第12話 サムライ、狼に襲われる

 関門所を抜けたムネカゲ達は、無事にオルスタビア王国へと入国する。

 ここから急げば、夕方までには次の街ジグザールへと着くらしく、馬車はいつもより早めの速度で進む。

 ジグザールまでは平坦な道が続くのだが、街道右手には川が流れており、その川の向こう側には山々が連なっている。

 逆に左側はと言うと、暫くは平原が続き、その平原の遥か遠くの方に山が見えている。


 そんな長閑な平原を走る事約半刻。遠くに街を囲う城壁が見え始める。

 エシンバの街よりも広そうなその城壁は、かなりの高さがありそうだ。

 

 城壁が見えてから更に三十分少々。遂に、国境の街ジグザールへと到着する。

 いつもの如く街へと入る城門の列へと並び、ギルドカードを提示して町へと入る。

 ジグザールの街は、同じ国境の街であるエンシバよりも栄えており、行き交う人の数が多い。やはり、大国と小国の違いなのだろうか?

 そんな人通りの多い大通りを進み、幌馬車は一軒の建物の前で止まる。今日の宿はここなのだろう。

 宿の名前は聞いてはいないが、トレロと同じ部屋割りで一泊する事となる。

 まあ、部屋も食事もトレロと差して変わりは無かったので割愛するが。


 翌日、朝の鐘の音で目が覚める。

 ここから先の王国領では、朝の六時以降夜の九時までの間、三時間おきに鐘が鳴る。それを目安に仕事などをするそうだ。

 ちなみに宿代は銅貨60枚であった。

 

 昨日同様の馬車割りで乗り込み、東門から街を出る。

 途中までは平野であった道のりも、途中で左へと折れたところから森へと変わる。


「ここから次の街ブリックスへと抜ける道は、林道と山間道になる。ホーンドウルフやホーンドベアに注意だな。後、例のゴブリンも出る可能性がある。」

 

 アーベルの言うホーンドウルフやホーンドベアと言うのは、額に角が生えている狼や熊のことらしい。

 元世界で狼や熊を知っているムネカゲとしてみると、「動物に角が生えたようなものか?」と思えるが、実際は歴とした魔物である。まあ、この世界に動物と言う生き物は存在しないので、全て魔物の部類に入るのだが、それをムネカゲは知らないので仕方が無い。


「分かったでござるよ。ここからは、慎重に気配を探るでござる。」


 アーベルとムネカゲの歳が近いからか、最近ムネカゲのお守り役となったアーベルが注意を促す。別にアネッテと喋らない訳でも無く、カズンが面倒臭くなった訳では無い。たまたまだ。そう、たまたま……だ。

 ただムネカゲ的には魔物の事や解体など、色々と教えてくれるアーベルに感謝をしていた。実際、一人で全てを知れ!と言われても、出来なくも無いがそれなりに苦労した可能性は否めないから。

 

 そんなムネカゲ達を乗せた馬車は、辺りを警戒しつつも林道をゆっくりと行く。

 ムネカゲ達以外にも行商人やダング達のような冒険者が居るのだが、やはり馬車と徒歩の違いは大きいらしく、三台の幌馬車は街道を行く人達を追い越しながら進む。


 どれくらい走っただろうか。ふとムネカゲの気配察知に何かが引っ掛かる。それは左右にあり、数は9匹だ。

 時を同じくして、アーベルが口を開く。


「ホーンドウルフのお出ましだな。」


 そして前の馬車と後ろの馬車からも、警戒の声が上がる。


「ホーンドウルフだ!先ずは、一気に馬車を走らせるぞ!馬車がウルフより前方に全て出たら、降りて殲滅だ!」


 ダングがそう叫び、馬車はその速度を上げる。

 狼はそれを感じ取ったのか、馬車を追いかけるように街道へと降り立ち追いかけ始める。

 三台の馬車は狼を後方へと追いやった所で止まり、幌馬車から孤高と灼熱のメンバーが飛び降りる。

 狼は馬車が止まると、その後方からのそりのそりと集まり始める。

 全員が馬車から降りると、ダングが周りへと声を荒げる。


「馬車の護衛に一人は残れ!残りの者は狼を殲滅だ!」


 その言葉で孤高と灼熱のメンバーが動き出す。

 先頭車両と三台目には灼熱の男性が。二台目にはアネッテが護衛に就く。それ以外の者は、三台目の後方へと集まる。

 そしてそこから始まる戦闘。

 狼の群れは、三頭が連携して襲って来る。三頭は飛び跳ねる様にジグザグに走ると、一匹が対象へとその鋭い角で突進を仕掛け、その隙にもう一匹がその横から対象に向けてその大きな口を開け、噛み付く様に攻撃を仕掛けて来る。一頭目を躱し、二頭目を往なしたとしても、三頭目が最初の一頭の頭上を超えて襲いかかる。

 三身一体と言えばいいか。しかし、こちらは七人だ。三人組と二人組にて応戦する。

 灼熱のメンバー三人、ダングとカズン。ムネカゲはアーベルと共に狼と対峙する。

 そんなムネカゲだが、得物も抜かずボーっと突っ立っている為、狼たちからすると恰好の獲物に見えたのだろう。

 三身一体となった狼のグループが、ムネカゲ目掛けて襲い掛かる。

 だがムネカゲはボーっと突っ立っていたわけでは無い。始めて見るホーンドウルフの動向を伺っていたのだ。

 最初の一頭が顎を下げ、額の角を突き出し迫る。ムネカゲはスッと右足を前へと出し腰を落とすと、刀の柄を握り半身を下げながら刀を振り下ろし、ホーンラビットの頭を切り落とす。続けて襲って来る二頭目。左足を半歩前へと出しながら、返す刀で下から斬り上げる。下顎から入った刃は、そのまま斜め上へと斬り上げられ狼の顔が真っ二つに割れる。


「一人で戦ってんじゃねえ!」


 それを見たアーベルが叫ぶ。

 一頭目の狼を飛び越え襲って来る三頭目を、アーベルが横から剣を突き出し、ズブリと胴体へと突き立てる。


「いや、一人で戦っていた訳ではござらんよ。何故か分からぬが、拙者に襲い掛かって来たのでござる。」

 

 ムネカゲはそう言いながら刀に着いた血糊を振り払うと、鞘へと納め辺りを見回す。

 ダング達と灼熱が相手をしている狼は、それぞれ二頭まで倒されており、残る三頭目は勝ち目が無いと悟ったのか森へと逃げていく。


「あれは追わぬのでござるか?」


 近くへとやって来たアーベルに、逃げた狼を追わないのかと問い聞く。


「まあ、森の中だとホーンドウルフの方が、足が速いからな。追えねえだろ。それよりも、流石だな。」


「何がでござるか?」

 

 ムネカゲはそう言いながら、頭の中で「これは解体するのでござろうか?」と思っていた。


「いや、ホーンドウルフは単体でEランクの魔物だ。それが集団となるとDランクとなる。そのホーンドウルフを、初見で二頭仕留めるその腕は流石だと思ってな?ああ、解体はしない。討伐証明の角と尻尾。後、魔石だけを回収したら、街道脇の森の中へと投げ入れてここから退散だ。」


 ムネカゲの心中を察したアーベルが、ナイフ片手に剥ぎ取りをし始める。


「拙者、狩りは得意でござる。取るのは、角と尻尾と魔石でござるな。畏まったでござるよ。」


 戦闘の終わった場所で剥ぎ取りが始まり、剥ぎ取りの終わった狼の死骸を抱えて森の中へと投げ入れる。

 それらが終わると、カズンとムネカゲで全員にクリーンを掛け、再び馬車へと乗り込み出発する。

 

「何故、解体をせず、死骸を森へと投げ捨てたのでござるか?」


 馬車が出発して少々。ムネカゲは疑問に思った事を聞いてみた。


「それは、あの場で解体してると魔物に襲われる可能性があるだろ?」


「狼の皮は売れるが、肉はマズい。」


「周りが森だと燃やせないしね。」


 「何当たり前の事を聞いて来るんだ?」と言わんばかりに、三人の口からそれぞれ返事が返って来る。


「それに、後ろから来る人達の邪魔になるだろ?」


「なるほど。」


 納得したムネカゲはその後口を閉ざす。

 静かな森の街道の中に、馬車が走るゴトゴトと言う音だけが響き渡る。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 その後休憩を挟み、ほぼ一日掛けて森を抜けると、そこは山間に伸びる街道だった。

 ここから先は、この山間の道を行く事となる。

 山までの距離は多少あるものの、その道はゆるやかな丘陵を上り下りする道であり、見通しが良いので魔物はほぼ居ない。

 しかし稀に逸れの魔物は出没するらしく、注意が必要だとムネカゲは聞く。


 そんな山間道を走る事少々。日が陰り始めた頃、馬車は街道を外れて野営となる。

 そんな野営の見張り番の際、ムネカゲは一緒に見張りをしているダングに「目的地であるクォーヴの街」について聞いてみた。


「クォーヴの街は、マリス湾に面した港町だ。主産業は漁業と他国との貿易だな。」


「ほう、漁業でござるか。」


 その瞬間、ムネカゲの頭にはメザシが思い浮かぶ。そして「ああ、魚が食べたいでござるな。白米はあるのでござろうか?」と、元の世界での食事を思い出す。


「これから向かうミドルの町は林業が盛んで、そこで伐採された良質な木がクォーヴから他国へと輸出されている。本来大街道は、ジグザールから西へと向かうルートなんだが、そのルートで行くと今の倍以上の日数が掛かる。今通っている街道は、言ってみれば裏ルートってやつだな。」


「なるほどでござる。ところでダング殿もカズン殿も、王国の事情に詳しいでござるな?」


 ダング達とはキリアの国で知り合った。

 そして以前、「戦争に巻き込まれたくないから、王国へと逃げる」と言っていた。

 元々キリアで活動する冒険者としては、王国の町について詳し過ぎるのだ。


「んぁ?そりゃあ、元々俺達は王国出身……いや違うな。王国に併合された国出身か。元の国の名前はテシア国。そこで俺は冒険者になり、カズンと知り合った。もうかれこれ十数年程前だがな。そしてその後アーベルとアネッテと出会い、半年前に依頼でキリアへと向かったんだ。依頼を熟し、ついでと思いキリアの国内で活動していたら、その後キリアが戦争状態となってな?で、こっちへ戻るついでに依頼を受けてから。と思った所へ護衛依頼が舞い込んだと言う訳だ。だから、ここいら辺に関しては良く知ってるぞ?南部の方は全く知らんがな。」


「なるほど。そう言った経緯があったのでござるか。」


「ああ。テシアが隣国に攻め込まれた際は、俺達冒険者も戦争に参加させられた。あの時はまだランクもEで、漸く一人前となった頃でな。鼻っ柱が高かったんだ。俺ならやれると思ったんだがよ。だが結果は戦争には敗れ、俺は命からがら逃げだした。だからこそ、戦争の悲惨さを知っている。」


 何処の世界も、戦争とは悲惨な事と言うのは同じのようだ。

 ムネカゲはダングの話を聞きながら、己の事の様にそう思う。


「まあ、冒険者になれば、多かれ少なかれ戦争を経験してんじゃねえのか?もしくは、住んでいた村や町が戦渦に巻き込まれたとかな。」


「攻め込んで来たのが、オルスタビア王国なのでござるか?」


 現在王国領となっている地域だからこそ、そう思うムネカゲだったのだがダングはかぶりを振る。


「いや、トーランドと言う国だ。テシアも、トーランドも小国でな?お互い、領土を得ようと戦争してたって訳だ。ジグザールの町を出ると、右側に川があっただろ?」


「あったでござるな。」


「あの川を隔てて、北側がトーランド。南側がテシアだった。そのテシアがトーランドに敗れた後、漁夫の利を得る様にしてオルスタビアが侵攻。戦争終結直後だったのもあり、トーランドは瞬く間に敗北。両国を併合したオルスタビアは、そこで王国を名乗ったんだ。」

 

 そう言いながらダングは焚火を木の棒で弄る。

 そんなダングを見ながらムネカゲは、「家族はどうしたのでござるか?」と聞きたかったが、もしかして?と思う部分もあり聞かなかった。


「まあ、そんなこんなで、ここら辺には詳しいのさ。」


「なるほどでござる。勉強になったでござるよ。」


 ダングは「いいって事よ。」と呟くと、再び焚火を弄り始める。

 ムネカゲはそれ以降、交代の時まで口を開かなかった。

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