩られていた。

 そんな豪華な調度品をキョロキョロと眺めながら案内されたのは、一階の左手側にある部屋だった。

 扉の前で止まる初老の男性。そしてドアをコンコンとノックする。


「アデルベルト様。ムネカゲ様がお越しになられました。」


 そして中の人物にそう伝えると、部屋の中から「入れ。」と声がした。

 ムネカゲはその声に聞き覚えがあった。そう、討伐隊出発の壇上演説の際に聞いた声だ。


「どうぞお入りください。」


 初老の男性が扉を開け、中へと促す。


「し、失礼するでござるよ。」


 ムネカゲはそれに従って中へと入る。

 その部屋も、目の前に座る人物の財力を示すかのように、豪華な調度品が飾られている。

 そして目の前に座る人物がソファーから立ち上がると、両手を広げ歓待の意を表す。


「よく来てくれた!話は、ヘンリクから聞いている。まあ、立ち話も何だ。座り給え。」


 ムネカゲはそう言われ、更には初老の男性に「こちらへお座り下さい。」と促され、その人物の真正面へと腰を下ろす。

 まあ、その人物と言うのは、領主その人なのだが。


「さて、話には聞いていたが、こうやって本人を間近で見ると、やはり奇妙な恰好であるな。東方諸島群の出だそうだが?」


 いきなりの奇妙発言に、ムネカゲは眉を顰める。


「そうでござるな。その東方諸島群の出でござる。」


 少しぶっきらぼうに答えるムネカゲ。その言葉に、申し訳ないと思ったのか、領主は笑いながら頭を下げる。


「はっはっは。すまない。辱めるつもりで言ったのではないのだ。ただ、ここら辺の者では無い恰好に、少々興味が湧いただけだ。許せ。」


 案外素直に謝った事で、ムネカゲは溜飲をさげる。


「で、早速だが、ムネカゲ殿。私に仕えないか?月の給金として、金貨1枚を払おう。冒険者をするよりも、いい額だと思わんか?」


 唐突に語りだした仕官の話しに、ムネカゲはどうしたものかと一瞬考えるが、即答する。


「むむっ。拙者、何処にも仕官するつもりは無いのでござる。」


「ふむ。では、金貨二枚であればどうだ?金貨二枚もあれば、それなりに贅沢に暮らす事が出来よう。どうだ?」


 断ったからなのか、金貨一枚が二枚へと上がる。

 

「いや、お金の問題ではござらんよ。拙者、恩義があるでござる。その恩義に報いる為にも、何処かへと仕官するつもりは無いのでござる。」


 ダング達に受けた恩。それを返すまでは、パーティーを組む事すらしていないムネカゲ。


「ほう?恩義か。それはどんな恩義であるか?」


「右も、左も分からぬ拙者に、色々と世話を焼いてくれた者達への恩義にござる。それを返せぬのは、拙者の仁義に反するでござるよ。」


 ムネカゲの言葉を聞き、領主アデルベルトは腕組みをし、ソファーの背凭れへと背中を預ける。


「なるほど。しかし、そのような小さな恩義。既に、その者達は何も思ってはいないのではないのかね?」


 まあ、確かに小さな恩ではある。しかし「旅は道連れ、世は情け」では無いが、実際ダング達からしてみると、危ない所を救ってくれた事でその小さな恩は、チャラだと思っている。それに、エミールの護衛にも加わってくれたのだから。

 だがそれは、ダング達がそう思っているだけで、ムネカゲの気持ちとは違う。「一宿一飯の恩」ではないが、まだ恩を返したとは言えないのだ。


「そうかもしれぬでござるが、拙者の中ではまだ恩を返してはいないのでござる。それに、拙者、迷宮にちと興味があるのでござるよ。領主殿に仕えるとなれば、その夢を追う事は出来ぬでござる。しからば、仕官と言うのは、単なる足かせとなるだけでござるので、遠慮するのでござる。」


「迷宮か。となると、近い内にブロスへと向かうと言う事であるか?」


「そうでござるな。迷宮都市へと向かう条件のDランク昇格は、本日達成したのでござる。となると、近々移動をすると思うでござるよ。」


 ダング達はオーク調査の為にブロスからクォーヴへとやって来た。そして集落討伐が成された今、ダング達はブロスへと帰還する事になるだろう。

 となれば、棚ぼた的にランクが上がったものの、一応は目標を達成したムネカゲもそれに付いて行くつもりだ。食料などの準備は必要だが。


「なるほど。これはどうやっても口説けそうにはないな。分かった。ではムネカゲ殿にはその恩を返した後に、私からの小さな恩を感じて貰えるよう褒賞を出すとしよう。おい、これへ!」


 領主アデルベルトが大きな声で扉へと向かって叫ぶ。すると、先程の初老の男性が何やらトレーを持って部屋へと入って来る。


「どうぞ。」


 そう言ってアデルべルトの前へと置かれたトレーには、小さな麻袋ではなさそうな小袋が置かれていた。


「オーク集落発見に繋がるファイターの発見。更には、危険を顧みずジェネラルを単独撃破したその功績を称え、金一封を授ける。受け取るが良い。」


 アデルベルトはそう言うと、トレーをムネカゲの方へと寄越してくる。しかし、ムネカゲは首を傾げる。


「拙者、既にギルドから報酬を得ているでござるよ。しからば、これを受け取る訳にはいかぬでござる。」


 ムネカゲはトレーをアデルベルトの方へと戻そうとするが、そのアデルベルトがそれにストップを掛ける。


「それは受け取ってもらわねばならん。それを返すと言う事は、貴族である私の顔に泥を塗ると言う事だ。そうなると困るのは、ムネカゲ殿の方だぞ?まあそれは建前として、先程も言ったように、小さな恩義を私にも感じて欲しいと言うのが本音だ。ブロスで迷宮へと入るとなると、色々と必要な物が出て来よう。その足しにでもすればよい。」


 アデルベルトはそう言うと、トレーから手を離す。


「そう言われると受け取らざるを得ないのでござるよ。しからば、有難く頂戴するでござる。」


 ムネカゲはそう言うと、袋を手に取り懐へと仕舞う。


「うむ。それでよい。まあ、何かこの街に厄災が訪れる事があれば、その小さな恩義でこの街を救ってくれ。」


「畏まったでござるよ。」


 その後、多少の談話をした後、ムネカゲは領主館を後にした。

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