第6話 サムライ、ついて行く

 ダングから、これからの行動を問われた統景。


「拙者でござるか?ううむ……。」


 唐突に振られた統景は、腕を組み、首を傾げ顎に手を当て考える。

 ある程度の近隣情勢はカズンから聞いた。この世界の通貨の事も、大体の相場についても教えては貰った。

 しかしそれだけでこの世を渡り歩けるのかと言われると、現状の情報だけでは心許ない。いや、無知故に、何かしらやらかしそうで恐ろしい。

 それに、幾ら近隣情勢を聞いたからと言って、この世界の地理感は全くの皆無であり、何処に行けばいいのかすら分からないのだ。さらに付け加えると、現在この国は隣国と戦争の真っ最中。何処で何が起こるかも分からない為、このままこの国に留まると言う選択肢はあり得ない。

 そんな中で「どうする?」と聞かれても、余りにも考える時間が短すぎてぶっちゃけ返答に困る。

 とは言え、今後の行動指針は確かに決めなければならない。

 とりあえず近くの街までついて行くのは当然として、問題はその後だ。先程のダングの言葉だと、「次の街で」とは言っておらず「ギルドに報告した後」と言っていた。なので、色々と買うべき物はまだまだ当分先の話だろうとは予想がつく。まあ、次の街の可能性もあるかもしれないが。

 となると、ダング達が向かっている先。ある程度国内情勢の落ち着いている隣のオルスタビア王国へと同行し、もっとこの世界を知るのが最善だろう。それまでの間に、色々な事を学べる可能性もある。

 そう考えた統景は、即座に意を決する。


「ダング殿達が良ければ、隣の国まで同道させては頂けぬでござろうか?出来ればその間、拙者の知らぬ事を色々と教えて頂きたいでござる。」


 統景的には、まだまだ聞きたい事が山ほどある。

 例えばスキルの事だ。頭に「ピコーン」と鳴る事も含め、魔法と言う概念を知らないムネカゲにとって、雷魔法と言うものも気になるところだ。

 更に言えば、ダングが言う「街に入るのにお金が掛かる」と言う意味が分からないのだ。そこら辺も共に行動すれば教えて貰えるだろうと安易に考える。

 

「俺達は構わない。だが、一応、今は依頼を受けている身だ。依頼主であるエミールさんに聞いてからだな。まあ、俺達もだが、エミールさんにとってもムネカゲは命の恩人だ。断る事は無いだろう。」


 ダング達は冒険者として依頼を受けている最中であり、その依頼を受けている限り勝手に依頼主の許可なくこの先も統景と一緒にとは行かないのだろう。

「聞いてみる」と無難に言葉を返してきたダングに、統景は頭を下げる。

 

「よしなに頼むでござる。」

 

 そんな話をしていると、交代の時間がやってくる。

 孤高の狼のアーベルと、灼熱の双翼の二人が「交代だ」と言いながら焚き火へと近付いて来た。


「まあ、全ては夜が明けてからだな。とりあえず、少し眠った方がいい。」


 ダングにそう言われた統景は、頷くとその場を離れて背嚢を置いている場所へと戻り、地面に敷いた毛皮の上へとその身を預けた。

 


 三時間程は眠れたであろうか。

 空が白み掛かって来た頃、統景は目を覚ます。

 身を起こし辺りを見渡すと、ダング達は既に起きており身の回りを片付けていた。

 そんなダングが統景に気付くと、顎をクイクイっと上下させながら口を開く。


「ムネカゲ、起きたか。話はエミールさんに通しておいた。問題は無いそうだ。逆に腕の立つ護衛が増えて喜んでいたぞ。と言う事で、身支度をして軽く朝を食べたら出発するぞ。」


 ダングはそう言いながら、騎乗しない馬の手綱を幌馬車へと繋いでいく。


「分かったでござる。」


 統景はそう言って頷くと、地面に敷いてある毛皮を叩きはたき背嚢へと仕舞う。


 アネッテから渡された朝食は、黒パン2つと干し肉二枚だ。

 元の世界での食事が白飯――と言っても、粟や稗の混じった物――に漬物と野菜を煮た汁だった統景からすれば、昨日も食べたこの黒く堅いパンと干し肉と言うのは腹は膨れるものの、お世辞にも美味しいとは言えない。

 そう考えていたのが顔に出ていたのか、スッと隣に座ったアーベルが「冒険者の食事なんてこんなもんだ。」と言って来た。


「毎食これを食べているのでござるか?」


 統景はふとそう疑問に思い問い聞く。


「依頼中だと、ほぼこれかな。一応、腹には溜まるからな。それに、生物なまものは持って来れないだろ?ただ、夜は干し野菜で汁物を作るぞ?カズンが魔法を使えるから、水には困らないしな。」


「魔法……でござるか?」


 アーベルの話を聞き、統景は以前ダング達を助けた際にカズンが放った火の玉の事を思い出す。


「ああ。便利だぜ?何せ、必要な時に水を出せるし、火打石を使わなくても火が起こせる。一番助かるのは、クリーンだな。依頼中って、川でも無けりゃ水浴びが出来ないだろ?そんな時に、カズンにクリーンを掛けてもらうんだ。そしたら、汗やら何やら綺麗さっぱりと引いて、身体が綺麗になる。魔物の血を浴びた時なんか、特に大助かりだ。」


 そう言いながら、アーベルは手に持つ黒パンと干し肉に齧り付く。

 

「アーベル殿は、その魔法とやらは使えないのでござるか?」


 食事を終えた二人は、お互い背嚢を背負うと、話しながら馬の元へと歩く。


「俺には魔法の適性がないからな。覚えたくても覚えられない。ちなみにリーダーもアネッテも魔法適性はゼロだ。ただ、強化の方は使えるけどな。」


 アーベルが色々と教えてくれるのだが、統景には魔法と言う言葉も、適性の意味も、強化の内容もサッパリわからない。いや、強化は何となく理解出来るが、「多分あれがそうだよな?」くらいだ。


「俺はどちらかと言うと斥候がメインだから、気配察知や気配遮断、忍び足が得意だ。あっ、後は迷宮に入れば分かると思うが、トラップの発見や解除、鍵開けなんかも俺の仕事だな。」


 だから、うちのパーティーに入らないか?と言いたげな目で統景を見る。

 統景はそれをやんわりと流し、朝食を急いで消化した。

 

 食事を終えた統景達は盗賊達が乗っていた馬へと騎乗し、前後で二台の馬車を挟む形でトレロへと向けてのんびりと進んでいる。

 隊列は、先頭に灼熱の双翼。次にエミール家族が乗る幌馬車と荷物がパンパンに積まれた幌馬車。後方に孤高の狼と統景だ。

 昨日は暗くてよく分からなかったが、二台目の馬車に積まれているのは商品以外にも、箪笥やらテーブルやらと家具類が多い。

 そんな統景の目線に気付いたのか、アーベルが理由を教えてくれた。


「依頼主のエミールさんは、隣の王国へ商売の拠点を移すんだよ。だから家具が多いんだ。本来は三台でゆったりと移動する予定だったが、例の盗賊との逃亡戦で一台お釈迦になったからな。その荷物が二台に無理矢理詰め込まれている。今の一台目には、商品と食料やらが積まれているから、エミールさんの家族には少々窮屈だろうな。まあ、次の街で何とかするんだろうとは思うけど。で、俺達の護衛依頼は、国境を抜けてオルスタビア王国に入り、クォーヴと言う街まで送り届ける事。そこから先は王都方面へと向かい、途中の迷宮都市ブロスで一旦この旅が終わるっつう感じだな。」


 アーベルの説明に、統景は納得。


「孤高の狼の皆は、その「迷宮都市」で活動するのでござるな?」


「ああ。普通の依頼を受けるのもいいが、迷宮に入る方がガッポリ稼げるからな。」


 その後もアーベルと色々と話をしながら進むと、突然前の馬車が停まる。

 すわ敵か!と思った統景だったが、単なる休憩のようだった。


 馬に水をやり草を食ませた後、軽い昼食を摂る。

 と言っても、黒パンに干し肉と言うのは変わらないが。

 昼食の際に、カズンに「拙者のスキルに雷魔法と言うのがあるでござる。もし良ければ、その魔法の手解きをお願いしたいのでござるが。」と聞いてみたところ、「街に着いたら」と言う事で了承を得た。

 

 午後からは、孤高の狼と統景が先頭を行く事となる。

 ダング達と轡を並べて歩を進める中、統景の頭の中で近くに敵がいると警鐘が鳴り響く。

 そして時を同じくして、アーベルが口を開く。


「何か居るな。この感じだと、多分ホーンラビットかな?」


 アーベルが左側を見ながらそう呟く。


「ホーンラビットでござるか?」


 何かが居る事は分るが、そのホーンラビットが分からない統景はアーベルにそう問い返した。


「ああ、別名一角兎だな。肉が美味い魔物だ。数は二匹。まあ、少し距離もあるし、放置でいいだろう。」


 アーベルはそう言うと、何事も無かったかのように馬の歩を進める。

 統景はアーベルの言った「魔物」と言う言葉や頭の中で鳴り響く警鐘が気になったが、敢えてこの場では聞く事は無かった。

 

 その後何かが起こる事も無く、一行はトレロの街へと到着する。

 この世界で初めて来た街。その街は高い城壁に囲まれており、街へと入る門の前は街から出る者と入る者でごった返しており、街へと入る者達の方は長蛇の列となっている。

 

「ムネカゲ、銀貨を一枚用意しておけ。街に入るの為に必要だ。」


 ダングが統景の横へと来るとそう告げる。


「銀貨でござるな?畏まったでござるよ。」


 何故銀貨が必要なのか。その理由は分からないが、「ダングが必要だと言うのだから」と納得し、統景は馬上で背嚢を降ろすとその中からお金の入った袋を取り出し、銀色に光る硬貨を一枚取り出す。

 四半刻程待っていると、遂に統景達の番となる。


「ギルドカードを持っている者は提示を。そうでない者は、入市税銀貨一枚だ。」


 門の前に立つ、鎧兜に槍を持った者がそう叫ぶ。用意した銀貨一枚は街へ入る為に必要な税のようだ。

 ダング達は懐から何やら薄っぺらい板状の物を取り出すと、門に立つ男へと見せる。

 カズン、アネッテ、アーベルと続き、統景へと順番がやってくる。


「ギルドカードは?」


 門兵の男が統景へとそう問い聞く。

 ただ統景からしてみると、ギルドカードと言われても何の事だかさっぱり分からない。

 そんな統景が「ギルドカードとは何でござるか?」と口を開く前に、ダングが門兵へと喋りかける。

 

「すまない、その男はギルドに入っていない。この後登録するつもりだ。おい、ムネカゲ。銀貨を門兵の方に渡せ。」


 統景はダングに言われた通り、銀貨を門兵へと渡す。


「受け取った。ではこれを持っておくように。」


 そう言って手渡されたのは、ダング達が見せた薄っぺらい物と同じような札であった。


「ギルド登録をすると言う事なので必要無いかもしれないが、一応職務なので伝えておく。この入市札で街に滞在出来るのは、7日間だ。それ以上滞在する場合は、ここで延長の手続きをする様に。尚、延長時に銀貨一枚が必要だ。以上、通って良し。」


「畏まってござるよ。」


 統景は門兵に頭を下げると、ダング達の後を追うように街へと入った。

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