第28話 VS炎姫
周囲を夥しい数の女騎士たちに囲まれた闘技場の舞台。
その中心に降り立ったレグルスは、ホルスを背にしながら、フレイアと対峙する。
「レグルスさん。どうしてここに……」
「勘違いするな。お前のためじゃない。女騎士たちがここに集まっていると聞いてな。一網打尽にしにきただけだ」
そう告げると、正面にそびえ立つフレイアを見据える。
燃えるような赤い髪に獰猛な顔つき。緋色の輝きを放つ異色のビキニアーマー。
剥き出しになった肉体は一見して分かるほどに鍛え上げられ、長年打ち続けた鋼の剣のように静謐な美しさを纏っている。
「てめえが白髪の剣士か。会いたかったぜ」
エルスワース王国騎士団長――フレイア=バレットハートは好戦的な笑みを向けてくる。
「うちの娘が世話になったそうじゃねえか。ええ?」
「躾けがなってなかったものでな」
「はっ、言うねえ。しかし、まんまと敵陣のど真ん中に飛び込んでくるとはな。随分と仲間想いで泣かせるじゃねえかよ、おい」
「俺の目的はビキニアーマーの殲滅だ。ここに女騎士たちが集まっているなら、わざわざ探す手間が省けるからな」
「かっかっか! 随分な自信だな。威勢の良い奴は好きだぜ?」
愉しげに笑うフレイアに対し、レグルスは顔色一つ変えずに問いかける。
「フレイア。お前は英雄大戦を戦った伝説の女騎士だと聞いた。女王ウルスラと同じ――七人の鎧姫のうちの一人だと」
「ああそうだ。それがどうした?」
「お前は千年前のエルスワース王国への侵攻にも同行していたのか」
「なんだ、随分と懐かしい話をするじゃねえかよ」
フレイアは相貌を崩した。
「ああ、あたしはその時、侵攻に参加していた。ウルスラと他の五人の女騎士たちと共にこの王都を陥落させた」
「………………そうか」
その瞬間、レグルスの全身を巡る血流が熱く煮えたぎった。ずっと蓋をしていた烈火のような激情が一気に噴き上がってくる。
――ようやく出会うことができた。千年もの時を超えて、あの時の仇に。
「お前はなぜ剣を執った。男権社会を破壊するためか? ウルスラと同じように」
ウルスラは言っていた。男たちに支配されたこの世界を変えるために剣を執ったのだと。
「はっ。あたしはそんなもんに微塵も興味ねえよ。男がどうとか、女がどうとか。そんなもんは心底どうでもいい」
「……なんだと?」
そう吐き捨てたフレイアはニヤリと笑った。
「あたしが戦いに加担した理由はただ一つ。欲を満たしたかったからだ。戦って勝てば何もかもが手に入る! 美味い飯も、莫大な金も、強固な権力も! あたしはただ、自分が良い思いが出来りゃあそれでいい!」
天を囲うように両手を大きく開けると、熱を帯びた口調で高らかに言い放つ。
「上にいた奴らを全員引きずり下ろして、あたしが頂点に君臨する。他の女騎士たちと手を結んだのも、この鎧を身に付けたのも、全てそのための手段でしかねえ」
七人の鎧姫たち(セブン・ビキニクイーン)は共通の目的のために徒党を組んでいるものと思っていたが。女騎士たちも一枚岩ではないということか。
「権力を求めた割には、ウルスラに女王の座を明け渡しているようだが?」
「政(まつりごと)には興味がないんでな。それはあいつが勝手にやりゃあいい。あたしはここで自由にやらせてもらう」
フレイアはそう言うと、ふと自嘲するような笑みを浮かべた。
「騎士団長になって欲しいものは全部手に入った。美味い飯も、金も、権力も、男も、好きな時に好きなだけ貪れるようになった。
けど、何か満たされねえ。あたしは今、生きている。そう胸を張って言える実感が。上に上り詰めるまでにはあったはずの想いが。血の滾りが。
それでよォ、気づいたんだ。結局、あたしの魂は戦いを求めてんだってよ。互いの命を懸けた極限のやり取り、その中に身を投じることでしか満たされねえ。
だが、そんな相手はそういねえ。この国であたしと対等に渡り合えるのは、ウルスラをおいて他にはいないからな。
だからてめえがアネモネを討ったって聞いた時、あたしは嬉しかったんだぜ? ようやく少しは骨のある奴が現れたのかってな。
今日は久々に愉しめそうだと興奮してんだ。てめえを倒して、心を折って、絶望する様を目の当たりにした時、きっとあたしの心は満たされる」
だからよォ、とフレイアは獰猛な獣のように口角をつり上げる。
「精々、期待を裏切ってくれるなよ?」
「悪いが、その期待には応えられそうもないな」
レグルスはそう告げると、魔剣の切っ先を突きつける。
「なぜなら、倒されるのはお前の方だからだ」
「ひゃはははははっ! 面白え! 上等だ!」
先に動いたのはレグルスだった。魔剣を腰元に据え、一気呵成に踏み込む。
並みの女騎士が相手なら、反応すらさせずに斬り伏られるほどの圧倒的な速度。
だが――。
「おっと! そう簡単に間合いにゃ入らせねえぜ!」
フレイアは即座に反応すると、鞭で牽制してきた。
レグルスは目前に飛んできた一撃を回避すると、後退し、間合いを取った。さすがだな――と感心と共に息をつこうとした時だった。
「まだ油断すんじゃねえぜ!」
「――っ!」
間髪を置かずに、追撃を飛ばしてきた。
剣や槍であれば到底届かない距離。だが、鞭はそれを容易に超えてくる。
藪の中から勢いよく飛び出してくる蛇のように伸びてきた鞭は、レグルスの身に噛み付こうと迫ってくる。寸前のところで魔剣を振るい、払いのけた。
「良い動きするじゃねえか」
フレイアは戻ってきた鞭の皮を撫でながら感心した様子だった。
「炎姫の鞭(フレイムウィップ)に反応できただけでも大したもんだ。さすが、アネモネを討っただけのことはあるな」
だが、と続けた。
「お互い、まだまだこんなもんじゃねえだろ!?」
再び鞭が勢いよく振るわれる。
縦横無尽に飛び交う大蛇の群れ。
レグルスは回避こそすれど、近寄ることができない。
『最初の一撃で仕留められなかったのは痛いわね』
アウローラがレグルスの心中を代弁するように言った。
剣と鞭では間合いの差は歴然だ。だからこそ初撃で決めるつもりだったが……。このままでは一方的に攻撃され続けることになる。
「どこかで腹をくくって、間合いに入る必要があるだろうな」
『ええ。だけど、あの鞭の威力は尋常じゃないわ。一撃でも喰らおうものなら、それが命取りになりかねない』
アウローラは冷静に戦況を分析する。
『様子を窺いながら、隙が出来る瞬間を待ちましょう。あれだけの大型の鞭、いつまでも同じ調子では振るえないはず』
慎重に機を窺い、隙が出来る瞬間を息を潜めて待つ。それが定石だろう。
――だが。
次の瞬間、レグルスはフレイアの方に足を踏み出していた。
『――はぁ!?』
アウローラは素っ頓狂な声を上げる。
慎重に機を窺い、隙が出来る瞬間を待つ。
それが定石だと――そう動いてくると、フレイアも同じように考えているだろう。
だからこそ、今ここで攻め込む!
「ひゃはは! いいねえ! 即突っ込んでくるなんてよぉ! ちまちま相手の出方を窺うなんざ退屈だもんなァ!?」
一瞬、フレイアは虚を突かれた表情を浮かべた。
しかし彼女もまた相当の手練れ。
すぐに平静を取り戻すと、手元の鞭を鋭く振るう。
「だが、近づかせやしねえ! 撃ち落としてやんよ!」
勢いよく迫ってくる鞭。
だが、一瞬動揺した分だけ、速度も威力もほんの僅かながら精彩を欠いていた。
レグルスは飛んできた鞭の側面に魔剣を潜り込ませると、鋭く打ち払った。
その瞬間。弾かれた鞭は、フレイアの制御下から解き放たれた。
敵に至るまでの道が開ける。
――今だ!
足裏に力を込めると、大気を突き破るように踏み込む。全速力で間合いを詰める。
「――うおっ!? 速えェな!」
鞭がフレイアの制御下に戻り、再び攻撃を仕掛けてくるまでの猶予。
それだけあれば、仕留めるには充分だ。
レグルスはフレイアを射程圏内に捉えると、魔剣を振りかぶった。
――獲った!
次の瞬間にはフレイアの身体を斬りつけていた――はずだった。
だが、想定していた未来は訪れなかった。
レグルスの剣がフレイアを斬るよりも早く――どこからともなく現れた鞭が、レグルスの胴体を撃ち抜いていた。
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