第9話 サムライ、冒険者となる

 カズンから魔法について色々と教わった翌日。統景はダングに連れ添われ、冒険者ギルドなる場所へとやって来た。

 「一々、街へ入る際に入市税を取られるのは嫌だろ?」と言って来たダングなのだが、実際の所は今後の統景の事を鑑みてのダングの優しさからでもある。昨日はかなり疲れさせられたダングだが。

 そんなダングと統景は、大通りを歩き中心部にあると言う冒険者ギルドへとやって来た。

 ちなみにカズン達はエミールと共に、幌馬車を貰いに商業ギルドへと向かっている。

 灼熱の双翼に関しては全く知らない。ダングからも説明が無かったので、何かしら動いているものと思われる。


 冒険者ギルドは、商業ギルドと同じく煉瓦造りの三階建ての建物であり、相当広い敷地内に建っている事が分る。

 その冒険者ギルドの扉を開け、中へと入るダングと統景。

 中はダング達の様に鎧を身に纏っている者達でごった返していた。正面には受付があり、向かって左側には壁に紙が貼り出されている。その紙を見て剥がしている者達。そして右側には丸いテーブルが幾つも並んでおり、まだ朝だと言うのに、デロデロに酔っぱらった者達が居る。

 そんなギルド内を見回していると、ダングがそっと統景へと話し掛けて来る。


「ムネカゲ。あそこの受付で先ずは登録だ。入市札は持って来てるよな?それを出せ。その後、冒険者としての説明がある。最後に、腕前を試されて終わりだ。いいな?絶対に問題は起こすなよ?」


「分かったでござるよ。」


 ダングの言葉に、そう答える統景。しかし、とは言ったものの、どの様に気を付ければ問題を起こさなくてよいのかなど統景に分る筈も無い。

 列は順調に前へと進み、統景の番がやって来る。


「こいつの登録をお願いしたい。」


 ダングは受付に座る女性へとそう声を掛ける。ムネカゲは入市札をカウンターへと置く。


「畏まりました。では、こちらにご記入を。」


 そう言って入市札を回収され、スッと出される紙とペン。紙は羊皮紙であり、ペンは羽ペンだ。

 しかし統景から見ると、その羊皮紙も羽ペンも初めて見るものだ。実際、元の世界では、木簡や竹簡を使う事が多かった統景。ペンも羽ペンではなく普通に小筆だ。なので、筆を使うような持ち方で、羊皮紙を手に取り書き始める。つか、書ける訳がない。


「バカ!ここに置いて書くんだよ!」


 と、それを見たダングのツッコミが入る。受付嬢は苦笑いだ。


「そうでござったか。すまぬでござる。」


 ダングに指摘され、改めて羊皮紙を台の上へと置き必要事項を記入し始める。

 書く事は、名前、使用する武器、そして得意な事くらいか。

 統景は迷わず「黒瀧統景」と書こうとしたのだが、それを見越したダングに「ムネカゲ」だけにしとけ!と言われ、カタカナで――書いたつもりは無いが勝手に変換された――「ムネカゲ」と記す。

 使用する武器は「とりあえず、槍って書いとけ」とダングの耳打ちがあり槍と記入。得意な事は分からなかったのでブランクだ。


「これで良いでござるか?」


 書き終わった紙を受付嬢へと渡す。

 

「はい結構です。ではこれから説明をさせて頂きますね。」


 そこから始まる長い長~い説明。「後ろに並んでいる人、ごめんなさい」の精神でそれを聞く統景。


 冒険者にはランクがあり、一番下がGで一番上がSだそうだ。

 とは言え、Gランクは、十歳以上、十四歳以下の未成年の為のランクであり、その主な依頼はお使い程度だ。稀に、Fランクの依頼を熟す事もあるかもしれないが、成人するまでは、絶対にランクアップはしない。

 成人の者は、Fランクからのスタートとなる。

 FランクからEランクにランクを上げるには、依頼を50個受け完遂しなければならないそうだ。

 EランクからDランクに上がるには、同じく50個の依頼完遂に加えEランクの魔物の討伐が必須。

 Cランク以上になると依頼の数は無論の事、冒険者としての資質に関わる試験があると言う。その内容までは教えて貰えなかったが。

 Fランクは、一月ひとつき以内に依頼を一つ以上受け、完遂しなければ資格を剥奪される。これは入市税との兼ね合いもあるそうで、登録だけして税金逃れをする者を防ぐ為だそうだ。ちなみにEランクになると一月ひとつきから三月みつきへと変わる。Dランクで半年。Cランク以上になると期間制限は無くなるのだそうだ。

 と、ここまで聞いた統景が、疑問に思う事を受付嬢へと投げ掛ける。

 

「すまぬでござるが、一月は何日でござるか?」


 そう、統景は一月が何日なのか知らなかった。元の世界では、一月は30日や31日などまちまちであったが、この世界が同じとは限らないのである。


「それは後で教えてやる。今は説明だけ聞いとけ。」


 統景の質問に答えたのは、受付嬢ではなくダングだった。


「畏まったでござるよ。」


 統景の質問にキョトンとした表情の受付嬢だったが、ダングの「続きを頼む」の一言で再び説明をし始める。


 と言っても、後は簡単な説明だった。例えば、冒険者通しのいざこざにはギルドは関与しないとか、ギルド内で武器の使用は禁止。もし武器を抜いた場合は資格の剥奪も有り得るとかそんなところだ。


「では、説明は以上となります。こちらの水晶に手を触れ魔力を流しながら、こちらのカードに血を一滴垂らして下さい。」


 受付嬢は机下から大きな水晶を取り出し、カウンターの上に一枚の銅色をしたカードと針を置く。

 統景は置かれた針で左の薬指をプスっと刺し、カードへと血を垂らしつつも右手を水晶へと触れ魔力を流す。

 すると、水晶とカードが一瞬光る。


「はい、これで登録は完了です。こちらがギルドカードとなりますので、無くさない様にお願いします。もし無くされた場合、再発行に大銀貨1枚を頂く事となりますので。」


 受付嬢はそう言うと、カードをこちらへと差し出してくる。

 それを受け取ると、統景は懐へと仕舞おうとしてダングに取り上げられる。


「この後、訓練場で腕試しがある。その腕試しが終わるまで、俺が預かっておいてやる。」


 そう言いダングは懐へとカードを仕舞う。


「すまぬでござる。」


「ではこちらに。」


 受付嬢に案内され裏口から出ると、左手には大きな倉庫のような建物があり、右手にはダングの言う通り広い訓練スペースがあった。


「こちらで行いますので、少々お待ちになって下さい。」


 受付嬢はそう言うと、今来た裏口から建物へと戻って行く。

 それを見送りながら、ふと統景は疑問に思う。

 

「拙者、丸腰でござるが、いいのでござるか?」


 今から実技的な腕試しが行われるのだが、当のムネカゲは碌に装備を身に着けていない。

 ちなみに今の恰好は、鎧を身に着けず道着と袴だけだ。刀と脇差も収納へと入れているし、槍すら持っていない。

 そんなムネカゲの言葉に、ダングは「問題無い」と言う。

 

「いいか、腕試しは流石に殺し合いじゃないんだ、木剣や木槍を使う。だから丸腰で構わねんだ。」


「なるほど。理解したでござるよ。」


「しかし、誰が来るのか。」


 そんな会話をしていると、統景の気配察知に反応が現れる。

 そしてその反応は裏口の扉を開け、こちらへと向かって来た。


「お前か?新しい登録者ってのは。」


 それは、身の丈2mくらいはありそうな偉丈夫で、頭はスキンヘッド。見るからに筋肉ですと主張する腕を組んでいる大男だった。

 そしてその大男を見たダングが「あちゃ~」と顔に手を当てる。


「そうでござる。拙者、先程登録を致した、ムネカゲと申すでござる。何卒、良しなにお願いするでござるよ。」


 統景はそう言うと、腰を90度に曲げてお辞儀をする。


「ほう?礼儀は正しいみたいだな。で、ダング。お前が付き添いと言う事は、孤高の新メンバーなのか?」


 大男はダングに向けてそう言うと、ダングは一瞬ビクッとし口を開く。


「あ~、新メンバーって訳ではないんだが、依頼中、傭兵崩れに襲われた際、こいつに助けられてな。ムネカゲは東方諸島群の出身らしく、ここいらの事が全く分からないと言うもんでこうして付き添っているって訳だ。つか、相手はギルマスか?」


「なるほどな。そうだ、俺が相手だ。ちょいと今機嫌が悪いから、手荒になったらすまんな。」

 

 『ギルマス』と呼ばれた男は、指と首をコキコキと鳴らしながらダングへとそう答える。

 

「憂さ晴らしかよ!」


 統景を無視して話を進める二人。ギルマスと言うのが何なのかは分からないが、相手がこの偉丈夫の男だと言う事は理解で来た。

 そしてそんな会話の最中、ぞろぞろと他の冒険者達が集まって来る。


「おい、ギルマスが相手らしいぜ。」


「おうおう、可哀想に。こりゃコテンパンにやられるな。」


「だが、久々じゃねえか?ギルマスが出張って来るのは。」


「だな。引退してかなり立つと言っても、元Aランクだからな。」


「俺達の身になりそうな戦いになるか。はたまた、単にボコボコにされて終わりか。」


「いや、ギルマス相手に善戦は無いだろ。初っ端からボコボコで終わりだな。」


 など、言いたい放題言いつつも、訓練場を取り囲むように野次馬が集まって来る。


「ムネカゲ。気にするな。あの時の様に、普通に戦えばいい。」


 ダングはそう統景を励ます。


「大丈夫でござる。拙者、腕には自信があるでござるよ。」


 どこからそんな自信が湧いてくるのかは分からないが、統景はやる気満々だ。


「おい、得物を選べ。」


 ギルマスはそう言うと訓練場の横にある樽の中から、統景の身長と同じくらいありそうな木製の大剣を取り出す。しかも片手で。そして訓練場の真ん中へと移動する。


「分かったでござる。」


 統景は統景で樽の中から木刀を探すが、それらしき物が無い為木槍を取り出すと、同じく訓練場の真ん中へと移動する。


「いいぞ、いつでも打って来い。」


 余裕な態度のギルマス。

 統景はその態度に、ニヤリと笑うと左足を前へと出し、腰を落とす。


「くろ……いや、ムネカゲ、いざ尋常に!参るでござる!」


 前口上を述べた直後、ムネカゲは瞬歩を発動。左足で地面を蹴ると一瞬でギルマスへと肉薄し、左胸へと向けて穂先を突き出す。


「グッ!!」

 

 ギルマスは一瞬ギョッとした表情となるが、咄嗟にムネカゲの突きを大剣で防ぐ。


「やるでござるな!」

 

 ムネカゲは着地した右足で半円を描く様にクルリと左回転すると、槍を脇へと挟み、コンパクトに丸めそのまま横凪の一閃を繰り出す。

 ギルマスは慌てて前傾姿勢を取り回避する。クルリと回り切ったムネカゲは、そのまま石突部分を突き出しギルマスの脇腹を狙うが、ギルマスはそのまま前へと一回転する事でそれを避けた。


「ていやぁっ!」

 

 回転回避後、直ぐに体勢を整えたギルマスは、今度はこっちの番だと言いたげに大剣を横に薙ぐ。

 統景はこれをスウェーで躱すと体勢を元に戻しつつ再度左足で地面を蹴り肉薄。突きを出すと見せかけ穂先を下に下げつつも、勢いを付けて石突での振り上げを股間へと繰り出す。

 しかしギルマスは振り切った大剣を無理矢理に軌道修正。そのまま統景目掛けて斜めに振り下ろす。これには統景もビックリ仰天。即座に左へと飛び回避し距離を取る。

 そんな息も吐かぬ攻防が繰り返される中、二人の素早い動きにその場で戦いを見ている者達は固唾を飲む。

 暫くの間打ち合いが続き、一旦間合いが開いたところでギルマスが声を上げる。


「もういい。分かった、終了だ。」


 やけに静かな訓練場に、ギルマスの声が響く。


「もういいのでござるか?」


 統景は回避した体勢のままでそう問い返す。


「ああ、十分に分かった。」

 

 こうして統景の実力テストと言う名の腕試しは終了した。

 槍を元の樽へと戻しダングの元へと向かうが、そのダングの様子がおかしい。


「ダング殿?如何したのでござるか?」


 それはもう大口をあんぐりと開け、目を見開いているダング。

 周りを見渡せば、他の冒険者達も何が起こったのか理解していない感じだ。


「お前さんの腕が予想以上だったんじゃねえか?まあ、俺もビックリしたがな。まさか、本気でやる羽目になるとは思いもしなかったしな。」

 

「そうでござるか?」


 統景にはそれほどの事では無かったのだが、他の者からすれば予想を裏切る結果だったらしい。

 そこからダングが復活するまでの間、ギルマスと世間話をする統景であった。

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