第20話 サムライ、名前を付ける

 孤高の狼の面々との早い再会に驚くムネカゲ。


「ん、まあな。色々あって、こっちで依頼を受ける事になってな。」


「ダンジョンから戻った時期が悪かったな。」


「そうそう。丁度タイミング良く、私らが帰っちゃったからね。」


「まあ、運が無かったと諦めるしかないな。」


 ムネカゲの問いに、各々が愚痴りだす。


「まあ、その事も含めて、飯食いながら話そうか?と言うか、その子はどうすんだ?つかお前、服どうしたんだ?」


 ダングにそう聞かれたムネカゲは、事の次第を手短に話す。服については、仕立てていると言った所、「やっぱり」かと言われた。

 

「はっはっは。まあ、ムネカゲらしいっちゃムネカゲらしいな。それに、ムネカゲの剣術は凄えから、教わりたい気持ちも分からんでもない。いんじゃねえか?弟子って事で。つか、このまま放逐したとしても、その喉じゃ野垂れ死にするのは目に見えてるしな。」


 そう軽く言うダングだが、剣術の「け」の字も全く見せてはいないので、何処から弟子になりたいと言う言葉が出てくるのかが分からない。だが、確かにこのまま放逐したところで、喋れなければ野垂れ死には必至だ。


「はぁ……。ダング殿がそう言うのでござれば、拙者が面倒を見るでござるよ。まあ、差し伸べる事の出来る手は、少ないでござるが。」


 目の前にある手くらいは取ってやりたい気持ちは多大にある。


「んじゃ、中で飯でも食いながら話そうか?お前にも関わる事だしな。」


「拙者にも……でござるか?」


 詳しくは中で。そう言ってダング達は宿の表へと回る。

 ムネカゲも女の子を連れそれを追う。


 宿の受付で女将に事情を話す。要は、一部屋空いてね?と。


「残念ながら、今一人部屋は満室だね。ほら、お客さんの後ろの人達だよ。丁度その人らで満室になっちまったのさ。だから、お客さんの部屋に泊める分なら、一泊二食付きで銅貨20枚でいいけどどうする?」


 ダング達がこの宿に部屋を取った為、一人部屋は満室なのだそうだ。ムネカゲの部屋であれば、問題無いらしい。


「では、それでお願いするでござるよ。ベッドは一つでござるから、一人は床でござるか?」


「ああ、そうだよ。だからこその銅貨20枚さ。」


 今借りている部屋は、凡そ6畳程度の部屋だ。そこにベッドが一台と小さなチェストが一つ置かれている。そのチェストが置かれているスペースであれば、毛皮敷きを敷けば横になる事は出来るだろう。

 金額的にもほぼ食事代だけと言った金額なのだろうし、「まあ、下で寝るのは拙者でござろうな。」と思いつつムネカゲは了承する。

 

「分かったでござる。それでお願いするでござるよ。」


 その後ダング達と共に食堂へと向かう。無論、女の子も一緒だ。

 椅子へと座り、食事を頼みエールを頼む。女の子には水だ。それらが揃った所で、ダングが口を開く。


「まあ、別れてそこまで日は経ってねえが、久々の再会に乾杯だな。」


「そうでござるな。乾杯!」


「「「「乾杯!」」」」


 木製のタンブラーをカツンとぶつけ、一気にエールを飲む。

 女の子は何をしているのかと、キョトンとした顔で周りを見ている。


「よし、喉の渇きも癒えた所で、食べながら話そうか。」


 ダングの言葉に、全員が頷き食事とし始める。「食べていいでござるよ」とムネカゲが言うと、女の子は周りを気にしながら恐る恐る食事に手を付け始める。


「さて、何でここに俺達が居るのか。と言う話だが、その前に。ムネカゲ、Eランクに上がったそうだな?」


「そうでござるよ。日々、地道に依頼を熟しているでござる。」


「なら、Dランクまでは直ぐだな。」


「で、ござるかな?」


「まじめにやってりゃ直ぐだろ。でだ。ムネカゲ、オークファイターを倒したって本当か?」


 その言葉を聞き、ムネカゲの中で何故ダング達がこの街へとやって来たのか、理由が分かった気がした。


「ああ、その件でござったか。そうでござるよ。オーガの右腕と言うパーテーが、オークに襲われていたでござる。そのオークの中に、そのふぁいたーと言うのが居たらしいでござる。」


「オーガの右腕か……。まあ、何とも大きく出たパーティー名だな。それはいいとして、俺達はその調査の為に呼び出されたんだ。」


 ダングの言うところによると、迷宮から出てギルドへと向かった所、丁度良かったと職員に引き留められ、クォーヴの街の異変を聞かされたそうだ。「街道に近い場所にオークの集落があるかもしれない。」と。

 ダング達はこれを受けるかどうか悩んだ。しかし、オークファイターを倒したのが「Eランクのムネカゲと言う冒険者」だと聞き、これは行くしかないだろうと調査依頼を受けたのだと言う。

 依頼を受けたその場でギルドの馬車へと詰め込まれ、昼夜を駆けり、急いでクォーヴへと駆け付けて来たのだそうだ。


「まあ、何かやらかすんじゃねえかと思っていたが、まさかオークファイターを単独で倒すとはな。」


「そうでござるか?たまたま背後から槍を投げただけでござるよ。正面からなら、どうなっていたか分からないでござるよ。」


 ムネカゲは魔物の強さなど全く知らない。そこに居るから倒す。ただそれだけだ。


「あのな。オークファイター単独なら、それなりに経験を積んだEランクパーティーでギリギリ倒せるかどうかだ。要は、Dに近いEランクだ。そのオークファイターがオークを引き連れていると、難易度は一気にCへと変わる。そこにキングやジェネラルが居るとなれば、更にランクがAへと跳ね上がる。お前が仕出かした事を、少しは理解しろ。」

 

 ダングは手に持つスプーンをクルクルと回しながら力説する。


「そうは言うでござるが、女子おなごが襲われそうになっている最中でござる。考える暇など無かったでござるよ。それに、ファイターと言うのを知らなかったのでござるし。」


 その場に駆け付ければ、ロラとアンナがオークに襲われそうになっていた。それを見て思わず槍を投げ、刀を抜き放ち斬り掛かった。それがオークだとか、オークファイターだとか気にもせずに。


「まあ、そうらしいな。とは言え、ファイター自体は稀に出没する。問題はファイター単独ではなく、四匹のオークを連れていたと言う事だ。その場合、オークの集落がある可能性が出て来る。集落があるとなれば、餌を求め森を出て街へと迫る可能性もある。その調査の為に、俺達が来たって訳だ。無論、集落があるからと言って、すぐさま対処は出来ねえ。ジェネラルやキングが居た場合、俺達でも太刀打ちできないからな。」


「なるほど。で、拙者はダング殿達を、ファイターと戦った場所へと連れて行けば良いのでござるな?」


「まあ、そう言う事だ。場所、覚えてんのか?」


「大体は覚えているでござるよ。」


「ならいい。明日、ギルドから呼び出しがあるだろう。詳しくはその時だな。」


「分かったでござるよ。」


 事前に呼び出しの件に関しては聞いていたので、それについては問題は無い。

 問題があるとすれば、もう一つの方だ。


「んで、この子はどうするんだ?」


 そう、ムネカゲの横でパンを口いっぱいに詰め込み、スープで流し飲みしている女の子だ。


「まあ、流石に連れては行けないでござるな。弟子にする云々の前に、先ずはこのやせ細った身体を元に戻すのが先決でござるよ。」


 ムネカゲは女の子の方を向きそう言う。女の子は、自分の事を言われているので、ムネカゲの顔を見てキョトンとしている。


「まあ、そうだろうな。荷物持ちさせるにしても、この身体じゃどうしようもねえだろうしな。」


「出掛けている間は、宿にて大人しくさせるでござるよ。」


「それがいいだろう。ところで、この子の名前は何つうんだ?」


「名前……でござるか?」


 ダングに名前を聞かれ、何も答える事の出来ないムネカゲ。そもそも、聞いていないので知る訳がない。いや、聞いていたとしても、喋れないのだから知りようもない。


「知らぬ……でござるな。」


「おいおい。いつまでも「この子」とか「女の子」とかで呼べないだろ?」


「そうではござるが、この童。喋れないのでござるよ。ああ、童とは、子供のことでござる。」


 元の世界のつもりで喋るムネカゲ。童が分からないだろうと補足を入れる。


「おい、嬢ちゃんよ。名前は何て言うんだ?」


 ダングが女の子に向かってそう聞くが、女の子は頭を振る。


「文字は書けるのか?」


 その言葉にも頭を振る。


「なら、ムネカゲ。お前が名前つけてやれよ。」


「ぶっ!拙者がでござるか?」


 唐突に振られたムネカゲは、飲みかけていたエールを吹き出す。


「汚ねえな!つか、名前がねえんだしお前が師匠なんだから、お前が名を着けてやるのが筋ってもんだろ?」

 

「いや、そうは言われてもでござるな……。」


 ムネカゲは頭の中で色々と考える。

 そもそも元の世界でも独身であったムネカゲだ。女の子の名前なんて、近所に住んでいた宗衛門の所のお梅ちゃんしか知らない。だからと言って、「うめ」と言う名は無いだろと思う。


「ん~、困ったでござるな。」

 

 そこから一頻り考え、これと言う名前が出てくるまでの間、ダング達が飲んだエールの量は二杯を越えた。

 そして漸く捻り出したのが


「カ、カエデでどうでござろうか?」


「その心は?」


「拙者が以前住んでいた場所に、楓の木が植わっていたのでござるよ。」


 なんとも安易な感じであった。

 しかし「カエデ」と言う名前が気に入ったのか、女の子は首を拘束で上下に動かす。


「気に入ったらしいな。」

 

「そうでござるな……。では、お主の事を今日からカエデと呼ぶでござるよ。先ずは明日、ギルドの呼び出しが終わった後、カエデの服など必要な物を買いに行くでござるな。」


 こうなった以上、世話をするのは師匠であるムネカゲの責任だ。必要な物は、ムネカゲが揃えてやる必要がある。

 しかしムネカゲの言葉に、アネッテが待ったを掛ける。

 

「あ、それならあたしが連れて行ってあげるよ。男には分からないだろうし、女だからこそ必要な物も分かるだろうしね。」


「アネッテ殿、すまぬでござる。お願いするでござるよ。お代として、金貨一枚程預けるでござる。これで、昼も食べて貰って構わぬでござる。ああ、後、木刀……いや、木剣を二本買っておいて欲しいでござる。」

 

 腕試しの時に木刀を探したが見当たらず、結果木槍を使ったのを思い出したムネカゲは、木刀と言いかけ木剣に言い直す。この世界に木刀は売っていない。

 ムネカゲは懐から小袋を出しアネッテに金貨を手渡す。


「了解。まあ、ここまで掛からないとは思うけど、余ったらちゃんと返すからね。」


 アネッテの言葉に、ムネカゲは頷く。


「ではダング殿。明日、ギルドで。」


「おう。」


 ダング達に頭を下げた後、ムネカゲはカエデを連れて部屋へと戻った。

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