第3話 サムライ、人を助ける

 姿を現し、何れかに加勢する事に決めた統景むねかげ

 しかし、パッと見て押されている方が善で、襲っている方が悪だとは思うものの、それが正しいのかと言われると自信は無い。

 なので……。


「あ~、すまぬでござるが、どちらが悪者でござるか?」


 林の間から出、槍を構えつつ、そう確認の為に声を掛ける。

 

 突然街道脇から現れた、見るからに不可思議な恰好をした男が、必死に戦っている最中にも関わらず、唐突に素っ頓狂な質問をしてくる。

 その質問の意味と男の恰好に、今の今まで争っていた者達がポカーンと呆けてしまい戦いの手が止まる。

 まあ、見るからに馬に乗っていた髭モジャな男達が野盗なのであろうが、間違っている可能性も否めない。と言うより、統景の見た目もどちらかと言うと野盗とあまり変わらないのだが。


 そんな統景の問いに逸早く答えたのは、先程馬車から飛び降り指示を出していた、鉄鎧に身を包んだ男だった。


「俺はCランク冒険者、『気高き狼』のリーダーでダングだ!商人の護衛依頼中に、こいつらに襲われた!」


 そこから再び時が動き始める。

 ダングと名乗った鉄鎧の男と相対していた野盗の男が、「こいつ言いやがった!」とばかりに睨み付け、ダングと名乗った男目掛けて剣を振り下ろす。

 そしてそれを切っ掛けに、周りでも戦闘が再開される。

 再び聞こえて来る剣戟の音。盗賊だと言われた髭モジャの男達は、ダングの言葉に反論もしない。そもそも、統景の姿を見て同じ野盗の類だと思っているのかもしれない。若しくは見た目的に、一人増えた所で問題無いと思っているのかもしれない。

 一方の統景はと言うと、ダングと名乗った男の言った「Cランク冒険者」や「護衛依頼」と言う言葉の意味が分かっていなかった。ただ一つ分かった事は、ダング達を襲ったのがだと言う事だ。


「と、言う事は、その薄汚い者共が賊と言う事でござるな?」


 統景の言葉に、剣を受けながら頷くダング。

 統景はその頷きを確認すると、口元をニヤリと吊り上げ腰を落とし、槍を構える。


「よかろう。黒瀧統景くろたきむねかげ、義により助太刀致す!」


 そう言い放った統景は羅刹天十文字槍を構え、一足飛びに間合いを詰めるとダング達に斬り掛かる盗賊の一人に鋭い突きを放つ。

 その瞬間、≪ピコーン!スキル:瞬歩を会得した≫と、再び音声が響く。

 

「んっ!?またでござるか!?」


 突然頭の中に音と声が聞こえ、統景は素早く辺りを見回すが、やはりはり周りに音の鳴るようなものは無く現在戦いの真っ最中だ。

 誰かが声を発したとしても、ピコーンなどと言うふざけた言葉を言うとは思えない。

 統景は、かぶりを振ると、意識を戦闘の方へと戻す。

 既に統景の放った突きが、盗賊の脇腹へとズブリと入り込んでいる。そのまま突き刺した槍を右へ薙ぎ斬りすると同時に、グッと足に力を入れて真上へと飛び上がると、空中で槍をくるくると回し離れた場所から「カズン」と呼ばれた者へ向けて弓を射る射手へと槍を投げ付ける。


 ≪ピコーン!スキル:身体強化を会得した≫

 ≪ピコーン!スキル:投擲とうてきを会得した≫


 連続して聞こえて来る不思議な音と声。

 気にはなるが、再び頭を振り、考える事を放棄した統景は、放たれた槍の行方を確認する。

 放たれた槍は、今にも弓を放とうとしていた盗賊の胸倉へと突き刺さるのだが、ここで統景は違和感を覚える。単に飛び上がっただけであれば、精々40cmから50cmくらいだろう。しかし現在統景が飛び上がったのは、約1m程であった。この様な事、普通ではありえない。

 自身の身体に何か起きている事は確実だが、先程の不可解な音と声と同じく、今はそんな事を考えている場合では無い。

 着地を決めた統景は、腰を落とすと手を刀の柄へと掛け辺りを見回す。

 

 瞬く間に二人の男がやられた盗賊達は、これはマズいと標的を変える。


「先にあの変な奴を殺れ!数人で囲うんだ!」


 その怒号と共に、統景の周りを直刀を持った男四人が取り囲む。


「四人でござるか。しかも、見た事の無い刀でござるな。まあ、長物でないのであれば、全く問題無いのでござるよ。」


 統景はそう言いながら、「ふぅっ~。」っと息を吐くと目を瞑る。


 統景の行動は、野盗達からしてみれば囲まれている状態で得物すら抜いておらず、しかも目を瞑るなど「どうぞ斬って下さい」と言っているようなものだろう。

 四人の盗賊は互いに頷き合うと、手に持つ剣を振り被り統景目掛けて斬り掛かる。

 その瞬間、統景は閉じた目をカッと見開き、刀を滑らせる様に抜き放つと、先ず左前の男の剣をカチ上げる。そして取って返す刀で無防備となった左前の男の左肩から袈裟斬りにする。そのまま爪先で半回転し、今斬った男の脇をするりと抜け様に刀を両手持ちへと変えると、今度は右側の男の首元へと回転の勢いを借りて横一閃。男の首が飛んだ。

 一瞬の内に斬られた二人は、声を発っする事さえ出来ず倒れる。

 更に、統景の後ろから斬り掛かって来た盗賊二名の剣先が、倒れた二人へと食い込む。

 

「げっ!」


 仲間を刺した事で、男達の手が一瞬止まる。それを見逃す統景ではない。

 一足飛びに前へと出た統景は、左の男へ刀を振るう。右から刀を斬り上げ左腕から右肩までを斬り付けた統景は、その勢いでくるりと反転すると両手持ちだった刀を片手に持ち換え横一閃。残る一人の首を刎ねる。

 あっという間に四人の盗賊を斬り伏せた統景。

 先ほど護衛だと言っていた者達もその間に数人程斬り伏せており、7対18であった戦いはあっという間に7対12へと変わる。

 そこに馬車が倒れた事で直ぐには動けなかった者が加わり、9対12となる。

 こうなれば、戦いは慣れた者の方が有利となってくる。

 統景はその後も二人を斬り捨て、残った賊は「商人の護衛」である9人が片付ける。

 

 初めは押され気味だった戦闘も、統景が加わりあっという間に収束する。

 統景は周りに賊が居なくなったのを確認すると、援護の為に投げつけた槍を回収する。

 槍の穂先と刀に着いた血糊を拭きたいが、それを拭う物はここには無い。仕方なく、倒れた賊の服を使い血糊を拭っていると、先程名乗りを上げたダングとカズンに連れられた数名の男女がやって来る。


「救援感謝する。お陰で助かった。先程も言ったが、俺は『気高き狼』のリーダーでダングと言う。」


 改めてダングと名乗った男は、統景よりも10cmは高いだろうか。兜は被っておらず茶髪の短髪が見えており、顔は四角顔のがっしりとした感じ。金属プレートの鎧を身に着け、左手に円形の盾を持っている。歳の頃は、統景より上。三十代前後といったところか。


「ワシはカズンと言う。こちらも助かった。流石に弓で狙われ、詠唱が出来んかったのでな。」


 カズンと呼ばれていた男は、身長160cm半ばくらいで40代前後であろうか。フード付きのローブを身に纏い、やや痩せ気味の顔で顎には髭を蓄えており、左手には背丈程の杖を持っている。

 そして、どうやったのかは分からないが、矢の刺さった肩の血は止まっている。

 その他、各自自己紹介を受けたが、人数が多い事と口早に紹介された為、統景は名前すら覚えられなかった。いや、横文字の名前なので覚え辛かったと言うのが正しいか。

 更に、統景に飛び掛からんとばかりに近付き、両手で統景の手を取るとブンブン振り回したのが、戦闘中ダング達が庇うように戦っていた男だ。


「危ないところを助けて頂き、ありがとうございました!私、商人をしておりますエミールと申します。」

 

 エミールは30歳前後の、やや小太りな男だ。


「なに、たまたまでござるよ。気にする必要は無いでござる。」


 統景的には、たまたま寝ようと思っていた所に突然現れ騒がれただけだ。場合に寄ってはこちらに飛び火する可能性だってあった訳なので、火の粉を払っただけに過ぎない。

 しかしダング達からするとそう言う訳にはいかない。


「いや、そうはいかない。場合に寄っては殺されていた可能性だってある。依頼主も無事だし、こうやって俺達が生きていられるのも、貴方のお陰だ。」


 ダングの言葉に、エミールも頷く。


「恩人の名を教えはくれないだろうか?」


 先程統景が名乗りを上げてはいたのは聞こえたが、それは戦闘中の事であり、戦いに集中していたので聞き逃していたダング。


「拙者でござるか?拙者、六代目黒瀧家が当主。黒瀧統景くろたきむねかげと申す。」


 統景は襟を正し、腰を90度に曲げて頭を下げる。

 その姿に、ダング達は一瞬ビビる。


「クロタキ・ムネカゲ殿ですか。クロタキが名で、ムネカゲが姓ですか?ここでは珍しい名前ですね。もしかして、貴族様ですか?」


 統景の姿を見、姓があり、当主と言う言葉にダングは統景を貴族と勘違いし唐突に敬語となり、エミールも心なしか緊張気味となる。

 ただ、見た目はどう見ても貴族とは思えない装いだが。

 

 そしてここから話はダングと統景が主となり、貴族と言う言葉が出たからかエミール達はそそくさと馬車へと退散する。


「いや、黒瀧が姓で統景が名でござる。そして拙者、元々は武家の出ではあるが、今は単なる没落しただけの侍でござる。流石に京の都に住まう貴族では無いでござるよ。」

 

 この説明に、ダングは「貴族位を剥奪された元貴族」と言う認識を持った。全く以て違うのだが。


「ブケ?サムライ?キョウノミヤコ?聞いた事の無い言葉だ。それはどう言ったものでしょうか?」


 統景を「貴族」と認識してしまっているダングは、不敬にならないかと思いつつも統景へと問い聞く。


「武家とは、武士の家系と言う事でござるな。侍とは……まあ、平たく言えば兵者へいじゃと言う事でござる。それよりも、ダング殿は京の都を知らないのでござるか?」


 統景は首を傾げながらも、ダングへとそう説明をする。

 そもそも今現在も、ここが元居た世界だと思っている統景なので当然だ。


「すみません。キョウノミヤコはわかりません。もしかして王都の事でしょうか?」


 ダングの中で、「武家=貴族」「侍=兵士」と言う結び付けで理解したのだが、「京の都」と言うのは「都」と付くだけに「王都か?」と言う認識となった。


「王都でござるか?まあ、確かに都には天皇様がいらっしゃるので、王の都と言われればそうでござるな。」

 

 統景の生きた時代では、京の都に天皇が住んでいた。しかし天皇の権力は左程でもなく、力を持つ諸大名が覇を争い戦が続く世の中であった。

 そんな戦国乱世の真っただ中に生きた統景なので、そう理解するのも当然だ。

 

「ところでここは何処でござろうか?拙者、丹波の国で追手に追われていた筈でござるのだが。」


 そんなお互いの話が噛み合わない中、今まで行きかう人達に悉くことごとくスルーされ、誰にも聞けなかった事をダングに聞く。


「ここですか?ここはキリアと言う国のほぼ中心。タートンからトレロへと続く街道の丁度中間に位置します。」


 ダングの口から出たキリアと言う国。そしてタートンやトレロと言う全く聞いた事の無い地名に統景の頭は混乱する。


「ちょ、ちょっと待って欲しいでござる。ここは日ノ本の丹波と言う場所ではなく、「きりあ」という国なのでござるか?」

 

「ええ、俺達はそのタートンからトレロへと、先程の商人のエミールさんを護衛する仕事を請け負っているんです。」


 ダングがそう統景に説明したところで、後ろからダングを呼ぶ声が聞こえて来る。


「リーダー!生かしといた奴がゲロったぜ!アジトは右の丘を越えた所だ。どうする?」


 声のする方を見れば、襲って来た盗賊の死体は街道脇へと積み重なっており、倒れた馬車から荷物が搬出されている。その荷物の確認を商人のエミールがしていた。


「ああ、日が完全に暮れる前に、さっさと回収しちまおう。ムネカゲ殿、と言う事なので話の続きは野営の時にでも。ああ、それと、ムネカゲ殿にも無論分け前がある。私達と一緒に来ていただけますか?」


 統景には何がなにやら全く理解していないのだが、一緒に行こうと言うのだけは理解出来た。


「畏まってござるよ。」


 二つ返事で返した統景は、ダング達数人と共に右の丘を登っていく。

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