SAMURAI~異世界転移した侍が剣聖と呼ばれるまで~
影分身
幕開け編
第1話 プロローグ
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。」
空が黒い雲に覆われ、時折ゴロゴロと雷が鳴り大粒の雨が降りしきる中、衣服が濡れるのもお構い無しに男は息を切らし泥をはね上げながら走る。
「いたぞ!追え!追うのだ!」
そんな男の後ろから、甲冑姿の男達が長槍や抜き身の刀を振り上げながら追い掛けている。
男はチラリと後ろを振り返り、「チッ」と舌を鳴らすと再び前を向く。
頭の後ろで結えた長い髪が、雨に濡れて首や顔へと張り付くが、しかしそれを振り払う余裕はない。今はとにかく追っ手を撒く事が先決だ。
全力疾走のまま緩やかなカーブを曲がり、追っ手を撒く為一段飛ばしで石階段を駆け上がる。
男が駆け上がったのは、林道脇にある小さな神社の階段だ。
人二人分ギリギリすれ違える幅しか無い石階段。その段数は、大凡百段程。
男はその階段を駆け上がると、鳥居の側にある狛犬の台座の陰に身を隠す。
男が逃げ込んだ神社の境内は、左程広くはない。取り囲まれても、精々七、八人程が入れるくらいの広さだ。もし追手が来たとしても、階段上の踊り場で戦えば囲まれる心配は無いだろう。最悪ここで戦えば、地の利はこちらにある。
男は狛犬の後に身を隠し、腰にぶら下げる竹筒を手にすると、それを口へと当て中の水を飲む。
「ふ~」っと一息突くと、息を整えながらも下の様子に神経を尖らせる。
男を執拗に追い掛けていた者達は、階段の
「足跡はここで途切れている。おい、数人でこの上を探せ。後の者は、この近辺を隈なく探すのだ!」
「はっ!」と言う複数の声が聞こえ、五人の男が階段を登り始める。
階段の両脇はそれなりに手入れされた藪となっており、その後方には竹が生えている。薮は身を隠すにはもってこいの場所であり、竹藪に入れば追っ手の目を眩ます事も出来るだろう。
男達は薮に槍や刀を突き刺し、その奥に足跡が無いか確かめつつ登ってくる。
男は整えた息を殺しつつ、手に持つ槍の柄を握り直す。
ガチャガチャと音を立てる甲冑。ザクッ、ザクッと藪を刺す葉音が徐々に近付いてくる。
緊張が走る中でその時は訪れるのだが、そもそも何故男が逃げているのか。それは数時間前に遡る。
世は戦国時代。
そして現在、戦の真っ只中。戦況はこちら側の劣勢。既に味方は前線を押され、敵方は本陣に迫る勢いだ。
男の名は
戦国の世の男性の身長は低かったとされるが、統景は男性の平均身長よりも高く170cm程。偉丈夫とまではいかないが、それなりに筋肉も付いており、細身ながらもがっしりとした体躯だ。
頭は
侍の家系に生まれた統景は、十四歳で元服しその後数々の戦に出陣してきた侍だ。
取り分け家柄が良いわけでは無く、役職就きではない。単なる武家に仕える貧乏までとはいかないが、
そんな家系に生まれた統景であったが、幼少期から才覚を現し、剣の腕前も槍の腕前においても一目置かれていた。そしてその腕は並みの侍の一歩も二歩も先を行くほどであり、そのお陰で戦場において数々の武功を挙げてきた。
それ程の武功を挙げた統景ではあったが、それは大将首を挙げたとかでは無く、小競り合いから敵足軽大将や侍大将の首を討つ程度の武功だ。まあ、統景自身の出自が低いのもあり戦場に於いては馬に騎乗している訳では無いので、騎馬隊が出て来れば長槍片手に陣を崩し、後方に控える名だたるお歴々の武将達の援護をしていたのでそこは仕方がないのだろう。
それはともあれ、雨の降りしきる戦場。相対して陣を張った味方と敵軍。開戦前の総兵数では味方有利だった筈の戦だったのだが、蓋を開ければどんどん味方が不利な状況に追い込まれて行く。
そしてぶつかる味方の兵二千対敵の兵三千五百。どう考えても、分の悪い戦だった。
双方の兵がぶつかり、乱戦へともつれ込む。そして案の定数に押し切られ、敵騎馬隊の突撃に味方の足軽隊は成す術もなく崩されて行く。いくら武勇を誇る統景でも、流石に数の暴力には勝てなかった。
「撤退だ!撤退しろ!」
味方の侍大将が大声で叫び銅鑼が鳴り響き、味方の兵達は我先にと壊走し始めた。
それは統景も同じで、内心「チッ」と舌打ちをしつつも、踵を返し本陣の方へと向かって走り出す。
「敵が逃げたぞ!今だ!追撃しろーっ!」
敵方は味方が敗走し始めると、ここぞとばかりに追い立て始める。敵方騎馬隊が戦場を駆け巡り、逃げ惑う味方の背後を追い立てる。
「ぎゃぁっ!」
「うぐっ!」
あちこちで聞こえて来る悲痛な呻き声。
助ける事は叶わず、心の中で「許せ」と思いながらも、統景は後ろを振り返らずにただひたすら走る。
途中、本陣からの援軍とすれ違うが、統景は目もくれず後退した。
何とか命からがら本陣近くまで戻った統景だったが、その目に飛び込んだのは本陣が強襲されている光景だった。
そして暫くすると本陣に立てられた旗が倒れ、そこに敵方の旗が立てられ勝鬨の声が聞こえて来る。
「ほ、本陣が……落ちたでござるか。」
その光景に、統景達生き残った兵達は、その場で崩れ落ちそうになる。しかしここはまだ戦場。今ここで崩れ落ちる事は、すなわち死を意味する。しかも敵方もバカでは無いので、時間を置かず追い打ちの命が出るだろう。
「ここは少しでも、本陣から離れなければならないでござるな。」
統景は重い足を動かし、少しでも遠くに逃げる為走り出す。その呟きを聞いた他の兵達も、我先にと統景の後を追い始める。
本陣から遠ざかるように戦場から離脱する統景達。
しかし運命とは非道な物である。
統景としては一人で逃げるつもりだったのだが、何故か統景の後を追うように味方の兵達が付いて来る。
大人数での逃走となれば発見されやすくなってしまうのだが、案の定と言えば良いか武者狩りマシーンと化した敵方兵士の追撃を受ける事となる。この場合、運が悪かったとしか言えない。
「いたぞ!皆殺しにしろぉぉぉ!」
一人、また一人と敵方に斬られ脱落していく中、統景は脇目も振らずに山の斜面へと駆け上る。
「山の中へ逃げたぞ!追え~!」
「チッ。しつこいでござるな!」
統景は再び舌打ちをすると、木に手を掛け、その根元を蹴りつつ、槍の石突を杖にして山の斜面を登っていく。
その統景の動きに付いていけない者達が、背後から斬られ、一人、また一人と脱落していく。
それなりの重さの甲冑を着けている為カチャカチャと音が鳴るが、今は脱ぎ捨てる時間さえ惜しい。
斜面を駆け上った統景は、そのまま山の中を走り抜ける。暫く走ると、山道へと辿り着く。
「確か、この辺りに神社があった筈でござる。そこまで行き、息を整えるでござる。」
統景は行軍中に見た神社を思い出す。そこまで行けば、身を隠す事が出来るだろう。身を隠す事さえ出来れば、上手く追手を撒く事が出来るかもしれない。そう思い悲鳴を上げる足を動かし走る。
そして冒頭へと戻る。
山道を走る統景を目撃した敵兵により、当初の目論見が外れてしまったのだ。
最悪ここを死地とし、最後の大立ち回りをせざるを得ないだろうと統景は覚悟を決める。
統景は身を乗り出すと、藪を突き刺しながら最上段まで登って来た敵兵に向かい槍の一突きを繰り出す。
「でぇぃやっ!」
穂先は敵兵の腹へと抵抗なく入り込む。槍を抜く為兵を足蹴にし、その反動でくるりと回転しながら槍の柄でもう一人の腹へと一撃を喰らわす。
当然蹴られた兵士は後ろへと倒れ込み、柄で腹を殴られた兵士もそのまま後ろへと倒れ込む。そして、後ろを登って来た兵士を巻き込み、石階段を転げ落ちて行く。
「いたぞ!」
階段下を捜索していた兵士達は、転がり落ちる仲間を飛び越え、駆け足で階段を昇って来る。
「黒瀧統景、いざ参る!」
統景は階段を昇って来る兵士相手に、槍を突き、そして薙ぎ、応戦する。
他方面に捜索へ行っていた敵兵士達も集まり始め、再び多勢に無勢の戦いへと変わる。
こちらの優位性があるとすれば、階段上である為一対一へと持ち込めている事くらいだろうか。
そう思っていたのだが、それも暫くすると戦況は変わって来る。
指揮官であろう者の指示により、階段横の藪を飛び越え、斜面を登り統景の背後へと回り込む者達が現れたのだ。
(このままでは囲まれてしまうでござる。)
統景は槍を大振りに振り回し、背後へと回り込まれない様に牽制する。
しかし敵方はそれを見越して、大回りする様に背後へと回り込んだ。
そして完成する包囲網。槍を構え、じりじりと統景へと迫る。
(くっ……ここまでか……。しかしこの命が尽きるまで、一人でも多くの敵兵を屠ってくれる!)
統景は突き出される槍を躱し、振り下ろされる穂先を弾き、必死に抵抗をする。
しかし、それもいつまでも続かず、遂に終わりがやって来る。
「ぐっ……!」
一瞬の隙を突いた槍の一突きが、統景の左太腿へと突き刺さる。
統景は両手で持つ槍から右手を離すと、腰の刀を抜き放ち、太腿に刺さる槍を叩き斬る。
しかしその隙を、敵兵が見逃すはずはない。統景が左へと視線を動かした隙に、今度は右側から槍が突き出され、深々と腰へと突き刺さる。
「ぐはっ……」
統景は地面へと片膝を突き、忌々しく突き刺した兵を睨む。
そしてそれを好機と見た敵兵達は、ここで仕留めると言わんばかりに動きの鈍った統景へと向けて槍を引き、突きの体制を取る。
統景は死を覚悟した。いや、元々覚悟はしていたのだが、死を悟った。
(ああ、我が人生もここで終わりでござるか。)
そう思った途端に、今までの事が走馬灯のように流れ始める。
そして腰を落とし引いた槍を突き出す敵兵の動きや、激しく降り続く雨粒がやけにゆっくりと見え始める。
観念した統景はそっと目を瞑り俯くと、直ぐにやって来るであろう死を待った。
その時だ。
辺りに眩い閃光が起こる。空が眩いばかりに光ったのだ。そして、バリバリバリッと言う轟音と共に、統景の持つ槍へと稲妻が走った。
突然の事に、槍を突き出そうとしていた兵士達は咄嗟に武器から手を離し、顔を背け尻餅を突き倒れ込む。
パチパチと音が鳴る中、顔を背けていた兵士達は立ち上がり、何が起こったのかと辺りを見回す。
だが、そこには本来いるであろう統景の姿は無く、燻り煙を上げている焼け焦げた地面だけが残されていた。
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