第54話 なんじゃそりゃ。アホだな
あれから4日が経った。今日は45日前だ。順調にいけば、あと5日でカルノーサに着く予定だ。
しかし盗賊のことや、気分転換の狩りなどで寄り道をしているので、数日は遅れると思う。
盗賊のことがあったので、頻繁にマップを確認しながら歩いている。人通りがある道なので、マップに人の印はそこそこ出る。
一定の距離を付いてくる印や、こちらに合わせて止まる印など、怪しい印が出ないかを確認している。今のところ、尾行などはされていないようだ。
「いらっしゃい! 美味しい野菜炒めとスープだよ!」
「ん? 何だろ?」
「良い匂いがするのです」
「本当だね。こんな所に屋台かな?」
「ヤマトさん! 行ってみるです!」
こんな道沿いに、屋台があるとは驚きだ。イベリスもカルノーサも、まだ距離がある場所なのに何処から来たのか。マップを確認してみると、道を外れて少し行った所に村があるようだ。
屋台からは、とても良い匂いがした。この通りを利用する人達にとっては、温かい料理はこの上ないご馳走だ。
「こんにちは。屋台に出会えるなんて、嬉しいです!」
「いらっしゃ……」
「ヤマトさん。これ食べたいのです!」
「そろそろ昼だし、ここで食べようか」
「ありがとうなのです!」
もうすぐ昼時だったので、この屋台で昼食にすることにした。
「すいません。野菜炒めとスープを2つずつ下さい」
「……帰ってくれ。あんたらには売らない」
「へ? あんたらには? 俺達何かしました?」
「魔物には売らない。そのツレにもだ」
「……意味がわからん」
「商売の邪魔だ。どっか行け!」
「はあ!?」
全く意味がわからないし、流石にこの態度は頭にきた。文句を言ってやろうと思ったら、ユキに手を引かれた。
「ヤマトさん、行きましょうです」
「え? ちょっと、ユキ!?」
そのままユキに手を引かれ、屋台から離れた。
「あいつ何なんだよ! 腹立つわ!」
「ヤマトさん。落ち着いてです」
「……ごめん。ちょっとイラついちゃった。……すー、ふー、よし! 深呼吸したから、もう大丈夫」
「落ち着いたです? あの人は獣人族を嫌っているのです」
「ん? どういうこと?」
ユキの説明によると、ごく一部の人族は獣人族は魔物から生まれた種族で、魔物だという考え方があるという。
昔は獣人族狩りなんてことまであったらしいが、力で勝る獣人族に返り討ちになることも多々あったようだ。今は獣人族を相手にしない、というスタンスなのだそうだ。
「なんじゃそりゃ。アホだな」
「だからそういう人族は、獣人族も相手にしないことにしたのです」
どの世界にも、おかしな人は居るようだ。深呼吸はしたものの、まだ若干モヤモヤしている……。
そんな気分で歩いていると、森が目に入った。
「ユキ。あそこの森で狩りしよう。気分転換したい!」
「賛成なのです!」
ユキも気分転換に賛成してくれたので、森に入り獲物を探す。マップを見ると、この森はボアの生息地のようだ。
入った場所の割りと近くに、俺達の他にも数人いるようだ。もしかしたら、狩りをしているのかもしれない。邪魔をしないように少し離れようとしたのだが、その中の一人がこちらに走って来ている。その後ろに、ボアを引き連れて……。
「あれ? 誰か来る……ボアに追われてる!? ユキ!」
「あいあいさー、なのです!」
俺の声でユキが走りだす。俺もハンドガンを装備して、ユキを追う。すぐに、走って来る人が見えた。
「え!? 子供!?」
ボアに追われていたのは、俺達より少し年下と思われる人族の男の子だった。ユキは一気に男の子へ近づき、そのまま抱えて横に跳んだ。
「ヤマトさん! この子は大丈夫なのです!」
ボアは目の前から子供が消えて標的を失ったが、その目線の先には俺が居た……。
「うそ!? 俺かよ!」
ボアが俺を目掛けて突っ込んで来る。俺は足を止めて、ハンドガンを構え狙う。
パシュっ ブギャー
ボアの右肩に当たり、苦しみの声をあげる。少し走りがよれているが、その足は止まらない。
パシュっ ブギッ
すかさず撃った二発目が、ボアの眉間を捉えた。よれながらも、ボアは俺の横を走り抜けた。
ドンッ
ボアは木に突っ込んで、その場に倒れた。
「ふうー、焦ったあ」
「ヤマトさん。グッジョブなのです!」
ユキが男の子を連れて、俺のところに来てくれた。
「ユキもグッジョブ! 君は大丈夫かい?」
「……はい、大丈夫。ありがとう」
男の子は少しだけ呆然としていたが、受け答えは出来る状態のようだ。すると先ほどマップで確認した残りの数人が、駆け寄ってきた。
「ニック! 無事か!?」
「グレイさん! 大丈夫。こちらの二人に、助けてもらいました」
助けた子と同じくらいの人族の子達が三人と、人族の成人男性が一人走ってきた。成人男性が、グレイという名前のようだ。30代前半くらいだろうか。
この男性は左肘から下が無い。大きな怪我をしたのかと一瞬焦ったが出血も無く、この男性は元から隻腕のようだ。
「ニックを……この子を助けてくれて、ありがとう」
「いえいえ、たまたまボアが俺達の近くに来たので、仕留めただけですよ」
「礼がしたい。ちょうど昼時だ。家で飯でもどうだ?」
「ご飯なのです! お腹ペコペコなのです……グウー」
「さっき昼御飯食べ損なっちゃったし、お腹ペコペコだね。じゃあ、ご馳走になっても良いですか?」
「もちろんだ」
仕留めたボアは、俺達のものだと言われた。人が戦っている獲物を故意に奪った訳ではないので、この場合は仕留めた人のものになるのがマナーだそうだ。俺はボアをバッグにしまった。
「ほう、マジックバッグか。冒険者か?」
「はい。冒険者のヤマトといいます」
「あたしも冒険者のユキなのです」
「すまん。名乗って無かったな。俺はグレイだ。ハンターをしている」
みんなで、グレイさんの家に向かう。グレイさんと、子供達のことを聞きながら歩いた。
この子達はグレイさんの子供ではなく、近くの村の子供達だった。12歳から14歳の子達だった。グレイさんは、この子達に狩りを教えていたようだ。
森を抜けた所にグレイさんの家はあり、庭先に兎獣人族の女性が立っていた。
「みんな、おかえりなさい」
「アリュール。お客さんだ。ニックが危ないところを、助けてもらったんだ。食事の用意を頼む」
「あら、それは二人ともありがとう。私はグレイの妻のアリュールです。宜しくね」
俺達も挨拶と自己紹介をした。みんなで家に入り、アリュールさんは食事を用意してくれた。
みんなで食事をして、とても賑やかな食卓だ。イベリスの教会や、宿での食事を思い出す。まだ、そんなに日にちも経っていないが、とても懐かしい感じがした。
◇◇◇◇◇
子供達は食事を終えると、村へ帰って行った。午前中は狩りを学び、グレイさんの家で昼食を食べ、午後からは村で畑仕事をする。2日おきに子供達は来るようだ。
子供達が帰った後も4人で話をしていると、どうやら近くの村が獣人嫌い村だとわかった。
「屋台に行ったのか。それは嫌な思いをしたろ。すまないな」
「グレイさんが謝らなくても!」
「俺も一応、あの村の人間だからな……」
「え!? でもグレイさんとアリュールさんは、結婚してるんですよね?」
「ああ、間違いに気付けたからな」
グレイさんは、あの村の出身だった。成人して村を出て、カルノーサで冒険者をしていたらしい。最初は獣人族を嫌っていたのだが、冒険者を続けているうちに、村の考え方が間違っているとわかったようだ。
グレイさんは何度も村に戻っては、獣人族に対する考えが間違っていると伝え続けたらしい。グレイさんの他にも村を出て間違いに気づき、村人に伝えに来た人は数人いた。
しかし、聞く耳を持たない村人達に嫌気がさして、もう村には関わらなくなってしまったようだ。
「昔からの考え方を変えるのは、なかなか厳しそうですね……」
「そうだな……。でも俺は気付けたお陰で、アリュールと結婚出来たんだ」
二人は、同じ冒険者パーティーに所属していた。しかし、グレイさんは魔物に左腕をやられ引退した。アリュールさんも引退し、二人は結婚した。二人で村に戻ったのだが、もちろん村人達に拒絶されてしまう。
その時、村には年老いたハンターが一人しか居らず、ハンターをすること、若いハンターを育てることをグレイさんが提案すると、村から離れた土地に住むことを許されたそうだ。
グレイさんは幼い頃に両親を亡くし、村人みんなに育ててもらった恩があるので、何とか村の考え方を正したいと考えているそうだ。
「家は子供が出来ないから、子供達に狩りを教えるのは楽しくてな」
「私も少しずつ懐いてくれて、嬉しいのよ」
(子供が出来ない? 地球の夫婦でもあるよなあ。これはデリケートな問題だろう。触れてはいけない……)
などと考えていたのだが、フルールでは他種族間で子供は出来ないのだという。なので異世界あるあるの、ハーフ○○という種族は存在しない。俺が少し微妙な表情をしていたのをユキが見ていたらしく、後で教えてくれた。
ちなみにフルールでは当たり前のことなので、子供が出来ないことは悲観的なことではないのだそうだ。余計なことを言わなくて良かった……。
狩りを学びに来ている子供達も最初は獣人嫌いで、アリュールさんとは口もきかなかった。だが、昔のグレイさんと同じく徐々に間違いに気付き、今は獣人族を嫌ってはいない。
村では頑固な大人達が居るので、獣人族を嫌っているフリをしている。あの子達が大人になり世代交代していけば、あの村の考え方もいつかは変わるかもしれない。だからグレイさんは、村人達に嫌な顔をされても関わっているのだ。
もうすぐ子供達もハンターとして一人前になれそうなので、後のことはこれからの子達に任せようと考えているようだ。近々、村を出てカルノーサに移住しようと思っているらしい。
「俺が出来ることは、やったつもりだ」
「そうね。でも、これからの村は変わるかもしれないわ」
◇◇◇◇◇
色々な話をして、気分転換が出来た。二人に食事のお礼をして、通りに戻っている途中だ。
「二人は凄いよね」
「はいです。否定されても引かないし、正そうとまでしてるのです。とても強い心なのです!」
「本当だね。野菜炒め売ってくれなかったくらいで、イラついてた俺が情けない……」
「買えなかったですけど、絶対ヤマトさんの野菜炒めの方が美味しいのです!」
「ありがとう……?」
「なので、今日の晩御飯は野菜炒めが食べたいのです!」
「お、おう。了解……」
ユキの強い心? におされ、今日の晩御飯が決まった。きっとユキは『野菜炒めの口』になっているのだろう。ちょっとわかる……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます