第32話 誓い
特攻してくる女騎士たちが、レグルスの目前に迫り来る。
魔核に封じられた魔力が解放され、大爆発を巻き起こす寸前――。
レグルスは剣を閃かせると、女騎士の胴体を勢いよく切り裂いた。魔核が一刀両断され、女騎士は爆散する前に地面に倒れ込む。
レグルスは他の女騎士たちも次々と爆発前に斬り伏せていく。
「やるじゃねえか。並外れた剣の速さがなけりゃできねえ芸当だ。けどなァ! こっちはまだいくらでも弾が残ってんだよ!」
レグルスの目の前にずらりと立ち塞がる女騎士たちの壁。
観客席にもまだ相当の数が残っていた。
フレイアの元へと続く道は、完全に封鎖されている。
「おら! 行ってこい!」
女騎士たちが前方から特攻してくる。レグルスがそれを迎え撃とうと剣を構えた時だった。
『レグルス! 後ろよ!』
観客席から降りてきた女騎士たちが、背後から迫ってくる。
挟み撃ちにするつもりか――。
後方の女騎士たちに対応するため、振り返ろうとした瞬間だった。
互いの射線に割り込んできた一人の女騎士。彼女がレグルスに斬り掛かった女騎士たちの剣を代わりに受け止めた。
「……お前は」
『――セレナ!?』
女騎士たちの剣を一身に受け止める女騎士。
それは騎士団で唯一、ビキニアーマーを身に付けていない異端の女騎士。
セレナ=コールドプレイだった。
「なぜまだここにいる? 互いの約束は果たしたはずだろう」
レグルスがセレナと交わした約束は、上層の闘技場まで連れていくこと。
それはすでに履行されている。彼女がここに立つ理由はないはずだ。
「本当はそのつもりだったのだけれど」
「……おい、てめえ、何のつもりだ?」
フレイアはセレナを視認すると、忌々しげに睨み付ける。
「無粋な真似しやがって。騎士団の一員が、騎士団長に刃向かおうってのか? あァ?」
「私が今ここに立っているのは、剣を執ってるのは、誰かに命令されたからでも騎士団の一員としてでもない。他の誰でもない、自分自身の意志で剣を執ったの」
セレナは剣の柄を強く握りしめると、レグルスとフレイアの問いに答えるように、瞳に覚悟を秘めた面持ちで告げた。
「フレイア、私はあなたが間違っていると思った。だから止めに来た。私はただ、私の正しいと思った行いに殉じる。それだけよ」
「……なら、俺が何か言う筋合いはないな」
レグルスは口元に笑みを浮かべると、再び剣を構える。
「セレナ。背中の敵は任せる」
「いいのかしら。私が倒されたら、あなたの背後はがら空きになるけど」
「お前の剣は他の女騎士たちに後れを取るほど、軟弱だったのか?」
「――言ってくれるわね。上等よ」
セレナは勝ち気な笑みを浮かべると、挑発を返すように言った。
「あなたこそ、無様にやられたりしないでよ?」
「――ああ」
レグルスとセレナはホルスを挟んで背中合わせに剣を構えると、二人を取り囲む女騎士たちの包囲網と対峙する。
「いいじゃねえか。気合いの入った奴は嫌いじゃねえぜ。戦う覚悟もねえのに鎧を着てた、他の連中よりよっぽどな」
フレイアは愉しそうに笑みを浮かべた。
「大人数での乱闘とは、闘技場らしくなってきたじゃねえか。――なァおい、てめえらはこの闘技場の逸話を知ってるか?」
「逸話?」
「千年前――闘技場で、前人未踏の千人斬りを成し遂げた男がいる。圧倒的な強さで、無傷のままに勝ち抜いた伝説の剣士だ。
元は貧民街の孤児だったその男は、武功を買われて貴族の養子になった。そして最終的に王女の近衛兵の座にまで上り詰めた。
あたしも似たような生まれだからな。己の腕一つで上り詰めたそいつの話を聞いて、心躍らせたもんだ。
エルスワース王国に侵攻した時、あたしはその男と戦うのを愉しみにしてた。だがその機会にはついぞ恵まれなかった。
あたしが今もこの国に残ってるのは、そいつみたいな手練れと戦いたいからだ。ここにいれば、いつか目の前に現れるんじゃねえかってな」
そこまで話し終えると、
「つい語りすぎちまったな」
そう笑い飛ばすように吐き捨て、レグルスを見据えた。
「白髪の剣士。てめえは強え。今まで戦ってきた連中の誰よりもな。こんなに愉しい時間を味わえたのは本当に久しぶりだ」
だが、とフレイアは強く言い切った。
「勝つのはあたしだ。一人増えようと、精々くたばるまでの時間が延びるだけ。あたしの元には辿り着けやしねえよ!」
叩きつけた鞭の号令によって、女騎士たちが襲い来る。
レグルスとセレナは互いの前方にいる相手に対処する。
攻撃を躱し、受け止め、レグルスは女騎士たちの魔核を両断する。
魔核を破壊することのできないセレナは、女騎士たちの剣を受け流し、レグルスが攻撃するまでの時間稼ぎをする。
「……これではキリがないな」
「何か手はないのかしら」
「一瞬、一瞬だけでいい。女騎士たちの壁に風穴を開けて、フレイアにまで続く道をこじ開けることさえできれば――」
「……分かったわ」
少しの逡巡の後、セレナは頷いた。
「このまま防戦に徹していても勝ち目はない。一か八か攻め込みましょう。あなたの目前以外の女騎士たちは私が全て引き受ける」
「そうなると、かかる負担は今までの比ではないぞ」
「大丈夫。死んでも止めてみせる。あなたの邪魔はさせない」
「……いいだろう」
いずれにしても他の突破口は見当たらない。
立ち止まっていては、敗北を喫するだけだ。
一か八か、腹を括って覚悟を決めるしかないだろう。
「地獄までの片道切符、付き合って貰うぞ」
「任せておいて」
レグルスとセレナは息を吸うと、鳩尾に力を入れ、声を張る。
「――行くぞ!」「ええ!」
レグルスは前方に立ち塞がる女騎士たちの軍勢に突っ込む。
縦横無尽に繰り出される剣戟を、嵐を掻い潜るように躱し、受け止め、応戦する。
一人、また一人と斬り倒しながら、徐々に前進する。レグルスの歩みを止めようと、背後からは女騎士たちが迫っていた。
「彼の元には行かせない!」
セレナはその道程に立ちはだかると、彼女たちを迎え撃つ。
魔剣を持たないセレナでは、女騎士たちを討ち倒すことはできない。彼女に出来ることと言えば敵の攻撃を受け止め、剣を弾いて無力化することくらい。
一対多勢の圧倒的不利の状況。攻め手がなければ、瓦解するのも時間の問題だ。
その身に幾重もの剣戟を受けながらも、セレナは倒れなかった。
致命傷を受けないように立ち回りながら、臆することも、屈することもなく、必死に敵の侵攻を食い止め続けていた。レグルスがフレイアを討ち倒すことを信じて。
レグルスは一度も振り返らなかった。背後からの攻撃に対する意識を、脳裏から完全に消していた。
己の持つ力の全てをただ、目の前の敵を殲滅させることにだけ集中させる。
それが命を賭して女騎士たちを食い止めているセレナに対してレグルスができる、ただ一つの報いだと思ったからだ。
「くっ……!!」
だが、その時は訪れた。
長らく持ちこたえていた防波堤がついに決壊する。
一人の女騎士がセレナの横を抜き去ると、レグルスに向かって駆け出した。すぐさまセレナは追いかけようとするが、他の女騎士たちがそれを許さない。
『レグルス! 敵が迫ってきているわ!』
アウローラの警告が鳴る。後方から追ってきた女騎士との距離が詰まる。
前方の女騎士と後方の女騎士がほとんど同時に攻撃態勢に入る。剣を振りかぶると同時、両者の魔核が激しい輝きを放った。
剣と爆撃の二重奏。
間合い内で前後を女騎士たちに挟まれ、どちらか一方を倒しても、その間にもう片方の攻撃を喰らってしまう。そしてそれは間違いなく致命傷に至る。
同時に対処することは不可能。
あと少し。
もうほんの少しでたどり着けるのに。
届かないのか――。
前方の女騎士の魔核を切り裂いた。
それと同時に後方からの追っ手の女騎士が繰り出した渾身の一撃。それがレグルスの無防備になった背中に掛かろうとした瞬間だった。
「うあああああああああっ!!!」
突如として飛びかかってきた人影が、女騎士の胴体にタックルを繰り出した。
「――ホルス!?」
「もうこれ以上、レグルスさんの足手纏いにはならない!」
「こ、こいつ……!」
ホルスは重心を崩して倒れた女騎士の身体に馬乗りになると、激しい輝きを放つ魔核の上に覆い被さった。爆風を一身に受けるために。
「お前、なぜ……!」
「立ち止まらないでください!」
ホルスは女騎士を組み伏せたまま、必死の声を振り絞った。
「レグルスさんは僕たちにとっての希望なんです! だから振り返っちゃダメだ! 進み続けなくちゃダメなんだ!」
仲間に加えて欲しいと言ってきた時、ホルスがレグルスに立てた誓い。
――足手まといになるのなら、盾として使ってください。そうすれば、レグルスさんの剣を敵に当てるだけの隙ができます。
自らが立てた誓いを、ホルスは忠実に守ろうとしていた。約束に殉じようとしていた。
「レグルスさんの邪魔は僕が誰にもさせない! だから――だからどうか、歩みを止めないでください! 進み続けてください!」
覚悟を決めたホルスの言葉に、レグルスの中の迷いは消えた。
「――ああ!」
前に踏み込むと、目の前にいた女騎士を一太刀に斬り伏せる。
その瞬間、視界が開けた。立ちはだかっていた女騎士たちの壁に風穴が空いた。
爆発が起こった。背後から迫ってくる爆風を振り切るように走る。
懸命に走る。生き延びるために走る。振り返らず、立ち止まらず、ただ前に――。
「こいつ……!」
焦燥した表情のフレイアが、迎え撃とうと鞭を執る。両手から放たれた二本の鞭、それらは激しい嵐のように襲い掛かってくる。
ホルスは自らが立てた誓いを守った。死の恐怖に屈服せず、戦おうとした。
そのホルスの命と引き換えに得た機会。
決して無駄にはしない――。
「はああああああああああっ!!」
レグルスは裂帛の気合いと共に、死力を振り絞った一撃を放った。
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