第19話 サムライ、子連れとなる?

 港で干物を購入したムネカゲは、宿への帰路に着く。

 だがしかし、そのムネカゲの背後から付いて来る気配が一つ。先程、ムネカゲの懐からお金を盗み取ろうとしていた子供だ。


「まだ拙者を狙っているのでござるか?」


 そう考えたムネカゲは、建物の角を曲がると気配遮断を使う。

 ムネカゲを追って来た子供は、追いかけていた対象が突然消え戸惑っている。

 ムネカゲは角でオロオロとしている子供の背後へと回り込むと、気配遮断をキャンセルし姿を表す。

 

「拙者に何ぞ用でござるか?」


 突然背後から声が出て聞こえ、ビクッとしながら後ろを振り返る。そこに尾けていた対象が現れた事に驚いた子供は尻もちを突く。


「んんっ……。」


「大丈夫でござるか?」


 ムネカゲはその場にしゃがみ込むと、子供の方へと手を差し伸べる。

 だが子供は「んっ!」と声を発すると、差し出した手を握ろうとはせず自力で立ち上がる。


「して、童よ。まだ拙者に用があるでござるか?先程渡した金で、腹いっぱい食べたのではないのでござるか?」


 矢継ぎ早の質問に、子供は戸惑い「んっ!」としか言わない。

 ムネカゲはその様子に訝しく思い、しゃがんだままで子供をまじまじと見つめる。

 子供は年の頃10歳前後と言った感じだろうか。身長は130cm前後。着ている物は袖の無い布状の物を頭からすっぽり被っている感じで、その剥き出しの両腕を見れば、見るからに痩せこけており、ほぼ骨と皮と言った状態だ。顔は埃と汚れで黒ずんでおり、髪はくすんだ灰色っぽい色で伸び放題伸び、前髪から時折覗く瞳は綺麗な薄緑色をしている。

 それより何より一番目を引いたのは、子供の喉に傷があった事だろうか。

 それは丁度喉仏がある場所であり、その傷からしてかなり深い傷である事が窺い知れる。


「もしかして、喋れぬのでござるか?」


 ムネカゲは子供に居そう問い聞くと、子供はコクンっと頷く。


「なる程でござるな。それで「ん」しか言えぬのでござるか。」


「んっ!」


 そうだよ!とでも言いたげに元気に言う子供。


「親御は居るのでござるか?」


「……ん。」


 ムネカゲの問いかけに、首を横に振る子供。


孤児みなしごでござるか。」


 ムネカゲはどうしたものかと思案する。

 孤児など、元の世界でも珍しくなど無かった。戦争孤児や親に捨てられたなど、理由はそれぞれだがそれなりに居たのだ。可哀想だとは思う。だが、だからと言ってムネカゲが何かしてあげれる事などない。戦の無い世の中になる事が一番望ましいと分かっているが、それも中々儘ならないのだ。


「で、童よ。拙者に何ぞ用でござるか?」


 ムネカゲとしたら、手渡したお金で何か食べ物を買って食べ、強く生きて欲しいと思う。

 だがそう問い聞いたムネカゲに、子供は何かを訴える。


「んっ!んっ!!」


 子供は掌を開け、そこに握られていた大銅貨を指差し、必死に何かを伝えようと「んっ!」と叫ぶ。

 

「それは大銅貨と言うお金でござるよ。それ一枚あれば、あの黒くて堅いパンならそれなりに買えるでござるよ。」


 何が言いたいのか分からないムネカゲは、お金の価値を説明する。

 しかし子供はその返答に被りを振りると、「んっ!」と言いながらムネカゲの手を取り、掌の大銅貨をムネカゲの掌へと強引に握らせる。


「ん?要らないのでござるか?しかし、童。腹が減っているのでござろう?」


 どうしていいのか分からず、ムネカゲは子供と掌の大銅貨を交互に見る。

 すると子供はその場にしゃがみ込むと、足を折り頭を地面に擦り付ける。所謂、土下座だ。

 その姿に、慌てるムネカゲ。


「いやいや、顔を上げるでござるよ。その様な事をされても、拙者としては何もしてやれないでござる。それよりも、これでたらふく食べ、強く生きて欲しいでござるよ。」


 ムネカゲは返された大銅貨を子供へと差し出す。

 しかし子供はそれを受け取ろうとはせず、顔をあげる事もせずその場から微動だにしない。


「困ったでござる。」


 ほとほと困り果てるムネカゲ。


「良く聞くでござる。拙者は冒険者なのでござる。拙者には、やらねばならぬ目的があるでござるよ。それ故、童の面倒を見る事は出来ないでござる。」


 ムネカゲは、心中で「すまぬでござる」と呟き、そっと地面に大銅貨を置くとその場を立ち去ろうと腰を上げる。


「んっ!んん~っ!」


 しかし、子供はムネカゲの裾を掴み、行かせないとばかりに叫ぶ。

 何とかしてやりたい気持ちはある。だが、ここは心を鬼にして振り払わねば。そう思い、ムネカゲは裾を掴むその小さな手を振り解き、宿へと向かって歩き始める。

 

  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 宿へと足を向けたものの、あいかわらず子供はムネカゲの後を付いて来る。

 どうしたものかと思うも、これ以上関わり合いを持つと情が湧いてしまうと思ったムネカゲは、心を鬼とし無視を決め込んだ。


 子供の追跡は宿まで続く。ムネカゲが宿へと入ると、子供も一緒に宿へと入って来る。


「おや、お客さん。今日から、その子も一緒かい?」


 宿の女将がそれを目撃。同行者と勘違いされる。


「いや、先程から後を付けられて困っているでござるよ。」


 ムネカゲが頭を振ると、女将は腕組みをしながら口を開く。


「はぁ~、そりゃ難儀だねえ。それじゃ、私がガツンと言ってあげようかね。」


 そう言うと女将は受付から出て、こちらにウィンクを寄越してくる。

 

「こら!ここは宿屋だ!薄汚い子供なんぞ、さっさと出て行きな!」


 女将は宿の入り口に突っ立っている子供へと怒鳴り散らしながら迫る。

 子供はビクッとすると、一目散に外へと出て行った。


「忝いでござる。」


「なに、いいのよ。そうそう、夕飯はいつでもいいからね。」


「畏まったでござるよ。」


 ムネカゲはそう言うと部屋の鍵を受け取り、荷物を置きに部屋へと上がる。

 今日買った干物類を収納へと仕舞い、身綺麗にクリーンを掛け、一息吐いてから一階へと下りる。


 一階へ降りたところで、女将に掴まる。


「お客さん、さっきの子供なんだけどさ、入口で座り込んでるんだよ。どうにかなんないかね?」


 先程女将が怒鳴った事で宿へと入って来ることは無くなったのだが、宿の入り口脇で座り込んでいる為宿の信用的に問題があると言う。

 それはそうだろう。一応、ここは食事も出す宿だ。言い方は悪いが、薄汚れた者が店先にたむろすると言うのは、衛生的観点から言っても非常に悪影響を及ぼす。


「はぁ。女将、裏の井戸を借りるでござるが、良いでござるか?」


 ムネカゲは懐から銅貨を4枚取り出すと、受付へと置く。


「まあ、仕方無いわね。」


 女将はそれを受け取ると、麻布を二枚ムネカゲへと手渡す。


「忝い。」


 ムネカゲは麻布を受け取ると、女将に頭を下げ宿から出る。


 

 果して子供は女将の言う通り、宿の入り口横の壁へと背中を預け、座り込んでいた。


「童。そこに居ると、店に迷惑でござる。拙者に付いて来るでござるよ。」

 

 ムネカゲはそう言うと、一人スタスタと宿の裏へと向かって歩く。

 子供はムネカゲの言葉を聞き、スッと立ち上がるとその後を追って行く。


 宿の裏へと回ったムネカゲは、井戸の縁に麻布を置くと桶を中へと放り込む。汲み上がった桶の水を持つと、子供へと向けて口を開く。


「童。今から身体を洗うでござる。服は自分で脱げるでござるか?」


 その問い聞きに子供はコクリと頷き、モゾモゾと服を脱ぎ始める。

 クリーンでも良いのだが、何となくクリーンを使う前に水洗いした方が良いのでは?と思ったムネカゲだった。

 そして気付く、胸の辺りが少し膨らんでおり、股にナニが無い事に。


「童!女の子であったか!?さて、これはどうしたものか……。」


 ナニが無かった事に動揺するムネカゲ。せっかく汲み上げた桶を井戸の中へと落としてしまう。

 動揺してしまったが、「身体を洗う」と言った手前ここで止める訳にはいかない。

 再度井戸から汲み上げると、女の子の頭からザブンと水を掛ける。それを二回繰り返したムネカゲは、麻布を水で濡らし体をゴシゴシと擦る。すると、まあ出るわ出るわ。至る所から、垢がボロボロと落ちていく。

 ある程度身体を擦った後、髪の毛を洗おうと思うも、埃や汗でグシャグシャとなっている髪は絡まりもつれれており、水だけでどうにかなるものでは無かった為諦めた。

 最後に水を二度程頭から掛け、クリーンを使い終了。クリーンだけで良かったのだが、そこは気持ち的なものだ。着ていたワンピース的な貫頭衣にもクリーンを掛ける。

 髪や身体を拭いてやり、水気を取った所で洋服を着せてやる。


 身綺麗になった女の子の髪は、くすんだ灰色から綺麗な銀色へと変貌した。

 女の子を綺麗にした後、ムネカゲは女の子ともう一度話をする事に。

 

「童。拙者に出来る事はこれくらいでござるよ。後の事は、拙者では何もしてあげられないでござる。童自身の手で道を切り開くでござるよ。」


 冷たいだろうが、全てを救えるほどムネカゲも聖人君主ではない。

 そう言い残し、宿へと戻ろうとしたのだが、またしてもズボンを摘ままれる。後ろを振り返ると、女の子はムネカゲが腰に差す刀を指差し「んっ!」と言う。


「拙者の刀がどうかしたのでござるか?」


 ムネカゲは訝しげに思い、刀の柄を左手で抑える。

 すると女の子は見よう見まねで刀を振る動作をし始める。


「もしや、拙者に剣術を教えて欲しいのでござるか?」


「ん!」


 「その言葉を待ってました!」と言わんばかりに頷く女の子。

 だがしかし、ムネカゲとしてはそれは受け入れられぬ事だった。


「しかし、拙者もまだ修行の身。人に教える程の腕前ではないでござるよ。それにいずれはここを出て隣り街のブロスへと行くのでござる。流石に子連れは無理でござるよ。」


 しかし女の子はムネカゲのズボンをぎゅっと掴み、その場で土下座をし始める。


「困ったでござるな……。」


 ホトホト困り果てるムネカゲ。

 その時だ。宿の横通路から懐かしい声が聞こえて来た。


「おっ?居た居た。つか、何してんだ?」


「本当だな。」

 

「子供に土下座させて……何してんだか。」


「あら可愛らしい子。何があったの?」


 ムネカゲが振り向くと、そこには懐かしいメンツがこちらを見ていた。


「ダング殿!それに、カズン殿に、アーベル殿。アネッテ殿も!一体どうしたのでござるか!?」


 そこには、以前この宿で分かれたはずの「孤高の狼」のメンバーが居た。

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