第13話 本物の剣士
エルスワース騎士団、第五部隊の女騎士――セレナ=コールドプレイは驚嘆していた。
目の前に広がる光景が信じられなかった。
酒場の床には、上官である女騎士が倒れていた。彼女――エライザのビキニアーマーの胸部の魔核は粉々に砕かれている。
白髪の男の剣によって討たれたのだ。
彼はあまりに異様だった。
騎士であるセレナたちの戦闘経験は主に同じ騎士との打ち合いが多い。体系立てた鍛錬を積んできた女騎士の剣筋は素直で綺麗だ。
それ故に型通りの攻撃には対処することも容易だった。
けれど彼は違った。
彼の繰り出す剣はあまりに歪だった。素直でも綺麗でもない。その剣筋にはおよそ秩序というものが感じられない。暴力的なまでに無秩序で、型破りだった。
それ故に剣筋を読むことができない。
その上、白髪の男の剣は恐ろしく速かった。疾風が吹き抜けるかのように、エライザはろくに反応すら出来ずに斬り倒された。
「エライザ分隊長が討ち取られた……!?」
周囲の女騎士たちは騒然としていた。
無理もない。これまで男相手に遅れを取ったことなど一度もなかったのだから。
けれど彼女たちも騎士の端くれ。退くことはしなかった。
「怯むな! 斬り掛かれ!」
副隊長の号令により、女騎士たちが一斉に斬り掛かる。
白髪の男は先頭にいた女騎士の剣を受け止めた。
「隙ありッ!」
その横から、別の女騎士が襲いかかってくる。
白髪の男は、多勢を相手取ることにも慣れていた。
彼は足下の木のテーブルを蹴り上げると、女騎士の視界を眩ませる。そしてテーブルの面に向かって鋭い突きを繰り出した。
「ぐああああああ!」
テーブルを貫通した突きは、向こう側にいる女騎士を貫いた。ビキニアーマーの魔核を破壊された彼女は床に伏せる。
襲い来る女騎士たちに対して縦横無尽に暴れ回る白髪の男。
利用できるものは全て利用する。その姿からは騎士が持つ矜持は感じられない。
敵を殲滅して、生き残る――まるで血に塗れた猟犬だ。
清廉な誇りを重んじる騎士たちでは、彼には適わない。温室育ちの剣術では、なりふり構わずに放たれる剣技を受けきれない。
――彼と私たちでは根本の覚悟が違う。
そう気づいた時には他の女騎士たちは皆、床に伏していた。
「後はお前だけだな」
「――いいえ。私一人いれば充分よ」
セレナは踏み込むと、白髪の男と剣を交える。
剣の腕は騎士団でも随一だと自負していた。およそ自分に並び立つ剣の使い手は今までに見たことがなかった。
だが、そんなセレナが初めて目の当たりにした格上の相手。
剣を交えたからこそよく分かる。
彼の強さ、そして哀しくなるほどの凶暴性が。
――どうしてこんなふうに剣を振るえるの? どうしてあなたはこんなにも自分を蔑ろにして戦うことができるの?
守るために戦うのでも、勝ち取るために戦うのでもない。彼はまるで自分を傷つけるために戦っているかのようだ。罰を与えるかのように。
圧倒されそうになったセレナは、しかし踏みとどまった。
退くわけにはいかない。
彼のような危険因子を野放しにしていては、この国に脅威をもたらす。
「はああああああっ!」
セレナは渾身の剣を放った。この国を守るために。
白髪の男もまた剣を放った。この国を壊すために。
そして二人の剣が交差し終えた時――最後に立っていたのは白髪の男だった。セレナの手に握られた剣は根元から折れていた。
膝から床に崩れ落ちたセレナに、白髪の男は剣先を突きつける。
「終わりだ」
「……っ!」
その瞬間――セレナは自らの完全な敗北を悟った。
「すげえ……たった一人で分隊を壊滅させちまった」
周囲にいた男たちは白髪の男の戦いぶりに唖然としていた。
白髪の男は眉一つ動かさず、砲弾のように冷たい目でセレナを見据えていた。鋭い剣先を喉元に突きつけていた彼は、不意に口を開いた。
「最後に一つ聞きたい」
「……何かしら」
「お前はなぜ、ビキニアーマーを着ていない?」
セレナは思わず、白髪の男の顔を見返した。
「その鎧を身につければ、強大な力が手に入るのだろう。にもかかわらず、お前がそうしない理由はいったいなんだ」
「……そうね。確かにビキニアーマーを着れば力を得られる。今よりも飛躍的に、それも容易に強くなることができるでしょうね」
ビキニアーマーの恩恵はその絶対的な防御力だけではない。
装備することで、身体能力を底上げすることができる。
凡百の騎士であってもそれなりの使い手になれるのだ。今の自分が身に付ければ、その強さは計り知れないほどになるだろう。
だけど――とセレナは口元にふっと笑みを浮かべた。
「こんな恥ずかしい鎧、着られるわけがないでしょう?」
そうだ。
ビキニアーマーを身につければ今以上の力が手に入る。
騎士団においても、国中でも随一の使い手になれるだろう。
けれど、それは美しくない。
自分以外の力の威を借りて強くなることなど。
その環境に慣れてしまえば、いずれビキニアーマーがなければ戦えなくなる。それは鎧に支配されてしまうのと同義だ。
強い力は、たゆまぬ鍛錬によって磨き上げた、強い自分自身に依るものであるべきだ。
「……恥ずかしい鎧か」
白髪の男は静かにそう呟くと、
「確かにそうだ」
ふっと口元に小さく笑みを浮かべた。
セレナは思わずはっとした。
その時初めて、彼の人間らしい部分を垣間見た気がした。
「おいあんた! 早くとどめを刺せ!」
遠巻きに見ていた男たちのうちの誰かが叫んだ。
彼だけではない。
敵意の籠もった無数の視線が全身に突き刺さっていた。
「……っ」
セレナは自分の最期が迫っていることを悟った。
――思えば誰からも認められない人生だった。
ビキニアーマーを身に付けることを拒否したセレナは騎士団内で冷遇されていた。
騎士団内の模擬戦では最優秀の戦果を収めていたにも拘わらず、騎士団内の閑職である第五部隊に配属されることになった。
第五部隊は下層の治安維持と統治を主な仕事としている。それは騎士団の女騎士たちにとっては汚れ仕事と見做されていた。
それでもセレナは腐らずに騎士団に尽くしてきた。
仕事をサボり、下層の男たちを憂さの捌け口にする他の女騎士たちを尻目に、ただただ実直に自らの役割をこなしてきたつもりだ。
けれどそれが認められることはなかった。
部隊内で認められて出世するのは上官の覚えがめでたい者ばかりだった。上に媚びたり立ち回りが上手い者ばかりが認められた。
剣の腕前や誠実さなんてものは何の考慮もされなかった。本来なら国を守るためにそれが一番大事なはずなのに。
――私は他の誰よりも強いのに。驕らずに努力しているのに。騎士団の誰一人、私のことを認めてはくれない。
だけど……。
せめてもの最後に、彼のような本物の剣士と戦えたのなら本望だ。
しかし、白髪の男は突きつけていた剣先を降ろすと、鞘に戻した。踵を返すと、背を向けて歩き出そうとする。
「ま、待って! 私にとどめを刺さないの?」
自分の全力をぶつけて、それでも届かなかった相手。
彼のような強い剣士に敗れるのなら、悔いはないと思っていた。
けれど、その想いすらも踏みにじられてしまうのか。
私にはとどめを刺す価値もないと。
彼にもまた、認めて貰えないのか。
「……俺の目的はビキニアーマーの女騎士たちを殲滅することだ。ビキニアーマーを身に付けていない者にとどめを刺す理由はない」
白髪の男はそう告げると。
ゆっくりと振り返って、セレナに告げた。
「良い剣だった。ビキニアーマーを着た他の女騎士たちの誰よりも」
「――っ!?」
それはセレナが何よりも欲していた言葉だった。
誰かに認めて欲しかった。自分の実力を。そこに至るまでの努力を。ただひたむきに高みを目指して剣を振り続けてきた日々を。
セレナは白髪の男が去っていくのを、呆けたように見送っていた。
胸の中に生まれた得体の知れない感情が、いつまで経っても消えなかった。
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