第24話 サムライ、着物を受け取る

 宿へと戻る途中、ムネカゲはハッと思い出す。「昨日着物が出来上がっている筈だ!」と。


「ダング殿!拙者、着物を取りに行くのを忘れていたでござるよ!今から取りに行って来るでござる。」


 ムネカゲはそう言うと、一礼して領主館の方へと駆け出す。


「ああ、何かそんな事言ってたな。まあ、いい。俺達は先に宿へと戻ろう。」


 ダングは急いで走っていくムネカゲの背中を見て、笑いながらそう言うと宿へと向かって歩き出す。

 受け取るだけなので、急いだところであまり意味は無いのだが、それでも何故か慌てた様に走るムネカゲ。仕立て屋へと到着した時には、息が切れていた。


「着いたでござる。ハァ……ハァ。どんな感じに出来上がっているのか、楽しみでござるな。ハァ……ハァ。」


 呼吸を整え、居住まいを正したムネカゲは、いざ出陣!とばかりに仕立て屋へと入って行く。


「あ~、すまぬでござる。先日、仕立てを頼んでいたムネカゲと言うでござるが、着物は出来ているでござろうか?」


 店に入るなり、そう言いながら懐から引換札を取り出すムネカゲ。


「いらっしゃいませ。ムネカゲ様ですね?札をお預かり致します。……ああ、ええ。もう仕上がっておりますよ。お持ち致しますので、暫くお待ち下さい。」


 店員はムネカゲから札を預かると、店の奥へと入って行く。

 暫く店内で待っていると、先程の店員が色とりどりと言うのはおかしいが、白と黒の織り交ざった物を抱えて戻って来る。


「こちら、お預かりしておりましたお召し物です。」


 それらをカウンターへと置いた店員は、預けていた道着と袴を先ず返してくる。


「忝いでござる。」


 ムネカゲは床に背嚢を置くと、その中へと着物を仕舞う。

 ムネカゲが着物を仕舞い込むと、店員が仕立てた方の着物の説明をし始める。


「こちらがご注文頂いたお召し物となります。下履きは黒二枚と紺一枚。上着の方ですが、一枚は白。もう一枚は黒。残った一枚は、青色でお作り致しました。」


 店員は一枚一枚広げて見せてくれる。のだが、青色は紺と言うより、真っ青と言う程鮮やかな青色をしていた。

 それを見たムネカゲは、「これは無いでござる……。」と思うも、自らが「任せる」と言った手前それが言えないでいた。まあ、ピンクでないだけまだマシだ。


「か、忝いでござる。」


 着物を受け取ったムネカゲは、背嚢へと詰め込み背負うと、そそくさと仕立て屋を後にした。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 

 宿へと戻ったムネカゲは、仕立てた着物を背嚢から出すと早速着替える。

 何故、早速着替えたかと言えば、それはもう一刻も早く今の服装から脱したかったからだ。

 そもそも、チュニックにズボンという恰好が、やはりどうにも好きになれなかったムネカゲ。

 こう、薄手の生地がヒラヒラとするのが我慢ならなかったのだ。それに、褌の座りが微妙に気持ち悪かったのもある。その気持ち悪さから漸く解放されるとあって、もうそれは物凄い速さで着替えをする。部屋にカエデが居るのにも関わらず。

 ムネカゲのその迅速な着替えを見て、「んっ!?んっ!」とカエデは抗議の声をあげるが、そんなのお構いなしだ。小さな女の子に、褌一丁の姿を見せるのもどうかと思うが。


「ふ~っ。やはり着物が一番落ち着くでござるよ。」


 着替え終わったムネカゲの表情は、「満足」と行った表情だ。

 靴も、ブーツから草鞋に履き替えている。

 ムネカゲ的には、このブーツと言うのは気に入っている。森を歩く際に、草鞋だと落ちている枝などが足に刺さってしまう――貫を履いていないのだから当然――のだが、ブーツだとそれが無かった。

 依頼で外に出る時はブーツ。普段履きには草鞋と、使い分けようかと思っている程だ。

 ちなみに着替えた着物は、今まで着ていた着物……ではなく、紺色の袴に、白い道着だ。着心地的には、今まで着ていた物よりも手触りも、肌触りも良い。

 だが一つ、気に入らない点がある。それは……


「この青い道着は、訓練用でござるな。流石にこれは普段着るには、ちと派手でござる。」


 やはり、青い道着はお気に召さなかったらしい。今度仕立てる時は、白か黒。または紺にしようと固く決心した。

 そんなムネカゲの独り言に、カエデは「そんな事は無い!」と首を振っているが、ムネカゲは全く見ていなかった。

 着物に着替えたムネカゲは、何の気無しにカエデの方を見てふと気付く。「あれ?服装が違うぞ?」と。そして思い出す。


「そう言えば、服を買いに行ったのでござったな。それも購入して来た服でござるか?他には何を買って来たでござるか?」


 ここ最近バタバタとしていた為、アネッテと共にカエデが何を買って来たのかまでは、見ても、聞いてもいなかった。ただ、お釣りとして大銀貨6枚弱をアネッテから受け取っただけだった。


「んっ!」


 「見て!」とでも言いたげに、カエデは麻袋の中から色々な物を取り出していく。


 カエデが麻袋から出した物。それは、下着が4枚。普段着であろうワンピースが2枚。訓練の際にも着る事の出来そうなチュニックに短パンが3セット。マントが一着。多分、野営用なのだろう木の皿にコップ。何に使うのか全く分からない木の棒が三本。革の水筒であった。アネッテが何を想定してこれらを買って来たのかは定かではない。

 ちなみに、今現在カエデが着ているのは元々着ていた貫頭衣ではなく、アネッテと共に購入して来たワンピースを着ている。更に言えば、靴も革のブーツを履いている。


「結構買ったのでござるな。革の水筒であれば、拙者、4つ程持っていたので、それを使っても良かったのでござるが……まあいいでござる。木剣は買って来たのでござるか?」


 今後必要となる木剣の姿が見えず、ムネカゲはそう聞いたのだが、カエデは「んっ!」と首を縦に振り、ベッドの下に仕舞ってあった木剣を二本取り出す。


「ちゃんと買って来たでござるな。偉いでござるよ。」


 ムネカゲはそう言うと、カエデの頭を撫でてやる。


「ところでカエデ。その髪では前が見え辛かろう?拙者が髪を切ってやるでござるよ。裏庭へと行くでござる。」


 ムネカゲはそう言ってナイフを手に取り、収納から着る事の出来ない服を取り出すと、カエデを連れて宿の裏へと向かう。


 カエデの髪は綺麗になったとは言え、伸びたい放題だ。現状、肩より少し下あたりまで伸びた後ろ髪に、前髪は鼻下辺りまで伸びている。女の子と分かった今、そのまま放置しておくと言うのは流石にないだろう。それに、訓練をするとしたら邪魔にもなる。

 裏庭へとやって来たムネカゲは、地面に不要な服を敷きカエデを膝立ちにさせると、クリーンを掛けたナイフで前髪を削ぎ切りにして行く。


「大体、眉辺りで揃えれば良いでござるかな?後ろ髪は、訓練の邪魔になるでござるから、短めに切るが良いでござるか?」


 勝手にザックリいく訳にはいかないと、ムネカゲはカエデへと一応確認をする。


「ん!」


 カエデはそれでいいと頷く。

 それからバーバームネカゲが始まる。前髪を指の腹で摘まみ、ナイフで削ぐ。後ろ髪は首の後ろ程で揃えるようにナイフで削ぐ。

 こうして出来上がったのは、銀髪ショートヘアーだった。少々ガタガタだが。


「ま、まあ……長いよりかはマシでござるな。」

 

 前髪が無くなった事でカエデのライトグリーンの瞳が現れるのだが、逆にこけた頬が露わになる事で、今までの生活環境がどれだけ劣悪だったかを十二分に分からせた。


「まあ、先ずはしっかり食事を摂り、普通の体重にする事からでござるな。それまでは、軽い素振りで筋力を付けるくらいでござる。」

 

 未だカエデの腕は、骨と皮と言った状態だ。無理に訓練をさせても、逆に怪我をしたり、最悪骨を折ってしまったりするだろう。ぶっちゃけ、その細腕で木剣が持てるのか?と疑問にも思うが、その木剣が持てなければ訓練どころでは無い。良く食べ、良く寝て、体力を付けてからが本番だと、心の中で思うムネカゲであった。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 

 それからの日々は……と言うと、西の森へは行かず、東のニヴムの森で軽くレッドボアやフォレストディアなどを狩る依頼を受けるムネカゲ。依頼を受けるのも、大体一日置きだ。

 孤高の狼の面々はと言うと、これ見よがしに休暇を楽しんでいる。

 まあ、調査依頼でそれなりの報酬を貰っているらしいし、Cランクともなればそれなりに金も持っているだから、少々働かなくとも問題は無いのだろう。ムネカゲ的にも、カエデを預けられるので助かっている。


 調査報告後に、各自がそんな日々を過ごしていた七日目。ギルドからの連絡が「海風亭」へと齎される。


「孤高の狼の皆さん。明日、九時の鐘の音がなる頃、ギルドへとお越し下さい。」


「分かった。」


 ムネカゲは居なかったが、ダング達はそれに了承。翌日、ダング達はギルドへと向かう事となる。


 その時ムネカゲは、普通に東の森で依頼であるレッドボアの討伐を終えた所だった。

 一頭狩れば、大体2日分の宿代になるEランクの依頼。それが二頭。かなり美味しい依頼なのだ。

 そして意気揚々と「さて、清算して宿へと戻ろうか。」とギルドへと入った所で、ギルド内が騒がしい事に気付く。

 受付のシーラの前へと向かい、倉庫へと案内される。その道中、ギルド内が騒がしかった事を聞いてみた。


「何やら、騒がしい様でござったが、何かあったのでござるか?」


「ええ。例のオーク集落討伐隊の募集が貼り出されたんです。ムネカゲさんも参加なさるんでしたよね?」


「ん?ああ、確か、そんな事になっていたでござるな。」


 ここ最近、受ける回数は減ったものの、ほぼ通常営業だったムネカゲは、すっかりその事を忘れていた。

 

「ええ。明日、王都からAランクの漆黒の剣の皆さんが到着されます。その後、打ち合わせを行い、明後日には討伐隊が出発するでしょう。」


「拙者も受けておかねばならぬでござるか?」


 既に参加が決まっているムネカゲ。改めて、依頼を受けなければならない事を知らない。


「そうですね。受けておいた方が良いでしょう。でなければ、参加報酬が貰えないと思います。」


「左様でござるか。ではこの後受けるでござるよ。」


 ムネカゲは倉庫へ猪を置くと、受付けへと戻り、討伐隊参加の依頼を受ける。

 報酬は、参加するだけで銀貨1枚。オークの死骸を持ち帰れば、一体につき銀貨8枚と、破格の買取金額であった。

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