第26話 男狩り
山猫の爪を壊滅させたことで、下層街からストロングは一掃された。
これでセレナとの約束は果たした。今度はこちらに協力して貰う番だ。
セレナが上層に向かうための準備を終えるまでの間、レグルスは目立たぬよう、ホルスの家でその時が来るのを待っていた。
異変が起きたのは数日が経った頃だった。
日中に外出したホルスが、夜になっても帰ってこなかった。月が沈み、日が昇り、朝を迎えても家の扉が開くことはなかった。
「妙だな」
『アジトにでも泊まってるんじゃない?』とアウローラが言った。『男二人、一つ屋根の下が続くのは嫌でしょう?』
「そんなことを気にする奴とは思えないが」
『立ち上がって、どこに行くつもり?』
「確認しにいく」
レグルスは扉を開けると、外に繰り出した。
向かった先は鉄鼠の歯のアジトだった。
アジト兼酒場のその建物の扉を開けて踏み入ると、店内にはまばらに人がいた。
いずれも鉄鼠の歯の一員のようだ。
奥の席にいた神経質そうな眼鏡の男――レオパルドが鋭い眼差しを向けてくる。ホルスと共に組織のリーダーを務めている男だ。
「……君か。何の用だ」
「ホルスは来ていないか」
「いいや。昨日から姿を見せていない」
「……そうか」
アジトに寝泊まりしていたわけではないらしい。
当てが外れたレグルスは、その言葉を聞き終えると踵を返そうとする。すると背後からレオパルドの声が呼び止めた。
「アネモネを討ち取ったそうだな」
「ああ」
「部隊長の一角を落とすとは……正直驚いた。ホルスが夢を見るのも分かる」
だが、とレオパルドは鋭い口調で言った。
「おかげで騎士団の下層街の男たちに対する警戒度は以前より増した。噂では近々大規模な男狩りが行われるらしい」
「男狩り?」
「下層街の男たちを連行し、見せしめに粛正する。惨たらしく殺すことで、私たちの叛意を摘み取ろうという目算だ」
「そうか」
「そうか、ではないだろうッ!」
レオパルドは木のテーブルに勢いよく拳を叩きつけた。
「君がアネモネを討ったことで、我々にも被害が及ぼうとしているんだ! いったいどれだけの血が流れることになると思っている!?」
「さあな」
「なんだその他人事のような態度は……!」
「他人事だからな」
レグルスはそう言うと、目を剥いたレオパルドに冷静に告げる。
「責めたければ、いくらでも責めればいい。止めさせたいなら、斬ってでも止めろ。俺は自分の歩みを止めるつもりはない」
「……っ!」
説得に応じるつもりは一切ない。レグルスの姿勢にレオパルドは絶句していた。
互いの間に張り詰めた空気が流れる。
今にもどちらかが剣の柄に手を掛けるのではないか――そんな一触即発の雰囲気がアジト内に流れていたところを打ち破るように。
突如として扉が開け放たれた。
「た、大変だ!」
組織の男が切迫した面持ちで駆け込んできた。
「騒がしいぞ。どうした」
「ホルスが騎士団に連行された!」
「「――っ!?」」
その場にいた全員が狼狽えていた。
「おい、それは本当か!?」
レオパルドが問い詰める。
「は、はい。ホルスだけじゃなく、下層街の組織の主要な連中も軒並み……中央の広場にこれが騎士団長の名前で張り出されてたんだ!」
「張り紙だと?」
レオパルドは男の手にしていた張り紙をむしり取ると、その内容を読み上げる。
「大事な仲間を惨たらしく殺されたくなければ、白髪の剣士を連れてこい――」
「……なるほどな」
レグルスは騎士団の意図を理解した。
騎士団は人質を取ることで、レグルスを共通の敵に仕立て上げようとしている。下層街の男たち同士で争わせようとしている。賢いやり口だ。
「処刑は上層の闘技場で行われるとあります。日時は今日の夕刻。それまでに白髪の剣士を連れていかなければ……」
「ホルスは処刑される……」
沈黙するレオパルドに、レグルスは問いかける。
「どうする。俺を捕らえて連れていくか?」
「……いや」
長考の後にレオパルドは首をゆっくり横に振る。
「……君を連れていっても、ホルスが解放されるとは限らない。恐らく……いや、確実に二人とも始末されるだろう」
「じゃあ……」
「ホルスを助けることは諦める」
「「……っ!?」」
レオパルドは仲間たちに向けて、厳かな口調でそう告げた。周りの者たちの息を呑む気配が伝わってくる。
「……元はと言えば自分の撒いた種だ。あいつがこの男を連れてこなければ、今回のような事態にはならなかった」
「でも俺たちが全員でかかれば……」
「相手は騎士団長だぞ!? 英雄大戦を生き抜いた最強の女騎士――そんな化け物に我々が太刀打ちできるはずがない! 無駄死にするだけだ!」
レオパルドが声を裏返らせながら叫ぶと、組織の男たちは黙り込んだ。そして昂ぶった感情を時間によって鎮めた後に呟いた。
「……組織のためにも、ホルスのことは諦める。それが合理的な選択だ」
振り絞った言葉は、自身に言い聞かせるようだった。
他の者たちも反論の声を上げることはなかった。気まずそうな面持ちで、自らの無力さを悔いるように俯いていた。
「レグルス! ここにいたのね」
その時、扉が開き、セレナが姿を現した。
「マズいことになったわ。ホルスが――」
「ああ、すでに聞いた」レグルスはそう言うと、「それより準備は出来たのか」
「え、ええ。上層に続く経路は確保しているわ」
「そうか。なら今すぐに発つ。上層の闘技場だったか。そこまで案内してくれ」
「おいまさか、助けに向かうつもりか……!?」
レオパルドは理解できないという目をレグルスに向けた。
「闘技場は敵陣のど真ん中だ! 騎士団長だけでなく、女騎士たちも大勢いる! 袋だたきにされてしまうぞ!」
「ああ」
「むざむざ無駄死にしにいくつもりか!? 考え直せ! 機会を改めれば、もっと有利な状況で戦うこともできる!」
「さっきも言ったはずだ。俺は自分の歩みを止めるつもりはない。止めたいのなら、お前が剣を抜いて止めればいい」
レグルスはそう告げると、踵を返して歩き出した。そして扉の前に立ちはだかるレオボルトの下に向かって近づいていく。
「どうした? このままだと通り過ぎてしまうぞ」
「…………っ!」
レオパルドは剣を抜こうと、腰に差した柄に手をかける。その手は震えていた。剣身と鞘が結合したかのように剣が抜けない。
そして――。
レグルスはついにレオパルドの前を通り過ぎた。
「…………くそっ!」
過ぎ去った後、拳を打ちつけるような音が背後で聞こえた。店を出るまでの間、レオパルドが後を追ってくることはなかった。
セレナは去り際、アジトの中を振り返った。
レオパルドは自らの無力さを呪うかのように、力なく項垂れていた。
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