第16話 夢かうつつか
再びストロングの服用者を捜索して回る。
改めて目にする街の光景は酷いものだった。
下層街全体が薄く灰色の靄が掛かったようにくすんでおり、路地の底には据えた匂いがこびり付いている。
肋骨が浮くほど痩せこけた男たちが衆目も気にせずに石畳の日陰の上に座り込み、柳のように力なく項垂れている。
子供たちは皆、雨の後に溜まった泥のように荒んだ目をしていた。無気力な者もいれば、凶暴な者もいた。中にはレグルスたちの身ぐるみを剥ごうと襲いかかってくる者もいた。
奪わなければ生き残れない。この街の摂理に従うかのように。
諦観と無気力、猜疑の霧に覆われ、街全体が病理に侵されているかのようだ。長居しているとこちらまで病んでしまいそうになる。
日が沈もうとする頃、ようやく目的の人物と巡り会うことができた。
「レグルスさん。彼には話が通じるみたいです」
路地裏にいた服用者に声を掛けて回っていたホルスがそう言った。
レグルスは日陰に座り込んでいる男の下に向かう。気怠げにこちらを見上げた目は、黄色い濁りを帯びていた。
「お前はストロングの服用者だそうだな」
「……だったらなんだ?」
「実は俺もストロングに興味があってな。ぜひ一度試してみたい。どこに行けば薬を手に入れることができる?」
「……あれに手を出すのはやめておいた方がいい。人の道を踏み外すことになる。自殺したいのなら話は別だけどな」
「それを決めるのは俺だ。お前じゃない」
「……ああ、確かにそうだ」
男は自嘲するように薄ら笑いを浮かべた。
「売人の居場所を教えてくれ」
「……さあな」
「……金か? いくら欲しいんだ」
情報が欲しければそれに見合う対価を支払う。貧困街ではよくあることだ。
しかし――。
「いや、そうじゃない。吹っかけるにしても相手は選ぶ。あんたは只者じゃない。迂闊なことを口にすれば身が危ない。俺にもまだそれくらいは分かる」
「ならどういうことだ」
「……俺たちは皆、自分から薬を手に入れたわけじゃない。向こうが持ってきたんだ。君たちにはこれが必要なはずだと」
「向こうから?」
「売人は薬を求めている者の存在を嗅ぎつけ、どこからともなく接触してくる。だから誰も奴の居場所は知らない」
男は滔々と語った。
「今もそうだ。薬が切れた頃を見計らって向こうから姿を現す。金がなくなれば、二度と接触してくることはない」
「搾り取るだけ搾り取って捨てるわけか」
「薬を売らないと告げれば、中毒者たちは売人の店を襲おうとするでしょう。それを防ぐためにも居場所を知らせないのだと思います」とホルスが言った。
「彼の話が本当なら、売人は街中に監視の目を持っていることになる。個人でそれを行うのはまず不可能でしょうね」
「裏には組織が絡んでいるというわけか。恐らくは大規模の」
レグルスの推測する言葉にセレナは頷いた。
「売人の居場所が掴めないなら、おびき出すしかないな」
「どうするつもり?」
「売人は薬を求めている者を嗅ぎ分け、姿を現すと言っていた。なら、薬を求めていると相手に認知させればいい。そうすれば向こうから出てくる」
「囮捜査というわけね。頼めるかしら」
「ああ。お前やホルスでは警戒されるだろうからな」とレグルスは言った。「その点、俺は薬を求めそうな見た目らしいからな。適任だ」
「もしかして、さっき私が言ったことを気にしてるの?」
「…………」
セレナの問いにレグルスは応えなかった。
三人は移動しようとする。
しかし踵を返そうとする寸前、セレナは後ろ髪を引かれたように立ち止まると、路地に座り込む男に尋ねた。
「ねえ。あなたはなぜストロングに手を出したの? 一度薬を使えばどうなるのかを理解していなかったわけじゃないでしょう?」
「……俺のことを愚かだと思うか?」
「ええ」
「俺もそう思うよ」
男は自嘲するように薄ら笑いを浮かべる。そして吐き捨てるように言った。
「だが、これ以上過酷な現実で生きるくらいなら、夢の中で死んだ方がマシだ。……女のあんたには想像できないだろうがね」
「っ……」
男の軽蔑と敵意が剥き出しになった眼差しを向けられ、セレナはトゲを呑み込んだかのような面持ちを浮かべた。
他の女騎士たちなら激昂するであろう場面でも、セレナは怒りを現さなかった。代わりに気まずさと罪悪感を表情に滲ませると。
「…………そう。ありがとう、話してくれて」
感情を押し殺しながら、静かにそう告げた。
「……行きましょう」
そして男から目を逸らすと、レグルスたちと共に歩き出した。先を歩いて行く彼女の表情を窺い見ることはできなかった。
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