第30話 VS炎姫③
互いがほとんど同時に放った渾身の一撃。
剣と鞭が交わり――次の瞬間、二人は弾かれたように勢いよく吹き飛ばされた。全身を叩きつけられた闘技場の壁が粉々に砕け散る。
観客たちが騒然となる。まさか騎士団長が負けたのではという空気が流れる。
だが。
「……危っぶねえ。直前で奴の左腕を潰してなけりゃ、今の一撃でやられてた」
先に瓦礫の山から立ち上がったフレイアは、血の混じった唾を吐き捨てる。ビキニアーマーの胸部の魔核には罅が入っていた。
「良かったぜ、こいつを身に付けててよォ。おかげで身体は無傷だ。――だが、てめえの方は満身創痍みてぇだなァ?」
同じく瓦礫の山から起き上がったレグルスは、フレイアを見据える。その左腕はあらぬ方向にねじ曲がっていた。
フレイアの元に辿り着くまでに鞭に打たれて限界を迎えていたのが、剣技を放つ直前の一撃によって完全に使い物にならなくなった。
両腕が万全な状態で斬り掛かっていれば、今の一撃で仕留めることが出来ていたはずだ。
「もうその左腕は使い物にならねえだろ」
「ああ。だが、片腕があれば十分だ」
「はっ。化け物かよ、てめえは」
吐き捨てるように笑うフレイアの表情にはしかし、苦々しさが滲んでいた。レグルスの言葉が強がりだとは思っていないように。
「……こうなったらもう、なりふり構っちゃいられねえ。生き残るのが最優先だ。どんな手を使ってでも潰させて貰うぜ」
鞭をぴしゃりと鋭く地面に打ちつけると、観客席にいた女騎士たちに動きがあった。
彼女らのビキニアーマーの胸部に埋め込まれた魔核が赤い輝きを放つと、女騎士たちは次々と雪崩のように観客席から飛び降り始めた。
数十人は下らない女騎士たちが、ずらりとフレイアの前に壁となって並び立つ。
――徒党を組んで向かってくるつもりか。
だが、何やら様子がおかしい。
女騎士たち自身が困惑したような表情を浮かべている。
「ふ、フレイア騎士団長……!? これはいったい……!? 私たちはなぜ、この場所に連れてこられたのですか!?」
「か、身体が自由に動かない……!」
どうやら、彼女たちは自らの意志でこの戦場に降り立ったわけではないらしい。操り糸に引かれるかのように無理矢理連れてこられた。
先ほど鞭を叩いたのが、恐らくは合図だったのだろう。
「ビキニアーマーを装備した瞬間、てめえらはあたしの絶対的な支配下に置かれる。命令には一切逆らえなくなるからな」
「…………え?」
「ビキニアーマーを起動させる時、てめえらの魔核にあたしが魔力を付与したろ? あれが隷属の証になるんだよ」
「そ、そんなこと、今まで一度も……」
「ああ。話してなかったからな」
フレイアは顎を撫でながら、冷酷な笑みを浮かべる。
「せっかくの機会だ。教えておいてやるよ。てめえらのビキニアーマーは単独で存在することはできねえ。
七人の鎧姫の誰かが魔核に魔力を分け与えることで、汎用型のビキニアーマーは初めて他の奴らも着られるようになる。
そしてあたしは自分の魔力を分け与えたビキニアーマーの主を隷属させて、意のままに操ることができる能力を持ってる。
言わば、あたしが女王で、てめえらは奴隷だ。奴隷は女王には逆らえねえ。奴隷の運命は常に女王の手のひらの上にある」
「「…………!」」
衝撃の事実を告げられ、絶句する女騎士たち。
彼女たちはビキニアーマーを着た瞬間に、女王に絶対の隷属を強いられていた。
「おらッ! 行ってこい!」
フレイアが地面を鞭打つのを合図に、女騎士たちが駆けだした。
目前に迫ってくる女騎士たちは、自らの意志とは関係なく剣を構える。
――隙だらけだ。
フレイアならまだしも、ただの女騎士なら片手でも造作なく倒せる。
迎え撃とうとした瞬間――。
彼女たちの胸部の魔核が、激しい輝きを放った。
そして、唐突に爆ぜた。
「――っ!?」
不意を突かれたレグルスは、爆風に巻き込まれる。地面を転がる。
寸前のところで危機を察知し、回避するために距離を取ったのが幸いして、致命的な傷を負わされるまでには至らなかった。しかし。
――何だ、今のは……!?
「おお、中々の威力じゃねえか。なァ?」
フレイアは鞭を愛撫しながら、残忍な笑みを浮かべる。
「種明かしはこうだ。射程範囲に入った瞬間、鎧の魔核を解放した。すると、込められていた魔力で大爆発が起きるって寸法だ」
「……自爆させたのか」
「ああそうだ。言うならば、人間爆弾ってやつだな」
「……彼女は、お前の部下だろう」
「中々良い働きをしてくれただろ?」
足下には爆弾役を負わされた女騎士たちが力なく倒れていた。ゼロ距離での爆発だ。すでに事切れていてもおかしくない。
それを間近で見ていた他の女騎士たちは青ざめ、戦慄していた。
「ふ、フレイア騎士団長! 止めてください!」
「私たちはまだ死にたくありません!!」
「そう言うなよ。祭りってのは当事者の方がずっと愉しめるもんだ。観客席でただ見てるだけってのも退屈だろ?」
フレイアの声色は冷静そのものだった。何の良心の呵責も感じてはいない。躊躇なく部下を使い潰すことができる精神を有している。
特攻させるのを止める気はないと悟ったのだろう。
女騎士たちの表情は青ざめていた。
「一か八か謀反でも起こしてみるか? まあ無駄だろうけどな。てめえらはあたしの支配から逃れることはできねえ」
それに、と続けた。
「もし支配から逃れてあたしのビキニアーマーの魔核を砕くことができても、その時はてめえらのビキニアーマーの魔核も全て自壊する。汎用型のビキニアーマーは、親のビキニアーマーなくして存在できねえからな。
そうすりゃてめえらはおしまいだ。強さを完全に鎧に頼り切ってるんだからな。男どもにさえ勝てねえだろうよ」
絶望する女騎士たちを鼻で嗤うフレイアに、レグルスは問いかける。
「お前はさっき、騎士団のビキニアーマーは自分の魔力を付与して初めて、他の者が使用することができると言ったな」
「そうだ。あたしらは言わば一心同体だ。親が死ねば子も死ぬ。ま、逆はねえが」
だから部下は謀反を起こすことはできない。フレイアを倒せば、自分たちのビキニアーマーも機能を失ってしまうから。
「つまり、お前をここで仕留めることができれば、騎士団にいる女騎士たちのビキニアーマーは全て無効化されるわけか?」
「まあ、そういうこったな」
フレイアを倒せば、彼女が魔力を分け与えた騎士団のビキニアーマーも全て殲滅できる。
それは他の連中に関しても同じだ。
なら千年前にエルスワース王国を滅ぼした七人の鎧姫たちを全員仕留められれば、この世界のビキニアーマーは全て消滅することになる。
「それは良いことを聞いた」
「かもな。だが、みすみす許すと思うか?」
フレイアは好戦的な笑みを浮かべると、レグルスに向けて宣言する。
「さあ。第二ラウンドを始めようじゃねえか」
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