第4話 魔剣
月の輝きを塗りつぶすほどに禍々しい漆黒の剣。
開けた両腕の長さほどの刀身は、返り血を塗り固めたかのような色合いをしていた。
夜空に浮いた漆黒の剣が、脳内に語りかけてくる。
『姫様の仇を討たずして終わるつもり?』
「……なぜそのことを……」
『全て見ていたわ。王国がビキニアーマーの女騎士たちに襲われるところも、あなたが白銀の髪の女騎士に戦いを挑むところもね』
漆黒の剣はなおも脳内に声を送ってくる。
『あなたが息絶えれば、姫様の意志はそこで潰えてしまう。彼女の夢見た理想の世界には永遠にたどり着くことができない。それでもいいのかしら?』
そうだ。セラフィナは最期に命じていた。
生き延びなさいと。生きて自分の役目を果たしなさいと。そうすればいつか、彼女が夢見た世界に辿り着くことができると。
――だが、もう動くこともできない。
『私があなたに生き延びる機会を与えてあげる』
――生き延びる機会?
『そう。なぜ彼女――ビキニアーマーの女騎士に攻撃が通らなかったのか。それはあなたが魔力を有していないからよ』
魔力?
『ビキニアーマーは胸元に埋め込まれた魔石の力で、魔力防壁を展開できる。攻撃を通すためにはこちらも同じく魔力を帯びた攻撃を与える必要があるの』
得心した。
歴戦の手練れである騎士団たちが奴らに傷一つ付けられなかったのは、ビキニアーマーの魔力防壁とやらに阻まれていたからだったのか。
『魔力を纏った女騎士たちにはどんな攻撃も通じない。けれど、同じく魔力を纏った攻撃を与えれば討つことができる』
討ち方は分かった。
だが、レグルスは魔力を有していない。
この国の兵士の誰もが。
それ故、エルスワース王国は陥落することとなった。
その内心の声に応えるように、漆黒の剣は声を響かせた。
『私はビキニアーマーにとっての天敵となる存在――魔剣。私がいれば、彼女たちとも対等に渡り合うことができるわ』
魔力を帯びた剣――魔剣。
そう名乗った目の前に浮かぶ漆黒の剣は、降りしきる雨の中、静かに問いかけてくる。
『朽ちゆくあなたに機会をあげる。復讐の機会を。私を手に取り、契約しなさい。そうすれば奴らと戦う力を得ることができる』
「……なぜ俺に話を持ちかけた?」
『利害の一致よ。私はビキニアーマーをこの世から殲滅したい。そのためには優れた剣の使い手と組む必要がある』
魔剣は滔々と語った。
『どれほど優れた剣であっても、使い手がポンコツだと宝の持ち腐れでしょう? あなたには見込みがある』
「……大した自信だな」
『私は誰にでも扱われるような安い魔剣じゃないもの。光栄に思いなさい。あなたはこの私のお眼鏡にかなったのだから』
「……それは光栄な話だ」
レグルスは口元に皮肉の笑みをたたえ、吐き捨てる。
『ただし魔剣を扱うには今のあなたでは不可能。魔力を扱えるよう、あなたの肉体を適合させる必要がある。ただそれには気が遠くなるほどの長い時間と、痛みが必要になる。全身の細胞を一から造り変える、果てしない破壊と再生――それは地獄と呼ぶにも生ぬるい、死を超えるほどの苦痛を伴う』
「……随分と丁寧に説明してくれるんだな」とレグルスは呟いた。「それを聞いたら、俺が怖じ気づく可能性もあるだろう」
『私は良心的な魔剣だから。騙すような真似はしないの』
魔剣は冗談めかしたように言った。
『それに騙して契約させてもすぐに心が折れるのがオチでしょうし。常軌を逸した覚悟がないと耐えることはできないもの』
そう口にすると、問いかけてきた。
『選ばせてあげるわ。今ここで楽に死ぬか、死よりも辛い道を歩むのか。自分の進むべき道は自分で決めなさい』
目の前に提示された選択肢。それは地獄に垂れ下がってきた希望の糸。
その先に続いているのは楽園か、それとも更なる地獄の底か。
――どちらであろうと構わない。
こんなところでくたばるわけにはいかない。役目を果たさなければならない。
「……望むところだ」
少しでも生き延びられる可能性があるのならば。
どんな地獄にだって踏み込んでみせる。
彼女の――セラフィナの意志を、ここで潰えさせるわけにはいかない。
『契約成立ね』
魔剣の声色は不敵に微笑んでいるかのようだった。
降りしきる銀色の雨の中。まるで悪魔の誘いのように、魔剣は澄んだ声で名乗った。
『私の名は魔剣アウローラ。さあ、私を手に取りなさい。そして共にビキニアーマーの女騎士たちを討ちましょう』
――望むところだ。
レグルスはそれに応えるかのように、魔剣の柄を強く握りしめた。
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