第6話 支配された世界

 レグルスは巨大な木の虚から外に出る。

 千年前のあの日、長らく降りしきっていた雨は止んでいた。


 雨上がりなのだろう。地面のあちこちに水たまりがあった。

 木々の葉の間から降り注いでくる陽の光は、目を焼くほどにまぶしい。


「気になったんだが」

『あら、何かしら?』

「千年の時間が経っているんだろう。なのに俺は老化していないし、肉体の劣化も見られないのはなぜだ」


 水たまりに映るレグルスの姿は、容姿こそ変わっているものの、年齢自体は在りし日と全く変わっていないように見えた。身体の衰えも全く感じなかった。


『魔剣と適合した人間は、細胞が変化し、老いから解放される。あなたはこれから先、二度と年を取ることはないわ』


 レグルスの問いにアウローラが答える。


『あなたが生き地獄から解放されるのは、敵に殺された時だけよ』

「いよいよ俺も人外というわけか」

『使い勝手のいい身体でしょう?』


 アウローラはそう言うと、


『それで、これからどうするつもり?』

「もちろん、ビキニアーマーの殲滅だ。王都に向かう。だが、その前に世界がどういう状況にあるのかも把握しておきたい」


 あの日、王都を襲撃した七人の女騎士たち――。


 千年の時が経った今、彼女たちが今も存命だとは思えない。

 だが王都陥落後、女騎士たちに占領されたというのなら、今もビキニアーマーの女騎士が王都を支配している可能性は高い。

 だとすれば討たなければならない。


 ウルスラにこの手で直接復讐することができないのは心残りだが、まず最優先すべきは奪われた王都を取り戻すことだ。

 まずは状況を把握するために移動しなければ。

 レグルスは辺りを見回した。


「ここは王都の西方に位置するエゥテドール大森林だろう。東に真っ直ぐ進めば、王都に辿り着くことができるはずだ」

『じゃあ、早速移動しちゃいましょう』


 アウローラを腰に差したままレグルスは歩き出した。

 千年もの間、ろくに動いていなかったが足は問題なく動いた。

 それどころか以前よりも全身に力が漲っているかのようだ。

 どれだけ走っても息切れすることもない。


 森林を抜けてしばらく走り続けると、視界が拓けた。


 眼前には広大な景色が広がっていた。


 ラグナル鉱山。エゥテドール大森林と王都の間に位置する鉱山だ。

 レグルスが王都に仕えていた頃は、国王の命によって封鎖されていた。


「……だが、あれは――」


 鉱山には大勢の人間たちが集まっていた。

 ボロ布のように薄汚れた作業服を着た男たちが労働している。手袋と重みのある靴を身に付けた彼らは鉱石を運搬していた。表情は一様に苦しそうで、今にも力尽きてしまいそうだ。


 その傍らで男たちを使役している者。

 その姿を見た瞬間、レグルスの全身を巡る血流は沸騰した。


 胸と局部以外の素肌が剥き出しとなった冗談のような外装。

 胸元には核である魔石が輝き、纏う防壁は魔力の込められた攻撃以外を通さない。

 ビキニアーマー――かつてエルスワース王国を血の海に変えた悪魔の鎧――その鎧を身につけた女騎士がそこにいた。


「……こんなに早くお目にかかれるとはな」


 しかし見覚えのない顔だ。

 王都を襲った七人の女騎士たちとは別人なのだろう。


 ビキニアーマーの女騎士はボロ布のような作業服を着た男たちを使役していた。

 そのうちの一人――鉱石を運搬していた若い男が力尽きたように膝から崩れ落ちると、舌打ちをし、鳩尾を思い切り蹴り上げた。


「ぐあっ……!」

「誰が休んでいいっていった? とっとと立てよオラァ! てめえら奴隷どもに休む権利なんざねえんだよ!」


 女騎士は何度も執拗に男の鳩尾を蹴り上げる。


 男は芋虫のように丸まって耐えていた。蹴り上げられる度に喀血していた。まるで嵐が過ぎ去るのを待つように、弱々しく震えていた。


「やめろおおおっ!」


 女騎士の暴虐を見かねたのだろう。別の若い男が、意を決したように助けに入った。

 勇気を奮い立たせるように叫び声を上げながら、手にしていた作業用の鉄製のつるはしを女騎士の後頭部に突き立てる。


 本来なら致命傷になるはずの背後からの一撃――。


 しかし、ビキニアーマーの魔力防壁に阻まれたつるはしは、根元からへし折れてしまう。


「――っ!?」 

「あーあ。もったいねえ。タダじゃねえんだぜ」


 足下に落ちたつるはしの先端を広いあげると、女騎士は後頭部を掻きながら、ゆっくりと男の方に振り返った。


「あたしに刃向かえるってことは、まだてめえら余裕あんじゃねえか。あ?」


 女騎士は襲ってきた若い男の顔面を裏拳で殴り飛ばした。

 そして足下に蹲った男を冷たく見下ろすと、露悪的に吐き捨てる。


「こいつはもう使い物にならねえな。なら生かしておいても仕方ねえ。あたしがちゃんと始末しておいてやるよ」


 女騎士は剣を抜くと、蹲った男の首を撥ねようと振り下ろす。

 ギロチンのように落ちてくる白刃。

 諦めたかのように目を瞑る男。


 だが――。

 その剣は男に届く前に、射線に割り込んできた別の剣によって防がれた。


「……ああ?」


 女騎士は忌々しげに舌打ちをすると、剣戟を受け止めたその主を睨み付ける。


「……なんだてめえは?」

「俺はお前たちを殲滅する者だ」

 

 魔剣を手にしたレグルスはそう応えると、女騎士を真っ直ぐに見据える。


「あん? あたしたちを殲滅するだと?」

「そうだ」

「ははは! マジかよ! そりゃ傑作だぜ!」


 間合いを取ると、女騎士は高らかに哄笑を響かせた。

 口角をつり上げ、たっぷりと余裕を含ませながら言った。


「いいぜ。その生意気さ、気に入った。特別に一撃打たせてやるよ。あたしはその間、何も抵抗したりしねえ」


 そう告げると、両手を開けて無防備な体勢を取った。


「随分と気前がいいな」


 ビキニアーマーは一切の攻撃を通さない。魔力を帯びたもので無い限り。それ故に絶対の防御力だと慢心しているのだろう。


「なら、遠慮なくその権利を行使させて貰おう」


 魔剣を腰の下に構える。


 次の瞬間――。


 レグルスは呼気を吐くと、間合いを詰めるため地面を蹴った。その踏み込みの強さに、足下が深々と抉り取られる。


「なっ――!?」


 滝登りのように下から上へと突き上げられた剣筋。

 それは女騎士の反応速度を遙かに上回っていた。


 振り抜かれた剣先は、女騎士の眼前でぴたりと制止する。


「…………!」

「ちゃんと約束を履行するとは。律儀だな」


 レグルスは女騎士に剣を突きつけたまま、挑発するように問うた。


「――それとも、ただ動けなかっただけか?」 

「……っ!!」


 火がついたように女騎士の表情が歪んだ。纏っていた余裕の鎧は剥がれ、その下から激情が噴き上がってくる。


「て、てめえ……!」

「くだらない慢心は捨てて、本気でかかってこい。時間の無駄だ」


 レグルスは女騎士にそう言い放った。

 女騎士は間合いを取ると、勢いに任せて剣を執る。


「舐めた真似しやがって……! クソオス風情が上等じゃねえか! お望み通り本気でぶっ殺してやるよ!」

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