第2話 サムライ、異なる世界へと降り立つ
敵兵士に追われ、逃げた先で戦闘となり、最後は雷に打たれた
本来ならば……。
いつまで経っても来ない痛みに、統景は訝しげに思いつつも閉じた瞼をゆっくりと開け、項垂れていた首を上げる。
「ん?……んっ!?」
そして目に入り込んできた有り得ない光景に呻き、一拍置いて首を傾げる。
そう、統景は生きていた。いや、生きていただけではない。本来居るはずであろう敵兵が居ないのだ。そして先程まで大粒の雨が降っていた筈なのに、空は青々と晴れ渡り雲一つ無い晴天だったのだ。
そして、ふと体の異変に気付く。
「拙者は一体……。確か、敵の槍が迫って来て刺されたはずなのだが……。そう言えば、傷も……痛くはないでござるな。しかも、血が流れて……いない?」
槍で刺されたはずの左太腿の傷や右腰の傷が痛まないのだ。槍で刺されたであろう場所に手を当てるが、そもそも傷も無ければ血も流れておらず、痛みも無ければ上着や袴も破れてはいない。
そんな自らの状態を訝しげに思いながら辺りを見渡せば、やはりそこは神社の境内ではなく、
「ここは何処でござるか?確か拙者は神社にて、敵方の兵に囲まれていた筈。」
全く身に覚えのない場所に、少々困惑する統景。
それは兎も角として、統景は立ち上がると自分自身の身体を確認する。
そもそも、戦で戦場に出ていた統景だ。その恰好は、無論の事だが甲冑姿だ。
ただ、甲冑姿とは言え足軽が着込むような貧相な物では無いが、武将が身に着けるような豪華な甲冑でもない。強いて言うなら、黒に赤い
着ているのは道着に袴。所謂着物で、足は
腰には先祖代々から受け継いだ、名刀
そして左手に持つは、名槍
この三点の武器は、かの名工「
ちなみにこの鍛冶師、統景の住む場所ではかなり有名な刀鍛冶だ。
流石にもう死んでいるが、その津隈九兵衛が打ったとされる刀や槍の数々は、かなり高額な値段であり、大名や武将が喉から手が出る程の一品だ。
そんな名刀や名槍を何故統景が持っているかと言うと、それには黒瀧家を語る必要がある。
そもそも黒瀧家の先祖は名だたる武将であった。
しかし、戦国の世とは非常なもので、仕えていた主家が滅亡。他家へと仕官したが、その主家がまたしても滅亡。その後も生き延びるために主家を転々と変えていたが為、現在の地位へと黒瀧家は没落してしまったのだ。
しかし、家宝である刀と脇差。それと槍だけは、代々当主へと受け継がれて来た。
そのような歴史を辿って来た黒瀧家だが、それら家宝を何故年若い統景が持っているかと言えば、父が戦にて負傷。その後その傷が元で帰らぬ人となったからだ。現在統景は、第六代目黒瀧家当主と言う事になる。
そんな統景だが、先程の通り父は既に他界しており、母も統景が幼き頃に既に
要はボッチだ。
「恰好はそのままでござるな。家宝も失ってはいないでござる。荷袋は……無事でござるな。」
背中には風呂敷を肩掛けで背負っており、その中身はと言うと、木で出来た平たい皿と笹に包まれた丸い物が2つだ。
朝戦い始め、夕方まで終わらないと言う事は、戦場に於いて珍しくない。本陣に居ればいつでも食事が摂れるだろうが、流石に一兵士達はそうとは行かない。だからと言って、昼食も摂らず戦い続ける事にも無理がある。
ではどうするか。その答えが笹で包まれた丸い物だ。
笹で包まれた物は「握り飯」であり、戦いの合間に手早く食事が摂れるように兵自らが背負って戦っているのだ。
木皿は何かと言うと、夜、汁物を飲む際にも使うが、川を見つけた際にその水を掬って飲む為の物でもある。
そして腰には竹で出来た水筒をぶら下げており、その隣には印籠がぶら下がっており腹痛の際に飲む丸薬が入っている。
何故持ち歩くかと言うと、流石に遠足では無いので、そこら辺に所持物を置きっぱなしには出来ないからだ。自らの使う物は、自らが所持携帯しておかなければならないのだ。
自身の所持物を確認し、問題が無い事を確認した統景は、これからどうするかと思案する。
「ふむ。神社が無いとなると、国元への帰り方が分からぬでござるな。何処かに村でもあればいいのでござるが。」
そう言いながら統景は、再び辺りを見回してみる。しかし景色は変わらない。
「仕方が無いでござる。適当ではござるが、歩くしかなさそうでござる。」
そう言うと統景は、方角も分らぬままに歩き出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一体どれくらい歩いたのだろうか。
行けども、行けども草、草、草。代り映えのしない草原をただひたすら歩く。
暫くしてようやく見えて来たのは、人が疎らに歩いている道だった。
「これは一体……。」
だがしかし、統景の目には異様な光景に見えた。
何故なら、歩いている者達の顔が統景の様な東洋人の顔ではなく、彫の深い顔であり、着ている物が着物ではなくヒラヒラした布地。所謂チュニックにズボンと言う出で立ちだからだ。
更に言えば、自らが着込んでいる甲冑とは全く異なる甲冑(革鎧や鉄鎧)に身を包んでおり、腰に刀とは違う物をぶら下げている者や、頭からつま先までを覆い隠す布(ローブ)を着て杖を持っている者。しかも髪色が茶色やら青色、赤色に加えて金色やら銀色といったカラフルな色をしている。
そして時折通り抜けていく、箱型や幌の付いた馬車。
自らの
だが逆に街道を歩く者達から見れば、統景もまた異様な出で立ちに見え、ジロジロと見つつも、関わり合いにならぬようそそくさと統景から距離を取っている。
統景としてはここが何処かを聞きたいのだが、「すまぬでござる。」と声を掛けても誰も止まってはくれないのだ。
(ここが道だと言う事は、この道を辿って行けば村か町に繋がっていると言う事でござるな。それに、声を掛けても止まってくれぬのであれば、仕方が無い。道を歩くしかないでござるな。)
まあ、人通りのある場所に来たのだ。この道を進めば何処かの町か村へと辿り着くだろう。そう思い、統景は再び歩き出す。
すれ違う人、すれ違う人に異様な眼差しで見られながら。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
道を歩き、村にも町にも辿り着かないまま、空は茜色に染まり始める。
現在地は、林間道の中腹辺りと言った所か。道の脇には木が生えており、進行方向に向かって右側は丘となっている。
そんな場所なのだから、統景の近くには誰も居ない。何故なら、他の者達はさっさと先に行ってしまったからだ。誰しもが早く抜けたいと思う場所なのだろう。
「今日はここで休むとするでござる。」
統景一人を除いては……。
統景は街道から外れると、丘とは反対側の林の中へと足を踏み入れ、丁度良さそうな木の根元へと腰を下ろす。
背中の風呂敷を下ろし、中から笹で包まれた握り飯を取り出す。
先程歩きながら握り飯を1つ頬張った為、残すはあと一つだ。
「明日の
兎や鳥でも居れば狩って食べるのだが、その様な動物は今まで出会わなかった。
「まあ、明日の事は明日考えれば良いでござるな。」
笹を広げ、拳よりも少し小さな握り飯を頬張る。
竹の水筒から水を飲もうとするが、既に中身は空だ。水の補給も明日しなければならない。
「さて、少し早いでござるが、ここで寝るとするでござる。」
一応言っておくが、ここは外だ。場合に寄っては、熊やイノシシと言った危険な動物が現れるかもしれない。そんな場所故に警戒だけは怠らない。
統景は木に寄り掛かり、片膝を立て、槍を抱え込む体勢で目を瞑ろうとした。
そんな時だ。遠くからガラガラと何かが近付いてくる音が聞こえ始めたのは。
≪ピコーン!スキル:気配察知を会得した≫
そして頭に響くピコーンと言う音と声。その瞬間、その近付いてくる者達の気配を感じる。
「んんっ!?何でござるか?何かが頭に響いたでござるが……。それに何やら多数の気配が物凄い勢いでこちらに近付いてくる感覚……。これは一体……。」
統景は閉じかけた瞼を開けると音と声のする方へと視線を向ける。
樹々の隙間から見えたのは、こちらに向かって猛スピードで駆けて来る幌馬車三台。そしてその幌馬車を追っているのは、馬に乗り武器を振り翳した男達。その男達が発しているのであろう「やっちまえ!」「男は殺せ!女は生け捕りだ!」と言う声が聞こえて来る。
そして先頭を行く幌馬車が突然バランスを崩し、統景の目の前で横転する。放り出される御者と、馬車に引き摺られて倒れる馬。そうなると後続の幌馬車も止まらざるを得ない。
その間に馬へ跨る男達が馬車を包囲する。
無事な幌馬車の荷台から飛び降りる男女七人。
「依頼主を守れ!カズンは後方から魔法で支援を!怪我をした者は、即座に回復!」
そう叫ぶのは、上半身を鉄鎧に身に纏った屈強そうな男だ。身長は統景よりも高い。
七名の男女は、見た事の無い直刀や脇差程の直刀を持ち、更には杖を突き出し何やらブツブツと呟く者までおり、その者達が馬車を守るかのように立ち塞がる。
対するは馬に乗った男達二十名だ。流石に男達は馬から降りたが、見た目は髪がボサボサであり髭もボウボウ。どちらかと言うと、不衛生な感じのする男達だ。
そして、やはり見た事の無い直刀と、脇差よりも短い直刀を構えて七名へとにじり寄る。
ちなみに直刀はロングソードで、それよりも短い直刀がショートソード。脇差よりも短いのはダガーやナイフなのだが、統景にはそれが何なのかは全く分からない。
馬車の中からは、頭にターバンを巻いた恰幅の良い男と細身の女性。その女性に抱かれた子供が出て来て、慌てて馬車の蔭へと隠れている。更には、倒れた馬車の中から、這い出てきた男が二人。ただ、二人共何処かしらから血を流しており、戦闘が出来るような感じではない。
そして戦闘が始まる。
杖を翳していた者が「ファイヤーボール」と呟くと、その杖の先端から拳二個分の炎の球が発せられた。その火の玉は、下衆いた笑みを浮かべる男へと直撃すると、瞬く間に火達磨へと変貌させる。
「魔術師が居るぞ!外から弓で狙え!」
その怒号と共に、外側に陣取っていた男数人が弓を構えてローブの男へと放ち始める。
そして武器を持った者達が、一斉に斬り合いを始める。
この者達の腕がどうは知らないが、やはり数の暴力と言うのは何とも致しがたい。
徐々に男女七人が押され始め、杖を持つ男も左肩へ矢を受ける。
その光景を草葉の陰から覗き見ていた統景。
「これは……野盗の類でござるか?それよりも、あの杖の先から出たのは何でござろうか?」
目の前での不可思議な現象に、統景は眼を擦り再度見る。
戦闘は終始、不衛生な者達が有利に運んでいる。そしてそれを見ている統景の心に、メラメラと正義感が沸き上がる。
「流石にこれを黙ってみていると言うのは、拙者の義侠が許さぬな。」
ただ正義感は沸き上がるのだが、統景から見てこの状況化の中で善悪の区別が付かない。パッと見はどっからどう見ても、数の多い不潔な男達が野盗の類だと思うのだが、しかしそうと決めつけるのには現状、情報が足らなさすぎるのだ。もしかすると、襲われている方が悪者の可能性もある。
「仕方ないでござるな。」
統景はそう呟くと、槍を手に現在戦闘が行われている場所へと姿を現す。
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