第8話 状況の把握

繰り出した剣は、ビキニアーマーの女騎士に届き得た。


 地面に力なく倒れた彼女――身につけたビキニアーマーの胸の中心部――砕け散った魔石を見下ろしながら、レグルスは静かに呟いた。


「どうやら、ビキニアーマー相手にも通用するようだな」

『当然よ。この私が力を貸してるんだもの』アウローラが誇らしげに言った。『凡百の剣とは格が違うわ。でしょう?』


 レグルスはその言葉には応えずに続ける。


「この女の身につけているビキニアーマーは、王都を襲撃した連中が装備していたものとは違うようだが」


 魔剣アウローラは『つれないのね』と苦笑してから答えた。


『あの七人の女騎士たちのビキニアーマーは特別な力を持っている、世界に七騎しか存在しない特製のビキニアーマーだから。それはただの汎用型よ』

「なるほどな」


 道理で力量が全く違うわけだ。隙が多く、まるで洗練されていなかった。


「この女騎士を仕留めた時、胸部にある魔石が砕けたのは?」

『魔力防壁を展開したり、使用者の力を底上げしているのは胸部に埋め込まれた魔石――魔核によるものだから。一定量以上の負荷を与えると砕け散るわ』

「本人の代わりにダメージを引き受けたということか」

『ええ。その認識で相違ないわ』


 地面に倒れた女騎士は意識こそ失っているものの、息絶えてはいないようだ。深い眠りに就いているように見える。


『ビキニアーマーを身につける際、使用者の魂と魔核は深く結合される。それが砕けたとなると精神的に深手を負ってしまうの』

「となると、当分は目を覚まさないわけか」

『ええ。最悪、二度と目覚めることはないでしょうね』


 そう言うと、アウローラは補足するように続けた。


『ちなみに一度ビキニアーマーを破壊されたら、再装着はできないわ。摩耗した精神では再度の魔核との結合には耐えられないから』

「そうか」


 レグルスはその言葉を聞くと、足下に倒れていた女騎士から視線を切った。踵を返そうとしたところでアウローラの声が飛んでくる。


『あら。とどめを刺さなくていいの? ビキニアーマーの女騎士は、あなたにとっては仇なのでしょう?』

「奴が暴挙に出られていたのはビキニアーマーがあったからだ。それを失った今、脅威になることはない。騎士としては死んだも同然だ」

『甘いのね』


 レグルスはくすりと笑うアウローラを無視すると、歩き出した。


「あ、あの!」


 呼びかけられた声に振り返ると、そこにはボロ布の服を纏った若い男がいた。

 栗色の髪と中性的な顔立ちが印象的なその青年は、先ほど女騎士にいたぶられていた男を助けに入ろうとした男だった。


「助けていただいてありがとうございました!」

「別にお前を助けようと思ったわけじゃない」レグルスは無愛想に応える。「俺の目的とたまたま合致しただけだ」

『ツンデレ?』

「黙っていろ」


 アウローラに釘を刺していると、


「僕はホルスと言います」


 栗色の髪の若い青年はそう名乗った。見たところレグルスよりも少し年下だろう。


「ビキニアーマーを着た女騎士を倒してしまうなんて……信じられません。僕たちの誰一人として為し得なかったのに……」

『ふふ。まあそうでしょうね』

「よければ、お名前を聞いてもいいですか」

「……レグルスだ」

「レグルスさん……」


 ホルスはその名前を噛みしめるように呟いていた。逡巡するように沈黙した後、彼は意を決したように口を開いた。


「あの、ぜひ僕たちと――」

「話は後だ」

「え?」

「何者かが近づいてきている」


 レグルスの聴覚は遠くから近づいてくる複数の足音を捉えていた。

 地面と擦れ合うような金属音。労働に使役されていた男たちのものではない。

 恐らくは――ビキニアーマーの女騎士たちだろう。こちらの騒ぎを聞きつけて様子を視察しにきたのかもしれない。


「今見つかると厄介だな」


 敵の総数が見えない以上、応援を呼ばれると面倒なことになる。こちらは一人だ。大勢を相手取るのはさすがに分が悪い。この場は一旦退くことを決めた。


『この子はどうするの?』


 アウローラは地面にうずくまって倒れている――先ほど女騎士にいたぶられていた男を見下ろしながら尋ねた。


「放っておいて、そこから足がついても面倒だ。連れていく」

「す、すまない……」


 レグルスは蹲った男を担ぎ上げると、その場から退こうとする。


「この辺りの地形なら任せてください。人目につかないところまで案内します」

「頼む」


 ホルスに先導されながらレグルスは鉱山を駆ける。追っ手や警備の女騎士たちの視線の間を縫うように足を動かし続けた。

 やがて鉱山のふもとにある洞穴に辿り着いた。そこは周りの凹凸の地形が壁となり、人目を避けることができる場所だった。

 レグルスは担いでいた男を地面に降ろすと、落ち着いたところで尋ねる。


「お前たちは王都の人間なのか」

「はい。王都から招集されて、鉱山に働きにきました。ここで取れる魔石は、ビキニアーマーの核になりますから」


 やはりそうだったか。レグルスは内心でそう呟いた。王都の人間に尋ねれば、今現在の状況も概ねは把握できるだろう。

 しかしホルスの言葉が引っかかった。

 鉱山ではビキニアーマーの核となる魔石が採掘できると言う。


 かつて鉱山は国王の命によって閉鎖されていた。

 それはこのことを把握していたからか?

 いや、考えても答えは出ない。まずは現状把握に努めるべきだ。


「今、王都はどうなっている?」

「どう……と言いますと?」

「俺は他国から流れてきた身だ。今、エルスワース王国がどういう状況にあるのかを把握しておきたいと思ってな」

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