第22話 真相

「え……?」

「セレナちゃん、言うたやんか。勝手に一人で行動したらあかんって。そのせいでうちらが尻拭いをする嵌めになるんやから」


 アネモネは幼子を窘めるような口調で言った。


「……騎士団と彼らの間で交わされている不戦の約定のことですか? 騎士団は彼らの報復を恐れているから」


 セレナは胸に手を置くと、訴えかける。


「ですが、今ここで彼らを殲滅することができれば――」

「ちゃうちゃう。あんたは勘違いしてる」

「え?」

「うちらが彼らに手を出さんのは報復を恐れてるからやない。彼らがうちらに対して絶対の服従を誓ってるからや」


 予想外のアネモネの言葉に、セレナは面食らっていた。


「どういう……ことですか……?」

「そのままの意味やけど」

「彼らはストロングという非人道的な薬物を街に散布しています。それを知っていて咎めないというのですか!?」

「咎めるも何も」とアネモネは小さく笑った。「彼らにストロングを街に撒くように指示してるのはうちらやし」

「なっ……!?」


 セレナは目を見開いた。唖然としていた。


「冗談…………ですよね? こんな非人道的な行いを――男たちではなく、騎士団が主導で行っ

ていたと……!?」

「にゃはは。うちは冗談は言わへん。セレナちゃんも知ってるやろ」


 アネモネはからからと明るく笑った。


「ストロングを撒いたら男連中を骨抜きに出来る上、金も巻き上げられる。反乱の芽を摘み取りつつ、騎士団の懐を肥やすこともできる。どや、良いことづくしやろ? もちろん騎士団長にも了解を得た上での行いやで」


 セレナは怒りに唇を震わせると、振り絞るように尋ねた。


「……アネモネ隊長はストロングの服用者を目にしたことは……? 薬に手を出した者がどんな末路を辿るのか、ご存じなのですか?」

「もちろん見たことあるで。ほんま、酷い有様やったな。人の原型を留めてない。骨は溶けるし目は濁るし全身痣だらけになって、正気も保てん。これ以上ないほどに惨めな最期や」

「だったら――」

「けど、それがどうしたん? 所詮は男のことやんか」

「……っ!?」

「男がどうなろうと知ったことやない。なんでか分かるか? あいつらは過去に罪を犯した大罪人やからや。大罪人に対しては、罰を与えなあかん。薬漬けにしてやったら、金もがっぽり搾り取れるし反意も摘める。おトクやろ?」


 そう軽い調子で語るアネモネには、まるで悪びれた様子はなかった。自らの行いは正当な行為なのだという確信に満ちていた。


「お前はこいつらの言いなりとして、同胞たちを貶めてきたわけか」


 呆然とするセレナを尻目に、レグルスはルクウェルに問うた。鋭い視線を受けても向こうは涼しげな面持ちを崩さない。


「騎士団に従うのは当然だよ。なぜなら我々男は大罪を背負っているのだから。その償いはしないといけない」

「償いがしたいのなら、お前一人で勝手に腹でも切ればいい。お前はただ、騎士団に媚びて私腹を肥やそうとしているだけだろう」


 山猫の爪は女騎士たちに屈していない気骨ある連中だと思っていた。

 だがその実態は正反対だった。

 女騎士たちに屈服し、媚びへつらい、他の男たちから搾取する一方で、自分たちだけは甘い汁を啜ろうとする――もっとも惰弱な集団だった。


「…………言ってくれるじゃないか」


 図星を突かれたからだろう。ルクウェルの表情が歪んだ。忌々しげに睨みつけてくる。その目には明確な敵意が滲んでいた。


「あんたらはちょっとおいたが過ぎたみたいやね。ここまで踏み込んできた以上、生きて帰すわけにはいかへんなあ」


 アネモネが冷たい眼差しを向けてくる。

 前方には山猫の爪の軍勢。そして後方にはアネモネの率いる女騎士の軍勢。前後から完全に挟み撃ちにされていた。


「レグルスさん、どうしましょう……!」ホルスは狼狽していた。

「ビキニアーマーの女騎士たちは俺が全員引き受ける。ホルス、それにセレナ――お前たちは前方の男連中を頼む」

「わ、分かりました!」


 返答のないセレナに、レグルスは問いかける。


「大丈夫か」

「……ええ。問題ないわ。色々と考え込むのは全部後でいい。今はまず、ここから生きて帰るために戦わないと」


 顔を上げたセレナは、覚悟を決めたようだった。剣を構えると、凜とした声を発する。


「レグルス、私の背中は任せるわ」

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