第20話 突入

 山猫の爪は下層街の北部に拠点を構えている。

 北側の区画一帯を全て支配下に置いているのだという。

 さすが下層街で最も力を持つ組織というだけのことはある。その場所は下層街の住民も誰も近づかないのだとか。


 レグルスとセレナ、そしてホルスは彼らの拠点に向かっていた。


「本当なら他の仲間たちも連れてこられればよかったのですが……。その、彼女がいるとなると色々難しくて」とホルスが言った。


 セレナのことを言っているのだろう。

 鉄鼠の歯の面々に限らず、下層街の男たちは基本、騎士団の女騎士たちを恐れ、また憎悪の念を抱いている。

 これまでに散々虐げられているのだから当然と言えば当然だ。

 セレナに対しても感情を露わにせずに接しているホルスの態度の方が珍しい。少なくとも下層街においては圧倒的に少数派だろう。

 多数派である鉄鼠の歯の男たちを連れてくれば、まず間違いなく衝突が起きる。敵と戦う前にまず内輪揉めになることは必至だ。ホルスはそれを懸念したのだろう。


「必要ない。大勢いても邪魔なだけだ」


 レグルスはホルスの申し訳なさごとばっさりと切り捨てる。


『気を遣わせないように敢えて強めに言ってるのよね』

「本心だ」

「見えてきたわ。この先が彼らの拠点の区画よ」


 目の前には石壁が建ち並んでいた。そこを超えた先が山猫の爪の支配する区画のようだ。


「守りが厳重ですね」

「入り口はどこにあるのかしら」

「見当たらなければ、作れば良いだけだ」

「え?」


 レグルスは魔剣を抜くと、目の前の塀を斬りつける。縦に線が走ると、頑強な石壁が衝撃波と共に真っ二つに裂けた。

 裂け目の向こうには薄汚れた街の光景が広がっている。


「石で出来た塀をいとも簡単に……」

「行くぞ」


 呆然とする二人を尻目に、レグルスは残骸を踏み越える。

 街並み自体はそう変わらない。

 だが、空気は明らかに違っていた。身を切り裂かれそうなほどに張り詰めている。この場所は危険だと本能が警鐘を鳴らしていた。

 それを感じているのだろう。ホルスの顔には脂汗が滲み、呼吸が浅くなっていた。


「お前たち、何者だ? ここに何をしにきた」


 通りを歩いていたレグルスたちの姿を嗅ぎつけたのだろう。山猫の爪の構成員と見られる男たちが周囲の路地から次々と湧き出てきた。

 彼らは街の住民と同じ布の服を身に纏っている。

 だが、その容貌は雲泥の差だ。服越しに見て分かるほどに肉体が鍛えられている。その体格の良さは飢えとは無縁に思える。


 ――なるほど、連中からは血と暴力の匂いがする。


 レグルスは周囲の男たちが自分の同族だと即座に見抜いた。これまでに何人もの人間を手に掛けてきた者特有の匂い。


「……早速見つかってしまいましたね」

「俺たちの目的は山猫の爪の殲滅だ。今倒すか後で倒すか。それだけの差でしかない」

「俺たちの殲滅だと……?」


 構成員たちは目を剥いた。


「おい、そこのお前――騎士団の女騎士だろう!」


 構成員の一人がセレナを指さして叫んだ。


「騎士団は山猫の爪に手を出さない約束のはずだ! なのにどうしてお前はそいつらと手を組んでいる!?」

「知らなかったもの」

「は?」


 唖然とする構成員に対して、セレナはさらりと告げた。


「騎士団があなたたちに不干渉の約束をしているなんてこと、まるで知らなかった。私は末端の人間だから」

「伝達されてなかったってことか? だったら今からでも遅くない。すぐにここから――」

「残念だけど、今日はプライベートでここに来ているから。騎士団の意向も不干渉の約束も知ったことではないわ」

「なっ……!?」

「この王都に住む一個人として、私は非人道的な薬を街に散布しているあなたたちを野放しにはしておけない」


 絶句する構成員たちに向かって、セレナは剣先を静かに突きつけた。


「手足を潰せば、そのうち頭も出てくるだろう」

「ええ。派手に暴れてやりましょう」

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