第31話 善と悪
レグルスを闘技場まで連れてきた後、セレナは観客席に潜んでいた。彼とフレイアの戦いを見届けなければならないと思ったからだ。
そんな彼女は今、眼下に広がる光景を前に愕然としていた。
中央の舞台。
そこでは女騎士たちの命を種として、次々と爆炎が大輪の花を咲かせていた。
フレイアが鞭を振るうと、女騎士たちが一斉に駆けだした。けれど、彼女たちの表情に戦いに赴く者としての覚悟は見られない。
泣き、喚き、絶望しながら。
それでも抵抗できずに、呆気なく弾として使い捨てられている。
舞台上に花を咲かせる爆炎の間を、レグルスは縫うように駆け巡っていた。爆炎自体を斬り裂くことで致命傷を避けている。
「ひゃはは! まだまだ弾はあるんだ。いつまで持つか見物だなァ!」
哄笑を轟かせながら、フレイアは鞭を振るう。
女騎士たちは自らの意志に反して、特攻させられる。舞台の上では断末魔と共に真紅の花が咲いていた。
「もう止めてください!」
溜まらなくなったセレナは、観客席から叫び声をあげていた。
「これ以上、彼女たちの命を無碍にしないで!」
しかしその声は、女騎士たちの悲鳴や断末魔、激しい爆音に掻き消されてしまい、舞台上にいるフレイアに届く前に霧散してしまう。
けれど、仮に届いたとしても聞き入れられはしないだろう。
ここはもう、倫理や道徳が通じる場所ではない。
傍観者が何を叫ぼうが、状況を変えることなどできない。
――ずっと男は邪悪な存在だと教えられてきた。
彼らは女を長年抑圧し、奴隷のように支配してきた巨悪。それ故に彼らを隷属させ、罪を償わせなければならないと。
だけど、どうだ?
下層街に非人道的な薬を蔓延させていたのは、山猫の爪の男たちではなく、裏で糸を引いていた騎士団の女騎士たちだった。
そして今、正義だと信じていたはずの騎士団長は、部下の女騎士たちの命を何の躊躇いもなく次々と使い捨てている。
その一方で、レグルスはホルスを庇いながら戦っている。女騎士たちを彼の元に近づけないように立ち振る舞っている。
彼らとはしばらくの間、行動を共にした仲だ。
セレナには、彼らが邪悪な存在だとは到底思えなかった。性別こそ違えど、紛れもなく二人は自分と同じ人間だった。
――本当に男は邪悪な存在なのか?
彼らは皆、虐げられ、隷属させられて然るべき者たちなのか?
いや、違う。
虐げられ、隷属させられて然るべき者など、一人もいない。
男は確かに邪悪な存在なのかもしれない。
けれど、だったらそれと同じくらい女もまた邪悪だ。
男だから正しいわけでも、女だから正しいわけでもない。
男の中に邪悪な者がいるように、女の中にも邪悪な者はいる。
女の中に正しい者がいるように、男の中にも正しい者はいる。
そして、恐らくは絶対の正しさというものは存在しない。絶対の悪というものも。
それは時代や状況によって容易に姿を変える。
だからこそ、自分の目で見て、聞いて、判断しなければならない。
自分にとっての正しさがいったい何なのかを。
ようやくそのことに気づいた。
そして、セレナの目には、フレイアの行いが正しいとは到底思えなかった。どう考えても間違っているように映った。
ただ声を上げるだけでは何も変わらない。
状況を変えたいなら、傍観者ではいられない。
戦わなければ、何かを変えることはできない。何かを勝ち取ろうとするのなら、自らもまた斬られる覚悟で剣を執らなければならない。
――私は、私の正しいと思ったことをする。
セレナは静かに覚悟を決めると、腰に差していた剣の柄を握りしめた。
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