第39話 ……ただいま

「久しぶりの町だあ」


「人がいっぱいなのは、久しぶりなのです」


 無事、夕方にイベリスの町に入れた。遅めの時間ではあるが、まだ夜ではないので薬師ギルドに報告をしようと思う。


「薬師ギルドへ、ようこそ。ご用件を伺います」


「冒険者のヤマトです。ギルマスからの依頼が完了しました。その報告です。いらっしゃいますか?」


「ヤマト様とユキ様ですね。お疲れ様です。ご案内いたします」


 遅めの時間だったが、まだエルダさんは残っていたようだ。そのまま、解体設備がある倉庫に案内された。少ししてエルダさんが、やって来た。


「ヤマト様、ユキ様、おかえりなさい。ご無事で良かったわ」


「ただいまなのです」


「無事戻りました。遅い時間にすいません」


「大丈夫よ。早速依頼品を、こちらに出してもらえる?」


「わかりました」


 マジックリュックから、全部で10匹の魔物を取り出した。


「まあ! 全部で10匹も! しかも全部、欠損部位無しだわ。やっぱりお二人を指名して、良かったわ」


 エルダさんは、喜んでくれたようだ。借りていたマジックリュックを、エルダさんに返した。


「マジックリュックいっぱいに納品してくれるなんて、本当に嬉しいわ。ちょうど雨も降ってしまったし、大変だったでしょう?」


「雨で移動に少し疲れましたけど、レイニーも確保出来たので結果良かったですよ」


「あら! しずく花は取れた?」


「取れましたよ。他には……」


「ヤマト様、ちょっと待って!」


「え!?」


「私の部屋で、お話ししましょう」


 温厚なエルダさんが、大きな声を出すとはビックリだ。どうしたのだろうか?


 依頼の魔物を他のギルド職員に任せて、ギルマス部屋に移動した。


◇◇◇◇◇


「さっきは大きな声を出してしまって、ごめんなさいね。依頼の魔物は職員が確認してから、依頼完了のサインをするわね」


「わかりました。でも……俺、何か失礼なこと言っちゃいましたか?」


「違うわ。ヤマト様とユキ様は、あまりレイニーの扱いに慣れていないと思ったの」


 エルダさんは、レイニーの買い取りについて話してくれた。


 レイニーと普通の素材には、買い取りに少し違いがある。普通の素材の場合は、どのギルドで買い取りしても金額に殆ど差はない。しかしレイニーは、ギルドによって買い取りが変わる。


 薬師ギルドでいうと、しずく花は薬の原料になるので、買い取りが他のギルドより高くなるという。美術品向けの素材は、商人ギルドや職人ギルドが高く買い取ってくれるようだ。


「ここからは、秘密のお話しよ」


 そう言うとエルダさんは、一つの魔道具を取り出した。大きさは野球ボールほどの球体だ。それをテーブルの上に置き、起動した。


「これで、秘密のお話しが出来るわね」


「あのー、これは?」


 エルダさんが説明してくれた。この魔道具は、音声遮断認識阻害魔道具、通称、密会玉という。半径3メートル内の音が一切漏れず、周りから認識されにくくなるというものだ。


「なるほど。確かに秘密の話には、もってこいですけど……」


「エルダさん。秘密のお話しって何なのです?」


「レイニーのことよ」


「ん? レイニーが、どうしたのです?」


「お二人はお強いから、レインリザードも討伐してるのでしょ?」


 エルダさんの話は、こうだ。レインリザードは、とても貴重な素材である。それは、特性があるからだ。色が変わること。


 それと、気配察知、魔力感知にかからない、マップスキルも無効というところだ。


「「……え!?」」


 ユキの気配察知、魔力感知は最高レベルで、レインリザードも発見出来る。俺のマップスキルSランクも、印が表示される。二人ともイレギュラーな存在なので、これには気が付かなかった。ユキも色が変わる体質しか、覚えていなかったようだ……。


 発見すること自体が難しく、見つけても討伐に条件があるということで、特に青色レインリザードは希少価値が高いのだ。


「だからね。その貴重な素材を、どのギルドも欲しがるの。そして買い取り合戦が始まって、足の引っ張り合いや、素材を売ろうとしている人への嫌がらせなどもあって、ヒドイ状況だったらしいわ」


?」


「もう、100年以上も昔の話よ。私は、ギルマスになる時の引き継ぎで知ったの。でも今は、きちんとルールが出来てるわ。もし破ると、死罪もある厳しい罰になるのよ」


「……それは、厳しいですね」


「でもね。世の中には罰を恐れない、悪い連中もいるわ。だから貴重なレイニーのことは、あまり人には聞かれたくない秘密のお話しだったのよ」


「なるほど。勉強不足でした……。これじゃ、簡単には話せませんね……」


「……あ! ギルマスは信用して大丈夫よ。守秘義務があって、ギルマスになる時に契約の魔道具に登録をするの。秘密をバラしたら、罰が下るのよ」


「罰ですか?」


「以前、秘密を悪い連中に話そうとしたギルマスがいたの。その人は、全身石化したのよ」


「え!? 凄い契約ですね……」


 ギルマスという責任ある立場だからこその、厳しい契約なのだろう。だからこそ、信用出来る。ゴルディさんも契約があるので、俺の魔道具の秘密を守ってくれているのだろう。


 貴重なレイニー以外は、普通に買い取りもするし、人を選ばずに話しても大丈夫のようだ。


 そして貴重な素材とは、レインリザードとコライオンのことだ。この素材の買い取りルールを教えてもらう。


「貴重なレイニー素材は、どうやって買い取りを?」


「オークションが開かれるのよ」


「「オークション!?」」


 雨が止んだ次の日から数えて5日以内に、各地の商人ギルドに申請する必要があると教えてくれた。開催場所は王都アリッサム。日時については、その時々のようだ。


 ユキもオークションのことは、知らなかったようだ。女神フェリシア様がユキはフルールの知識があると言っていたが、ちょいちょい知らないことがある。


 ユキに聞いてみると、修行の一つであるフルールの知識や歴史を学ぶ修行を、サボり気味だったのが原因のようだ。それでも知っていることの方が多いので、俺的には助かっている。


「肝心の答えを聞いてなかったわね。レインリザードは持ってる?」


「はい。えーっと、普通のレインリザードとキング、あとコライオンがあります」


「……」


「エルダさん?」


「……はっ! 一瞬、意識が飛んだわ。もう、ヤマト様。私みたいなお婆ちゃんに、悪い冗談はダメよ。危険だわ」


「……見ますか?」


「……え!? 本当なの?」


「エルダさん! キングはヤマトさんが、コライオンはあたしが倒したのです! ……イエーイ」


 密会玉を使っているので、他の人には見られる心配は無いとのことで、その場にレインリザード青の皮を1枚、そしてキングレインリザード青とコライオンを出した。


「……ヤマト様とユキ様は、想像以上に凄いのね。まさかキングとコライオンまで……。しかも全て、とても綺麗な状態だわ。数日経っているはずよね?」


「はい。俺のバッグは時間停止なんです」


「まあ! この大きさが入るのも凄いことなのに、時間停止まで……。素晴らしいわ」


 ギルマスは守秘義務があると聞いたので、隠すことなく話すことにした。一旦、出したものをバッグにしまった。


「明日が雨が止んでから5日目だから、間に合うわね。オークションに、出品するつもりはある?」


「はい。買い取りに出すつもりだったので」


「じゃあ、商人ギルドに行ったことは?」


「一度だけ、盗品のことで行きました」


「あら、盗品?」


 エルダさんに、青空市でのことを話した。


「あらまあ。それは災難だったわね。じゃあ、商人ギルドのイメージは悪いのかしら?」


「いえ、逆です。とても良いイメージですよ。その時はギルマスが不在で、サブマスが応対してくれたのですが、すごく丁寧に謝ってくれて」


「そうだったのね。じゃあ、ギルマスにも謝ってもらわなきゃ。今日は帰って来たばかりで、お疲れでしょう? 明日一緒に、商人ギルドに行きましょう」


「え!? 一緒にですか? エルダさん仕事は大丈夫なんですか?」


「少しなら大丈夫よ。それに商人ギルドには、よく行くのよ」


「そうなんですね。オークションの受付なんて初めてなんで、一緒に行ってもらえると助かります」


「じゃあ明日の朝、ここへ来てくれる?」


「わかりました。ありがとうございます」


「いいのよ。それじゃあ、秘密のお話しは終わりね」


 エルダさんは、密会玉を解除した。少しするとギルド職員さんが来て、依頼の魔物の確認が取れたことが伝えられた。


 依頼完了のサインをもらい、多く納品した分の買い取り金の銀貨53枚をもらった。依頼の報酬は、冒険者ギルドからもらうことになる。


 しずく花の買い取りの話は明日することにして、冒険者ギルドに向かうことにした。


◇◇◇◇◇


 受付にヴァニラさんがいたので、声をかけた。


「ヴァニラさん、無事戻りました」


「ヴァニラさん、ただいまです」


「ヤマトさん、ユキさん、お疲れ様。雨、大変だったでしょう?」


「はい。でも何とか依頼完了出来ました。これ、お願いします」


 受付をしてもらい、報酬の大銀貨10枚、銀貨30枚をもらった。本当なら俺達よりランクが上のパーティーへの依頼だったので、報酬が凄いことになっている……。


 盗賊のアジトのことなどを聞きたかったのだが、今日は疲れたので宿に帰ることにした。


 ギルドを出ると、外は随分と暗くなっていた。早く宿で、ゆっくりしたい。だが宿に向かう途中で、気付いたことがある。


「あっ! しまった!」


「きゃん! また大きい声なのです……マッタク。どうしたのです?」


「イベリスを出る前に、宿代追加で払うの忘れてた……。15日いない可能性もあるから、払うつもりだったんだけど……ヤバイ」


「……あ。また、やっちゃったのです……ガーン」


 また宿代不足をしてしまった。青空市の時期が終わったとはいえ、普段から何組か泊まりの客はいるのだ。部屋は空いているだろうか……。とりあえず入ってみよう。


「いらっしゃ……あら! おかえり。雨大丈夫だったかい?」


「オリガさん、ただいまなのです! 雨はクルンクルンが大変だったです」


「クルン? ……そうかい。大変だったね」


 いつものユキの突拍子もない発言に困惑しつつも、上手く流すオリガさんだった。


「無事戻りました。あのー、俺また部屋代追加するの忘れてて……部屋あります?」


「あるに決まってるだろ。あんた達は戻るって言ったんだから、待ってたよ。おかえり」


「……ただいま」


 本当に、この宿は心が温まる。温まり過ぎて危なく泣きそうになったので、急いで部屋に向かった。オリガさんに食事を食べるか聞かれたので、少し休んでから来ると伝えた。


 部屋に入り、ベッドに直行した。移動続きで疲れが溜まっている。少し横になるつもりが、そのまま眠ってしまった……。

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