第21話 加勢
レグルスとセレナがそれぞれ剣を構えると、遅れてホルスも棍棒を構えた。
構成員たちは武器を携えると、一気呵成に襲いかかってくる。
先頭の男が勢いよく振り下ろした剣を、レグルスは半身を退いて躱した。
魔剣を握っていない方の手――左拳を男の顔面に叩き込む。衝撃と共に鼻の骨が折れるような手応えがあった。
「ぐは……!」
「闇雲に剣を振っても無駄だ。当たりはしない」
「はあっ!」
セレナは迫り来る構成員たちを次々と斬り伏せていった。その鋭い太刀筋は、敵をまるで寄せ付けない。
「喰らえ!」
ホルスは後方で出方を窺いつつ、敵の意識がレグルスやセレナに向くと、その隙に棍棒を叩き込んでいた。
束になって掛かってきた構成員たちは瞬く間に倒されていった。
レグルスは地面に倒れた構成員たちと、手にしていた武器類――剣や槍、大槌――に視線を落とすと呆れ混じりに呟いた。
「この街では武器の所持は禁じられているんじゃなかったか?」
「そのはずだけれど」
セレナは視線を鋭くした。
「それにさっきの話……私は本当に聞かされていなかった。騎士団が彼らに対して不戦の約定を交わしていたなんて」
俯き加減に顎に手をあてると、考え込む。
「それが本当なら、騎士団が彼らと約定を交わすメリットがない。上層の住民たちを守るだけならこれまで通り静観でいいはず」
静観しているだけなら山猫の爪は騎士団の脅威にはならない。
連中にとっての切り札は上層の市民に報復することだが、その手札を切るということは女騎士たちとの全面戦争に突入するということだ。
魔力を帯びた攻撃以外は通さないビキニアーマーを身に付けている女騎士たちに、山猫の爪の連中はいくら束になっても絶対に敵わない。
そのことは彼ら自身、重々承知しているだろう。
だからこそ騎士団と事を構えたくはないはずだ。
それは心中覚悟の最後の一手なのだから。
両者はこれまで通りに静観しているだけで問題なかったはずだ。しかし、わざわざ不戦の約定を取り交わした。
山猫の爪にとって不干渉の保証はメリットが大きい。だが、騎士団が約定を交わすことに何かメリットがあるのだろうか。
「いずれにしても、俺の目的は変わらない」
この区画を根城としている山猫の爪を壊滅させる。約束を果たした後は、ウルスラを討つために上層へと向かう。それだけだ。騎士団が何を目論んでいようと関係ない。
レグルスたちはその後も迎え撃とうとする構成員たちを蹴散らしながら、正面から堂々と領地に踏み込んでいった。
しばらく進むと、開けた場所に出た。
下層街特有の縦長の建物群に四方から見下ろされたその広場には、武器を携えた大勢の構成員たちが待ち構えていた。
「おっと、おいたはそこまでだよ」
芝居がかった口調が空間に響いた。大量の構成員たちが海のように左右に割れ、その奥から一人の男が姿を現した。その容貌は他の者たちとは明らかに違っていた。
腰にまで伸びた長い髪。精巧な彫刻のように整った顔立ち。
粗末な布の服を着ている他の構成員たちとは違い、豪奢な装飾の施された上質な素材の胴着を身に纏っていた。まるで王族のようなマントを羽織っている。
身なりも、纏っている気品や風格も群を抜いていた。佇まいに圧倒的な華がある。
「奴が山猫の爪の頭領――ルクウェル=ダズホーネスです」
張り詰めた表情のホルスが言った。
見たところ、ルクウェルはまだ二十代半ばといったところだろう。これだけの規模の組織を束ねる頭領にしてはかなり若い。
「もっと年老いた者かと思っていたが」
「ええ。でも、奴の手腕は本物です」
ホルスが言った。
「山猫の爪は先代の頃は今ほどの規模も影響力もありませんでした。これほどまでに力を付けたのは、ルクウェルが頭領になってからです」
続けた声は警戒心からか、低くなっていた。
「……奴は自分の意に沿わない者は容赦なく始末する。目的を達成するためなら仲間の命すらも
平気で使い捨てる。極めて残忍な男です」
「お褒めにあずかり光栄だよ、ホルスくん」
山猫の爪の頭領――ルクウェルは優男のような柔和な笑みを浮かべる。
「だけど残忍な男というのは心外だなあ。僕ほど誠実な人間はいないのに。組織を動かすためには互いの意思疎通ができていないといけない。仲間の命を使うのだって、組織の存続と繁栄を第一に考えているからこそさ。山猫の爪のためを思って、僕は泣く泣く心を鬼にしているんだよ?」
わざとらしい口調でそう言うと、
「君たちがおいたをする様は見させて貰った。随分酷いことをするじゃないか。いったい我々が何をしたというんだい?」
「あなたたちがストロングを散布しているからよ。非人道的な薬物を蔓延させているのを見過ごすわけにはいかない」とセレナが言った。
「おいおい、言ってくれるなあ。証拠はあるのかい?」
「あなたたちを倒した後、この区画を捜索すれば見つかるわ」
「随分と野蛮だね」
ルクウェルはやれやれとばかりに失笑すると、セレナの姿を見据える。
「見たところ、君は騎士団の一員だろう? 僕たち山猫の爪と騎士団の間には、不戦の約定が結ばれてるんだ。勝手な真似をして貰っては困るな……」
「さっきも言ったけれど、今日の私は一個人としてここに来ているから」
「そんな言い分が通ると思うのかい?」
ルクウェルは目を鋭くすると、冷たい微笑をたたえる。
「まあでも、今回手を出してきたのはそちらからだ。君を手にかけたとしても、正当防衛ということで処理できるだろう」
手を挙げると、路地から更に構成員たちが姿を見せた。
目視できるだけで数十人はいるだろうか。
ぞろぞろと湧いて出た増兵たちは頭領の後ろに並び立った。
「君たちがいくら腕が立つと言っても、たった三人でこれだけの数を相手にするのはさすがに堪えるんじゃないか?」
「これだけ? これっぽっちの間違いでしょう?」
セレナとレグルスが剣を構えると、ホルスもその後に続く。ルクフェルの背後にいた構成員たちも負けじとそれぞれの武器を掲げる。
今まさに戦いの火蓋が切って落とされようとした――その時だった。
「ちょっと待ちいな。まだ役者は揃ってへんで」
背後から場違いに朗らかな声が響いてきた。
いくつもの足音が近づいてくる。
金属の触れあう音。振り返ると、そこにはビキニアーマーを身に付けた女騎士たちの軍勢が並んでいた。
「アネモネ部隊長……!? どうしてここに……!?」
セレナは先頭に立っていた猫目の女性を見て狼狽する。
癖っ毛の短髪に、猫のような目。細身ながらも締まった肉体。
セレナの所属しているエルスワース騎士団第五部隊の部隊長――アネモネは元々細い目を更に細めて微笑みを作っていた。
「セレナちゃん、今日は非番やったはずやで? 休日出勤とは頭が下がるなあ。他のもんにも爪の垢を煎じて飲ませたいわ」
「良かった。加勢しにきてくれたんですね……!」
一度は引き留めながらも、部下であるセレナの危機に駆けつけた部隊長。セレナの脳内にはそんな筋書きが描かれているのだろう。
だが――。
「待て。様子がおかしい」
レグルスは冷静に状況を見極めていた。
加勢しにきた女騎士たちの軍勢を前にしても、ルクウェルの表情に焦燥は見られない。それどころかむしろ、余裕の笑みを浮かべていた。
――これは……。
レグルスの予感を裏付けるかのように。次の瞬間――アネモネの掲げた剣は、セレナに突きつけられていた。
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