第13話 サムライ、港町へと到着する
ダングの身の上を聞いた翌日。通常営業で馬車は出発する。
今日一日と、明日の半日で次の街であるブリックスへと到着する。
相変わらずの山々に囲まれた道であり、殆ど景色が変わらぬ中での移動の為、ムネカゲ的には少々退屈となって来る。まあ、馬車内は荷物でいっはいであるし、できる事と言えば話す事くらいしかないので仕方がない。
そんなのんびりとした長閑な山間道を進み、再び野営で一泊。
翌日の昼過ぎ頃に、ブリックスの町へと到着する。
ブリックスの町は山間にある町で、人口は約3万人。農業が主産業の町だ。
その為、町の城壁の外には見事な小麦畑が広がっており、秋になると黄金色の絨毯に見えるのだそうだ。
そんな小麦畑を見つつも、一行はブリックスの町へと入るのだが、ここでは泊まらないらしい。
「何故でござるか?」
ブリックスで一泊すると思っていたムネカゲは、何故一泊しないのか、その理由が分からなかった。
そしてその答えをアーベルが教えてくれる。
「この町に、この人数が泊まれる宿はないんだよ。まあ、別々に別れて泊まるなら別だが、一応護衛の依頼中だろ?」
「なるほど。」と理由を聞いて納得する。
そのまま通りを進み南門から出た一行は、次の街ミドルへと向けて馬車を走らせる。
ブリックスからミドルまでの道は、山間道を抜け森の中を進む。途中、珍しくホーンドベアと遭遇するも一頭だけである事と、この場に居るのがCランク冒険者だと言う事もあり、難なく倒して進む事となる。
こうしてブリックスーミドル間を一日で走り、無事ミドルへと到着する。
このミドルの町もブリックス同様人口3万人規模の町であり、宿屋はあるが大勢が泊まれるような宿は無くそのまま通り過ぎる。
ミドルから目的地であるクォーヴまでは、森を抜けなだらかな丘陵地を進む事となる。
森を抜け少々進んだ所で一泊の野営を挟み、なだらかな丘陵地を進む事二日。目の前に、海と町が見えて来る。
「クォーヴだ!」
アーベルが馬車から身を乗り出しそう叫ぶ。
クォーヴの街は商人が行き交う街だけあり、ブリックスやミドルとは違いかなり大きな街だ。人口は大凡8万人。
少し高台となっている現在の場所からは、港に大小様々な船が停泊しているのが見える。
「あれがクォーヴィでござるか。」
ムネカゲもアーベルの隣へと来ると、その光景を見て感嘆する。
全体的に白色で統一された街並みは、地球で言うところのエーゲ海にある街並みと良く似ている。
そんな街を見下ろしながら、馬車は一路クォーヴへと向けて速度を上げる。
いつもの様に門前でギルドカードを見せて街へと入ると、一台目の馬車からエミール家族とダング、灼熱のメンバーが降りて待っていた。
「みなさん、ここまでありがとうございました。無事にクォーヴへと到着する事が出来たのも、みなさんのお陰です。こちら、依頼完了の証明です。」
エミールはそう言うと、ダングとハッセへと丸められた羊皮紙を渡す。
「私はこのクォーヴで一から商売を始めますので、何かご入用の際は是非エミール商店をご贔屓に。みなさん本当に、ありがとうございました。」
エミールはそう言うと深々と頭を下げた。そしてその姿を見たエミールの妻と娘も頭を下げる。
「ではエミールさん、俺達はここまでと言う事で。商売が上手く行く事を祈ってます。」
ダングはそう言うと浅くお辞儀をし、「ギルドに行くぞ」とカズン達へと声を掛ける。
灼熱のハッセ達もエミールへと別れを告げると、街の方へと連れ立って歩き始めた。
「エミール殿。色々とお世話になったでござる。」
ムネカゲはそう言って一礼し、ダング達の後を追おうとしたのだが、エミールに引き留めらる。
「ムネカゲさん、こちらこそありがとうございました。再度言うようですが、貴方は私達家族の命の恩人です。これは少ないですが、謝礼と言うことで。」
エミールは懐から小さな巾着袋を取り出し、ムネカゲの手に握らせる。
「いや、拙者は単にエミール殿に同行しただけでござる。この様な物を受け取る訳にはいかぬでござるよ!」
ムネカゲは受け取った小袋をエミールへと突き返す。
「いえ、護衛依頼と、命を救ってくれたお礼とはまた別物なのです。これは、私達家族の命を救って頂いた事への、細やかではありますが感謝の気持ちです。お納め下さい。」
エミールはムネカゲが突き出した手を押し返す。
受け取らせたいエミールと、受け取りを拒否するムネカゲ。そんな二人のやり取りを見ていたダングが、「やれやれ」と言わんばかりに間に割って入る。
「ムネカゲ、それは護衛依頼の報酬ではなく、エミールさんの気持ちだ。それを受け取らなきゃ、エミールさんの気持ちを踏み躙ることになるぞ?まあ、お前はそれだけの事をしたと言う事なんだよ。素直に受け取っとけ。」
人の命を救い対価を得る事に、心苦しく思うムネカゲ。しかし、受け取らないと言うのは、エミールの気持ちを蔑ろにする事となるらしい。
「分かったでござる。エミール殿のお気持ち、確かに受け取ったでござるよ。」
ダングの言葉に納得したムネカゲは、手の上に置かれた小袋を懐へと仕舞い込む。
「では、これで本当にお別れです。皆さんの冒険者としての活動に、幸運が訪れます様お祈りしております。では。」
エミールはそう言うと、家族と共に馬車へと乗り込む。
娘が何度も振り返り、手を振っていた。ムネカゲもダング達も、その手が見えなくなるまでにこやかに手を振りかえしていた。
エミールの乗った馬車が見えなくなると、ダングが口を開く。
「さて、先ずはギルドだな。完了報告をしたら、宿を取ってゆっくり休もう。ムネカゲも依頼の報告があるだろ?」
ダングはそう言うと、ムネカゲの方を見る。
「そうでござるな。ホーンラビットの角は、背負い袋の中に入っているでござるよ。」
ムネカゲは背負う背嚢をダングへと見せる。
それを見たダングは頷くと、「よし、んじゃ行こうか。」と街中へと向けて歩き始める。
カズン、アーベル、アネッテもそれに続き、ムネカゲも後に続き一行は一路ギルドを目指す。
どこの街もギルドと言うのは大体分かりやすい場所にあり、殆どが街の中心部に位置する事が多い。
クォーヴの街のギルドも同様で、中心部とまではいかないが中心に近い場所にあった。
ちなみに、ほとんどの街の商業ギルドも街中にあるのだが、クォーヴの街の商業ギルドは港近くにある。これは、やはりこの街の主産業が貿易だからだそうだ。
とまあ、そんな事はいいとして、ムネカゲ達はギルドへとやって来た。
時間的に昼を過ぎた頃であり、繁忙時間から外れているからか、ギルド内は閑散としている。その為、普段行列となる受付前には誰も並んではいない。
そんな受付にダング達と共に向かい、依頼の完了報告をする。
ダング達の依頼完了がどうなのかは知らないが、ムネカゲの方はホーンラビットの角三本で銅貨3枚であった。
「肉はどうされましたか?」
受付嬢は三本分の報酬である銅貨3枚をカウンターへと置きながらそう聞いて来る。
「肉でござるか?それなら、野営の際にみなで食べたでござるよ?」
何か問題でもとばかりに聞き返す。
ちなみに野営時三羽あった兎肉は、あっという間に無くなった。人数が人数なので、足りなかった程だ。
「そうでしたか。この依頼ですが、肉とセットでの依頼となります。ですので今回、肉が無いのであれば依頼達成とはなりません。肉の方は一羽大銅貨1枚で買い取りますので、次回は是非お持ち下さいね?」
受付嬢はそう言うと、「沢山お願いしますね?」とばかりににこりと笑う。その笑顔は可愛らしく、そして可憐な感じのする笑みだ。
もし目の前に居るのがムネカゲではなく、他の冒険者であったならその笑顔に二つ返事で頷き、この受付嬢の為ならばと兎を狩りまくっただろう。
しかし目の前に居るのは、そんな事に疎い稀人ムネカゲだ。そして、そもそも依頼内容など全く見てもいなかったムネカゲだ。
「いや、そうでござったか。全く依頼内容を見ていなかったでござる。」
そう答えたムネカゲだったが、その返答に笑顔が崩れ頬を引き攣らせる受付嬢。ムネカゲの横で額に手を当てるダング。ダングの後ろでクスクスと笑うカズン、アーベル、アネッテの三人だった。
と言うか、ダング達も知っているなら教えてくれればいいのに……そう思うムネカゲであった。
結局、依頼としては未達成と言う事となり、継続中となる。
その後ダングから「しっかりと依頼書を見る様に」とお叱りを受け、冒険者ギルドを出た五人は宿へと向かう。
宿はギルドで教えてもらった「海風亭」。海側ではなく、中心地に近いのにも関わらず海風亭。宿代は銅貨で55枚と良心的な値段だ。
今回の部屋は一人部屋。二人部屋もあるにはあったが、お互いゆっくり休みたいだろうとの事から一人部屋となった。
部屋へと入ったムネカゲは、身体にクリーンを掛け鎧を外すと床へと座りあぐらを描く。
「この世界に迷い込み、何日経ったでござろうか。」
そしてボソリと呟く。
実際、この世界に来てから、既に10日は経っている。
道中、ムネカゲの知らないこの世界の事を聞き、今後一人で生きていける程度には何となくだが理解する事が出来た。
ただ、ここまで世話になった孤高の狼に対し、恩を返したいとムネカゲは考えていた。
「まあ、次の目的地で恩を返せばいいでござるな。」
孤高の狼の目的地は、クォーヴの次の街。迷宮都市ブロスだ。そのブロスで、迷宮に行くとアーベルは言っていた。
ならば、せっかくのスキルである収納を使い、孤高の狼の役に立てればと考える。
「にしても、エミール殿は律儀な事をするでござるな。」
ムネカゲはエミールから受け取った小袋を懐から出す。
そしてその小袋の口を結えてある紐を解き中身を出す。
チャリンチャリンと、金属のぶつかる音を響かせ、掌に出て来たのは金貨が3枚であった。
ダング達の護衛依頼の報酬が幾らか知らない。そして、これが謝礼として高いのか安いのかすら分からない。
ただ、エミールにしてみると、これから店を出すにあたり、色々と費用が必要な中で捻出した大切なお金だったに違いない。
「有り難く頂戴するでござるよ。」
ムネカゲはそう独り言ちると、背嚢からお金の入った袋を取り出し金貨をと中へと仕舞った。
これでムネカゲの所持金は、金貨15枚、銀貨14枚、大銅貨9枚、銅貨26枚となった。
とは言え、これが多いのか少ないのかは分からないが。
お金を仕舞ったムネカゲは「ステータスオープン」と呟き、久しぶりに自らの状態を確認する。
名前:ムネカゲ
年齢:24歳
称号:異世界からの稀人
職業:サムライ
取得スキル:刀術、槍術、騎乗、雷魔法、強運、気配察知、瞬歩、身体強化、投擲、瞑想、魔力操作、無詠唱、トーチ、ウォーター、クリーン、ライト、ディグ、解体
固定スキル:言語翻訳、収納、鑑定
エクストラスキル:武魔の才
名前はギルドに登録した際の名前に変わっており、スキルの方は解体と魔法のディグを覚えた。
変化があったのはそれくらいだ。
確認をし終えたところで、部屋のドアがノックされる。
「ムネカゲ、少し早いが飯に行かないか?」
ダングが夕食に誘いに来たらしい。
「行くでござるよ。」
ムネカゲは二つ返事でそう返すと、ステータスを消し部屋を出た。
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