第15話 聞き取り調査

 レグルスとセレナはストロングの出所を掴むために街に繰り出した。


「なぜお前までついてきたんだ」


 そこにはホルスの姿もあった。 


「確かあなた……確か鉄鼠の歯のリーダーだったわね」

「そうなのか?」

「正確にはレオパルドと二人でですけど」


 レオパルド――眼鏡を掛けていたあの神経質そうな男だ。奴とホルスの二人が鉄鼠の歯の大黒柱ということなのだろう。


「僕たちの仲間にもストロングの中毒になった者がいますから、放ってはおけません。お二人の足手纏いにはなりませんから」

「人手があるに越したことはないわ」

「ありがとうございます」

「そういえば以前、お前たちのアジトに武器が隠されていた件についてだが。誰が持ち込んだのかははっきりしたのか?」

「はい。組織の一人が持ち込んだようです。仲間を売り、その見返りとして、身請けされようと考えたのでしょう」


 でも、とホルスは続けた。


「彼は翌日、水路に浮かんでいました。僕たちが処分を下すより前に。恐らく話を持ちかけた女騎士に切り捨てられたのでしょう」

「襲撃が失敗したからか」

「いえ。元から引き立てるつもりなんてなかったんだと思います。用が済んだら、始末する腹づもりだったのでしょう」


 まんまと踊らされて、使い捨てられたというわけか。


「それで、どうやって探すつもりだ?」

「薬の服用者に話を聞きましょう。そこから売人を突き止められるかもしれない」


 セレナはそう言うと、


「ストロングの服用者は眼球が黄色く濁るという特徴があるの。だから、目を見れば服用者かどうかを判別できるわ」

「分かった」


 レグルスたちはストロングの服用者を探して回った。

 見つけ出すには骨が折れるかと思ったが、その心配は杞憂に終わった。

 路地を歩いているとそれと見られる男たちが何人も見つかったからだ。眼球はいずれも特徴である黄色い濁りを帯びていた。それだけこの街は薬物に汚染されているのだろう。


 この調子だと存外あっさりと話が進むかもしれない。そんな楽観的な想いが浮かんだ。

 だが、そう上手くはいかなかった。


「おい、聞きたいことがある」

「…………」

「お前はストロングを服用しているんだろう。その薬は誰から手に入れた? どこに行けば売人と会うことができる?」

「ふへへ……ぐひひ……」

「……話にならないな」


 彼らは度重なる薬物の服用により廃人と化していた。

 こちらが話しかけても応えない。

 焦点の合わない目のまま、よだれを垂らし、支離滅裂な言葉を垂れ流すだけ。まるで別の世界の生物のようになっていた。


「俺の問いに応えろ。さもなくば斬る」

「やめなさい。何を言っても無駄よ。彼らにはこちらの言葉が届いていない。すでに彼らは人ではなくなっている」


 中毒者に魔剣を突きつけたレグルスを、セレナが制止する。


 彼女の言葉は正しい。

 喉元に剣先を突きつけられてなお、中毒者には微塵の動揺も見られない。目の前の事態を正しく認識できていないのだ。

 濁った目をしながら、ヘラヘラと気味の悪い笑みを浮かべる男を前にしていると、ムキになる方が空しくなってくる。


「他の話の通じる人を探しましょう」

「ああ」


 まだ軽度の薬物使用者を探して歩いた。

 しかしストロングはよほど効力が強く、中毒性のある薬物なのだろう。出会った者たちは軒並み廃人と化していた。中には先ほどの男のように事切れている者もいた。

 路地の隅に倒れた骸を気にする者は誰もいなかった。この街の住民にとって、わざわざ目に留めるほどの希少性もないのだろう。ありふれた光景。


「彼らは自分でも分かっていたはずよ。一度ストロングを使おうものなら、取り返しのつかないことになると」


 セレナは歩きながら、中毒者たちに対してそう呟いた。


「……現状を変えようとする努力もせず、安易な快楽に逃げ込む。どうしようもないほどに愚かな人たちね」

「そうだな」

「だけど、それ以上に愚かなのは薬物を蔓延させている者たちよ」


 セレナの目には怒りの感情が覗えた。


「人をこんな状態にする薬物を散布するなんて鬼畜の所業よ。それも同性相手に。やはり男というのは酷い生き物ね」

「お前たちは男に対して悪感情があるようだが」とレグルスは言った。「先人からはどう伝えられてきたんだ?」

「……なぜそんなことを聞くの?」

「俺はこの国の人間ではないからな。興味がある」

「そう。あなた、外から来た人だったのね。道理で……。けれど、大陸の人間なら細部は違えど同じように聞いていると思うけど」


 セレナはそう前置きをしてから話し始めた。


「あなたたち男は千年前、このグレゴリア大陸を支配していた。国の権力は全て男たちが掌握していた」

「それで?」

「男は女を長年に渡って虐げ、抑圧し、奴隷として支配し続けてきた。彼女たちが自由に生きることを許さなかった。 

 彼らは国同士での争いを繰り返し、多数の血を流させ、女たちを犠牲にしてきた。大陸には終わらない戦いが続いていた。

 そんな状況を変えようとしたのが七人の鎧姫。

 ビキニアーマーを身に付けた彼女たちは、男たちの支配する世界を終わらせるために大陸全土に戦いを挑んだ」

「そして見事、勝利した」


 セレナは頷いた。


「戦いの後、鎧姫たちは各国の女王に君臨し、相互不可侵の平和条約を締結した。それにより大陸の長きに渡る戦争は終結し、恒久の平和が訪れた」


 だから、と続けた。


「男たちはかつて女を虐げ、大陸中に多くの無用な血を流させた大罪人。それ故にその罪を償わなければならないの」

「……大罪人か」


 レグルスは誰に聞かせるでもなく呟いた。

 千年前――七人の鎧姫たちの仕掛けた戦争により世界の秩序は一変した。それにより男は戦犯として存在自体が罪として扱われるようになった。

 そしてその認識は代々受け継がれ、今にまで至っている。女騎士たちが男を奴隷のように虐げているのも大罪人という大義名分があるからだろう。


「その割にはお前の態度は変わっているな」

「そうかしら」

「他の女騎士たちのように、男を虐げようとはしていない」


 女騎士たちは皆、男を人間扱いしていなかった。見下し、蔑み、痛めつけていた。時には命すら虫けらのように踏みにじった。

 だがセレナはそうしなかった。

 ストロングの中毒者が事切れた際、自らの手が汚れるのも厭わずに、見開かれたままの目を閉じてやっていた。

 レグルスに協力を求めたり、ホルスの帯同を認めているのもそうだ。他の女騎士たちでは絶対に取らない行動だろう。


「彼らは大罪人かもしれない。だけど、過去に間違ったとしてもやり直すことはできる」


 セレナは揺るぎない口調でそう言うと、


「それに男は皆、愚かな生き物だとしても、今の彼らが罪を犯したわけじゃない。いつかは更生できる日がやってくる。私はそう信じてる」


 目に強い意志の光を宿しながら、レグルスに対して自らの想いを告げた。


「…………」


 レグルスはこれまでに多くの人間を見てきた。

 貧困街では欺し騙されが当たり前。それ故に相手が嘘をついたり建前で話しているのを見抜くことが出来るようになっていた。

 だからこそ分かった。セレナの想いは本物だということが。


「そのためにも彼らを正しく導かないといけない。ただ虐げるだけじゃなくて。だから私は手柄を立てて騎士団内で出世するの。現状を変える力を持つために」


 そこまで話すと、照れを覗かせるかのようにふっと笑みをこぼした。


「ごめんなさい。少し話しすぎたみたい。気を取り直して、引き続きストロングを服用している人たちを探しましょう」

「……そうだな」

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