第9話 女王
まさか千年前の人間だと打ち明けるわけにもいかない。突拍子もない話すぎて、不信感を抱かせてしまうだろう。
「そうでしたか」ホルスは得心したようだ。「他国と変わりません。ビキニアーマーの女騎士たちの支配下にあります」
「詳しい話を聞かせてくれ」
その後、ホルスの語った話はレグルスにとって衝撃的なものだった。
エルスワース王国だけではない。
グレゴリア大陸全土がビキニアーマーの女騎士たちに支配されていた。
あの日――ビキニアーマーの女騎士たちはエルスワース王国の王都を陥落させた後、他国に対しても侵攻したのだろう。
そしていずれの国も太刀打ちできなかった。主要な大国は全て陥落した。そして女騎士たちが女王として各国を統治していた。
「……俺たち男は奴隷として使役されてる。人権もなく、食うにも事欠く生活だ。ほんの少しでも奴らの機嫌を損ねようものなら、即座に処刑される」
負傷した男が呻くようにそう語った。
「男は皆、女に奉仕するための奴隷でしかないんだ」
「僕たち男は生まれながらに大罪を背負っているんです」
「大罪?」
レグルスの問いにホルスは頷いた。
「今よりも遙か昔――大陸を占拠するために女騎士たちが戦うより前の時代――男たちは女性を支配していた。抑圧し、付属品のように扱っていた」
ホルスは女騎士たちの言葉を代弁するように口にした。
「だから僕たち男はその報いを受けねばならないと、そういうことだそうです」
「……酷いもんだ。ゴミみたいに使い潰されて、虫けらみたいに殺される。それで今までに何人も仲間がいなくなった」
そう吐き捨てる男の表情からは、彼らの過ごしてきた日々の過酷さが読み取れた。生まれながらに大罪を背負わされた者たち――。
「…………」
レグルスはセラフィナの言葉を思い返していた。
彼女はずっと夢見ていた。
誰もが抑圧されず、自分の意志で生きる道を選べる世界を。
少なくともエルスワース王国の現状はその理想郷からは程遠い。それどころか、昔よりも状況は悪くなっている。
「あの、レグルスさんはどうしてこの国に?」
「ビキニアーマーの女騎士たちを一人残らず殲滅するためだ」
「「……っ!?」」
その言葉を受けて、ホルスと負傷した男は明らかに面食らっていた。
「ビキニアーマーの女騎士たちを……殲滅する……!?」
「そうだ。俺はそのために今まで生き長らえてきた」
「ば、馬鹿なこと言うんじゃねえ!」
負傷した男が狼狽したように口走った。
「あんた、自分が何言ってるのか分かってるのか? ビキニアーマーの女騎士たちは大陸全土を支配してるんだぞ!? いったい何人いるのか……その全員を倒すなんて、いくらなんでも無謀すぎる!」
「だとしても関係ない。それが俺に課された役目だからだ」
そのために地獄の底から舞い戻ってきた。
千年間、ずっとそれだけを考えて生き延びてきた。
「……ビキニアーマーの女騎士たちには誰も太刀打ちできない。だから、僕たちはずっと震えていることしかできませんでした」
ホルスは俯きながら、今までのことを振り返るように言葉を紡いだ。
「けれど、そこにレグルスさんが現れた。ビキニアーマーの女騎士たちに打ち勝つことができる凄腕の剣士が」
静かに、けれど熱のこもった言葉。
「――レグルスさんがいれば、この国を変えることが出来るかもしれない。それどころか世界を変えることも夢じゃない」
ホルスは顔を上げると、レグルスに対して言った。
「あのっ! 僕もいっしょに戦わせてくれませんか!?」
「断る」
レグルスはその頼みを一蹴した。
「俺はただ自分の役目を果たすために戦うだけだ。足手まといは必要ない。俺はお前たちを守ってやるつもりなどない」
「――それでも構いません」
ホルスは怯むことなく告げた。
「足手まといになるのなら、盾として使ってください。そうすれば、レグルスさんの剣を敵に当てるだけの隙ができます」
「……本気で言っているのか?」
「もちろんです」
「死ぬかもしれないぞ」
「分かっています。けど、何も出来ずに死んだように生きていくくらいなら、生きるために戦って死んだ方がマシだ」
ホルスは真っ直ぐにレグルスを見据えると、迷いのない口調で言った。
「自由を勝ち取るためには、命を懸けて戦わないと」
その目には強い意志の光があった。確かな覚悟があった。冗談でも酔狂でもない。それは心の底から湧き出た芯ある言葉だった。
「……ふん。性根まで奴隷になったわけではなさそうだな」
レグルスは口元をふっと緩めると、観念したように呟いた。
「……好きにしろ」
「ありがとうございます!」
ホルスは深々と頭を下げてきた。
『本当に連れていくつもり?』とアウローラが尋ねてくる。
「王都に乗り込むのならツテはあった方が便利だろう」
『そんなこと言って、ほだされたんじゃないの?』
「情に流されるほど、俺は甘い人間ではない」
『どうだか』
レグルスは鼻を鳴らした。
「ところで、エルスワース王国は今、どんな奴が統べているんだ」
王都が陥落した後――エルスワース王国は女騎士たちに占拠された。その後、いったい誰がこの国を統治しているのか。
男たちから人権を奪い、大罪人として扱い、奴隷として使役する元締め。
レグルスたちにとっての倒さなければならない敵。
ホルスはその名を告げるように、口を開いた。
「この国の今の女王は、ウルスラという女性です」
「――っ!?」
その名を聞いた瞬間、全身の血が冷たくなった。
「ウルスラ……だと?」
「はい」
ホルスは静かに頷くと、レグルスに対して告げた。
「ウルスラ=ペインローザ――彼女は千年前の英雄大戦を戦い抜き、七人の鎧姫(セブンビキニクイーン)と冠された世界最強の女騎士です」
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