第17話 サムライ、慣れない服で頑張る
服を仕立てに行った翌日。いつもの様にオーク討伐の依頼を受けたムネカゲは、今日は反対方向へと行ってみようと思い西側の森へと出かける事にした。
ただ、チュニックとズボンに鎧甲冑と言う姿に、かなり違和感しか無い。そしてやはり、動き辛い。
とは言え、昨日道着と袴を新調するにのかなり散財した為、今は動き辛かろうと依頼を熟さなくてはならないのだ。
そんな違和感だらけで西門から街を出たムネカゲは、川を渡り初めて来る西の森の中へと足を踏み入れる。
街の西方面は、ブリックスの西側にある山から流れ出るアルフォード川が流れており、その西側には広大な森が広がっている。その森の北側にはそれなりの高さの山々が連なっている。
そんな広大な森へと入り北西へと進み凡そ二時間程が経った頃、オークを探し森を彷徨うムネカゲの気配察知に、違和感のある反応が現れる。
「ん?これは……。」
その反応と言うのは、人型の反応が複数あり、それぞれの反応が重なっている。
「争っているでござるか?」
そう、その人型同士が重なっては離れ、離れては重なっているのだ。
「とりあえず行ってみるでござるか。」
ムネカゲはそう呟くと、反応があった方へと駆ける。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「くそっ!なんでこうなるんだよ!俺達は強いんだ!オークなんぞに負ける訳がねえ!」
「バカ、冷静になれ!ここを切り抜けなければ、死ぬんだぞ!」
「んな事は、分かってるんだよ!」
戦いの中そうやり取りをするのは、一人は大剣を持った男性。一人はロングソードと盾を持った男性だ。両人とも、敵と打ち合いつつもヒットアンドウェーを繰り返す。
「ロラ!大丈夫か!?」
「ダメ!魔法が打てない!」
ロラと呼ばれた少女は、敵から逃げる様に間合いを取るのだが、敵はロラをロックオンしており中々間合いを離せないでいる。
「アンナ!ロラの援護に!」
「こっちもダメ!引き剥がせない!」
アンナと呼ばれた少女も、その細腕で敵の攻撃を受ける事が出来ず、ちょこまかと動いては引き離そうとするものの、敵の鼻息は荒く中々離れてくれないでいた。
敵と言うのはオークであり、そのオークの数が五体も居たのだ。
オークの力は人間の比ではなく、Eランクの男性冒険者でギリギリ受けられるかどうかだ。女性の冒険者では受ける事すらできない。
そんなオークが五体。しかも、この危機的状況を創り出したのは、彼らの驕りが故であった。
この四人。冒険者パーティー、「オーガの右腕」のメンバー達だ。ちなみにランクはEに上がったばかりのF寄り。
そもそもそんな彼らが、なぜこのような状況になっているかと言うと、端的に言えば「やれると思った」からだ。
FからEに上がり、驕っていたリーダーの「俺達なら倒せる」と言う考えが故に、無謀にもオークに戦いを挑みそして今、全滅する手前まで押されている。
女性が居ると分かったオークは、執拗にアンナとロラを追い回す。それを阻止しようとリーダーのクロードとディオンが立ち回るが、流石に三対二では分が悪く、しかもまだまだ初心者の域を出ない未熟者が故に、今まさに女性であるロラがオークに掴まり、アンナがオークに殴り飛ばされていた。
「アンナ!ロラ!畜生っ!」
仲間であるロラとアンナの惨状に、クロードは目に涙を溜め叫ぶ。こんなはずでは無かったのに、と。
「クロード!先ずは確実に一匹ずつだ!」
ディオンはその状況下に置かれても、冷静に対処しリーダーであるクロードを叱咤する。
「分かってる!でも、攻撃が通らないんだよ!」
ランクEに上がったばかりの力では、まだまだオーク相手には決定的なダメージを与えられないでいた。
仮に魔法が使えていたのなら話は違っていたのかもしれないが、唯一魔法の使えるロラが既にオークに掴まっており、身に纏うローブを勢いよく破り取られている所だ。
「嫌ぁぁぁあっ!」
「ロラァァァァ!」
そして片やアンナの方も、既に意識は無く、オークにより革鎧が剥ぎ取られ、今にも服が破られると言った手前まで来ている。
「チッ。糞がぁ!」
どんどん冷静さを失っていくクロード。
そんな中、突如としてロラを掴んでいたオークが倒れる。そして今度はアンナを襲おうとしていたオークが倒れた。
「へっ?」
「ブモッ?」
突然の事にオークもクロードとディオンも一瞬手が止まった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ムネカゲは急いで現場へと向かっていた。何やら先程から胸騒ぎがしていたのだ。
そして現場へと到着し目に飛び込んで来たのは、二人の女の子が既にオークに掴まっており、その身に着ける服を破られている様だった。
左側には剣を持った男の子が二人、三体のオーク相手に戦っているが、戦っていると言うよりは完全に遊ばれていると言った感じだ。
「これは不味いでござる!」
ムネカゲは気配遮断の状態から、羅刹天十文字槍をオーク目掛けて投げつける。ムネカゲの手から解き放たれた槍は、目標違わずオークの頭へと突き刺さる。
その間にムネカゲは、奥の方で女の子の革鎧を引き千切り、今にも服を破り捨てようとしているオークへと一瞬で駆け寄ると、その場でジャンプ。振り被った雷紫電を振り下ろし、オークの頭を唐竹割にする。
「これで後三体でござるな。」
オークの頭から刀を抜いたムネカゲは、クルリと回ると未だ呆けてこちらを見ている男の子へと声を掛ける。
「助太刀するござるよ!」
そう言うや否や、ムネカゲは瞬歩を使い、一瞬でオークへと肉薄。その太い左手を斬り飛ばす。
そして爪先回転でオークの背中へと回り込んだムネカゲは、回転の勢いに合わせて膝を折りしゃがむと、オークの膝裏を斬り付ける。
そこまで来て、漸く我に返る男の子二人とオーク三体。
とは言え、一体のオークは既に膝裏を斬られて地面へと膝を突いている。
そこへ我に返ったディオンの剣が、オークの喉へと突き刺さる。
「後二体!」
オークが一体崩れたのを見て、ムネカゲは次のオークへと標的を移す。
二体のオークは、今の今まで優勢だった戦いから劣勢になった事で、その原因となったムネカゲへと攻撃の対象を移す。
先を鋭く削った槍擬きで突き、木を削っただけの棍棒を振り下ろす。ムネカゲはそれらを巧みに躱しつつ、身体強化で脚力を上げ更には瞬歩を併用しながらオークへの間合いを詰める。
「雷斬り!」
そして雷紫電の刃から繰り出される黄色く迸る
雷刃を喰らった棍棒オークは感電し、膝から崩れ落ちる。が、傷が浅かった為、殺すには至らなかった。
「今でござる!そのオークを仕留めるでござるよ!」
「は、はい!」
「お、おう!」
ムネカゲは感電したオークを男の子二人に任せ、自らはもう一体のオークへと対峙する。
仲間を倒されたオークは、「ブモォォォオ!」と怒りを現にし吼える。そして手に持つ槍擬きを振り被り、ムネカゲ目掛けて振り下ろす。
ムネカゲはそれを半身で避けると、その場で跳躍。雷紫電を振り被り、落下と同時にオークの頭へと向けて降り下ろす。
オークは槍擬きを両手で持つと、頭の上へと掲げる。そしてぶつかる刀と槍。
ベギッと言う音と共に槍擬きはへし折れ、ムネカゲの刀はオークの頭を真っ二つに割る。
着地と同時に倒れ込むオーク。
ふと横を見ると、先程感電させたオークは、男の子二人がしっかりと倒していた。
「ふぅ~。何とか倒せたでござるな。」
ムネカゲが一息つくと、男の子二人がやって来る。
「危ない所を助けて頂き、ありがとうございました。」
先程剣をオークの喉へと突き立てていた男の子がお礼を言って来た。
「た、助けてくれてありがとう。」
ツッケンドンに言うのは、大剣を持つ男の子だ。
「何、間に合って良かったでござるよ。それよりも、女の子の方は大丈夫でござるか?」
ムネカゲは倒れている女の子の方を指差す。
「ああ、ええ。ちょっと見て来ます。クロード、ロラの荷物から着替えを。」
「ああ、分かった。」
二人はそう話すと女の子の方へと走り寄り、倒れた女の子の介抱をし始める。
ムネカゲはその間に槍を回収し、オークの血抜きに勤しんだ。
それからしばらく後、女の子二人も意識を取り戻す。
「助けて頂きありがとうございました。」
「ありがとうございます。」
女の子二人にお礼を言われる。
「たまたま近くにいただけでござるよ。それよりも、このオーク。三体は拙者が貰っても良いでござるか?」
ムネカゲとしては、先にオークと対峙していたのはこの子達であり、助けたとは言えムネカゲが止めを刺したのは三体。後の二体は男の子が止めを刺したので、自分が貰う訳にはいかないと思いそう聞いた。
だが、返って来た返事は意外な答えだった。
「いや、全てムネカゲさんの物です。僕達はムネカゲさんが手傷を負わせた後に、止めを刺しただけですので。」
ディオンと名乗った男の子は、全てムネカゲの物だと言うのだが、一方のクロードと言う男の子はそれに食って掛かる。
「ディオン、勝手に決めるな!そもそも、最初からオークの相手をしていたのは俺達だ!だから、全て俺達の獲物だ!」
クロードの言い分に、ディオン、ロラ、アンナが顔を顰める。
「でも、一匹でさえ持って帰るのが難しいのに、どうやって持って帰るつもりだ?」
「それは……。そうだ、三体持って帰ると言ったって事は、この人は魔法袋を持っている筈だ!なら、それに入れて貰えばいいだろ!?」
この言葉には、流石のムネカゲも苦笑いするしかなかった。
「助けて貰った上に、そんな身勝手な事言えるはずないだろ?それよりもリーダーのお前があそこでオークと戦うと言わなければこんな事にはならなかったんだぞ!」
ディオンは逆にクロードへと食って掛かる。
「そうだけど、結果としてオークは倒せたじゃないか!」
「それはこの方が居たからであって、俺達の力ではない!」
森のど真ん中で、しかもオークの血に他の魔物が寄ってくる可能性があると言うのに、警戒もせず喧々諤々と言い合いを始める。
ムネカゲ的には、どうしても欲しいと言う訳でも無く、別に要らないと言ってしまっても良かった。今から探せばオーク一体くらいは狩れるだろう。それよりなにより、早くこの場を立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
「あ~、すまぬでござるが、拙者も依頼を受けた身。時間が惜しいでござるよ。なので、オークは要らぬでござる。と言う事で、さらばでござる。」
そう言ってその場を去ろうとするムネカゲだったが、それに待ったを掛けたのが女の子二人だった。
「すみません、オークは全て差し上げますので、街まで送って貰えないでしょうか?流石に先程の事で、今直ぐに戦闘を……と言う気分では無いので……。」
「私からもお願いします!まだ、頭がフラフラするので、今魔物と出会っても戦える自信が無いです。」
その言葉を聞き、ムネカゲは納得する。
確かにオークに犯されそうになった後で、直ぐに戦闘が出来るかと言われれば難しい所だろう。それよりも今後の冒険者としての活動すらも怪しい。
助けておいて言うのもなんだが、冒険者とは自己責任だ。命が助かっただけマシであり、その後の事に関してムネカゲが助けてやる云われは本来無い。
だがそこは考えの甘いムネカゲだ。
「分かったでござるよ。街まで送るでござる。」
そう安請け合いをするのであった。
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