第14話 サムライ、自立を決意する
翌朝、宿の裏庭で、久しぶりに朝の訓練をするムネカゲ。
元の世界に居た時には、必ず朝一番で刀なり槍なりの型稽古をやっていたのだが、流石にこちらの世界に来てからと言うもの、移動に継ぐ移動の為そんな事が出来る感じでは無かった。
しかし今居るオルスタビア王国には時刻を告げる鐘があり、朝6時の鐘の音で目を覚ます事が出来る為に、昔の様に訓練をする事にしたのだ。
ムネカゲは上半身裸となり、右足を半歩前に出し刀の柄へと手を掛ける。鼻から息を吸い、口から細く吐きつつ、ゆっくりと刀を抜き放ち中段の構えを取る。
そのまま剣道の素振りをする様に、大きく振りかぶると一歩前進しながら振り下ろす。再度大きく振り返ると、一歩後退しながら振り下ろしビシッと止める。
それを数十回程行うと、今度は一旦刀を鞘へと戻し、柄に手を掛けたまま今度は腰を深く落とす。
そこから素早く刀を抜き放つと横一閃。取って返す刀を両手握りへと変え袈裟斬りを繰り出す。
そこから左爪先半回転でくるりと回りながら、右手を離し左手一本での横一文字斬り。右足が地面へと着くか着かないかで、左足を軸に飛び上がり、空中で両手持ちへと切り替え振りかぶる。そして、落下と同時に振り上げた刀を真下へと振り下ろす。
着地すると、ゆっくり刀を鞘へと戻して一呼吸。スッと立ち上がった所で、背後に気配を感じる。
「誰でござる!」
ムネカゲは刀の柄へと手を掛けながら振り返る。
「いやぁ、綺麗な型だな。」
そう言いながら近付いて来たのは、ダングであった。
「ダング殿でござったか。こんな朝早く、どうしたでござるか?」
ムネカゲは柄から手を外しながらそう問い聞く。
「いや、もう鐘が鳴って暫く経つぞ?それと、俺はそこに用がある。」
そう言って指さすのは、井戸だ。
「ああ、顔を洗うのでござるな。それは邪魔をしたでござるよ。」
ムネカゲは道着の袖に腕を通しながら、場所を空ける。
「すまんな。ああ、それと、朝飯食ったら
ダングは井戸の桶を下に落とし、ロープを引き上げながらそう伝えてくる。
「畏まったでござるよ。」
ムネカゲはそう言うと、宿の中へと入って行く。
部屋に戻ったムネカゲは、早速クリーンで身を綺麗にすると、鎧を身に付け身の回りを整え始める。と言っても殆ど身一つなので、雷紫電とアーベルから貰い受けたナイフを腰に履き、背嚢を背負うくらいなのだが。
身支度を終えたムネカゲは、一階に降りると受付で宿の延長を頼むと食堂へと向かう。
暫くすると、ダング、カズン、アーベル、アネッテが現れる。
五人が揃った所で朝食を摂るのだが、ムネカゲはここで今後の事を話し始める。
「ダング殿。ここまで色々と世話になったでござるよ。ダング殿達は、次の街で活動をすると聞いているでござるが、拙者、この街で当分冒険者ランクとやらを上げようと思うでござる。」
ムネカゲの中では、ダング達に着いて行くと言うのも考えた。収納のスキルを使えば、ダング達の役にも立つのでは?と思ったからだ。
しかし、それ以前に冒険者ランクが違いすぎる。それ故に、この街でやれるところまでやってみよう。そう考えたのだ。
まあ、端的に言えば、今の現状では、ダング達に着いて行くと自身の為にならないと思った訳だ。色々な意味で。
とは言え、ここまでダング達には本当に世話になった。誰も知り合いが居ない世界で、右も左も分からない自分に色々な事を教えてくれた。それ故に、いずれは恩を返すつもりであった。
「いずれダング殿達と肩を並べて冒険が出来るようになれば、その時は是非一緒に同行させて頂きたいござるよ。」
ムネカゲの言葉を聞き、ダングは頷き口を開く。
「まあ、俺達と共に肩を並べるのであれば、せめてDランクくらいにならないと無理だな。」
ダングはそう言ってニヤリと笑う。
「だが、ムネカゲの気持ちは分かった。と言う事なら、俺達はひと足先にブロスで稼いでいる。早く追いついて来い。」
ダングはそう言うと右手を差し出してくる。
「分かったでござるよ。」
ムネカゲはその手を握る。
「待ってるからな。」
「まあ、真面目にやれば、Dまでは直ぐだろう。」
「だね。待ってるからね!」
アーベル、カズン、アネッテともそれぞれ握手をし、その後四人と別れる。
ムネカゲはその後ろ姿を見送った後、踵を返すと一人街の中心へと向かう。
ムネカゲがやって来たのは冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドは何処となく閑散としており、受付前も人込みは少ない。
それもその筈で、ムネカゲがやって来た時間は九時を告げる鐘の音が鳴った後だ。通常の冒険者なら、既に依頼を受けて街を出ている時間である。
とは言え、人っ子一人居ない訳では無く、ムネカゲ同様乗り遅れた者達も疎らに居るには居る。
そんな乗り遅れ組と共に、依頼の貼り出されているボードを覗き込む。
先ずはFランクからの脱却。その後Dランクへの昇格だ。依頼完了総数で言えば100回。
「さーて。頑張るでござるよ!」
気合いを入れ直したムネカゲは、依頼の張り出されたボードを見て依頼を選んでいく。
受けようと思っている依頼だが、ホーンラビットは未だ継続中なので、新たに受けるのはゴブリンの間引きと薬草採取だ。
ゴブリンは町の東側の森に行けばそれなりに居るらしく、人に害を齎す――特にゴブリンは女性の天敵――為常時討伐依頼が出されている。
討伐証明はゴブリンの左耳。依頼のカウントは左耳3つで一単位となり、多く狩れば狩っただけカウントされる。
例えば、ゴブリンを10体倒せば、3回依頼を達成した事になる。余りはカウントされない。
報酬は左耳3つで銅貨5枚。魔石は一つ銅貨3枚。
2つ目の薬草採取は、ヒーリングポーションや傷薬の主原料となる草を取って来れば良いらしく、冒険者の必需品でもあり一般人も使うのでこれも常時依頼されている。名前はモヨーギ草。
茎の根本から取り、十本で一束となる。こちらはゴブリン討伐と同じく、二束採取で2回分の達成となるそうだ。
報酬は一束大銅貨一枚。
ちなみにホーンラビットの討伐だが、Fランク上で一応危険な魔物と言う位置付けだ。
その理由は、こちらの気配を感じると、その鋭い角を向けて飛び掛かって来るからだ。ヘタをすると、大怪我を負ってしまう。
そんなホーンラビットは、西か東の森に行けば腐るほど生息しているそうなのだが、何故討伐依頼が出されているかと言うと、ホーンラビットはゴブリン共の食料にもなっているからだ。ホーンラビットが増えれば、それだけゴブリンが増える事に繋がってしまう為、討伐対象となっている。
更に言えば、ホーンラビットの肉が街の食事には必ずと言っていいほど使用されている為、かなり需要が高いのだ。それ故に買取金額が一羽につき大銅貨1枚と、それなりに高い額となっている。要は、食肉の確保の為でのもあるだ。
討伐証明は角で、一本銅貨1枚。ただし、主たる依頼内容はホーンラビットの肉なので、両方が揃わないと依頼達成とはならない。
基本、Eランクに上がるまではこの3つを受けるつもりだが、こだけの依頼を熟したとしても1日の宿代には届かない。しかも、森に多く生息するとは言え、遭遇するかどうかは運であり、モヨーギ草と言う草が一束集まるかどうかも運である。
駆け出しの冒険者から見れば、なかなか世知辛い世の中だ。
「この2つを頼むでござるよ。」
依頼票を剥がして受け付けへと持ち込む。
そしてカードを出し、翳す水晶球。
「依頼は受理されました。無理せず頑張って下さい。」
受付嬢から返却される冒険者カード。
カードを受け取ったムネカゲは、東門への行き方を聞くと意気揚々と街を出た。
東門を抜けると、簡素な道が森へと続いていた。
主要街道ではないので、単に冒険者達が長年を掛けて踏み固め、地面が固くなり草も生えなくなっただけの道だ。
乗り遅れたのであろう冒険者達と共に、そんな道を歩く事小一時間。目的の森へと到着する。
この森、ニヴムの森と呼ばれており、浅い所でホーンラビットやゴブリン。少し奥に入った場所に
しかし、今回は……と言うより、多分当分は奥へと行く事はない。3つの依頼を熟し、Fランクを脱却する為だけであれば、森の浅い所だけで良いのだから。
森へと到着したムネカゲは他の冒険者にも目もくれず、早速森の入口で鑑定を使用する。
しかし、やはりと言うか。そんな直ぐには見つかるはずもない。そして見渡す限りの雑草の表示。
「早々見つからないとは思ったでござるが、これはかなり難儀でござるな。」
ムネカゲは地面と睨めっこをしながらも、気配察知で周りを警戒しながら森の中へと足を踏み入れる。
森に入り他の冒険者と被らない様に左側へと移動。浅い場所でウロウロとする事大凡一時間。モヨーギ草が生えている場所を見つける事が出来た。
モヨーギ草は、見た目ヨモギに近い葉をつけた草だ。雑草と共に生えており注意して見なければ本来中々見つけ辛いのだが、ムネカゲの場合一度でも見つけてしまえば後は同じ様な草を見つけて鑑定するだけの簡単作業となる。
モヨーギ草を採取していると、ムネカゲの気配察知に反応が。
「これはホーンラビットの方でござるな。」
ムネカゲは腰の雷紫電を抜き放つと、その気配の方へと足を進める。
ホーンラビットやゴブリン如きに、身体強化を使う程の事でも無い。向こうが気付く前に一気に肉薄すると、ホーンラビットの首へと向けて刀を一閃。
見事に頸動脈を断ち切られたホーンラビットは、血飛沫をあげながら地面へと倒れ伏す。
「これで先ずは一匹でござるな。」
今日初の獲物に、ホクホク顔のムネカゲ。
手早く討伐部位である角をもぎ取り胴体から内臓を取り出し、そこら辺に生えている蔦を後ろ足へと括り付けて木へと固定して血抜きをする。
そんなホーンラビットの血の匂いに誘われたのか、再びムネカゲの気配察知に反応が。
「群れていると言う事は、これはゴブリンでござるな。」
ホーンラビットは大体単独で行動をするのに対し、ゴブリンは単独の事もあれば大体群れて行動をする。群れていると言っても、二体か三体だが。
「数は二。」
ムネカゲは、ゴブリンが来る右手方向とは反対側の木の蔭へと身を顰めると、ゴブリンがこちらへとやって来るのを息を潜めてじっと待つ。
≪ピコーン!スキル:気配遮断を会得した≫
と、久しぶりの脳内音声が聞こえて来る。だが今はそんな事に構っている暇はない。
「グギャグギャ」と何やら話しながらやって来るゴブリン。木に括られたホーンラビットを見つけると、飛び跳ねて喜び始める。
そして労せず見つけたホーンラビットを手にしようとしたその瞬間。ムネカゲは木の陰からサッと身を躍らせると、手前のゴブリンへと向かって両手で構えた刀を斬り上げる。
突然現れたムネカゲに驚くゴブリン。相方が声も出せず倒された事に「グギャッ!?」と驚くが、ムネカゲは一体を斬った反動でクルリと半回転すると、両手で持つ刀を片手持ちへと変え、声をあげたゴブリンの背後から頸椎目掛けて刀を薙ぐ。
「これでとりあえず依頼を2つ達成でござるな。」
片や脇腹から斬られ、片や後ろ首を斬られたゴブリンが地面へと沈んでいくのを見つつ、ムネカゲは独りそう言ちる。
手早く魔石を抜き左耳を切り取り、以前切り取っていた耳と合わせて背嚢へと仕舞うと、血抜きの終わったホーンラビットを収納へと入れて再びモヨーギ草を探しに森をうろつくムネカゲであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます