第7話 格の違い

 ビキニアーマーを身に付けた女騎士、イザベラは激昂していた。


 ――あの白髪の男、このあたしに楯突いてきやがった! それだけじゃねえ! あまつさえ挑発まで!


 これまで、男にそんな態度を取られたことなどなかった。


 当然だ。この世界において女は男よりも偉いのだから。


 男はすべからく、自分を恐れ敬わなければならない。

 それを分からせてやる必要がある。


「すぐに吠え面かかせてやるよクソオスがああああ!」


 怒りに支配されたイザベラは上段に剣を構えた。

 白髪の男と相対した瞬間、彼女の脳裏を過ったのは先ほどの立ち合いだった。


 あの男が放った一撃……慢心していたとは言え、異常なまでに速かった。

 気づいた時には、剣先が眼前に肉迫していた。


 もしあのまま奴が剣を振り抜いていたら今頃は――。


 ――否。何を気にする必要があるか。


 あんなものは偶然だ。男がビキニアーマーを着た女騎士に敵うわけがない。

 頭ではそう理解している。なのに――。


(動くことが……できないッ……!)


 白髪の男と相対したイザベラは、その場から一歩も動けないでいた。まるで足裏が地面に縫い付けられたかのように。


 なんだあの異様な剣は。

 なんだあの異様な容姿は。

 そして何より――なんだあの異様なまでの迫力はッ!?


 まるで地獄から這い出てきた怪物と対峙しているかのような。引きずり込まれてしまいそうなほどの威圧感が男からは展開されていた。


 狩る側はいつだって自分で、狩られる側はいつだって男だった。

 狩人が獲物をなぶって愉しむことはあっても、その逆はあってはならない。まして獲物が狩人相手に余裕を見せることなど……。


「お前、これまで一度も戦ったことがないだろう?」

「ああ!? 何言ってやがる! あるに決まってんだろ! これまであたしがどれだけのオスどもを斬ってきたと思ってる!」


 そうだ。

 あたしは気に入らない男たちを片っ端から斬り伏せてきた。

 こいつもそのうちの一人になるんだ。


「うらああああああああああああッッ!」


 イザベラは怒気を露わにすると、迷いを叫びで塗りつぶし、勢いよく斬り掛かる。


「――どうやら勘違いしているようだな」


 対して白髪の男は冷静な態度を崩さない。


「お前がしてきたそれは、戦いなんかじゃない。格下の相手をいたぶるだけの――ただの道楽としての狩りだろう」


 繰り出した渾身の剣を、白髪の男はいとも容易く身を退いて躱した。

 完全に見切られていた。


「振りが甘いな。隙だらけだ」

「っ!?」


 その時、イザベラは気づいた。

 戦いなんてものは何度も経験してきたと思っていた。

 

 だが、これはそんな生やさしいものじゃない。

 刺すか刺されるか。殺すか殺されるか。互いの命を懸けた死合いなのだと。


「――お前に本当の戦いというものを教えてやる」


 白髪の男は隙だらけになったイザベラに一太刀を浴びせようと構える。

 その瞬間、足先から脳天に至るまでの血流が氷のように冷たくなった。まるで自分の背丈が急激に縮んだかのような錯覚に陥る。


 ――いや、落ち着け! こっちにはビキニアーマーがあるんだ。


 この鎧を身に纏っている限り、奴がいかに優れた剣の使い手だろうと関係ない。全ての攻撃は魔力防壁の前に無力化される。

 奴の繰り出した渾身の一撃、それが阻まれるのをほくそ笑みながら眺めた後、じっくりとなぶり殺せばいい。


 だが――。


「――がはっ……!?」


 白髪の男の振り抜いた剣筋は、ビキニアーマーの魔力防壁を易々と貫いていた。


「ば、馬鹿な……! ビキニアーマーの防御を突破するだと……!? てめえ……まさかクソオスのくせに魔力を……!?」


 ああ――そうだ。久しく忘れていた。


 この感情は恐怖だ。

 圧倒的な強者と相対した時の恐れ。


 それは初めてあのお方とお会いした時に覚えた感情と同じ。


 イザベラのビキニアーマーの胸部――そこに埋め込まれた魔石が砕けると、彼女の意識も呼応するようにぷつりと途切れた。

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