第11話 サムライ、国境を越える

 翌朝早くムネカゲ達は宿の裏庭へと集合する。

 ちなみに、今は大体で言えば朝の8時頃だ。

 何故大体かと言うと、時計が無いので正確な時間は分からないし、そもそも時計は高価な物なので一般人が持つような物では無い。それにこの街では決まった刻限に鐘の音が鳴らないので、時間を確認する術はない。他の街、特に王国に行けば、三時間毎に鐘が鳴る事である程度の時刻は分るかもしれないが、キルアの様な小さな国にその様なシステムがあろうはずも無い。

 ではどうやって全員が同じ時間に集まれたのか。

 それは、単にエミールが起きパーティーリーダーを起こし、そのパーティーリーダーが他のメンバーを叩き起こしたからだ。なので、普通で考えると、かなり時間にルーズな感じだ。

 とまあ、そんなゆるゆるな感じで朝がスタートする。

 

「全員揃いましたね?では、エンシバに向かいましょう。」


 エミールはそう言うと、一番先頭の馬車の荷台へと乗り込む。

 ダングとハッセはそれぞれのメンバーへと指示を出し、その他の者はその通りに馬車へと乗り込む。

 指示された馬車の割り振りだが、ダングは先頭のエミールの馬車に。灼熱から誰だか名前の分からない男がダングと共に先頭の馬車へと乗り込んだ。

 ムネカゲ、カズン、アーベル、アネッテの四人は、二台目の馬車に。ハッセ以下灼熱の残りの三人が三台目へと乗り込む。ちなみにムネカゲの羅刹天十文字槍は、狭い馬車内で邪魔になる為葛籠つづらづらへと仕舞ってある。


 宿の裏庭から大通りへと馬車は進む。

 この街に来たのは東門からなので、反対の西門から出る事となる。

 街に入る時には検問的な確認をされるのだが、街から出る際には何も無いらしい。すんなりと大きな門を潜り抜けた馬車は、トレロの街を後にする。

 


 一行を乗せた馬車は、平原をただひたすらに走る。

 途中、ホーンラビットの反応をムネカゲとアーベルが感じ取ったが、流石に馬車を停めてまで狩りに行く事は出来ず見送る事となる。


「まあ、ホーンラビットなんて何処にでも居るから、休憩の際にでも探してみればいいさ」とは、アーベルの言葉だ。

 とまあ、そんな感じで街道を走り、日が真上へと来た頃合いで馬を休ませる為に休憩となる。

 馬の轡を外し、馬用の桶に水を入れていくカズンとムネカゲ。ここは魔法が使えるものとして、戦力として役に立っているムネカゲだ。

 それら雑用的な仕事が終わると、ムネカゲはアーベルと共にホーンラビットを探す事に。


「リーダー、ムネカゲと一緒にホーンラビットを狩って来る!直ぐに戻るから!」


「で、ござるよ!」


 と、一応断りを入れて二人は街道から外れ、少し離れた林の方へと駆けて行く。

 少し走った所で、二人の気配察知に反応が現れる。


「何かいるでござるな。」


「ああ。だがホーンラビットだったら良かったんだが、この感じは残念ながら逸れはぐれのゴブリンだな。ゴブリンは、女を見ると攫って繁殖の苗床にしてしまうから、狩っておいた方がいい。」


 お目当てのホーンラビットでなかった事に、アーベルは「チッ」と舌打ちをする。


「なるほど。それは見逃せないでござるな。」


「ああ。数は一。どうする?一人で大丈夫か?」


「問題ないでござるよ。」


 ムネカゲはそう言うと、反応のある方へと一人で駆け出す。

 そして目標が見えて来た所で腰の刀の鯉口を切ると、一足飛びでゴブリンへと肉薄。ゴブリンが「ギャッ?」とムネカゲに気が付いた時には、既に首と胴体がサヨナラしていた。


「賊に襲われた時に、何の躊躇もなく賊を斬っていたし、その腕前も見ていたが……流石だな。」


 ムネカゲを追って来たアーベルが、「ピュ~ッ。」と口笛を鳴らしながら近付いて来る。


「まあ、戦場で人を殺める事は多々あったでござるし、時には鹿や猪を食べる為に狩ったりもしていたでござるからな。」


 肉を食いたければ鳥なり獣なりを狩って捌く。それがムネカゲの生活だったので、生き物を殺す事に何の躊躇も無い。それに、戦争となれば、同じ人間同士で斬り合いをするのだ。一々戸惑っていると、逆にこちらが殺されてしまう。

 

「なるほどね。」

 

「ただ、この様な色をした生き物を見たのは初めてでござるが。」


 人間は肌色をしており、猪や鹿は茶色い毛で覆われている。しかし目の前のゴブリンと言う生き物は、体長が1m20cm程で真緑色をしており、小さな牙が生えていた。

 ちなみに素っ裸ではなく、申し訳程度の腰布を身につけている。


「これがゴブリンだ。単体なら余程の事が無い限りどうって事は無いんだが、集団となると結構厄介だったりする。集落を作る事もあるからな。ところで、ゴブリンの討伐依頼を受けてないんだろ?どうする?討伐証明は左耳だが、一応取っておくか?後、魔石は取っておいた方が微々たるもんだが金にはなるぞ?」


「そうでござるな。一応取っておくでござるよ。ただ、魔石とは一体何でござるか?」


 ムネカゲは脇差を抜くと、ゴブリンの左耳を持ちザックリと切り取る。流れる血は緑。赤では無い。

 その場で収納から着る事の出来ない服を取り出すと、それに血の滴る討伐証明を包む。


「魔石とは、魔物の心臓にある石だな。なんで魔物に魔石があるのか……は知らない。と言うか、そう言うもんだと教えて貰っただけで、理由なんて聞かなかったからな。魔石は色々と利用方法があるから、小さな魔石でも金になるんだ。まあ、ゴブリン程度の魔石なら、一つ銅貨三枚くらいだがな。だが、無いよりはマシだろ?」


 そう言いながらアーベルは腰の短剣を抜くと、ムネカゲに見える様にゴブリンの心臓へとブスリと差し込み胸を開く。


「ここのこれが魔石だ。こうやって壊さない様に、心臓から切り取って……っと。ほれ、これだ。」


 アーベルが寄こして来たのは、小指の先ほどの赤く透き通った石だった。


「これが魔石でござるか。」


「ああ。まあ、最初の得物がゴブリンで残念だったが、野営時にまたホーンラビットを探しに行けばいい。みんなが待ってるし、そろそろ戻ろう。」


「分かったでござるよ。」


 ムネカゲは着る事の出来ない布をもう一枚出すと、それで刀と脇差に着いたゴブリンの血を拭い鞘へと戻す。

 そして二人は足早に馬車へと戻った。


 

 その後の旅も順調で、日が傾く前には馬車を脇へと寄せ野営となる。

 やはりと言うか、野営はテントを4棟建てる形だ。

 一棟がエミールの家族用。一棟が御者用。もう一棟が女性用。残りの一棟が孤高と灼熱の男性用だ。

 ムネカゲは男性用のテントに入る事となる。


 夕食の支度が進められる中、ムネカゲとアーベルは断りを入れホーンラビットを探しに行く。

 他のメンバーからしても、干し肉を食べるよりか温かく焼いた肉が食べたかった為、二つ返事で了承される。

 二人が野営地を離れてしばらく後に、ムネカゲとアーベルが戻って来る。

 その手には、体長60cm程の三羽のホーンラビットが握られていた。

 

 討伐証明の角を切り取り魔石を抜や内臓を抜き、血抜きも終わっているホーンラビットを、アーベルが捌く。


「いいか?先ずは皮を剥いでいく。ここからナイフを入れ、少しずつ少しずつ肉と皮を剥いで行くんだ。」


 アーベルはムネカゲに見えるように、手際良く皮を剥いでいく。


「なるほどでござる。しかし、拙者の脇差で出来るでござろうか?」


 本来、脇差はそんな事に使う物ではない。普段なら、包丁でやっていた。

 だが、ムネカゲは刀と脇差しか持っておらず、脇差でやろう物ならやりにくい事この上ない。


「予備のナイフをやるよ。それでやればいい。」


かたじけないでござる。」

 

 ムネカゲはアーベルからナイフを受け取ると、見事な手捌きでホーンラビットを解体していく。

 ちなみに内臓を処理した際に、解体スキルを会得済みだ。

 

 その日の夕食は、いつもより豪勢な食事となった。

 以前、アーベルが言っていた通り、エミール家の鍋を使用した暖かいスープ――乾燥野菜に塩のみ――に黒パン。干し肉の代わりにホーンラビットの肉を焼いた物だ。

 焚き火を囲んで皆美味そうに食べる。

 食事後は見張りとなるのだが、今回からムネカゲも見張りに参加する。しかもムネカゲが参加した事で、見張りは三交代制から四交代制へと変わる。

 そのムネカゲと組むのはダングで、三番目の見張りとなる。

 ちなみにその見張りの際に、カズンに基本魔法のディグ――土を掘る魔法――と言うのを教わったが、雷魔法に関してはイメージが出来ず不発だった。

 

 その後見張りを交代したムネカゲ達だったが、早々何かが起こるはずはなく、翌朝支度を整えると早速国境に一番近い街エシンバへと旅立つ。

 順調に行けば今日の昼頃にはエシンバに到着する予定なのだが、エシンバの街を通り過ぎそのまま国境を目指す事となる。

 そして旅は順調に進み――例の如くホーンラビットは無視した――、昼前頃にはエシンバの街へと入る。

 エシンバの街は、国境付近の要所と言う事もあり、街と言うよりかは要塞と言った感じの街だった。とは言え、今は隣のオルスタビア王国と同盟を結んでいるので、ここに駐屯している兵は少ない。

 そんなエシンバの街を通り抜け、東へと進んだ一行は、足早に国境を目指して進む。

 街を出て一時間少々走ると、大きな川へと突き当たる。その川は対岸までが10m程はあろうかと言う程大きな川だ。その川には、木製の大きな橋が架けられている。

 土台がしっかり作られているのであろうその橋は、行き交う人達が多数いる中でもしっかりとその場に鎮座しており、そんな橋の手前に国境である関門所がある。所謂、検問所だ。ムネカゲの時代で言えば関所とも言う。

 関門所には国境を越えたい人と、逆に国境を渡って来た人達で溢れかえっている。

 

「ギルドカードを用意しとけよ。後、反対側で入国税を取られるから、銀貨二枚な。」

 

 幌馬車内からその光景を見ていたムネカゲに、アーベルがそう声を掛ける。


「分かったでござるよ。」


 ムネカゲは言われる通りにギルドカードと銀貨二枚を準備する。

 

 暫くしてムネカゲ達の番となり、ギルドカードの提示を促される。四人はギルドカードを提示し、御者の男性も何やらカードを提出。無事に国境を出る事が出来た。

 

 関門所を通り過ぎ橋を渡ると、今度は対岸にオルスタビア側の関門所が現れる。丁度この川を隔てて国境くにさかいとなっているのだろう。


「ここを抜ければ、オルスタビア王国だ。」


 感慨深くなる事も全く無いが、この世界に突然放り込まれ五日目。ムネカゲは国境を越えた。

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