第10話 サムライ、服にこだわる

 冒険者ギルドで腕試しをしたムネカゲ。無事に冒険者としての登録は終わった。

 実際あの腕試しは、実力の無い冒険者に訓練をさせるための目安として行われているものらしく、一発合格する者は皆無なのだそうだ。

 そもそも冒険者とは、「自らの命を懸けて他人の為に依頼を遂行し報酬を受る事を生業とする者」であり、ある程度戦う術を持っていなければ成り立たない職業でもある。

 要は、「登録しました、はい死にました」では何の意味も成さないのだ。

 そこで腕試しと称して新人冒険者の実力を知り、場合に寄っては期限付きで訓練を行っている。冒険者が減れば、住民の日々の生活に支障をきたす。そうならない様に、冒険者を育てているのだそうだ。

 それでも冒険者と言う職業柄、傭兵崩れや盗賊。魔物に襲われ命を落とす者が絶えないらしいが。


 とまあ、そんな冒険者ギルドの裏話をギルマスから教えて貰い、ダングが復活したのでギルドを後にしようとしてダングに止められる。


「お前、Fランクだろ?ここで依頼を受けても、隣町でも報告出来るしよ。何か依頼を受けといた方がいんじゃねえか?」


 至極真っ当な意見である。

 全くその事が頭から消えていたムネカゲは、ポンっと手を打ち納得する。


「確かにその通りでござるな。しかし、何を受ければいいのか分からないでござるよ。ダング殿、選んではくれまいか?」


 依頼の貼り出されている場所には、色々な依頼がある。例えば、薬草の採取やホーンラビットの捕獲討伐。ゴブリンの間引き、商隊の護衛等と多種多様だ。ただ、ホーンラビットは見た事が無いものの名前は知っているのだが、ゴブリンは全く分からない。そもそも、どんな依頼がいいのかすら理解していない。


「んぁ?まあ、無難にホーンラビットでいんじゃねえかな?次のエシンバまでの道中、それなりに出没するとは思うぞ?しかも討伐報酬は角だから、比較的簡単にクリア出来るしな。」


「なるほど。では、ホーンラビットを受けるでござる。」


 ムネカゲは中身も確認せず、一枚の依頼を持つと受付へと向かう。

 受付でカードを提示し、再び水晶へと手を翳して依頼受注完了となる。

 

 依頼を受けたムネカゲとダングは、ギルドを出ると次なる目的地へと向かって歩き始める。

 無論、ムネカゲは何処に行くのか全く知らない。


「で、ダング殿。次は何処に向かうのでござるか?」


 なので普通にそう問い聞く。


「次は、ムネカゲの着る物を買いに行く。お前、その服着っぱなしだろ?幾らクリーンを覚えたとはいえ、同じ物をずっと着続けると言うのはどうかと思うぞ?」


 昨日、カズンから教えて貰った生活魔法のクリーン。ムネカゲは覚えたてのクリーンで自身の身を綺麗にし、更にはダングまで魔法の餌食とした。

 カズン的にはムネカゲが生活魔法と言われる魔法を覚えた事で楽にはなったのだが、ダングにしてみるといい迷惑だった。何せ、鎧やら服やら、何でもいいから試させて?的に魔法を掛けられたのだ。本当に迷惑だったのだ。

 

「分かったでござるよ。」


 ムネカゲは素直にそれを受け入れた……かのように思われた。


 その後行く店、行く店で、洋服――と言ってもお古だが――を見て回るが、ムネカゲが気に入る服は無かった。それもその筈で、ムネカゲは着物を探しており、ダングが連れて行くのは普通にチュニックやらズボンの売られている店だったのだ。意見相違があるのに、気に入るはずも無い。


「おい、これでもう三件目だぞ?いい加減に買ったらどうだ?」


 しかし、そうとは知らないダングは、粘り強くムネカゲを店へと連れて行く。


「しかし、何処の店にも売ってないのでござるよ。」


 当然、道着と袴など売っているはずも無い。しかしそれをダングは知らない。


「お前、どんな服を探してるんだよ。」


 そして漸く核心を突く言葉がムネカゲから出る。


「今着ている物と同じ、道着と袴でござる。」


 その瞬間、ダングの眉間に皺が寄る。


「ある訳ねえだろ!」


 そして怒られる。


「ムネカゲ!お前、そんな服が売ってる訳ないだろ!そんな服、東方諸島群に行くか仕立てじゃねえと無いわ!」

 

「そうなのでござるか?しかし、拙者、この恰好がいいのでござるよ。」


 ムネカゲのアイデンティティは道着に袴らしい。ダングはその言葉を聞き、「あぁ~もう!」と苛立つ。


「いいか、良く聞け?今着ている服は、仕立て屋でじゃねえと作れねえ。」


 それを聞き、ムネカゲは「なら仕立て屋に行った方がいいのでは?」と思う。しかし、流石はダングだ。付き合いは短いが、ムネカゲの性格を良く理解している。


「今、「なら仕立て屋に行こう!」と思っただろ?」


「な、何故に分かったのでござるか!?」


 ズバリと言い当てられた統景は、ダングの顔を見て驚く。

 

「ばっちり、顔に出てんだよ!」


 そう言われたムネカゲは、手で顔を覆う。


「あのな、仕立て屋に頼んだとしても、今日の明日で服が出来上がる訳じゃねんだ!少なくとも三日、四日は掛かると思え。だが、三日、四日も待ってられねえぞ?多分だが、明日にはこの街を出るはずだ。次の街、エンシバまでは約二日。その後も、三日と掛かる道のりを行くんだ。せめて替えの服くらい買っとけ!んで、ブロスに着いたら仕立て屋に頼めばいいだろ?つか、仕立て屋で買う服は高いぞ?一着金貨一枚なんて平気でするからな?まあ、馬を売った金も分け前もあるんだから、買えねえ事はないとは思うがよ。そんなところに散財してどうすんだよ。いくら安いとは言え、宿代だってバカにならねんだぞ?」


 ダングはそう力説するが、当のムネカゲはと言うと、全く話を聞いてはいなかった。


「ならば、そのブロスと言う街に着いたら仕立てるでござる。うむ、それがいいでござるな。」


 その言葉を聞き、顔に手を当て上を向くダング。

 そして完全に匙を投げたダングは、「もういい」と呟くとトボトボと宿への帰路に就く。無論、ムネカゲもその後を追った。

 宿への帰路の際、ムネカゲは思い出したかのようにダングへと話し掛ける。


「ダング殿。出来れば、針と糸。後、布など買えるところがあれば嬉しいのでござるが。」


「はぁ?針と糸と布?なら、生地屋だな。確か帰り際にあったと思うが?」


「ではそこに連れて行って欲しいでござる。」


 あると聞いたムネカゲは、服を選ぶ時以上に喜ぶ。


「で、何に使うんだ?まあ、針と糸と布だから、何か作るんだろうが。」

 

 ダングは面倒臭そうにそう問い返した。


「それはでござるな、今着ている物が破れた際に自分で縫う為でござるよ。」


 何処まで行っても道着と袴を譲らないムネカゲ。ダングは既にお疲れ気味だ。


「はいはい、さいですか。なら、帰り際にあるから、そこで買えばいい。」


「分かったでござる。」


 その後、無事?に裁縫道具一式と今着ている道着と袴に合う色合いの布を購入。トータル銀貨2枚と大銅貨4枚だった。

 

 

 買う物を買ったムネカゲは意気揚々と。ムネカゲに引き摺り回されたダングはゲンナリとしながら宿へと向けて歩き始める。

 その道中、先程ギルドで疑問に思った事を教えて貰う。

 この世界、一年は360日であり、一月は30日だそうだ。

 では一日中は何時間かと言うと、普通に24時間だ。

 ただ十二支での時間しか知らないムネカゲ的には、何時間とか言われても全く理解し難かったが。

 そして現在は、5月14日であると言う事が分かった。なので、6月14日までには依頼を完遂させなければならない。


 そんな話をしつつ宿へと戻ると既に全員が戻っており、一階食堂にて集まっていた。


「ダングさん、ムネカゲさん、お待ちしてましたよ。」


 二人の姿を見つけたエミールが、受付の方へと走り寄って来る。


「ああ、遅くなりすみません。で、何かありましたか?」


「ええ、今後の予定の事です。」


 今後の予定と聞いたダングは、エミールと共に皆が待つ食堂の方へと向かう。

 一人取り残されたムネカゲも、ダングの後を追うように食堂へと向かい、全員が集まり早速と言った感じにエミールが話し始める。


「では今後の予定なのですが、出発は明日の朝とします。このままエンシバへと向かい、国境を越えてジグザールまでは宿には泊まりません。その後、ブリックス、ミドルと進み、目的地のクォーヴです。幌馬車への振り分けはダングさんとハッセさんに任せます。食料に関しては大丈夫ですかね?もし必要なら、この後買いに行って下さい。エンシバは小さな町ですから、大量買いは難しいでしょうし。それと、ムネカゲさんに関してですが、是非クォーヴまでよろしくお願いします。」


 ムネカゲはその言葉を聞きホッとする。

 実際、この街までは問題無く許可を得ていたが、この先の許可に関しては何も聞かされては居なかった。


「ただし、依頼料は無しと言う事で宜しいでしょうか?こちらとしては護衛が増えるのは有難い事なのですが、正式な依頼ではありませんし、そもそもFランクの方に護衛依頼を出すと言うのは聞いた事もありませんので。」


 そう言われたムネカゲは、「そうなの?」と思いつつも、ここは素直に了承する事にする。


「構わぬでござるよ。拙者、ダング殿達に付いて行くだけでござるから。」


 ムネカゲの返事を聞き、今度はエミールがホッと胸を撫で下ろす。

 エミールの話が終わると、横からダングが口を挟んで来る。

 

「食料に関しては、例の鹵獲品が無くなるまではこっちで持つ。まあ、相当な量があるから、当分は大丈夫だろうがな。ハッセもそれでいいだろ?」


 ダングはそう言いながらハッセへと確認する。


「ああ、問題は無い。」


「と言う事で、後は各自が必要と思う物を買えばいい。と言っても、殆ど買う物など無いだろうけどな。」


 それで後打ち合わせは終了。各自部屋へと戻り、明日へと備える。



 部屋に戻ったムネカゲは、ダングに「拙者が何か買う物は無いのでござるか?」かと問い聞く。


「買う物?そりゃあんだろ。」


「あるのでござるか?で、拙者は、何を買えば良いでござるか?」


 統景は、買う物があるのなら急いでいかなければ!と、収納を出しお金を用意し始める。


「そりゃ、朝から一所懸命回って見て来た服だよ!ふ・く!」


 その一言で「あ~なるほど」とムネカゲは思うが、やはりそこは譲れなかった。


「それは先程も話したでござるが、拙者、これが普通なのでござる。ヒラヒラとした服を着る気は無いのでござるよ。なので、服を買うのは無しでござる。」


 ムネカゲはそう返事をし、収納をキャンセル。そしてムネカゲの返事に、ダングは頭を抱える。

 どうやっても、道着に袴と言う恰好を止めるつもりはなさそうだ。

 ダングは「もう、勝手にしろ」と完全に匙を投げた。

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